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〈りんご音楽祭2020〉が2020年9月26日(土)、27日(日)、長野県松本市のアルプス公園で開催された。

長野県松本市のアルプス公園で2009年から毎年開催されている野外ミュージック・フェスティバル〈りんご音楽祭〉。毎年、ダンスミュージックやヒップホップを中心に、バンドやソロ・アーティスト、トークコーナーなど、ジャンルの垣根を超えた様々な出演者たちが、緑溢れる公園の中のステージで自由に表現を行い、毎年2日間で約1万人が来場する。

2020年は、新型コロナウィルス感染拡大により様々な音楽フェスが中止・延期になっている状況の中、地元の松本市と何度も協議を重ねながら開催の道を模索。身近な仲間とともに作り上げる長野県松本市の“祭”という根源的な観点に立ち返り、通常キャパシティーの5分の1にあたる1日1000人分のチケットを発売。りんごステージ、そばステージ、新設となる山の神ステージの計3ステージで開催、前夜祭あわせて3日間で108組が出演した。

同イベントを観客の1人として体験してきた筆者のレポートをお届けする。


約3ヶ月にわたって古川陽介氏へ密着してきた本連載「CHOOSE YOUR DISTANCE」。

筆者は今年3月以降、東京に限らず地方のライヴハウスの経営者や店長、イベンターたち、ミュージシャンに取材を重ねてきた。それを通して分かったのは、その土地土地や、その人の置かれた立場で、それぞれの想いをもって、コロナ禍以降の音楽との関わり合い方を模索している姿だった。

その姿は人の数だけあった。極限まで収容人数を減らしてライヴを行なっているハコもあれば、主催者の要望があれば制限を設けないというハコ、厳格にお客さんの立ち位置を決めて行うフェスもあれば、お客さんに委ねて行う山奥でのレイブパーティーもあった。それぞれの場所で、それぞれの基準を持って、音楽を鳴らすことへ挑んでいる。それが各現場に足を運んで感じた筆者の実感だった。

そんな中で〈りんご音楽祭2020〉もまた、彼らなりに考え尽くしたルールの中でフェスの開催を決断、開催を果たした。今年は、身近な仲間とともに作り上げる長野県松本市の“祭”という観点で、通常キャパシティーの5分の1にあたる1日1000人いう人数制限を設け、3ステージに縮小して開催。事前取材で古川氏は「“祭”という伝統を止めることは簡単だが、再び火を灯すのはあまりに困難だ」と語っていた。

今年は規模を縮小していたため、シャトルバスの運行がなく、基本的にタクシー移動をすることが推奨されていた。筆者は松本駅の近くのホテルに宿泊しながら、タクシーで会場のアルプス公園まで移動。時間は15分くらいで、片道1500円くらいだった。

会場について入場口に行くとスタッフによる荷物検査があり、チケット裏へ住所を記載した上、検温、消毒を実施。報道関係者は事前に住所や連絡先をメールにて事務局に送っており、自分が入場したときはマスクにも消毒するなど感染症対策を行っていた。

例年は約10個近いステージがあり、いくつかの導線があるが、今年は3つのステージに縮小、りんご音楽祭来場者と一般のアルプス公園の利用者の接触がないよう導線も1つしかない対策がなされていた。

受付を済ませると、大所帯のバンドなどが演奏できる「そばステージ」があり、そこから山道を登っていくと分かれ道があって、右手に行くとDJがプレイする新設の「山の神ステージ」、左手にいくとヒップホップ勢やソロ・アーティストが多く出演する「りんごステージ」に行くことができる。金曜日に雨が降っていたこともあり、地面はぬかるんでいたが、野外でフェスをしているんだという感触が足からも伝わってきた。

そばステージ

山の神ステージ

りんごステージ

2日間の個人的な感想を端的に言えば、自然溢れる会場を自分の意思で移動し、大きな音で音楽を聴き、芝生にゆったり寝転んでお酒を飲んで、ぼーっとしたりする。何かに怯えて過ごさないといけない強迫観念に自分がどれだけ縛られていたのかを実感しつつ、自由に行動をしながら音楽を楽しめ、久しぶりに生きている心地がした2日だった。

出演者たちはこちらの期待を上回るかのように自由に音楽を鳴らし表現していた。ソーシャルディスタンス時代をうまくパフォーマンスに取り込んだ、せのしすたぁや掟ポルシェのパフォーマンスは爽快だったし、日中の野外で観る佐伯誠之助の下ネタとダンスミュージックの融合は異空間だった。初日のトリのHave a Nice Day! がリハーサルをしているときにはスコールが降り、終演直後にあがった花火はこの日しか味わえないものとして記憶に残った。Campanella、鎮座DOPENESS、STUTSが客演するなど、暗闇で響くビートとラップは至極であった。2日目のサニーデイ・サービス、eastern youth、KING BROTHERS、TURTLE ISLANDといったバンド勢は、時代に流されない自分たちの強い信念を音楽を通して見せてくれた。

地元の松本のお店が出しているフードコートの料理も格別に美味しかった。メーヤウのチキンカレーを筆頭に、フードコートの料理は2日間とも夕方過ぎには売り切れ。昼と夜の2回販売されたテイクアウトマルシェのお弁当も大好評で売れていた。

今年はどうやっても黒字にはならないという状況の中で開催したという背景もあり、初日は観客たちが雨に打たれる中でタクシーを待つことになったり、トイレの数が例年より少なく不便な部分はいくつかあったが、2日間開催してくれたことに感謝しながらホテルへと戻った。

しかし、SNSを見ると自分とはまた違う意見がたくさん並んでいた。

ステージ前で密になる観客の写真をきっかけに、いろいろな人たちが言葉を紡いでいた。たしかに実際密になっていた場面もあったし、写真を見たら、そういう意見が出てくるのは理解できる。そうなる前にスタッフたちが止めたほうがよかったという意見も何も間違っていないと思う。

ただ、SNSを観た自分は精神的にかなり喰らってしまった。すぐに書こうと思っていたレポートも全然書く気になれなくなってしまった。SNSを見ていて、気が滅入ってしまったのが正直なところで、これはコロナ対策の話がどうこうという話にとどまらない、かなり根の深い問題なのだと思ったのだ。

この連載のタイトルにもなっているように、主催者の古川氏は「CHOOSE YOUR DISTANCE」というスタンスで今年の〈りんご音楽祭〉を開催した。他人との距離感は自分で選ぶ、というある意味で性善説に則った、お客さんの自由を信じるものといえる。

最初に述べたように人数制限や連絡先の記入、消毒といった現実的にできる対策をとっていたうえで、会場に入ったら自分の考えでライヴを楽しんでくださいというのが大前提のスタンスだった。それでも、盛り上がったお客さんがステージ付近に集まり盛り上がるシーンが生まれてしまった。

筆者も写真にあがっているライヴ現場にもいた。とはいえ客席中段くらいにいたので、周りとの距離は十分にあったし、ほとんどのライヴではあそこまで密になっていることはなかった。「CHOOSE YOUR DISTANCE」の理念をもっと周知徹底していたら結果は多少違っていたかもしれないし、音楽の持つエネルギーで人はどうしても盛り上がってしまうという想定のもと、より万全にスタッフ陣で対策を練っておいてもよかったかもしれない。

〈りんご音楽祭〉のガイドラインでは「1m程度の身体的距離が保てない場合は、喋らないか、マスクを着用するなど、飛沫感染予防の意識を持ってください」となっていた。そうした〈りんご音楽祭〉のスタンスに対し、SNSでは全く理解できないという発言が多かった。他のフェスでは観客の立ち位置が決まっていて叫ぶことも禁止されて徹底されているから見習えというものや、他のイベントが我慢してきたのに何をやっているんだという意見も多かった。

そうした他のイベントのガイドラインも理解しつつ、古川氏が自分たちのパーティーのあり方を何ヶ月にも渡り導き出したのが、今年の〈りんご音楽祭〉だった。祭を止めないこと、音楽を楽しむお客さんたちの自由を保障すること。それを最大限実現するために、地元松本市と何度も協議を重ね、コロナ禍には飲食店を活性化するためのテイクアウトマルシェ松本を先導し実現するなど、地域密着型で様々な信用を積み重ねてきた。

管理されていることが安全であると考える人がいれは、管理の行き過ぎは自由を侵害されていると感じる人もいる。〈りんご音楽祭〉はお客さんの自由を信じ、ライヴの楽しみ方を委ねる試みだった。密の状態になったとき、マスクをしないで喋っていた人が若干数でも存在したことは残念だが、音楽の楽しみ方への挑戦自体は評価されるべき部分があってもよいのではないだろうか。それは長期的に見て、音楽を楽しむ場所を守ろうとしていることでもある。もちろん改善の余地はある。お客さんが音楽を楽しむ自由をこれだけ尊重しようと正面切って挑戦したフェスが〈りんご音楽祭〉以外、どれだけあるだろうか?

コロナ禍になり、ライヴハウスが最初にめっためたに叩かれすぎてしまったことによって、過剰な連帯責任という意識が植え込まれてしまった部分は大きいと思う。とはいえ、建前を気にせずに現実を見れば、ライヴハウスごとのガイドラインがあって、それぞれ場所での考え方、方法で日常的にライヴが行われている。仮に最大限注意していたライヴハウスで感染者が出てしまったとしても、他のライヴハウスが自粛する理由にはならない。

それと同じく〈りんご音楽祭〉は〈りんご音楽祭〉の考えのもと、自治体とも何度の協議をしたうえで、考えうる安全策を取りながらパーティを開催した。そこでもし何かが起こったとしたら、それは〈りんご音楽祭〉の問題であって、決して他のフェスが中止する理由にはならない。覚悟を持って、今年の〈りんご音楽祭〉は開催されている。

初日に出演したクリトリック・リスのスギム氏がライヴ後にこんなことをつぶやいていた。

「後退したライヴシーンを少しづつ戻してかないと、なくなってしまう。リスクはあるし人それぞれ考え方や生活環境が違うから、意見がぶつかり合うのは分かるけど、攻撃的にならず、そういった考え方もあるんだなと理解してもらえたらと思います」

〈りんご音楽祭2020〉に出演したアーティストたちは、コロナ禍によって止められてしまった時間を少しでも動き出させようと、前に踏み出そうと、音を鳴らしていていた。さまざまな意見が出てくることは当然のことだ。その中の一つの意見として、〈りんご音楽祭2020〉でアーティストたちが表現していたものに勇気をもらったという筆者の意見もある。

音楽を楽しむとはどういうことなのか? 〈りんご音楽祭〉はその問題に2020年、正面からぶつかっていった。そのことを我々は本当に非難すべきなのだろうか?

取材&文:西澤裕郎

※次週は主催者・古川氏に〈りんご音楽祭2020〉を振り返るインタビューを敢行予定です。

【連載】 Vol.1──コロナ禍の24時間パーティー「瓦祭」潜入レポート
【連載】Vol.2──この時代に音楽フェス開催を選んだ〈りんご音楽祭〉のアティチュード
【連載】Vol.3──どんな規模でも音を鳴らし続けることの重要性、松本3日間密着レポート
【連載】Vol.4──〈りんご音楽祭2020〉 開催1ヶ月前、主催者古川陽介インタビュー
【連載】Vol.5──コロナ禍に〈りんご音楽祭〉主催者が全国各地で行った34本のライヴオーディション
連載】Vol6──〈りんご音楽祭2020〉開催直前、主催者&制作者それぞれが抱える想い


■イベント詳細

〈りんご音楽祭2020〉
2020年9月26日(土)・27日(日)@長野県松本市アルプス公園

・オフィシャルサイト:https://ringofes.info

・古川陽介 Twitter : https://twitter.com/dj_sleeper

【連載】CHOOSE YOUR DISTANCEは毎週火曜日更新予定です。

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