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【連載】カウンセリング入門Vol.19──これからの音楽業界が考えなければならないこと

StoryWriter

アーティストが抱えている、アーティストならではの悩み。メンバーやスタッフに相談するのは気まずかったり、カウンセリングに足を運ぶことができないアーティストも少なくないんじゃないでしょうか? 同じように、アーティストを支えるスタッフや関係者においても、どうやって彼らをサポートしたらいいのかわからないという状況もあるかと思います。

そんなアーティストや彼らに関わる人たちに向けた連載がスタートです。

アーティストたちが抱える「生きづらさ」を探った書籍『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』で、現役精神科医師の本田秀夫とともに創作活動を続けるためにできることを執筆した、産業カウンセラーでもある手島将彦が、カウンセリングについて例をあげながら噛み砕いて説明していきます。

アーティストが抱える悩みが解消される手助けになることを願っています。

■書籍情報
タイトル:なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門
著者名:手島将彦
価格:1,500円(税抜)
発売日:2019年9月20日(金)/B5/並製/224頁
ISBN:978-4-909877-02-4
出版元:SW

自らアーティストとして活動し、マネージャーとしての経験を持ち、音楽学校教師でもある手島が、ミュージシャンたちのエピソードをもとに、カウンセリングやメンタルヘルスに関しての基本を語り、どうしたらアーティストや周りのスタッフが活動しやすい環境を作ることができるかを示す。また、本書に登場するアーティストのプレイリストが聴けるQRコード付きとなっており、楽曲を聴きながら書籍を読み進められるような仕組みとなっている。


Vol.19 産業と音楽とカウンセリング(3)これからの音楽業界が考えなければならないこと

ここまで2回連続で産業と音楽とカウンセリングの関係について書いてきました。今回は現代の話です。

昔に比べれば労働環境はかなり改善されてきたとはいえ、まだまだ問題は山積しています。過労死などの痛ましいニュースは未だに絶えません。

怒髪天は「労働CALLING」の中で〈こんな日本に誰がした?〉と叫びます。

 

そして、SHISHAMOの「明日も」では、〈月火水木金働いた〉〈不安が僕を占めてしまう〉〈ダメでも頑張るしかない〉〈ダメだ もう立ち上がれない〉けれど〈痛くても苦しくても〉走り続けます。

この歌は世間的には「頑張ることの美しさ」のように受け入れられているような気もますが、カウンセラー的には「とにかくもう休みましょう!」と言いたくなるような、痛々しい、危機的状況のように感じてしまいます。

 

音楽業界では、2017年、エイベックス・グループ・ホールディングスは、従業員のおよそ半分に、総額数億円の残業代の未払いがあることが発覚し、労働基準監督署から指導を受け、残業代を支払うことになりました。それを受けて、エイベックスでは実労働に関係なく事前に決めた時間を働いたとみなす裁量労働制や、労働者が一定の時間帯で働きやすい時間に働けるフレックスタイム制を導入するとしています。

音楽業界に関わっている人には、残業という意識を持たずに働いている人も多いと思います。

また、レコーディングやコンサートということになると、一般的な時間感覚ではやっていけないという意見も多々あります。基本的に「好きだからやっている」という意識もあるため、つい長時間労働があたりまえということになってしまいがちです。

しかし、長時間労働による精神的ストレスと睡眠不足が要因で、高血圧、脳梗塞、心筋梗塞につながることがわかっています。

また、睡眠時間が約5時間半より短いと、抑うつ状態になるリスクが、7時間近くの睡眠を確保できた場合の3倍強になるという報告もあります。

やはり、むやみな長時間労働は避けるべきです。

現場からも、こういう声が上がるようになってきました。音楽製作者連盟が発行している『音楽主義』の「激論!音楽業界は「今」どうあるべきか─次世代プロデューサー&マネージャー座談会」から、10-FEET、ヤバイTシャツ屋さんを担当されている松川将之さんの発言を引用します。

http://www.ongakusyugi.net/special/publicEntrySP.php?article_id=201701001667e7757

松川 音楽業界に入った10代や20代の若い子たちに続けてほしいんですよね。昔は大変でもやりがいがあるから続いたと思うんですけど、今はそういう時代じゃない。そのために今日は絶対に言おうと思ってたことがあって。

ーーというと?

松川 突拍子もないことを言うんですけれど、業界の定休日が変わったらいいんじゃないかと思うんです。この業界、土日や祝日にライブがあって、そこに仕事があるのは決まっている。でも休みがなかったら続かない。ライブが一番少ないのは月曜日だし、事務所とイベンターに関しては月曜日を休みにするのがいいんじゃないかと思うんですね。ただ、平日に休みがあるだけだと、違う業種の人と合わないし、家族とすれ違ったりする。だから日曜日と月曜日を休日にしてほしいです。

渡辺 今は休みを取りづらいですよね。でも若い子が続けてやっていくためには、そうしないといけない。

田村 フレックスにしていくというのもいいと思います。

ーー長時間労働を是正していくのは世の中全体の流れでもありますからね。

松川 ただ、こういう問題は1人で発信しても状況が変わらないので、同志を増やしたいんですよね。

柳井 足並みがそろわないと変わらないこともありますけれど、そこを目指してやっていくということを打ち出すのは不可能じゃないと思いますね。

こうした意見は貴重だと思います。特に日本では、クリエイティブな分野での長時間労働は美徳のように捉えられがちですが、海外の働き方等を見てみると、同じようにクリエィティブなジャンルで、時には嵌って時間を忘れて創作する、ということはもちろんあるにせよ、一般的にはむしろ長時間働き続けることを避けるようにしている事例を多く見かけます。

その中のひとつ、「ドイツのしごと事情から見つめ直す、あなたの働き方」という記事を紹介します。

第3回:残業よりも、早い帰宅が評価されるドイツの仕事観

ここから一部引用します。

デザインはクリエイティブな仕事なのに、長時間労働によって疲弊し、クオリティが下がってしまうと考えます。よりわかりやすく、美しいデザインを生み出すには、創造力が必要でしょう。そのためには、オフィス以外で過ごす時間も大切なのではないでしょうか。これはどの職種にも当てはまることかもしれません。

この意見も、とても重要だと思います。前回までに、人が創造力を働かせるためには「余暇」「自分の時間」が必要だったという歴史を見てきました。クリエィティブな仕事だからこそ、「時間」に対する意識が希薄であってはならないのです。

また、メンタルヘルスに関しても、産業としてもっと取り組んでいくべきだと思います。

日本では2015年、「ストレスチェック制度」が施行されました(2016年改訂)。

これは、「定期的に労働者のストレスの状況について検査を行い、本人にその結果を通知して自らのストレスの状況について気付きを促し、個人のメンタルヘルス不調のリスクを低減させるとともに、検査結果を集団的に分析し、職場環境の改善につなげることによって、労働者がメンタルヘルス不調になることを未然に防止することを主な目的としたもの」です(*厚生労働省 「ストレスチェック等の職場におけるメンタルヘルス対策・過重労働対策等」から引用https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/)。

現在、50人以上の労働者を抱える事業所では、医師・保健師等によるストレスチェックが義務化されています(50人以下では努力義務)。

しかし、音楽業界の、とくに音楽事務所等では50人以上の労働者を抱えているところは多くありません。

結果的に、業界的にメンタルヘルスへの意識が高まらないことにもなってしまっているように思います。

音楽業界の労働環境やメンタルヘルスに対する改革は、そう簡単ではないかもしれませんし、何が正解なのかも難しいと思います。

しかし、「これまでがそうだったから」という理由で、何も考えないのは、クリエィティブとはもっとも遠い姿勢ではないでしょうか?

これからの時代のために、様々な意見が出されて、少しずつでも良い方向に向かっていくことを望みます。


Vol.1 レジリエントな人(回復性の高い)とは?
Vol.2 「俺の話を聞け!」〜『傾聴』が大事
Vol.3 「バンドをやめたい」と言われた!
Vol.4 うつ病と双極性障害
Vol.5 とにかく「休む」! 不安や絶望はクリエイティヴに必須ではない
Vol.6 「人はどこまで環境に左右されず意思決定できる?」
Vol.7「現在」と「事実」を重視、視点を変えてみる
Vol.8「I Love Myself」自己肯定感を持て!
Vol.9 睡眠は大切!不眠の悪循環から抜け出す方法
Vol.10 LGBTについて LGBTと音楽
Vol.11 発達障害(1)自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害
Vol.12 発達障害(2)ADHD(注意欠陥・多動性障害)
Vol.13 発達障害(3)LD(学習障害)
Vol.14 発達障害(4)「個性と障害」
Vol.15 防弾少年団(BTS)の国連でのスピーチ
Vol.16 アイデンティティとは?
Vol.17 2つの革命と音楽の関係
Vol.18 アメリカの発展とジャズ&ブルースとカウンセリング

※「【連載】「アーティストのためのカウンセリング入門」は毎週月曜日更新予定です。

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
https://teshimamasahiko.com

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