長野県松本市のアルプス公園で2009年から毎年開催されている野外ミュージック・フェスティバル〈りんご音楽祭〉。今年12年目を迎える同フェスの主催者、dj sleeperこと古川陽介氏から電話がかかってきたのは、コロナ禍の6月23日のことだった。
「paioniaの記事、めちゃくちゃよかったです!」
ライヴハウス自粛が本格化する直前2020年3月6日(金)、〈りんご音楽祭〉のライヴオーディション「RINGOOO A GO-GO 2019」のグランプリを決定する「ゴーゴーアワード」が、渋谷O-nestで開催された。そこで大賞を獲得した福島県出身東京在住のロックバンドpaioniaを筆者が取材して記事にしたのだ。
その電話をきっかけに、前日からちょうど東京に来ているという古川氏と30分くらい話をした。話の中で強く印象に残った話題があった。緊急事態宣言が解除された直後、名古屋でクラブイベントを開催し、尋常じゃない盛り上がりを見せたという。その勢いを感じたまま東京に来てみたが、まったく熱気がないし、街が死んでいるようだ、東京にいるよく飲む友達たちに連絡してもなかなか会うアポイントが取れない、というのだ。
筆者は東京在住で、コロナ禍中はインディペンデントに活動するミュージシャンや音楽関係者の取材をいくつかしていたが、県をまたぐ移動を3ヶ月近くしていなかったので、その意見に非常に驚いた。東京がそんなに元気がないなんて発想は頭の中になかったのだ。
そんな古川氏の松本での生活、名古屋でのパーティ、そこから東京へ来てみた様子など、外からの視点をもっと訊きたくなり、東京にいる間に会う約束をして電話を切った。その2日後にインタビューをし(※今後の連載に掲載予定)、コロナ禍でのお互いの話を酒を片手にざっくばらんにした。まだ自粛ムードが色濃く残っており、ほとんど飲みに行くこともなかった東京在住の自分にとって、生き生きと話す古川氏の様子は羨ましさを感じるほど熱のあるものだった。
そしてその日、筆者は「地元の松本でパーティーを行うから来ないか?」と誘われた。
古川氏は長野県松本市の女鳥羽川沿いにある古民家を防音・改装したパーティーハウス「瓦レコード」の経営もしており、今年で16周年を迎える。毎年周年のパーティーは24時間やっており、今年も6月27日の夜から28日の夜にかけて24時間パーティー「瓦祭」を開催するというのだ。
東京ではまだ200人キャパのライヴハウスに8人のお客さんを入れてライヴをしたことが大きくニュースになるくらいの状況下だっただけに、パーティーの開催自体には驚いたが、この数日間の古川氏と自分の温度差が気になり、松本に行ってみようとすぐ決断した。
6月27日。筆者はレンタカーを借りて、中央道を走りながら松本を目指した。3ヶ月ぶりの県外ということで心が浮き足立っていた。果たして24時間パーティーがどのようなものになるのか、期待と不安が入り混じっていた。
20時過ぎに瓦レコードに到着し、古民家を改装した入り口のドアに手をかけようとしたところ「CHOOSE YOUR DISTANCE」という張り紙が貼ってあった。
中に入ると30名ほどの観客たちが酒を飲んだり、DJブースの前で身体を揺らしたり、ソファに座って知り合いと談笑をするなど各々にくつろいでいた。そして大音量で鳴るダンスミュージック。回るミラーボール。コロナ禍前には当たり前にあった風景が、ここには存在していた。すぐにその雰囲気に馴染んでいく自分に驚いたし、涙が出そうになった。
〈瓦祭 十六 “24hour party people”〉と名付けられた今年のパーティーは、毎年恒例のように24時間ぶっ通し行われていった。DJセットをメインにしつつも、バンドセットでの演奏もあり、地元のミュージシャンを中心に約40組が出演を果たした。
出演者へのギャランティは、壁に掲げられた出演者の名前が書いてある封筒に客が入れていく。和やかな空間をDIYな方法で作る。そうした遊びになれている人たちが多いようだった。
筆者は東京からのよそ者ということもあり、黒子に徹してパーティーを記録していたが、どうしてもお客さんの声を訊きたくなって声をかけてみた。
長野県上田市在住のお客さんは、もともと音楽が好きで、松本のクラブやレコードショップに遊びに来るのが日々の楽しみだったという。コロナ禍で3ヶ月近くパーティーが開催されていない期間は、とにかく人と接触することに気をつけて、コロナ対策に万全を尽くした。それは、パーティーに遊びにいくためだったという。自分が感染しないよう生活することで、パーティーで誰にも感染させないことを考えて3ヶ月を過ごしてきたという彼の言葉に、この場所を楽しみにしていた気持ちだけでなく、自分もパーティーを作る一員なのだという意思を強く感じた。
深夜2時頃、瓦レコードを訪れる人の数はピークを迎え、会場はこの日1番の盛り上がりを見せた。DJのかけるアッパーなダンスミュージックに一心不乱に踊り狂う観客たち。何を基準にするかという問題はあるが、2m間隔というのをものさしにすれば、密とも捉えられるくらいの中で各自が音楽の享楽に酔いしれ、久しぶりのパーティーを心から楽しんでいた。
少し休憩をしようと外に出ると、いい感じに酔っぱらった客がいたので話しかけてみた。彼は長野県の別のライヴハウスを経営しており、今日のパーティーのために1時間近くかけてやってきたという。この日を心待ちにしていたと心から語る彼は、やっぱり配信では体験できないことだからと何度も語っていた。その友人たちの口調からも、この日を迎えられたことの喜びと安堵を感じた。
朝方4時頃、酔っ払っている古川氏がこんなことを話してくれた。
「こういう場所をみんな記録されたくないし、誰も記録していないんだけど、唯一記録している人が来ていることは意味のあることだと思っているんです。1ヶ月後に結果が出るわけじゃないですか。もし今日ここにいる人の中でコロナ感染が起こったら、このパーティーのせいじゃなくてもこのパーティーのせいにされる。そう思うと、日本中のこういうカルチャーを背負ってしまっていると思うんです。でも、こういうパーティーは日常にあるものだし、お客さんも自分で選んできている人たちで、各々に気をつけながらも、変な気は使わずに盛り上がっているわけです。これが事実なんですよ。
入り口に貼ってある「CHOOSE YOUR DISTANCE」という言葉は、僕が好きな映画『トレインスポッティング』の「Choose your life」というセリフから来ているんです。「適度な距離感がいいよね」って3行にしようと思った。こういう場所関係なく、適度な距離感によって人は保たれている。それはコロナ関係なく、人間関係においてそうだと思うんです」
そのまま朝を迎えたが、観客たちは自由に瓦レコードでくつろいだり、帰ったり、踊ったり、お酒を飲んだりしながら、思い思いにその場を楽しんだ。決して無理をせず、それぞれのペースで音楽を楽しみ、仲間との再会を喜んだ。音は鳴り止むことなく、パーティーは20時を越えても続いた。
瓦祭から1ヶ月半。パーティー参加者からコロナ感染者は1人も出ていないという。
〈りんご音楽祭〉は瓦レコードで日々パーティーをやっている仲間を中心に運営されている。この取材をきっかけに、彼らが作る2020年の〈りんご音楽祭〉を追いかけたくなった。日本中の音楽フェスティバルが中止や延期を余儀無くされている2020年、どんな結末が待っているかはわからない。それでも〈りんご音楽祭〉と瓦レコードを毎週記録していきたいと思う。
取材&文:西澤裕郎
■イベント詳細
〈りんご音楽祭2020〉
2020年9月26日(土)・27日(日)@長野県松本市アルプス公園