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非常事態宣言が出ても音を鳴らし続ける覚悟、長野県松本市の音楽フェス〈りんご音楽祭〉主催者に密着

StoryWriter

長野県松本市のアルプス公園で2009年から毎年開催されている野外ミュージック・フェスティバル〈りんご音楽祭〉。 新型コロナウィルス感染拡大により様々な音楽フェスが中止・延期になる中、〈りんご音楽祭2020〉が2020年9月26日(土)、27日(日)に開催される。

今年は身近な仲間とともに作り上げる長野県松本市の“祭”という根源的な観点に立ち返り、チケットは長野県内のチケット取り扱い店舗のみ、通常キャパシティーの5分の1にあたる1日1000人限定で販売、りんごステージ、そばステージ、そして新設となる山の神ステージの計3ステージで行われる。

StoryWriterでは、同フェスの主催者である、dj sleeperこと古川陽介に3ヶ月にわたり密着する連載「CHOOSE YOUR DISTANCE」を毎週掲載中。3回目となる今回は、2020年8月7日〜9日に渡り松本を訪れた際のレポートをお送りする。

2020年8月7日

松本市の古民家を改造した防音・改装したパーティーハウス「瓦レコード」で、6月27日の夜から28日の夜にかけて行われた24時間パーティー「瓦祭」に訪れてから約1ヶ月半。8月7日、筆者は再び松本の街へと足を踏み入れた。

16時頃。新宿バスタから松本行きの高速バスに乗ったが、平日ということもあってか乗客は自分を入れて3人。かなりゆったりと席を使い、3時間半かけて松本に到着した。前回訪れたときに比べて、松本の街は少し穏やで人もまばらなように感じる。

ホテルに荷物を置くやいなや、松本駅から徒歩5分くらいに位置するスタジオSONICへと足を運んだ。昭和歌謡とシティーポップをテーマにしたクラブイベント〈トランジスタグラマー〉で古川氏もdj sleeperとしてプレイするという。開演直前にSONICに現れた古川氏は、瓦レコードから持ってきた電源タップにDJ機材を差し替え、ミキサーとスピーカーを納得がいくまで調整。開演時間が過ぎたころにセッティングが完了し、DJプレイがスタートした。

50人くらいは入りそうなBARスペースに演者を含めて6、7人といったゆるい空気の中で過去の名曲たちに体を揺らしながら楽しむ親身な空間が心地いい。コロナ禍で家から出れなかった頃に比べると、だいぶ前進したんだなという気持ちが込み上げてきた。皆マスクをしながら、距離をとって音楽を楽しんでいるが、大音量を浴びながら同空間で思い思いに踊るという行為は、とても贅沢な時間だなと噛みしめながら音楽に酔いしれた。

dj sleeperの出番が終わった深夜2時頃、〈りんご音楽祭2020〉に出店してほしいお店を口説きに行くと、古川氏が言うので一緒について行った。松本市の駅近くにある居酒屋風のラーメン屋「邦心」。昔ながらという趣もありつつパンチのある味が、お酒を飲んだ身体に染み渡るうまさだ。

「この濃さが、野外で踊って汗をかいたときに本当にうまいんだよね」

古川氏はラーメンをすすると、そのままカウンターに行き、店主と交渉を始めた。交渉と言っても堅苦しいものではなく、通い慣れているお店の店主にラーメンの美味しさを伝え、〈りんご音楽祭2020〉の主旨を伝えながら、フレンドリーな雰囲気で話している。ざっくばらんに約20分近く話をしたが、かつて別のフェスに出店したときがあまりに大変だったという経験もあり、今回は残念ながら出店の話はまとまらなかった。

〈りんご音楽祭2020〉は、松本市の“祭”という根源的な観点に立ち返るということをテーマにしている。それに伴い、フードなどの出店も松本市内の店で固める予定だ。古川氏は日常的に松本の様々な店を訪れているので、出店してほしい店の目星はいくつかあるようだ。しかしコロナ禍の中、飲食店もフェスに出店という部分で慎重になるのもわかっている。互いが納得して状態でフードを出せるよう、主催者自ら店に通い、食事をして、コミュニケーションをとる。とても実直で地域に根付いたやり方だ。

2020年8月8日

翌日8月8日。18時30分から瓦レコードでイベント〈RE-ACTION〉が行われるというので、それまで仕事でもしていようか悩んでいたところ、古川氏から電話がかかってきた。今日のイベントに出演する東京のバンドtasty を連れて、蕎麦を食べにいくから一緒に行こうという。

かつて筆者が松本を訪れた際、古川氏は松本の美味い店を何軒も案内してくれた。地元で生活しているからこそのお店を何軒も知っている。古川氏は瓦レコードに出演するミュージシャンや他県から来る人たちを精一杯もてなしてくれる。今回は、城下町の名店「蕎麦倶楽部 佐々木」に連れていってくれた。実は、高校生時代に瓦レコードでバンド練習していたミュージシャンが蕎麦を打っているのだという。そうした繋がりも古川氏らしい。

お店の前で待ち合わせして、古川氏とtastyの3人とともに蕎麦を堪能。その後、瓦レコードに戻ってリハーサルをし、同じく出演者で松本のバンドpadgeのメンバーも一緒にレコードショップ・MARKING RECORDSへ。ゆっくり雑談しながら1時間くらい過ごし、瓦レコード近くの焼肉屋で出演者みんなでご飯を食べ、イベントを迎えた。

諏訪市在住のシンガー・ソングライターまじ子、松本のバンドでグルーヴィーなサウンドを奏でるpadge、東京からやってきた女性3人組バンドtasty、バンド出演がなくなってしまったMonthly Mu & New Caledonia メンバーの演奏に続き、JKCLUB、メコンス、冬虫夏草、dj sleeperのDJと、深夜3時近くまで音楽は鳴り続けた。瓦レコードに来る人たちは本当によく酒を飲むし、音楽を楽しむことに長けている。「瓦祭」のときも感じたことだが、誰もがリラックスしてこの空間を楽しんでいる。この日、最後まで音楽を流し続けていたのは古川氏だった。

2020年8月9日

翌日9日。古川市ファミリーとともに、〈りんご音楽祭2020〉の会場であるアルプス公園を訪れた。翌日以降、古川氏は〈RINGOOO A GO-GO 2020〉のオーディションで全国を飛び回るため、この日しか家族と一緒に遊ぶ日がないという。そんな貴重な時間を一緒に過ごしていいのかと少し気を使いながら、公園内にある動物園を巡ったり、大きなアスレチックの滑り台を楽しむ4人をカメラマンとして撮って回った。

アルプス公園にはこれまで何度も来たことはあるが、〈りんご音楽祭2020〉を行っている箇所しか知らなかった。それ以外に何倍もの敷地がある自然豊かな公園で、動物園があったり、ホットドッグやかき氷の出店があり、子供を連れた家族たちの姿がたくさんあった。物理的にも心理的にも、こんなに松本にとって大きな公園だったのだと初めて知った。そして〈りんご音楽祭2020〉をこの場所で行うことに意味があるという古川氏の言葉の意味を理解した。

移動中の車の中で、古川氏に30分ほど話を訊いた(※後日掲載予定)。その中でも強く印象に残ったのが以下の言葉だった。

〈りんご音楽祭〉って、名前についているように祭りなんです。祭りっていうのは、ただの興行ではなく、文化だと思って僕はやっている。やっぱり1回消えた火を再び点けるのは大変じゃないですか? 祭って継承していくというか、火を絶やさないことがすごく重要なこと。だから、〈りんご音楽祭〉を始めてから毎年開催しているし、瓦RECORDだって16年ずっとパーティーをやっている。瓦祭もやり続けている。そういうことが僕はすごく重要なことだと思っていて。

だから〈りんご音楽祭〉に限っては、どんな規模になってもやりたいなとは思っている。例えば、この後非常事態宣言が出ちゃって、1000人の規模でもできないし、中止ですねってなっても、僕1人でDJして音を鳴らしに行くことが大事だなって思っているんですよね。アルプス公園で2日間、僕が良しとした音を鳴らすことが、最低限〈りんご音楽祭〉って言えることに繋がると思っている。それくらいこの2日間をやることに意味を感じているんですよね。それは〈りんご音楽祭〉だけじゃなくて、続けている全てのことに言えることだと思うんです。

約1時間近くアルプス公園で遊びつくし、我々は再び松本市内に戻った。筆者は以前、古川氏に連れて行ってもらった「三重鮨」で寿司と瓶ビールを食し、18時くらいに再び瓦レコードへ足を運んだ。

この日は〈RINGOOO A GO-GO 2020〉の松本オーディションということだったが、エントリーしていた2バンドがキャンセルしてしまい、1組だけの出演となった。地元・信州大学に通う男性2人のユニットで、打ち込みのダンスミュージックにベースを演奏し、ヴォーカルが歌うというスタイルで、それを見守る友達たちの姿を含め全てが初々しかった。

彼らの演奏が終わるのを見届けて、小走りで松本駅まで向かい、最終の高速バスに乗って筆者は東京へと戻った。日曜日の夜だったが、バスには僕を含め2人の乗客しかいなかった。

バスに揺られながら、毎日音楽を浴びた3日間を反芻した。この街に、だんだん愛着と愛情が芽生えてきている。帰路につきながら、そう感じた。


■イベント詳細

〈りんご音楽祭2020〉
2020年9月26日(土)・27日(日)@長野県松本市アルプス公園

・オフィシャルサイト:https://ringofes.info

・古川陽介 Twitter : https://twitter.com/dj_sleeper

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