2017年12月、Web版“StoryWriter”をはじめようと思ったものの、どんなサイトにしようか悩んでいた。レビューサイトにしたいわけでもないし、ニュースサイトにしたいわけでもない。批評サイトというのも自分にとってはおこがましい。時間ばかりが過ぎていく。このまま1人で悩んでいてもダメだと焦り、ナタリーを立ち上げた大先輩の大山卓也さんに電話をしてみた。いま考えるとなんて不躾なことしてんだ… と思うけれど、「対談をしてほしいんです!」と単刀直入にお願いしすると、「記事になるかはわからないけど一度話してみようか」と返事をくれた。嬉しさのあまり、BiSやBiSH、GANG PARADEなどをプロデュースするWACKの渡辺淳之介さんに話したところ、インタヴュアーを買って出てくれるという。以下の記事は、サイトの内容が決まっていないにもかかわらず実績とキャリアのある2人が参加してくれるという普通ではありえない状況で行われた記録だ。これがWeb版“StoryWriter”の記念すべき最初の記事。サイトの立ち上げ記事としてバシッとカッコいいところを見せたいけれど、それも嘘っぽいのでありのままをお届けしようと思う。新しい“StoryWriter”はここからはじまります!(西澤裕郎)
インタヴュー&文:渡辺淳之介
写真:外林健太
──今日はよろしくお願いします!
大山卓也(以下、大山):あの、そもそも今日この場に呼ばれた趣旨をわかってないから、その説明から入ってほしいんですけど(笑)。
西澤裕郎(以下、西澤):2017年10月20日に「SW」という会社を立ち上げまして、今ウェブサイトを作っている最中なんですけど、ぶっちゃけコンセプトが固まっていないんですよ。それで卓也さんの著書(『ナタリーってこうなってたのか』)を読んだら、「最初の設計図が重要だ」っていうことを書かれていて。なので、とりあえず始めてみる前に、先輩である卓也さんにご相談もかねてメディアをやっていくことについてお話を伺いたいなと思いまして。
大山:たしかに見切り発車でメディアを始めるのはあんまりオススメできないですね。
西澤:僕はウェブメディアの運営はOTOTOYしか携わったことがなくて。OTOTOYのメディア部分は、ミュージシャンである飯田(仁一郎)さんが編集長となりDIYで作ってきた部分もあるから、僕自身いわゆる編集の立ち上げや基礎を知らない部分も多くて。
大山:なるほど。
西澤:あと、今回インタヴュアーは淳之介さんにお願いしてみました。独立する時に背中を押してくれて、僕の内情とかも知っている、なおかついろいろ突っ込んでくれる人なので。
僕が会社を立ち上げたのは本を作りたかったからなんですよね(西澤)
──ぶっちゃけると、まずは権威ある人たちにインタヴューして、西澤さんと並んで写真を撮ってもらって、この会社はちゃんとしてるんだよってところを見せたいっていうのが本音です。卓也さんを利用する感じになっちゃってすみません(笑)。
大山:あはは(笑)。まずハッタリかまそうぜっていうところはすごく渡辺淳之介的でいいと思います。ただ、僕はそもそも西澤くんが何やりたいのか全然わかってなくて。まずはそこから聞いていいですか?
西澤:僕が会社を立ち上げたのは本を作りたかったからなんですよね。
大山:あれ? 今までもZINEみたいのを作ってたんでしょ。
西澤:『StoryWriter』っていうZINEなんですけど、知ってます?
大山:うん、昔見たことある。
西澤:でもそれは2011年を最後に作っていないので、もう1回原点に帰って出版物を作りたいなっていうのと、当時はタワレコとかユニオンとか小規模でしか流通していなかったので、今度作るものはもうちょっと多くの人に知ってほしいなっていう気持ちがあって。
──出版物ということで言えば、卓也さんは出版社で雑誌編集を7年やって、いわゆるサラリーマン時代を経ているじゃないですか。その期間って必要だったのかどうかっていうところが結構気になってて。
大山:必要だったと思う。あれがなかったら全然何もできなかったですね。
──そうですよね。そこで1番学んだことってなんだったのかなって。
大山:何もかもです。何もできない若者が、会社という場で仕事に対する心構えも技術的なことも、全部の基本を教えてもらった。だから今自分でやれてるっていうのがあって。西澤くんはそういう経験がないことが不安なんでしょ?
西澤:僕もサラリーマン時代はあるんですけど、ちゃんと編集を学んでないのが不安なんです。
──サラリーマン時代はどんなことをやってたんだっけ?
西澤:新卒で1年3ヶ月間書店員をやって、そのあと製本工場で10ヶ月働いて、出版社で営業と物流を3年間やって、フリーライターの期間を半年間経て、音楽サイトのOTOTOYに入りました。
──たぶん西澤さんが1番不安に思ってることが編集の技術的な部分っていう。
西澤:そう、そこが不安なんです(笑)。他の音楽媒体で書かせてもらった時に原稿を出したら赤字いっぱいで戻ってくるのかなと思っていたんですけど、だいたい「オッケーです」で終わっちゃうんですよ。ほとんど何も言われたことがなくて。
大山:それでやれてるならいいんじゃないですか。でも編集やってて外部のライターの原稿をそんなにガッツリ添削するのとかイヤですしね。ダメだなって思ったらそれ以降仕事頼まなくなるだけで。
──赤字は基本的に入れないんですか?
大山:いや、社内のライターにはとことんやります。ダメな原稿は真っ赤にして戻す。単純に技術的なことだけじゃなく、うちのスタンスはこうだよってことも含めて細かく共有します。そういうのはメディアをやる上では必要だと思いますね。
──メディアのスタンスの話で言うと、西澤さんは独立して自分のウェブサイトを今から始めるわけで、やりたいことを自由にできる状況じゃないですか。でも独立することで逆に自由がだんだん殺されてく感じもあったりしません?
西澤:そうですね。
大山:現状だとSWっていう会社は、ライター西澤裕郎の屋号になってるわけですよね。
西澤:まあそういうふうになっちゃってますね。
大山:日銭を稼がなきゃっていう気持ちはわかるけど、せっかく独立して会社を作ったのに少しもったいない気はしますね。
西澤:本当に自分のやれること、やりたいことを全力でできる場所を作らなきゃ自分が腐っていってしまうなっていう気持ちがあって。自分の責任で全部自分でやりますっていう状況を作りたかったんですけどね。
大山:じゃあなおさら西澤くんが今やりたいと思ってることをガンガンやっていったほうがいいのでは?
西澤:僕が一番やりたいことは本を作ることなんですよね。2007年に東京に出てきて、初めて東京のライヴハウスに行ったら、自分が知らなかっただけで、おもしろい人たちがたくさんいるんだなと思って。どんな人なんだろうって調べようとしたら、どこにも情報が載っていなくて、だったら自分で作りたいなと思って一人のアーティストを深掘りした本を作ったのが『StoryWriter』だったんです。そのときにも取り上げたんですけど、今SWで最初に作りたいと思っているのがクリトリック・リスの本なんです。スギムさんの音楽って人生そのものじゃないですか? だからクリトリック・リスの本を作ってただ本屋に並べるんじゃなくて、音楽好き以外の人に届けたいっていうのがビジネスを抜きにしてやりたい僕の一番の原動力なんですよ。
大山:っていうかクリトリック・リスの本が書きたいなら書けばいいんじゃないの。今すぐ書いて出せばいいのに。
西澤:それは全く仰る通り……。
大山:何の障害もないですよね。これがミスチルの本が作りたいとかだったら、自分の信頼値を積み上げて企画を通してっていう手順を踏まなきゃならないかもしれないけど、クリトリック・リスの本は別にすぐ形にできる気がします。
西澤:単純にビビっているんだと思うんですよね。それにだけ注力して印刷代も払ったらお金がすっからかんになって会社が終わっちゃうんじゃないかって(笑)。
大山:じゃあ自社で出すんじゃなく、原稿書いてどっか出版社に持ち込めば?
西澤:出版社に持ち込むと、ある程度営業も決まった方法になってくるじゃないですか。そうじゃなくて、そこも全部自分でやりたいんですよね。原稿が出来た時点でPDFで無料配布しちゃったりとか。
──あ、全部をやりたいんだ。メーカーになりたいってこと?
西澤:そうそう、出版社としてやりたいんですよ。どの本屋に置くかとか、どういう方法で売るかも含めてやりたいんです。淳之介さんもBiSHが始まった時点から、曲ができた時点でOTOTOYでフリー・ダウンロードをして先に全部曲配っていたじゃないですか。聴かれなきゃ意味ないよねってスタンスでやってるのを見てたから、本に関してもやっぱり読まれなきゃっていうか目に触れないと意味ないよねって僕も学んだんです。出版業界って歴史が長いし、よくも悪くも慣習とシステムが出来上がっているから、そういうところも、自分がメーカーとしてしがらみなくやってみたいんですよね。
大山:だったらなおさら誰の許可もいらないんだし、今すぐやったほうがいいですよ。
行き当たりばったりでふわふわしたまんまやるのダサいじゃんって(大山)
西澤:そうですね。ビビってないでやらなきゃいけないですね(笑)。そういえば卓也さんは自信がないって感じには外からまったく見えないですよね。
大山:うん、一応すごく考えて慎重にやってるので。
──慎重感ある!
大山:何かやる時はそれこそ設計図の話じゃないけど、全部シミュレーションして考えて、自分が確信が持てたことをやりたいって思ってるんです。行き当たりばったりでふわふわしたまんまやるのダサいじゃんって。
──慎重に、かつ恐れずやればいいんだっていう。
大山:だからクリトリック・リスのことを知らない人にも刺さるおもしろい本を書けば解決ってことだと思うんですよね。
──でも、西澤さんが本を作って失敗したくないっていう気持ちは俺もわかるんですよね。好きすぎて、ほんとに好きな砦だからどうしても守っておきたいっていう。
西澤:それがクリトリック・リスっていうのもどうかなと思うんですけど(笑)、それ以上に、もし本を出して全く人に伝わらなかった時、スギムさんに対しても申し訳ないし、満を持してというかこれ以上ないものにしないといけないんだって気持ちがどうしてもストッパーをかけちゃう。
──そしたらたぶん一生出さないですよね(笑)。だから難しいなって思っていて。怖い気持ちはわかるんだけど。
大山:なるほど。
──でもそれを信念を持ってやらないといけないんですよね。
大山:そう思います。自分がその仕事に見合うだけの力をつけて、状況も全て整った! っていうふうにはやっぱりなかなかならないものだし。
西澤 : そうですね。
ナタリーではそれをやってないというだけであって、ちゃんとした批評がもっと世の中にあるべきだと思ってるんで(大山)
大山:でも本を出したいっていう思いがそんなにあるのに、今ウェブサイトを作ろうとしてるのはなぜなんですか?
西澤:この数年間、おもしろいものをいち早く知るきっかけって周りにいる若い子たちの口コミだったりするんだなと実感したので、そういうのを即時に発信できる場所を作りたいんですよね。
大山:音楽のサイトを作るということ?
西澤:音楽以外もやりたくて、本とか、アートとか。
大山:コラムとかレヴューがたくさん載ってるウェブサイト?
西澤:批評がやりたいわけじゃなくて本当に熱のあるものを載せたいんですよね。だからコラムに近いのかもしれないです。
大山:でもニュースやカタログじゃなく、何か好きなものの面白さを紹介したいと思ってるなら、そこには批評的な視点がないとダメだと思いますよ。どこがどう優れているのかちゃんと書かないと。誤解があると思うんですけど、僕は批評とか評論はすごく好きだし必要だと思っていて。ナタリーではそれをやってないというだけであって、ちゃんとした批評がもっと世の中にあるべきだと思ってるんで。
──ナタリーが作っちゃったんじゃないですか。批評しないっていう文化を。
大山:質の低い印象批評みたいなものが横行する世の中に対するカウンターとしてそういうスタンスをとってたはずなんですけどね。本当は説得力のある批評とか評論っていうものがないとどんなシーンも盛り上がっていかない。
西澤:The Sign Magazineとかele-kingみたいにしっかり批評をやっているサイトもあるじゃないですか。僕はあそこまでハイコンテクストなものを想定しているわけでもなくて……。
大山:じゃあやっぱり、どれだけしっかりやれるかですよね。まだ始まってないのに悪いけど、知らない人が書いた、大して質も高くないコラムがいっぱい載ってるサイトを作っても意味がないと思うので。
──刺さるなあ(笑)。
大山:中身がおもしろかったらいいんですけど、そのおもしろさをどうやって作るのか、どうやって続けていくのかってところですよね。だから西澤くんがどんなウェブサイトを作るつもりなのかわからないけど、もしやりたいことが明確に見えているなら、それを表現するためにどんな器が必要なのかは自ずと決まってくるはずで。今はウェブサイトの形から決めようとしてるからなかなか進まないんじゃないかなって気はしますけどね。
西澤:くよくよしてないで、まずはクリトリック・リスの本を作ります!
大山:うん、早く読みたいです。
西澤:いや、今日はものすごいアドバイスというか激励をいただきまして、僕は自分に保険をかけすぎていることを実感しました。あと、自信のなさが露呈しているなと。
──そうだよ。まずは会社の資本金を食いつぶすところからスタートしないとさ。いただきまーすって。
西澤:もっと図太くならなきゃいけないのかな。
──って思うけどな(笑)。
札幌生まれ。出版社勤務を経て2004年に独立。2007年にポップカルチャーメディア「ナタリー」を立ち上げる。以降は音楽、マンガ、お笑い、映画、舞台といった各ジャンルのニュースを発信。2017年からはナタリーの運営会社であるナターシャの取締役会長を務めている。
東京生まれ。プロダクション勤務を経て、BiS、BiSH、GANG PARADE、EMPiREを手がける株式会社WACKを立ち上げ。常に新しい事をしたいと思いながら人のモノマネばかりをしている33歳。
1982年生まれ。長野県出身。出版社勤務を経てフリーのライター・編集者に。音楽ファンジン『StoryWriter』編集長を務め、2012年より音楽配信サイトOTOTOYにディレクターとして所属。2017年、株式会社SWを立ち上げ。