エロ本の歴史はとうとう終わってしまった……時代に刻まれた100冊の創刊号で描く『日本エロ本全史』

著者の安田理央

「学校やTVが教えてくれない大切なことは大体エロ本から教わった」という石野卓球による帯の文章の通り、エロ本に思い入れのある人は少なくない。80年代まではエロ要素だけでなく、インディーズの音楽や漫画をはじめとしたサブカルチャーや、社会問題にもなった山口百恵宅のゴミ漁り記事といったエッジの利いた記事まで、有象無象を取り上げていたエロ本。90年代以降はエロの純化が進み、00年代にはDVDの付属が当たり前に、そして2020年を目前にコンビニからエロ本は姿を消そうとしている。とうとうエロ本の歴史は終わってしまった。そんなエロ本の歴史を、1946年から2018年までの創刊号100冊とともに振り返る『日本エロ本全史』。この壮大な記録を行なった著者の安田理央に、エロ本の歴史とそこに込められた男たちの業について話を訊く。

取材&文:西澤裕郎


エロがどんどん純化されていった

──『日本エロ本全史』は、安田さんが集められた1946年から2018年までのエロ雑誌創刊号コレクションから、エポックメイキングな存在となった100冊をまとめて紹介した書籍です。どうして本書を作ろうと思ったんでしょう?

安田理央(以下、安田):もともとエロ本の創刊号を集めていたので、そのコレクションをまとめたいという気持ちから都築響一さんのメール・マガジンで連載していたんですよ。それを本にしようという話が出てから、エロ本の歴史とともにまとめることにしたんです。エロ本の歴史についての本はこれまでにも何冊か出ていたんですけど、90年以降のことが全くと言っていいほど書かれていないんですよ。そこは動機として大きかったですね。自分も90年代からエロ本業界で作り手側として関わっていたので、そこからの歴史もまとめておかないといけないなという思いはありましたね。

──僕は90年代に中高生だったので、まさにその時代にエロ本を買っていたんですけど、コンビニに置いてあるエロ本の種類も多かったですし、周期も早かった印象があって。まとめるのが難しいという理由もあったんでしょうか?

安田:いや、単にやる人がいなかっただけじゃないですかね(笑)。これまでの本を書いていたのは、僕より年齢がもっと上の人たちなので、90年代以降は現場から離れていっちゃった人が多いんですよね。90年代以降のエロ本業界のことを見ていて、なおかつ過去の歴史も調べたりする人が、たまたま他にいなかったんじゃないかな。

──80年代までのエロ本は、カルチャーとして価値があるものも多い印象があります。以前、末井(昭)さんにお話を訊いたとき、ヘアが出るか出ないかをくぐり抜けるかが問題点だったとおっしゃっていて。例えば、性器の写真を荒く印刷したページを作って、天井に貼ったらなんとなく形がわかるみたいな工夫をしたり。そういう点で、規制があるからこそのおもしろさが生まれていたと思うんですけど、90年代はヘアが解禁されたりするなどの変化があったわけで、エロ本とカルチャーの関係性をどう捉えているんでしょう。

安田:80年代までは、裸を載せているだけで価値があったんですよ。よく言うんですけど、1色ページって本当は誰も読んでいなかったんじゃないかって。そもそも、雑誌の規定の問題で、グラビアページだけじゃなくて、読み物も載せなきゃいけないという背景もあったんですよ。でも90年代以降になると、1色ページも、だんだんエロに重点を置くようになっていくんですよね。だから、80年代までと、90年代、00年代というのはエロ本のエロの分量が違う。80年代はエロの部分と1色ページの部分が分離していたのが、90年代以降はそこが繋がっていき始め、00年代に入ると関係ないものは一切いらなくなった。エロがどんどん純化されていったんですよ。まあ、エロ本としてはそっちの方が正しいんですけどね。

──80年代ってヘアを出すかどうかで警察からも厳しくチェックされていたんですよね。そこに対する闘争みたいなものはあったんでしょうか。

安田:どちらかと言うと、闘っていたのはエロ本側よりもアートの方なんですよね。それこそ『芸術新潮』とかが、発禁処分を受けたりを繰り返していた。90年代に入ってヘアヌード解禁になったけど、最初は芸術だからという言い訳だったからエロ本はヘアヌードは、なかなか手を出せなかったんですよね。エロ本は、むしろいつも逃げ道を探していた。それこそ末井さんがよく言っている、毛が写っちゃいけないなら、剃っちゃえばいい、みたいな。

──剃った上からマジックで毛を書いて載せた話も有名ですよね。

安田:怒られたら他の方法を考えようというのがエロ本側の手法なので。戦うのは芸術とか文学の人なんですよ。エロは基本的に戦わない。だって、基本はお金儲けですから。儲からないものをやっても仕方ないという理屈です。

──原理原則はかなり現実的なものなんですね。

安田:すごく現実的です。

安田理央氏にある膨大な資料の山

──抜け道を探すことで生まれたものって、どういうものなんでしょう。

安田:象徴的なのは、ロリータ・ヌードなんですけど。毛を載せちゃダメなら、毛が生えていない若い子はいいだろう、という。いろいろ間違っているんですけど(笑)。

──すごい解釈ですよね(笑)。

安田:90年代頭に芸術であれば毛はオッケーとなったときに、コンビニで誰でも買える週刊誌には毛が写っているのに18禁のエロ本には毛が出ていないというねじれが起きたりして。そういう状況が、けしからんとかではなくて、おもしろいなと思うんですよ。じゃあどうしようというところから始まっていく。

スカム的なものを載せてくれるところがエロ本以外になかった

──一括りにはできないと思うんですけど、エロ本の編集に携わっている方々ってどういう方が多かったんでしょう。

安田:やっぱりダメな人は多かったですよね。よく失踪していました(笑)。1、2ヶ月失踪して何事もなかったかのように戻ってきて、また働いていたりしていて(笑)。

──本書籍の中にも、安田さんが友達たちと酔っ払って白夜書房の編集部に深夜に遊びにいって、そのまま見出しをつけてエロ本の編集の手伝いをしたエピソードが出てきますよね。

安田:結局、売れていれば社長とか上の人は何も言わないんですよ。だから、みんな好き勝手できた。1人で作っているような雑誌もいっぱいあったし。いい加減っちゃいい加減なんですけど、その分自由にできたのはおもしろいですよね。あと、エロ本は予算があまりなかったので、安く使える人を探すとか。そういう創意工夫もおもしろかったりしましたよね。

──エロ本って、予算はそれなりに潤沢にあったのかと思っていました。

安田:基本的にはないですね。とは言え、それでも一番売れていた90年代なんかは結構お金かけているところもありましたよ。『ザ・ベストマガジンspecial』なんかは1号の制作費が1千万円以上とか言われていました。でも、まぁ、ほとんどの雑誌はあまり制作費をかけられなかったですね。たくさんエロ本を出している出版社なんかは、いっぺんにたくさん撮って、使い回しをするとか、コスト減のためのいろいろな方法を使っていましたね。僕は、そういう商業システムの中でエロをやることに興味があって、素人のエロに関してはそれほど興味がないんです。

──ヒカシューの2ndアルバム『夏』が、『ウィークエンドスーパー』の特集「愛情西瓜読本」に影響を受けていたり、巻上(公一)さんのコラムを読みたかったという記述もあったので、そこは意外ですね。

安田:確かに僕がエロ本を熱心に読むようになったのは、そこが入り口でした。80年代に関して言えば、サブカルチャー的なものを掬い上げる他に媒体がなかったんですよね。例えばサブカルでも『POPEYE』とか、サブカルの中でもハイセンスなものが多くて。スカム的なものを載せてくれるところがエロ本以外になかったんですよ。90年代以降になると『GON!』みたいな雑誌や、それだけで成り立つようなサブカル誌が出てきた。そういう意味でもエロ本の価値があまりなくなっていったということはあると思います。一時期のギャグ漫画家さんは、エロ本出身の人がすごく多かったんですよ。変わった漫画を載せてくれるのは『ガロ』しかなかった時代があったんですけど、『ガロ』は原稿料が出ないので、エロ本で描いて稼いでいた、みたいな。エロ本は、面白がって変な漫画も載せてましたから。

『ウイークエンド・スーパー』(1977年創刊 セルフ出版/日正堂)

10年代は新しいエロ本の創刊号ってほぼない

──僕は2018年にMOROHAのUKさんと映像作家のエリザベス宮地さんとともに18禁のタブ譜『GRAYZONE』を作ったんですけど、『JAM』を参考にした部分もあって。『JAM』とか『HEAVEN』は異端なエロ本だったんですか?

安田:『JAM』や『HEAVEN』は先鋭的でしたね。『JAM』は自販機本というスタイルの中でこういうこともできるんだというのを示したのが大きかったんですよね。あれができたことによって、エロ本って好きなことやっていいんだって、みんな気づいたんじゃないですかね。

──90年代以降、エロ本がエロに純化していくのを、安田さんはどういう風に感じられていたんでしょう?

安田:それはそれでおもしろかったんですよね。エロと言っても、変なこととかバカバカしいこととか結構出来たので。『デラべっぴん』なんかでも、切り抜いて組み立てるグラビアとか、ボディ・ペインティングでコスプレをさせたりとか。エロというものを題材にいろいろなことができたんですよ。どちらかと言うと、エロと全然関係ないものを入れるよりも、そっちの方が僕は好きでしたね。

──本の構成的に80年代の創刊号が多いのに理由はあるんですか?

安田:やっぱり80年代は有名な雑誌が多いんですよね。90年代は後半に失速しちゃうというのもありますからね。後半も元気だったら90年代も、同じぐらいのボリュームになったかなって気もしないでもないんですけども。

『スーパー写真塾』(1984年創刊 白夜書房)

──90年代後半に失速していった理由ってなんだったんでしょう?

安田:ネットであったり、規制だったりの影響だと思います。

──iモードが出てきて、エロをケータイで観る時代に変わってきましたもんね。その頃高校生でしたけど、『お宝ガールズ』は僕も持っていました。

安田:90年代後半のエロ本は、ちょっとひねっていますよね。まぁ、『お宝ガールズ』自体はエロ本と言っていいのかというのもちょっと微妙なんですけど、お宝ブームというのもエロ本業界を活性化させたのは確かだと思います。

──エロ本のレアグルーヴという見出しがいいですね(笑)。中身の写真は、ここの編集部が無断で使用しているものですよね? 訴えられたら絶対アウトな感じがしますけど。

安田:まぁ、それで訴訟を起こされてお宝ブーム自体は終息していくんですけど。

──あと『チョベリグ!!』は衝撃的なエロ本でした。

安田:『チョベリグ!!』や千人斬り』は、東京三世社の染宮(正人)さんという編集長が作ったスタイルなんです。エロ本の歴史を語る時に、染宮さんってあまり触れられない人なんですけど、僕は業界にすごく影響を与えた人だと思ってます。末井さんなんかに匹敵する人なんじゃないかな。エロ本の純エロ本化を進めた人なので、その影響は良くも悪くもという感じなんですけど(笑)。

──ページすべてに裸が詰め込められていて、高校生の自分には過激でした。『チョベリグ!!』とかがエロの実用性を進めていった一つの形態ですよね。

安田:その実用性の先に、DVD付きだったり、パンティー付きの本が出てくるわけです。雑誌本体で勝負ができなくなっちゃったということですよね。

──DVDがメインになる以前の2000年に刊行された『千人斬り』も衝撃でした。

安田:『千人斬り』は過激過ぎて、今回(『日本エロ本全史』に)載せられる写真がなかったという(笑)。弁護士さんに相談したら、「これダメなんじゃない?」って言われて、ずいぶん差し替えました。誌面だと、小さくしちゃうから余計モザイクがなくなって見えちゃうんですよ。丸見えになっちゃう(笑)。

──こんなに性器をどアップでモザイクにしている本ってなかったですよね。

安田:そうなんですよ。『千人斬り』とか、その後に『Shufflle!』という雑誌も出てくるんですけど、そのへんの時期の書店売り本は、そういうギリギリのところを戦っている雑誌だったんです。まあ捕まったりもするんですけど、当然(笑)。それはネットに対抗していた部分があったんですよね。ネットでモロ出しをやっているときに、書店売りのエロ本でもどこまでできるかみたいな。

──あと「ちんかめ」なんかも流行りましたよね。

安田:その反面で逆におしゃれヌードとかも出てきたりするというのが、2000年代頭の動きなんですけど。おしゃれヌードは、結局エロ本の読者は買わなかったんですよね。女子とかおしゃれな人が買うのであって、読者層が全然違っていたんです。そこをやろうとして、みんな失敗した(笑)。

床にまでびっしり資料が

──『日本エロ本全史』でも、2001年から2006年まで紹介されているエロ本が一気に飛びますもんね。

安田:10年代は新しいエロ本の創刊号ってほぼないんですよね。『日本エロ本全史』でも、リニューアル創刊号を無理やり入れてる感じですね。2009年の『オトコノコ倶楽部』以降は、新しい動きのエロ本って生まれてないんじゃないかな。

──やっぱり売れないから創刊もされないと?

安田:単純に売れないというのもありますし、定期刊行物的というスタイルがあまり受け入れられなくなっているというのがあるんじゃないですか。雑誌じゃなくて、単発のムックでいいやと。連載とかもないから、雑誌にする意味がない。

作っている側としては胸が痛くなりますよね

──僕は2007年まで書店に勤めていたんですけど、エロ系の本は全部返品しろってお達しが出ていて店に置けなかったんですよね。エロ本だけ全部取り置きしてくれっていうお客さんが1人だけいて、その人用には取っておいたんですけど(笑)。人目に触れると苦情が来るからみたいなことは結構ありましたね。

安田:書店がどんどん減っていったのは大きいですね。大型書店が結構できていたので、業界をトータルで見ると、そんなに下がっていないみたいな言い方があったんですけど、そういうところにはエロ本コーナーがないんですよね。単純にエロ本の売り場がなくなっていったというのは大きいですね。

──そういう状況を憂う気持ちはあったんですか?

安田:この業界で仕事をしているから、仕事先がなくなるのは困るんですけど、一方しょうがないなという気持ちもずっとあるんです。今回のコンビニの話もそうなんですけど、タバコみたいな感じだなと思っていて。タバコは有害だっていわれると、まあそうだよねという。反論できない。でも俺は吸いたいから、隠れてコソコソ吸わせてもらうしかないのかな、って感じに近いですね。

──『エトセトラ』という本で、「コンビニからエロ本がなくなる日」って特集が組まれていますけど、こんなにエロ本って嫌われているんだなって思い知らされました。

安田:コンビニにエロ本があることを、こんなにみんな嫌がっていたんだなというのをつきつけられて、作っている側としては、すごく胸が痛くなりますよね。だから『日本エロ本全史』と、これを一緒に併読してほしいなという気持ちはありますね。こういう側面もありますよ、と。

──僕は結構、過激な反対意見だなって読んでいて思いました。

安田:過激ではあるけど、ちゃんと作り手側の意見も載せているのはいいですよね。でも、作り手側も、みんなしょうがないなという気持ちなんですよね。けしからん、表現の自由の侵害だって言う作り手はいないと思います。たぶん、言っている人は、実際には今のエロ本を買ってない人ですよね。

──本の中でも書かれていましたけど、コンビニで中身が見えないようにシールが貼られたことによって、表紙で判断するしかないため、見出しがどんどん過激になっていったと。

安田:シール貼りされて、中が読めなくなったから、表紙がどんどんえげつなくなっていったというね。『エトセトラ』でも表紙の文章が過激すぎると言われてましたけど、あれもシール貼りの弊害だったんですよね。

──結局、目に見えるところのエロ本がなくなるだけの話であって、ネットの検索ワードとかエロいワードを調べているわけじゃないですか。単純に見えるところから排除するというのは、本質的なことなのかなともいう思いもあります。

安田:そうですね。ただ、基本的に日本のエロ対策は、いつもそういう方式を取っているんですよ。例えば風俗でも店舗型はなくして、デリヘルにしようよというのがやり方じゃないですか。とりあえず、街の景観からは消える。僕個人としては隠れていないところにあって共存している方がおもしろかったなあという感じはあるんですけど、それが正しいのかと言われると、難しい。

ネットができない人の救済措置

──エロ本が時代的に役目を終えたと書かれたのは、本心なんですか?

安田:エロ本は、どうすれば生き延びられるのかは、ずいぶん考えたことはあるんですけど、結局答えは見つかりませんでした。印刷物としての本は、物としての魅力があるので、アナログ・レコード的な形として残る道はあるだろうなとは思うんですけど、エロ本の場合は実用的な部分で言ったら、あまり存在価値はないですよね。現時点でもネットができない人の救済措置なんですよね。エロ本というのはおじいさんとか、情報弱者の人たちが読んでいるのが、現状なんです。だから、そういう人たちに別の救済措置があれば、いらなくなるのかなあという。今も既に付録のDVDがメインになっている時点で、もうそれはエロ「本」なのかな? と思ったりもしますし。

──そんなエロ業界でなんとか戦いたいという人はいるんですか?

安田:いないこともないけど、現実問題としては無理というのが1つの形で、結論は出ているわけじゃないですか。今、エロの出版社でもちゃんと撮り下ろしのエロ本を出しているところって、もう三和出版ぐらいしか残ってないんですよね。

一大ムーブメントを起こした『劇場版テレクラキャノンボール2013』が飾ってある

──一方でAVの方はAVの方で戦いがあるわけじゃないですか。

安田:AVは、パッケージから配信に移ってきているわけですよね。ただ、配信になった場合のいろいろな問題というのも当然あるし。配信は「FANZA」が市場をほぼ独占しちゃった状況がいいのか悪いのかとか。

──それこそ「FANZA」も今度紙で出しますよね。ちょっとカルチャーっぽい感じの。

安田:まぁ、あれはエロ本とはあんまり関係ないところの話だと思いますね。

──ウェブメディアとしての可能性はいかがでしょう? 『デラべっぴん』も、『デラべっぴんR』としてウェブで更新していますよね。

安田:アダルトのニュース・サイトというのは残るんじゃないですか。だからエロ本の残り方として、そういうウェブ・マガジンとしての形と、一般誌のエロ記事。『週刊ポスト』とか週刊誌のエロ本的な記事が増えてますよね。あと、今後コンビニにエロ本を置けなくなったということで、実話誌として置いてもらおうという動きがあるんですよね。表向き一般誌だけど、エロ本っぽいグレーな存在として。

──エロ本と言っていいのか分からないですが、『裏モノJAPAN』とかは今でも攻めていますよね。

安田:あのへんもエロ本の末裔の1つではありますね。

一番入手が難しいのが風俗誌なんですよ

──そんな現状で、安田さんがエロを発信する意欲ってどこにあるんでしょう。

安田:前は自分でもエロのコンテンツも作っていたんですよね、実用的な。でも、今はもう記録しておくことの方が大事かなと思ってます。

──残しておかないと、忘れ去られてしまうみたいな。

安田:それから、現時点で何が起きているのかもちゃんと追っておきたいな、と。それができている人があまりいないんですよ。昔のものに強い人は結構いるんですけど、リアルタイムで動いているものをチェックしてないんですよ。両方できる人が僕ぐらいしかいないのかなって。だから自分がやっておかないといけないかなと思っています。

『100万人のよる』(1956年創刊 季節風書店)

──この本が出たことによって期待することってありますか?

安田:エロ本というよりも、これを読んで、雑誌自体のおもしろさみたいなものに気づいてもらえればいいかなと思っているんですよ。

──古本屋さんで売っているエロ本って、値が張りますよね。

安田:実はそんなに高くはなくて。今回も半分くらい新しくエロ本を買い足したんですけど、大体ヤフオクが多いんですと。ライバルが全くいないから、入札をしても、ほぼ値が動かない。誰も欲しくないのかなみたいな(笑)。

──人のエロ本を入札で買おうという人はあまりいなさそうですしね。

安田:おもしろいのは、古い本はどんなにレアなものでも、比較的簡単に手に入るんですよ。でも近年のものが手に入らない。SM雑誌なんかはわかりやすいんですけど、70年代以前のSM雑誌は結構お金さえ出せばすぐに手に入るんですよ。でも80年代以降は意外に市場に出回っていないというのがあって。

──みんな捨てちゃうってことですか?

安田:80年代以降の人は、思い入れがあまりないのかもしれないですね。60代以上の人かなんかは思い入れもあるから、コレクションするんだけど。それ以降になってくると、それほどそこに思い入れがないから。あまりお金も出さないし、保存もしないしみたいな。00年代の本となると、もう本当に出回らない。そういう意味で、一番入手が難しいのが風俗誌なんですよ。

──版元も持っていない。

安田:版元ももう存在してなかったりするし、本当に風俗誌が1番手に入りにくいんですよね。基本的に情報誌だから、時期がすぎると価値が無くなっちゃう。雑誌の性格によって、手に入りやすい、入りにくいもあるし。お金さえ払えば、わりと高いもの、貴重なものは意外に手に入るんですよね。お金を払えば『JAM』でも手に入るんですよ。

──今回、掲載したかったけど、手に入らなかったものもあるんですか?

安田:いっぱいありますよ。だから『MAN-ZOKU』を入れられなかったのがすごく悔しいですね。風俗誌として『MAN−ZOKU』か『Naitai magazine』か『シティプレス』のどれかは入れたかったんですけど、創刊号がどうしても手に入らなくて。なので、『ナイトウォーカー』ってちょっとマイナーなのになっちゃったんです。

──そこには風俗情報が出ているんですか? この店がいくらだとか。

安田:そうですね。お店のデータと風俗嬢のグラビアとかね。他にも、載せたかったけど、創刊号が入手できずあきらめた雑誌はいくつかありますね。

ヌードグラビアに意味不明な記号と文字が

──逆に、手には入ったけど、1番手こずった本はどれでしょう?

安田:『平凡パンチ』の創刊号なんですけど、最初ヤフオクに出たときに創刊号から5冊セットで2万だったんですよ。高いけど、まあしょうがないかなと買ったら、目当てのヌード・グラビアだけ抜かれているんですよ(笑)。

──切り取られていたんですか?

安田:切り取られてました。古本屋さんで昔の頃の雑誌を買うと、ヌード・グラビアだけないということ、結構多いんですよ。しばらくしたら、もう1回ヤフオクに出たんですよ。『平凡パンチ』の創刊号が。よし! と思って、落札したら、またそれもヌードグラビアだけないんですよ(笑)。

──みんな切り抜いているんですね(笑)。

安田:国会図書館でもヌード・グラビアだけ抜かれていることあるんですよ。麻田奈美のヌードだけ無いとか(笑)。今、『平凡パンチ』の創刊号を2冊持っているの僕ぐらいかもしれないですね、欠損品だけど(笑)。

──持っていた人の痕跡があるのは、エロ本ならではですよね。

安田:痕跡といえば、すごい人がいるんですよ。ある方が亡くなって、大量のエロ本とエロスケッチが残されたんですね。それで、その人の息子の奥さんがどうすればいいか分からなくて、下北沢の古書店に持ち込んだものが、まわりまわって僕のところに来たんだけど(笑)、すごいんですよ。ヌードグラビアに意味不明な記号と文字が細かくびっしりと書き込まれていて。

(書斎から本を探して机の上に置く)

ヌードグラビアに意味不明な記号と文字が細かくびっしりと……

──エロの範疇超えていますね(笑)。何をされていた方なんですか?

安田:ちょっとそれは不明なんですけどね。こういうのが何十冊もあるんです。なんだかわからないけど、すごいんですよ。段ボールに何箱も大量にもらって(笑)。イラストがもっとすごくて。レポート用紙に描かれたその人のイラスト、全部セーラー服の女の子が縛られているSMなんですけど、そっちも記号がびっしり。日本のヘンリー・ダーガーじゃないかというね(笑)。あれすごかったなあ。

──その時代を生きた男たちの業が詰まっている感じがしますよね。

安田:そうなんですよ。エロ本はそういう魅力がある。例えばエロ本の話をする時って、みんな本当に楽しそうなんですよね。俺は何が好きだったとか、なんとかは巨乳が多かったとか、こだわりとかがみんなあって、熱くなるんです。

──今の子は紙がないから回し読みとかもできないですしね。

安田:エロ本だけに限らないんですけど、雑誌って売れなくなると表紙からタイトルロゴがだんだん小さくなっていくんですよね。見出しの方が大きくなっていって、見えなくなっちゃう。これって、雑誌のブランドというのがなくなったってことなんですよ。今、エロ雑誌のブランドとしてあるのは『ニャン2倶楽部』ぐらいじゃないかなと思うんですけど。『日本エロ本全史』は基本的に創刊号を掲載しているんだけど、休刊号も結構載せているんですよ。雑誌は生き物なので、良くも悪くも、どんどん変わっていくってことがわかると思う。

──今のところ、読者からはどんな反響がありますか。

安田:まあ、よく集めたねみたいな(笑)。でも、ほんとそれぞれに思い入れが垣間見えるんですよね。これ、古本屋さんで手に入れたんですけど、SMセレクトという雑誌で連載していた小説を自分で製本した自家製単行本(笑)。それで、挿絵に性器が描き込んであるの。

──これが古本屋さんで売っていたんですか(笑)?

安田:売ってたの(笑)。これどういう形で出ちゃったんだろう。本人はたぶん売らないでしょ。遺族とかが売っちゃったんだろうなという(笑)。

──エロ以外じゃそういうことって発生しないですよね。

安田:スクラップなんかはね、みうらじゅんさんが有名だけど、僕も作っていましたよ。でもそういう情熱がグッとくるわけですよ。そのへんも含めて、エロ本ってそれぐらい貴重な、大切なものだったんですよ。

安田理央 (やすだ・りお)
1967年埼玉県生まれ。ライター、アダルトメディア研究家。美学校考現学研究室(講師:赤瀬川原平)卒。主にアダルトテーマ全般を中心に執筆。特にエロとデジタルメディアとの関わりや、アダルトメディアの歴史をライフワークとしている。AV監督やカメラマン、またトークイベントの司会や漫画原作者としても活動。主な著書として『痴女の誕生 アダルトメディアは女性をどう描いてきたのか』『巨乳の誕生 大きなおっぱいはどう呼ばれてきたのか』(共に太田出版)、『AV女優、のち』(角川新書)、『日本縦断フーゾクの旅』(二見書房)、雨宮まみとの共著『エロの敵』(翔泳社)などがある。
◎安田理央blog『ダリブロ』 http://rioysd.hateblo.jp
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■書籍情報

『日本エロ本全史』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

著者:安田理央
価格:3,700円+税
判型:四六判
ページ数:336ページ
ISBNコード:9784778316747
搬入年月日:2019年7月1日
※各書店・ネット書店により、購入可能となる日は異なります。

こうして集めてきたエロ雑誌創刊号コレクションから、エポックメイキングな存在となった雑誌100冊をまとめて紹介させてもらうことになった。それは当然、70年以上に渡る戦後エロ雑誌の歴史を追いかける旅となる。2010年代に入って、エロ雑誌は壊滅的な状況を迎えた。今はもうその命は風前の灯火、というよりも、もう寿命を迎えてしまったという気がする。戦後から21世紀にかけてのエロ本の通史をまとめるという試みは、おそらくこれが初めてということになるだろう。本書は、自分という存在を育んでくれたエロ本文化へのラブレターでもあり、追悼の辞でもあるのだ。(「はじめに」より)

・創刊号100冊をオールカラーで紹介
・現在、入手困難な雑誌多数収録
・対談 都築響一×安田理央「雑誌の魅力は『出会い頭の事故』だ」収録

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