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壊れていく出版業界で、飄々と結果を残していく1人出版社「百万年書房」の現在──北尾修一に訊く

StoryWriter

編集者の北尾修一が2017年9月に立ち上げた1人出版社・百万年書房の勢いが止まらない。2019年には『愛情観察』、『しょぼい喫茶店の本』、『日本国民のための愛国の教科書』、『13歳からの世界征服』、『私の証明』といった話題の書籍を上梓。2020年に入ってからも、日本のサブカルチャー通史を現在の視点から問い直す『ポスト・サブカル焼け跡派』を発行するなど、ジャンルを問わず北尾が面白いと思ったもの、必要だと思ったものを書籍にして発行し話題を生み出している。

北尾にはこれまで2度ほどインタビューを行い、StoryWriterに掲載してきた。1回目は百万年書房立ち上げのとき、2回目は初の自社刊行物『何処に行っても犬に吠えられる〈ゼロ〉』が発行されるとき。今回は、そういった何かのタイミングというより、単純に現在の百万年書房について話を訊きたいと思い取材をオファーした。自分自身が北尾氏の独立から1ヶ月後に独立し出版業を始めたこともあって、ずっと背中を追い続けている。そんな北尾の現在について話を訊いた。

取材&文:西澤裕郎


それでも出そうと思ったのは、ある種の自己批判

──前回北尾さんに取材させてもらったとき、「『今から1時間、取材をお願いします」って言われて、会議室で話す気満々のタレントさんが目の前に座っている、という状況は“取材”じゃない」と言っていたんですけど、覚えていますか?

北尾:あー言ったかもしれない。

──その言葉がグサグサ刺さることが最近多くて。伝書鳩のように文字を起こして伝えるような不毛な記事は懲り懲りだなと。

北尾:それ、ただの「広報」ですもんね。

──そういう意味で、北尾さん自らの足を使って取材して書いたニュージャーナリズムをまとめた書籍『何処に行っても犬に吠えられる〈ゼロ〉』は広く読まれるべき書籍ですし、記事が消えていく「百万年書房LIVE!」は画期的だったなと。

北尾:そうですけど、最近すっかり「百万年書房LIVE!」の更新をサボっちゃっているから、褒められるとかなり後ろめたい(笑)。まあ、そのうち気が向いたら再開するので、気長に待っていてください。

──2020年1月31日に発売された『ポスト・サブカル焼け跡派』は、コメカさん(早春書店店主)とパンスさんによるテキストユニット・TVODが百万年書房LIVE!で行なっていた連載をまとめた書籍です。前書きに「「美しい国」という夢にトリップするために、この国は手あたり次第に大量のドラッグをポリポリと噛み砕き、飲み下し続けている」と書いてありましたけど、確かに今の日本社会はトリップしているようなところがあるなと思って。

北尾:その文章はTVODふたりの言葉ですけど、自分なりの言葉でそれを言い換えると、『ポスト・サブカル焼け跡派』を刊行すること自体、一種の自己批判でもあるわけです。要するに、現実を直視せず社会全体でドーピングしているような状況にした責任は、自分たちくらいの年齢のおっさんおばさんにあるわけじゃないですか。その罪滅ぼしに、前書きに書かれているような「焼け跡」を生き抜かざるをえない若い人たちの援護射撃をする、それは自分たちの責任かなと。読んでると自分にもグサグサ刺さって冷や汗が出るんですけどね(笑)。

──『ポスト・サブカル焼け跡派』は、「百万年書房LIVE!」を立ち上げた時から連載していたわけで、2017年時点から書籍にすることを見据えていたんですよね?

北尾:そうですね。連載が終わってから、本文の加筆修正、注釈の追加、年表作成とかをしていたら、なんやかんやですごく時間が経ってしまいました。途中で「これ、ひとり出版社が手を出すような本じゃない! 編集作業が大変すぎ!」と思ったんですけど手遅れだった(笑)。まあ、でも、時間をかけた分、充実した内容になったと思います。

──ほぼ同タイミングで、田中宗一郎さんと宇野維正さんによる2010年代のポップ・カルチャーを批評した書籍『2010s』も新潮社より発売されましたよね。

北尾:たまたまなんだけど、すごいタイミングですよね。きっと向こうも驚いていると思う。

──僕の中で今、批評本を出すという発想がなかったので驚きました。北尾さんは、どうして批評の本を出そうと思ったんでしょう。

北尾:百万年書房の刊行タイトルの中では、『ポスト・サブカル焼け跡派』はずいぶん異色作で。他の書籍は読者層を選ばず、老若男女誰でも読める内容ばかりなんだけど、『ポスト・サブカル焼け跡派』は今の中高校生が読んだら意味が分からない固有名詞だらけでチンプンカンプンだと思う。そういう意味で、百万年書房の出版コンセプトからは外れるんですけど、それでも刊行しようと思ったのは、先ほども言ったようにある種の「自己批判」です。自分は今52歳で、かつては『Quick Japan』という雑誌の編集長もやっていた。当時の文化状況にどこかで当事者として関わっていたわけです。つまり、『ポスト・サブカル焼け跡派』の中で語られている「焼け跡」状況を作った戦犯のひとりは自分だと思っていて。だからこそ、自分の手でその通史はまとめて本として残しておかないといけないと思った。それをなかったふりをして、「美味しい料理のレシピ本(『ブッダボウルの本』)とかを刊行している、イケてる出版社です~」という感じでやるのは、自分的に居心地が悪いというか、フェアじゃない気がした。

──なるほど。

北尾:まあ、今の出版業界的には批評なんてそもそも売れないジャンルじゃないですか? しかも「サブカル」なんて言葉をタイトルに入れた瞬間に、売れない本の代名詞みたいなのものと思われますよね(笑)? でも、内容的には自信があるし、間違いなく本として残しておくべき企画なので出版するべし、と。おかげさまで予想に反して売れ行き好調なんですけど、極端な話、売れなくても過去の自分への落とし前として、この本は絶対に出版しなくちゃいけないと思っていました。

──2010年代の音楽メディアの基盤を作ったナタリー創業者の大山(卓也)さんが2001年から個人で運営していた「ミュージックマシーン」は、自らアーティストページやレコード会社のHPを巡回して情報を拾ってコメントをつけてサイトに載っけていたじゃないですか? そこからWebメディアが増えるにつれて、レーベルや事務所が解禁時間も設定したプレスを送るのが当然になっていった。2010年代半ばにこういう世界に入ってきた人にとっては、それが当たり前になっているけど、いつのまにか何かを伝えているようで伝えさせられているというか。僕も自己批判じゃないですけど、自分から何か見つけて発信しなきゃいけないと思っている時に、象徴的な批評の本が2冊出た。2020年代に向けて、みんな変わろうとしている符号かななんて思って。もうちょっと自分たちで過去を振り返って、そこに何の意味があったを見出していかなきゃいけない時期なのかなって。

北尾:「歴史的文脈をちゃんと踏まえましょう」というのが『ポスト・サブカル焼け跡派』で著者が言っていることなんですね。ミュージックマシーンは立ち上がった頃から知っていますけど、当初は、当時の音楽メディアへの明確なカウンターに見えたんですよ。本当に音楽を好きな個人が、自力でメディアを立ち上げて、その場では、音楽にまつわるあらゆる情報がフラットに網羅的に手に入る。当時の音楽雑誌とは対極のあり方で、すごく面白いと思ったし、痛快だなーと思っていました。ただ、現在はそちらが主流になっていて、批評性が一切ないメディアばっかりになっている。それはそれでバランスが悪いなあと。よく「今はYouTubeとかがあるから、昔の音楽も最新の音楽もフラットに聴ける状況だ! 今の若い子たち凄い! インターネット万歳!」みたいな話がありますけど、「いやいやいや、歴史、大事でしょう」というのが『ポスト・サブカル焼け跡派』です(笑)。実際、たとえばパンクロックがなぜ生まれたのかとか、その時代なりの文脈があったわけで……その方法論でここ50年ほどの日本のサブカルチャー通史を読み解いた。ただ、それって一歩間違えると『サブカル版・日本国紀』になりかねないわけで(笑)、そこは気を付けながら作りました。Wikipediaには頼っていないし、校閲もちゃんとやっています。あと、著者のTVODのふたりが凄いなと思うのは、読者から反論やツッコミがくるのを恐れないというか、喜んでいるところですね。むしろ『ポスト・サブカル焼け跡派』をたたき台に、さまざまな議論が巻き起こることを楽しんでいるので、そういう姿勢はすごく尊敬しています。

評論っていう自立した作品を作っているわけだから、そこは対等に仕事したい

──すごく気になったことを訊いてもいいですか? 例えば大森靖子さんを取り上げている章があるじゃないですか。それは本人とか事務所に確認というのは?

北尾:まったくしてない。それは大森靖子さんに限らす、『ポスト・サブカル焼け跡派』で取り上げた全員に対してそう。

──批評というのはそういうものだと?

北尾:好き勝手書いておいて、それを確認してください(=お墨付きを与えてください)って、そんな図々しい話はないですよね(笑)。こちらは思ったとおりのことを書きます、そのかわり全責任はこちらが取りますから、ってことでいいんですよ。

──そこがすごいなと思って。僕がこの世界入ったのは2000年の終わりぐらいだったんですけど、チェック文化みたいなものがだんだん強くなってきているように感じていて。最近はライヴ・レポートでさえチェックさせろって言ってくるところが多い。それはさすがにメディアが馬鹿にされすぎじゃないかと思うんです。

北尾:ライヴ・レポートのチェック⁉ 昔はさすがにそれはなかったけどね。

──全部とは言わないし、それこそ僕がずっと追わせてもらっている人たちからはライヴ・レポートを事前に見せてほしいと言われたことなんてないですよ。そこは信頼関係でもあると思うんですけど、なんでも事前にチェクしてくださいというのが当たり前になっちゃっている音楽業界は異常だなと思います。

北尾:逆の言い方になっちゃうけど、書き手にとってはチェックされた方が楽なんですよね。本人や事務所のチェックなしで公開して、何か問題が起きた場合は書き手の責任になってしまう。チェックしてもらえば書き手やメディアと事務所の共同責任になる。でも、そんなことを続けるとそのメディアも書き手もいつまでも自立できないと思うんですけどね。

──『ポスト・サブカル焼け跡派』は、そういう意識を持っている北尾さんだからこそ出せた批評本だと思います。

北尾:いやーどうだろう。そんな大したことでもなくて、あくまでも普通のことですよ。TVODのふたりは(電気グルーヴを批評した章を)石野卓球さん本人が読むことを想像したときはさすがにプレッシャーを感じていたみたいですけど(笑)。まあ、生きている人を批評するってことは、そういうことですよね。なにかあったら当然本人からの反論もくるし。

──そこの最終責任は北尾さんが引き受ける覚悟があるから出しているわけですもんね。

北尾:それはもちろん。

──そこの覚悟の問題ですよね。僕もそこで踏み切れないところがある。

北尾:別の言い方をすると、有名人の人気にぶら下がりたくないんですよね。誰誰さんのことを取り上げたから、その人のファンの何割かが本を買ってくれて万歳! みたいな発想と違うところで勝負していたい。相手がどんなに凄い人であれ、そこは対等に仕事したいなっていう思いはあります。

自分のための記録としてしか書いていない文章を見た時、すごく新鮮だった

──2019年11月30日には、星野文月さんの『私の証明』が発売されました。「突然、恋人が脳梗塞で倒れて何が何だかさっぱりわからなくなってしまってからの日々を、一般女性が写真と文章で淡々と綴った記録」という衝撃的な話ですけど、いつ自分の身に起こるかもしれないという変な親近感もわくような本でした。

北尾:エピソード自体は衝撃的かもしれないけど、いい意味で普通の子で、特別ではないんですよね。そこがすごく魅力的でした。

──星野さんはいわゆる一般の女性ですよね。どういうきっかけで書籍を作ろうと思ったんでしょう?

北尾:たまたま別のライターさんに紹介されて会ったんです。喋っているうちに「実は恋人が脳梗塞で倒れた経験があって、そのときの日記を誰にも見せずにノートに綴っていたんですよ」と言われて。それは大変だったねー、みたいな感じで話を聞いていたら「当時は目に映る景色が全然違ったから、日記だけじゃなくてカメラを持ち歩いていろいろなものを撮影していたんです」と。おまけに「明らかに動揺している自分を記録しなきゃと思って、いろいろなカメラマンに自分のヌード写真も撮ってもらっていたんですよ」と言われて「……え?」と(笑)。自分が同じ経験をしたら、日記を書いたりカメラを持ち歩いたりはするかもしれないけど、カメラマンに撮影してもらおう、という発想はないなと思って。この子、何だろうと思って、デリカシーなく「それ全部見たい」って言ったら送ってくれて。そしたら、すごく生々しいというか。語弊があるかもしれないですけど、素直に面白かったんですよ。本当に他人に見せない前提で書いたり撮ったものだから。今って、自分もそうですけど、みんな「いいねやPV数を稼ぎたくて書かれたテキストや写真」を、毎日大量に摂取しているじゃないですか? それとは真逆だったんです。単に自分のための記録としてしか書いていない。それを読んだ時にすごく新鮮だった。Twitterフォロワー何万人! とかじゃない、ただの普通の女の子が、自分だけのための記録として書いた日記。めちゃくちゃ売れるとは思わないし出版社の企画会議では通らないと思うけど(笑)、百万年書房なら企画会議がないから出せるなと思って。「じゃあ出しちゃえ」と思って刊行してみたら、たまたまですけど日記ブームみたいな機運が一部であって、そういう流れに上手いことハマったみたいで、たくさんの人に読んでもらえています。

──おもしろいですね。読まれることを前提として書いてない文章というのは、本当に目にすることが少ないものですからね。

北尾:Web上はむしろ、「読んで読んで! 私を見て!」みたいなものばかりですからねえ。まあ、本当にこんな調子で、たまたま人に出会って、普通に喋っていて面白かったらそれを本にするというノリでやっているので。百万年書房を始めてから、実は企画書とか執筆依頼の手紙とか全然書いていない(笑)。

俺が1番リスク取っている体制をとることで、著者にも読者にも言えることがある

──すごいですよね。営業も北尾さんがやっているわけですし。

北尾:正確には、週に1日だけ書店営業のお手伝いしてもらっているんですけど。それも、たまたま飲み会かなんかで知り合った縁です。「百万年書房のテープ起こしとか手伝いたいです」と言ってくれたので、それよりも書店営業をやってほしい、とダメ元で言ってみたら、やりますって言ってくれたんです。

──非常に優秀ですよね。いろいろな書店で百万年書房の書籍をみかけますよ。

北尾:はい、(温度という個人webメディアを運営している)碇雪恵さんです。彼女はめちゃめちゃ優秀です!

──僕も自社で出版を1から始めてみて、すごく大変だなと思うことが多くて。取次から1000冊入れてくれって言われて、かき集めて500冊入れたんですけど、最近うちの事務所に突然300冊くらい戻ってきて。

北尾:うわー直で返ってきたんだ。

──しかも、何の予告もなく突然来るじゃないですか。あれがもう本当に辛くて(笑)。

北尾:わかりすぎる。それは精神的に来るよね(笑)。

──何のためにこんなことやっているんだろうというか、無駄が多いなと感じて。

北尾:それが嫌だから、うちはたとえばAmazonに出荷する冊数とかは、相当絞っていますね。初回注文が10冊しかないのに200冊くれ、みたいなことをAIが平気で言ってくるから。「多めに注文しておいて、売れなくても返品すればいいや」みたいなノリはこちらにも伝わるから、そういう注文は相手にしない。

──初回注文冊数を鵜呑みにしちゃダメだなって学びました。

北尾:うちも何回か返品されたことがあって、AmazonのAIがポンコツなことは身に染みて分かってます。

──一方で、僕は書店で4年ぐらい働いていたので、書店員さんが日常の業務に忙殺されてチェックできる時間もないし、注文する暇もないというのも分かるんですよ。たまに地方の書店さんから「直接仕入れられますか?」って電話がくるので、直だったら掛け率50%で送りますよって言うんです。それでも、みんな取次を選ぶんですよね。

北尾:書店からしたら、取次を通したほうが楽だからね。直取引、手間が増えるもんね。

──今年、直接書店に本を持って売り歩こうと思っていて。買い切りで、料率60%という提案をしようと思っているんですけど、ちょっと苦戦しそうな気もしていて。

北尾:その結果はすごく興味あるから知りたい。ただ、意識が高い書店はもちろんあるとしても、平均して考えると現時点では取ってくれる書店の方が少ないかもしれないねえ。

──北尾さんは、紙に対するこだわりは強くあるんですか?

北尾:あると言えばある、かな。電子書籍だけだと在庫を持たなくていいから楽なんだけど、その楽なところがくせものだと思っていて。版元として、電子だけだとリスクを取っていないように見えちゃうんじゃないかな? 著者に対しても、読者に対しても、「版元として自分が1番リスクを取っていますよ」という姿勢を見せることで、そのリターンとしてこちらの言い分に耳を傾けてもらえるんじゃないかなと思っています。だから、常に自分が一番リスクを背負っている立場でいることが重要かなと。

──北尾さんのけじめの取り方というか、責任の持ち方として紙の書籍があると。

北尾:著者と対等に話すためには、それくらいは背負わないと。著者は自分の名前で本を出すんだから、圧倒的にリスクを取っていますよね。それに対して、自分は製作費と広告宣伝費はすべて持つ、さらに売れようが売れまいが刷ったぶんの印税は払う、だからこそ版元の意見を聞いてもらえないでしょうか? というところで初めて対等なやり取りが成立する気がする(笑)。

──たしかに自分で読む文には電子書籍で十分なんですよ。でも人に勧める時は絶対に紙の方がいい。爪切男さんの『死にたい夜にかぎって』をBiSHのアイナ・ジ・エンドさんに貸したことで、どんどんいろんな人と繋がっていったんですけど、そういうことも起こりうるじゃないですか。本を共有することによって、生まれるものもあるし、話せることもあるから。そういうところで喜びを感じられるんですよね。

北尾:そうですね。紙の書籍は誰かと貸し借りできるのが良いところだと思う。中田考先生の『13歳からの世界征服』という本をちょっと前に出したんだけど、「読んで面白かったので自分の子どもにも読ませました」という大人の人からの感想がけっこう来て、あれは嬉しかったですね。

この先、出版社も潰れると思うんですよ

──北尾さんは4月からトークイベントも毎月開催していくじゃないですか。その告知文に「2020年出版業界は壊れる」って書いてあったじゃないですか。それは、どういう意図で書いたんですか?

北尾:あれは控えめに書いたつもりなんですけど、流通システムが今えらいことになっているし、本屋さんはどんどん潰れていっているじゃないですか。今年、出版社もどんどん潰れると思うんです。今、経営が厳しい出版社なんていっぱいあるし。だから、これから壊れつつあるというよりは、実際に既存の出版業界は既に壊れてしまっていると思っています。

──そうした業界の人を迎え、毎月トークイベントやられる理由は?

北尾:Readin’ Writinという、浅草のイケてる本屋さんがあって、2回ぐらい声をかけてもらってトークイベントをやったことがあるんですけど、気に入ってくださったのか、ある日いきなり「月1ぐらいで北尾さんがいろいろな人に話を訊くというイベントやってくれませんか?」 って言われて。何をやろうかなって思ったときに、思いついたのがあの企画。こういう感じのシリーズイベントだったら自分が楽しめるなと思って。

──北尾さんが今注目している編集者の方に本づくりを訊いていくと。

北尾:今日みたいな感じで自分が取材されることがたまにあったりするんですよ。西澤くんは百万年書房のことをよく知っているから、いろいろ細かく訊いてくれるんですけど、そうでもない取材もたまにあって。「北尾さんにとっての、企画を思いつく秘訣を教えてください」とか「編集者にとって1番大事なことはなんですか?」 とか(笑)。そんなにざっくり訊かれたら、こっちもざっくり答えるしかないですよね。でも、本当はもっと細かいことを訊いてくれた方が、こちらも面白い話がいくらでもできるのに、と思うことがあって。たとえば「この本は、なんでこのタイトルにしたんですか?」 とか、「なんでこのサイズ(判型)を選んだんですか?」 とか、具体的な質問をしてもらえば、誰でも具体的なテクニックの話をせざるをえないはず。だから、自分がインタビュアーになって、普段から気になっている編集者の手がけた本を素材にして、徹底的に具体的な細部をほじくり返せば、具体的なその人の編集術や思想が1番分かるはず。で、そういうイベントって他にないから何よりも自分が聞いてみたい。

──僕もめっちゃ聞きたいです(笑)。

北尾:ヒッチコックにトリュフォーがインタビューする、みたいなイベントになると思います。明らかに言い過ぎですけど(笑)。まあ、でも、普通の読者の方が来てくれても面白いし、編集者志望の人者にとってはむちゃくちゃ役に立つ話になると思います。

──判型の話でいくと、星野さんや相澤さんの本の判型にしている理由はあるんですか?

北尾:単にあの判型が好きなんです(笑)。小B6って、少女マンガと同じサイズなんですよ。相澤さんのときに試したらすごく良くて。基本的に縦組みの活字本のための判型じゃないんだけど、あえて『私の証明』(星野文月)でやってみたら、すごく良いルックスの本になったんです。

──かわいらしくて、愛着が湧く感じがしますよね。

北尾:しばらく自分内で「小B6活字本」ブームは続くと思います。この間、牟田都子さんという校正者の方が日記を刊行したんですけど、それが『私の証明』と同じ小B6活字本だったんでニヤッとしてしまいました。みんなどんどんマネしてくれるといいなと思っています。

半期はすごい勢いで本を出そうと思っています

──百万年書房は、基本北尾さん1人で会社経営をされているじゃないですか。今後、人を増やす予定とかは、あまり考えていない?

北尾:今のところはないですね。将来的にはどこかのタイミングで人を増やさなくちゃいけないんだろうとは思っているんだけど、当面は1人出版社としてどこまでできるか、限界までやってみようかなと。1人出版社ってそれぞれのキャラクターが出るから、100人いたら100通りのやり方がある。という意味で、百万年書房みたいなやり方をしている1人出版社って他にないから。このやり方でどれぐらいできるかを1回突き詰めたい。今のところまだもうちょっとできそうだから、しばらくは1人のままでやろうかなって感じですね。

──在庫数と数字を見ることが多くなったってことも書かれていましたね。

北尾:そんなことしか日々考えてないですよ(笑)。版元を立ち上げたからには、刊行した本は永遠に入手可能な状態にしておかないといけないじゃない? 要は自分が死んだ後の準備をしておかないといけないというか。そういう意味でも4月から始めるイベントが楽しみで。お客さんの中で、将来的に百万年書房のスタッフになってくれそうな人と知り合えるといいな、というのもありますね。

──毎月の対談は、記事化していくんですか? せっかくだから記事にしてアーカイブしたらいいのになと思ったんですけど。

北尾:あ、じゃあ西澤くんやって(笑)。

──いいんですか?! 記事にしていいのであれば、したいです。

北尾:ゲストの人にはこれから許諾を取らないといけないんだけど、Readin’ Writinの方は「最終的に書籍化したい」って言ってくださっているんです。ただ、自分が編集して百万年書房から刊行するのは、さすがに客観性がなさすぎるので(笑)。自分以外の誰かが編集して書籍化してくれるんだったら、全然やってほしい感じです。5万部とかは絶対に売れないと思うけど(笑)、超実践的な内容になるので、初版部数さえ間違えなければ確実に利益は出せると思うんです。

──僕も独学でやっているようなところがあるので、めちゃくちゃ欲している本です。

北尾:今って、20年前の編集のやり方は通用しないんですよね。その中で、現在進行形で面白い本を作っている人たちの話だから、他では聞けない話ばかりになると思うんです。そんな本があったら自分だったら即買いしますから、そういう人たちは他にもかなりいるんじゃないかと。

──2020年、百万年書房の計画というか展望はどんなものなんでしょう?

北尾:上半期はすごい勢いで本を出す予定です。今、企画はいくらでもあるので、夏まではすごいペースで本を出していくんじゃないですかね。で、その分、秋はサボるつもり(笑)。最近、本当に暇なんですよ。今日も実は、銭湯料金で入れる近所の温泉に午後はずーっとこもっていました。

──本を出して、ちょっと一段落した時期ですもんね。

北尾:お金はカツカツで全然楽にはなってないんだけど、おかげさまで時間的余裕は腐るほど手に入れました。せっかく自分で会社を始めたので、お金と時間に余裕がある生活を目指しているんですけど、お金は全然まだなので、この時間的余裕を維持しつつ、いつかは金銭的にも余裕がある状況を作れればいいな、という感じでいますね。何言ってんだってくらい超普通の目標ですけど(笑)。あー、朝起きたら裏庭から油田とか発掘されないもんですかねえ。


■イベント情報

連続トークイベント「いつもよりも具体的な本づくりの話を。」

場所:Readin’ Writin’ BOOK STORE (〒111-0042東京都台東区寿2-4-7)

第1回
2020年4月10日(金)
時間:開場 18:30 / 開演 19:00
ゲスト:坂上陽子(さかのうえ・ようこ)
2003年、河出書房新社に入社。「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」など単行本編集を経て、2019年1月より『文藝』編集長を務める。担当書籍に『想像ラジオ』(いとうせいこう)、『民主主義ってなんだ?』(高橋源一郎×SEALDs)、『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(花田菜々子)、『居た場所』(高山羽根子)、『どうせカラダが目当てでしょ』(王谷晶)など。

第2回
2020年5月9日(土)
時間:開場 18:30 / 開演 19:00
ゲスト:金井弓子(かない・ゆみこ)
2012年、高橋書店入社。1年間の営業職を経て、書籍編集職に。『おもしろい!進化のふしぎ ざんねんないきもの事典』をはじめ、児童書から女性実用まで幅広い企画を担当。2016年、ダイヤモンド社入社。『せつない動物図鑑』、『わけあって絶滅しました。』、『続 わけあって絶滅しました』、『東大教授がおしえる やばい日本史』、『東大教授がおしえる やばい世界史』など、児童書を中心に担当。

第3回
2020年6月9日(火)
時間:開場 18:30 / 開演 19:00
ゲスト:松尾亜紀子(まつお・あきこ)
編集プロダクションを経て、河出書房新社に15年間勤務。同社では田房永子『ママだって、人間』、北原みのり『日本のフェミニズム』、堀越英美『不道徳お母さん講座』、フレミング『問題だらけの女性たち』(松田青子訳)、オルダーマン『パワー』(安原和見訳)などフェミニズム、ジェンダー本を編集担当、2018年12月にフェミニズム専門出版社エトセトラブックスを設立する。翌年5月に、フェミマガジン「エトセトラ」創刊。刊行書に、牧野雅子『痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学』、短篇読み切りシリーズのウルフ『ある協会』(片山亜紀訳)。2020年も、3月刊マチャド『彼女の体とその他の断片』(小澤英実・小澤身和子・岸本佐知子・松田青子の共訳)を皮切りに、長田杏奈責任編集「エトセトラ」VOL.3など色々刊行予定です。

※第4回以降のゲストも随時発表していきます。ご期待ください。

参加費:1,500円(税込)
ご参加をご希望の方は、お名前、連絡先を明記のうえ、readinwritin@gmail.comまでお願いします。

北尾修一(きたお・しゅういち)
百万年書房代表・編集者。1993年6月1日から2017年8月31日まで、株式会社太田出版に在籍。雑誌『Quick Japan』『hon-nin』の編集発行人を務めつつ、書籍・コミックの編集に携わる。2017年9月に株式会社百万年書房を設立し、『ブッダボウルの本』(前田まり子)『なるべく働きたくない人のためのお金の話』(大原扁理)『愛情観察』(相澤義和)『しょぼい喫茶店の本』(池田達也)『日本国民のための愛国の教科書』(将基面貴巳)『13歳からの世界征服』(中田考)『私の証明』(星野文月)などを刊行。最新刊は『ポスト・サブカル焼け跡派』(TVOD・著)。 http://millionyearsbookstore.com/
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