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青山ブックセンター店長・山下優が語る、書店が出版をはじめた理由「本を売ることを諦めたくない」

StoryWriter

青山ブックセンター店長・山下優

発酵デザイナー・小倉ヒラクによる写真集『発酵する日本』が、2020年3月5日(木)に発売された。この本がおもしろいのは、表参道駅近くにある書店・青山ブックセンターが出版社となって本を企画、編集、発行、販売まで行っているところだ。

これは、青山ブックセンターが出版社となり本を発行する出版プロジェクト「Aoyama Book Cultivation」として名付けられ、第1弾となる本書の企画について店長の山下優がTwetterで発信すると、またたくまに大きな反響を呼び、発売前にもかかわらず予約は650冊超え。このプロジェクトへの期待と希望を感じさせてくれている。

上記の試みについて知ったときものすごく驚いた。僕は学生時代から書店でアルバイトをし、卒業後は書店に就職。製本工場、出版社の営業と在庫管理の仕事を経て、一人出版社を立ち上げた。だから、書店員の気持ちも出版社としての気持ちも他の人よりも理解できると思っている。書店が出版社になるアイデアを実行に移せた理由はなんだったのか? 著者小倉ヒラクもレジ前でサインを書き続けていた青山ブックセンターにて、店長の山下に気になることを全部訊いてきた。

取材&文:西澤裕郎


動機として書店に足を運んでもらうことが大きい

──青山ブックセンターが企画から編集、印刷の発注まで行った小倉ヒラクさんの写真集『発酵する日本』が本日(※2020年3月5日が取材を行われた)発売されました。実際に店頭に写真集を並べた現在の心境から訊かせていただけますか?

山下優(以下、山下):本を出版した感動も大きかったんですけど、書店員として出版の過程を経験することによって、他の本もより尊くみえていくことを実感しました。もちろん今までも尊重していたんですけど、実際に工程を体験して、本を売ること、届けていくことをより大事にしたいなと一層思ったんです。

──通常は、取次から自動配本があった本を中心に棚を作っていくわけですけど、自分たちで作った書籍を店頭に並べるのは、また違った喜びがあったんじゃないですか?

山下:本ができるまでの過程を知ったことで余計に楽しいですし、単純に売りやすいなってことも実感しました。お客さんからすると、書店員って「本に詳しい人たち」という幻想がめちゃくちゃ強いじゃないですか? もちろんたくさん読まれている方もいると思うんですけど、ある点での詳しさでいうとお客さんのほうが深いとずっと思っていて。ただ、今回の本に関しては誰よりも説明できる。そこは一つ大きな強みかなと思います。

小倉ヒラクによる写真集『発酵する日本』の表紙

──僕も書店員を5年ほどやっていたのでわかるんですけど、荷出しや発注作業、接客、売り場作りなど、書店員ってかなり忙しくて本を読む時間がないんですよね。本が好きで書店に入ったら読む時間がなくなるというジレンマみたいなものがあると思います。

山下:入荷情報や新刊情報も追っていかないといけないですからね。これは全書店員さんそうだと思うんですけど、営業時間外も働かざるを得ないじゃないですか? 感覚の電波を開き続けているというか。自分はそこが苦ではないし、向いているなとは思いつつ、そういった状況の中で「この本も読んでいないのか」って言われたりすることは実際に多くて。ただ、僕がずっと思っているのは、書店員は本読みのプロではないということで。もちろんプロに近いレベルでいたいですけど、本を売るプロなので、そこのプライドはずっと持っていたいなとは思いますね。

──本を売るプロが、本の制作を行った今回の試み。書店として非常に画期的な挑戦ですよね。

山下:細かく見れば違うんですけど、本屋ってどこに行っても同じ本が並んでいるイメージがあるじゃないですか? だからこそ、その書店にしかないものが1個でもあるのは強みだなと。周辺の本棚にも色が出て来て、そこにしかない棚になると思うんです。

──『発酵する日本』は初版2000部で店舗売りのみです。通販も行わないんですか?

山下:(コロナウイルスの件もあって)外出しづらい事態になってしまっているので、時期を見極めてとは思っているんですけど、動機として、書店に足を運んでもらうということが大きくて。あきらかに今って本屋に行くことが特別な状況じゃないですか? 昔だったら、時間を潰したり待ち合わせをする場所が本屋だったと思うんですけど、今は足を運ぶハードルが相当高くなっている。正直、お店に来てもらえたら本を買ってもらえる自信もあるので、書店に足を運んでもらいたいという部分もセットで考えているんです。

書店が出版すること自体いろいろ理にかなっていた

──今回、実際に出版のアイデアを実際に行動に移したというのがすごいことです。

山下:僕は青山ブックセンターでの仕事を約10年続けているんですけど、自分が飽き性というのもあって、ずっと新しい仕事を増やしてきたんです。1年前に店長になったんですけど、そのときちょっと燃え尽きていて。イベントを増やして売り上げもあがったけど、それでも経営は厳しくて。これをずっとやっていくのはなかなかなあ…… と。その時期に、著者のヒラクさんから出版の話を提案されて、自分の中でももう1回チャレンジできると思えたんです。本を作ってそのまま書店で売ること自体、理にかなっていたというのもあります。とはいえ、1番は直感で決めました。本が売れそうと思うときも、正直直感が大きい。もちろんヒットしている作家とか売れる要素とかいろいろあったりするんですけど、直感というのはすごく大きくて、その延長線上という感じですね。

青山ブックセンターの新ロゴ

──書店と著者の信頼関係があったからこそ、できた試みでもありますよね。

山下:ヒラクさんをはじめ、うちでイベントをやりたいと言ってくれたり、応援してくれる著者さんがすごく多くて。ずっと支えられているんですよね。特にヒラクさんは書店をすごく大事にされている方で。前作も前々作もかなりチャレンジングな売り方をされてきている。書店に行き着いたというのはヒラクさんの場合は必然だったかなと。まさか第1弾になるとはお互い思っていなかったですけど(笑)。

発売日当日、店頭にてサインを書く著者の小倉ヒラク

──書店が出版をするということに対して、出版社の反応はいかがだったんでしょう。

山下:もともと昔から、何かをやったら何かを言われるようなお店なので(笑)。インタビューなどで自分の意見を言うようになって、出版社にも応援していますって人が増えてきて。今の出版の流れに抗えない出版社のか人も実は多いのかなと思っています。だから、敵対心とかはまったくなくて。むしろ予約しましたといってくださる方が結構いらっしゃいました。

──僕は、書店員、製本工場、出版社での営業・在庫管理を経て、出版社を立ち上げたんですけど、いざ作ってみると流通の難しさに直面して。書店時代は売りたい本が入荷しづらい、出版社になったら書店に流通するのが大変。そんなミスマッチを身をもって体感しているところなので、本を作って、そのまま自分のお店で売るって素敵だと思いました。

山下:出版するにあたっていろいろ調べてみたら、江戸明治大正時代は、出版社が書店も兼ねていたですね。もともと出版社があって書店ができたのが、効率化するために役割を分離していった。でも今はそれが機能していない。刊行点数が増えれば増えるだけ、書店もキャッチアップをするのが大変ですし。入荷する書籍の把握ができていないと批判されたりもしますけど、これだけ刊行点数が多いと把握なんてできないですよね。全部注文商品にすればいいじゃんって話もあるんですけど、個人的にはおもしろくないなと思っていて。お客さんが本屋で偶然出会った本に意識化されるように、書店員も偶然配本された本を見て「これいけそう」とか「こんなの出たんだ」という出会いが絶対にあるので。本当はみんな本を売りたいはずなのに、歪な構造になってしまっている。出版社の社員も、ノルマが大きくて刊行点数を増やさなきゃいけなんだなというのは感じますね。

──僕は去年はじめて書籍を出版したんですけど、書店に流通して3ヶ月後くらいに、いきなり300冊くらいの返本が事務所に届いて、めちゃくちゃ力が抜けました。だったらと思って、5掛けでいいので買取で置いてもらえませんかと書店さんに提案したんですけど、今のところどこも取次経由でという返答が返ってきますよね。書店もリスクを取れないというのはわかるんですけど、なんとかならないかなというのは常に思っています。

山下:書店もリスクを取るという部分で足りないとは思いつつ、返品できるからできるチャレンジもあると思うんですよ。売れるかもしれないという商品を思い切って仕掛けたりできる。そういうよさもあるけど、結局返品したものはどうするんだって話ですよね。さっきの話に戻ると、刊行点数を増やして自転車操業的に売上を補填しようって流れに大手を中心に出版社自体がなっているので、なんのために本を作っているんだろうってことになっていく。絶対数でいえば、もっと届くべき本はあるのかもしれないけど、ちゃんと行き渡るかもどうかわからない。全国に一律にまくという意味で、今の取次は優秀だと思いつつ、だいぶ破綻してきていると思います。これはよく言っているんですけど、書店の数が多いなって。うちも安全圏とは思わないんですけど。減ってもまだ9000店舗近くある。

──2000年初頭は20000店舗あったのが信じられないですよね。

山下:むしろ、それでよく回っていたなと。出版不況っていう枕詞が未だに使われるんですけど、不況もなにも前が恵まれていて、バブルだっただけだろうなって本当に思いますね。

──90年代終わりくらいから、座りながら本を読めたり、コーヒーショップを併設するなど、書店の形も変わってきましたよね。

山下:個人的に1番は「本を売るのを諦めたくない」という想いが強いんです。顰蹙を買うかもしれないんですけど、一個一個しっかりコミュニケーションをとってやれば、もっと売れるものは売れると思うんですよね。今回自分で敢行しておいてなんですけど、これ以上必要なのかってくらい新刊がある。既刊本と新刊をどう組み合わせていくのかが本屋の役目だと思うし、それが逆にネットではできないことだと思っているんです。

鳥肌が立ちました

──今回書籍を作るにあたって、青山ブックセンターでは何人くらいのチームを作ったんですか。

山下:実質、自分1人ですね。決済は上の人にもらっていますけど、一人出版社という感じです。今後どうなっていくかはわからないし、その時々で座組みも変わってくると思うんですけど、今回は1番ミニマムな形でやりました。

──『発酵する日本』を作るにあたって、大切にしたのはどういう部分だったんでしょう。

山下:最初、(印刷製本をしている)藤原印刷さんとヒラクさんと集まったとき、写真を力強く見せたいっていう点で意見が一致して。レコードジャケットのサイズ感にしたいというのと、見開きを大きく見せたいというのと、とにかく写真を見せたいというのが1番でした。そこから逆算して、こういう仕様にしようとか、紙とかも決めていったんです。

写真集『発酵する日本』より

──写真集というところでいえば、色校がかなり肝になってきますよね。

山下:1番大きかったのは、印刷立会をしたことですね。これは小倉ヒラクさんだからできたことだと思っていて。その場で「もうちょっとこうしたい」と。それに対して、藤原印刷さんたちも「こういうほうがいいんじゃないか」という意見を出してくれて、かなりすさまじい現場でした(笑)。そのおかげで、すごくいい本ができたと思っています。観てもらえばわかるんですけど、全体的に暗いんですけど、黒の印刷部分が潰れていないんですよ。あんなのなかなか出せないだろうなと思うくらい暗い部分もしっかり出ている。

写真集『発酵する日本』より

──実際に本になって手に取ったときはどんな気持ちだったんでしょう。

山下:一昨日到着して、Tweetもしましたけど、鳥肌が立ちましたよね。見本でももらっていたんですけど、やっぱり全然違うし、書店員としてよりしっかり売りたいなと思いました。本当に感動しましたね。出版プロジェクトを始めて、1年ちょっとかかりましたけど、いい形になったなという感慨も大きかったです。

──僕も本が届いた瞬間思うんですけど、本当にこれ以上ないくらい嬉しいですよね。

山下:嬉しいです。出版社の人たちは、ノルマをこなすために書籍を出すことに必死で、その感動に慣れちゃっているんだろうなと正直思いました。でも、本ってそういうものじゃなかったんじゃないかなって。

(著者の小倉ヒラクがインタビューを覗きに現れ、笑顔のままスマホで写真を撮る)

小倉:山下さんが取材受けている姿を観にきたんです(笑)! 今回は山下さんが主役ですからね! この写真、Twitterにあげても大丈夫ですか?

──もちろんです(笑)。

山下:今回の本づくりにあたってプライバシーがないっていうのもおもしろかったです(笑)。印刷立会で、あれだけたくさんツイートができたのもヒラクさんだからというのもあると思います。藤原印刷さんも、参加人数を含めて(※青山ブックコミュニティーのイベント)前代未聞と仰っていました。

──本ができていく過程を共有しながら追えるというのも新鮮でした。

山下:印刷見本ができて直して、印刷立会いでまた直して、どんどんよりよくなっていく過程が見えたのは大きかったです。頭でわかっていても、実際に機械から印刷物が出て来るのを体験できたことは本当に大きかったですね。自分が本づくりの現場のことをわからなさすぎたというのもあるんですけど。

──実際作ってみないと本当にわからないですよね。書店員さんがそういう体験をできる機会が増えると、よりよくなっていく部分もあるかもしれないですね。

山下:結局、書店も人を雇う余裕がなかったり、賃金も上げられていないという課題もあるので、そこはどうにかしたいなっていうのもありますね。さっきも言ったように、本を売ることを諦めたくないということは、作ってみてより強く思いましたね。

ずっと書店が下に見られている感覚はある

──今回の出版の取り組みは、他の書店でもできることだと思いますか?

山下:今回のやり方が他の書店さんにとってのベストかどうかはわからないですけど、どんな形にせよ、その本屋独自の本って絶対にできるはずだと思います。そこのお店だからこそ売れている商品ってあると思うんです。それを買ってくれているお客さんに対して、何を作れるんだろうって視点があれば、できるだろうなと思いますね。今、書店は取次に寄り掛かりすぎている。そのおかげでできたこともたくさんあると思うんですけど、書店ならではの形も探っていかないといけないと思うんです。取次自身も今のままでは無理だと思って書籍の流通以外の取り組みなども始めていると思うので。

──Twitterで発言されていましたが、今回の出版はちゃんと利益が出るような可能性を強く感じられたそうですね。

山下:今回に関して言えば、売上の50%くらいが書店の入りになって、著者さんの印税も通常の10%以上に設定しています。藤原印刷さんにはデザイン料も含めてしっかり払っているので、その利益構造というのは大きいですね。

──みんながWin-Winな座組ができているというのは素晴らしいことです。

山下:書店の利益がでるように賛同してもらってスタートしているプロジェクトなので、本体価格の設定とかも考えてやっているんです。最近、一人出版社さんが増えているのは、ちゃんと回すところを回せば出来るからなんだというのもわかって。それも含めて良い流れだなと思っています。正直、営業会議からいい本が生まれる可能性には懐疑的です。飛び抜けて売れている本は編集者さんが挑戦しているものが多いと思うし、企画を通すために何かの類似企画になったら余計難しいだろうなって。

写真集『発酵する日本』より

──山下さんのお話を伺っていて、書店の現場の熱がフィードバックされている書籍というのは、読者として圧倒的に信頼感があると思いました。

山下:現場の熱をそのまま書籍に反映させたいと思っていて。なんだかんだ、書店が1番下に見られがちというか、利益構造からしてそうなっているじゃないですか。一般的な印税も低いと思いますけど。すごく優秀な書店員さんは全国にいっぱいいるだろうし、その人たちのおかげでめちゃくちゃ売れている本もあるはずなのに、ずっと下に見られている感覚はある。システム的にも粗利構造も昔はそれでまわっていたかもしれないけど、今は回っていないので。

──そこで実際に行動を起こしている青山ブックセンターさんの姿は、全国の書店さんに刺激を与えると思います。書店自らアクションを起こさないといけないし、起こすことができると証明したわけですから。

山下:書店が何かしているというアクションがないと、一方的に粗利を変えてって言っても動かないよねと。なにかしら動いているというのを見せていかないとと思いますね。

──この先の書籍の出版に関しては、どのような予定でいらっしゃるんでしょう。

山下:2冊目の出版は秋ぐらいを目標にしています。どうなるかわからないけど、半年に1冊がベストかなと思っていて。棚づくりもイベントも行っているので、それがもっとうまく回っていけば、刊行ペースが早まったりもするかもしれないですけど、まずは初版2000部をしっかり売っていこうと思います。

青山ブックセンター店長・山下優と小倉ヒラク


■書籍情報
『発酵する日本』
著者:小倉ヒラク(発酵デザイナー)
発行:青山ブックセンター
デザイン・装幀:竹内 宏和(藤原印刷株式会社)
印刷:内山 和希・唐澤 匡孝(藤原印刷株式会社)
プリンティングディレクター:花岡 秀明(藤原印刷株式会社)
製本ディレクション:平澤 和紀(藤原印刷株式会社)
営業:藤原 章次(藤原印刷株式会社)
定価:本体3,600円(税込3,960円)
発売日:2020年3月5日(木)

小倉ヒラク
発酵デザイナー。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家や研究者たちと発酵・微生物をテーマにしたプロジェクトを展開。東京農業大学で研究生として発酵学を学んだ後、山梨の山の上に発酵ラボをつくり日々菌を育てながら微生物の世界を探求している。アニメ『てまえみそのうた』でグッドデザイン賞2014を受賞。著書に『発酵文化人類学』。YBSラジオ『発酵兄妹のCOZY TALK』パーソナリティ。

 

青山ブックセンター
表参道駅5分、ワンフロアの店舗。デザイン・広告・写真・アートなどクリエイティブ系の書籍と、海外文学をはじめとした文芸や人文書が充実。本を通じた学び場としてのスクールも併設しており、著者を招いたイベントも開催している。
ホームページ:http://www.aoyamabc.jp/
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