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「人生の喜怒哀楽すべてがショー」文学フリマ発“野良の偉才”爪切男、デビュー作を語る

StoryWriter

休日ふらりと入った本屋さんで、たまたま手に取った書籍『死にたい夜にかぎって』。爪切男というツッコミどころ満載の名前に多少ひっかかったものの、可愛らしい表紙と、詩的なタイトル、そして装丁の3点に惹かれ購入。大した期待もせずに読み始めたら止めらなくなってしまい一気に読み終えた。それに飽き足らず繰り返し読み始めるほど、小説に登場する女性たち、主人公である爪切男に惹きつけられている自分がいた。

気になっていろいろ調べてみると、『死にたい夜にかぎって』は、Webサイト『日刊SPA!』の連載エッセイ『タクシー×ハンター』で特に人気の高かった「恋愛エピソード」を中心に大幅加筆修正のうえ再構築した爪切男の私小説だという。さらに爪は同人誌即売会・文学フリマで、『夫のちんぽが入らない』の作者こだまらと「A4しんちゃん」というユニットを組んで活動。頒布した同人誌『なし水』やブログ本が行列をなすほどの人気ぶりを博していたという。そうした流れを知らなかったことを恥じたが、先入観なしに読んでも掛け値無しにおもしろかった、ということは声を大にしてお伝えしたい。

この小説には、たくさんの女性たちとの物語が登描かれている。出会い系サイトで知り合った車椅子の女との初体験、カルト宗教を信仰する初めての彼女、新宿で唾を売って生計を立てていた彼女との6年間の話など、文字にすると強烈だ。しかし、そのどれもがユーモラスに描かれていて、笑えるし、哀しい。その根底にあるのは、爪のやさしさであり、女性たちとの関係を自分の作品に昇華することに対しての謙虚さでもある。悲劇的な事実をエンターテイメントに書き上げる。爪切男とはどんな作家なのか? 小説の舞台でもある新井薬師の喫茶店で話を訊いた。

インタヴュー&文:西澤裕郎
編集協力:岡本貴之


妄想を自分にしか書けない表現で文字にしてみたい気持ちがあった

──死にたい夜にかぎって』は、爪さんが出会ってきた女性たちとのエピソードがユーモアを交えて描かれた私小説です。読んでいて自分が体験したかのような親密さを覚えるんですけど、どうして爪さんは作家を志されて上京されたんでしょう?

爪切男

爪 切男(以下、爪):僕は生まれてすぐに母親がいなかったんです。母親の写真も全部親父に捨てられていたので、母親がどういうものなのか自分で想像するしかなかった。小さい頃からずっと理想の母親像を思い浮かべてはそれをノートに書いてました。絵心は全くなかったので文章で。はじまりはそこですね。容姿が整っていない自分には俳優のような道はないし、高校のときに音楽家になる夢も諦めてしまって、書くことしか残らなかった。きっと最初から書くことをしたかったんですよね。勝手に狭まったのか、自ら狭めて行ったのかはわからないですけど、最終的に書くことだけが残り、作家になってみたいと思いました。ただ、何かを書く為には、まだまだ自分には圧倒的に人生経験が足りないと思って東京に出てきました。

──具体的な作家さんに憧れてというより、自分が妄想してきたことをアウトプットするために書くことをしてみようと?

爪:妄想を自分にしか書けない表現で文字にしてみたい気持ちはすごくありましたね。憧れってほどではないかもしれませんが。今まで読んだ本で印象に残ってる本は、小学校の図書館で読んだ江戸川乱歩なんかもそうなんですけど、「名たんていカメラちゃん」っていう本をよく覚えてます。

正義感の強いカメラちゃんと男友達が登場人物なんですけど、カメラちゃんは「カシャッ」って声に出すと、自分が見た景色を写真のように頭の中に記憶できる特殊能力を持っているんです。その力を使ってあらゆる事件を解決していくんです。暴漢に襲われながらも必死で「カシャッ」って叫ぶシーンがあって、それがめちゃくちゃカッコいい(笑)。ある作品では、「カシャッ」って言わないように悪いやつから猿ぐつわをされるんですけど、チキンの幼馴染が突っ込んで来て、悪党にボコボコにされながらもカメラちゃんの猿ぐつわを外して「カシャッ」って言わせるんですよ。あと、同じ特殊能力を持っている女の子が出てきたりして、その展開が面白かったですね。

──目に浮かんでくるような話っぷりで、アニメーションみたいな世界観ですね。

爪:多分、猿ぐつわの話も含めてほぼ俺の妄想ですけどね。きっと何かの映画とごちゃ混ぜになってる(笑)。真相を確かめるために久しぶりに読んでみたいです。あと、各教室に備え付けの本棚があって、担任の先生が自分の好きな本とCDを置いて貸し出しをしてたんですよ。それを読んだり聴いたりするのが好きでした。小4のときの担任が爆風スランプがめちゃめちゃ好きなヤバい女で、クラス全員に爆風スランプのCDを聴くことを義務付けてましたね(笑)。だから俺、爆風スランプの曲は結構歌えるんですよ。

話が脱線しましたけど、図書室の本と教室の本は小学校を卒業するまでに全部読んだと思います。

──手に届く場所にあるものは片っ端から読んでいたと。

爪:『死にたい夜にかぎって』でも書いたんですけど、俺が高校生の頃、デパートの警備員として働いていた親父が、仲良くなった同じデパートのCD屋さんからあらゆるジャンルのサンプル盤CDを大量にもらってくるようになったんです。それを聴いていたわけなんですけど、サンプル盤のCDには歌詞カードもなければアーティストの詳しい情報なんて載っていないわけです。そのおかげで、余計な情報をインプットせずに純粋に音楽だけを聴くことができました。たとえば、ビートルズと分かっていて聴くビートルズの曲よりも、ビートルズと知らずに聴いた時の感動の方が大きいって感じです。それと同じで、小学校の時は余計なことを考えずにただひたすら読める本をすべて読んでいたので、たくさんの本と良い出会いができましたね。

──その頃から頭に描いた物語を文章にしたりはされていたんですか。

爪:「お母さんはこんな感じのキャラ」とか漫画の設定書みたいなものは書いていました。でも、その頃1番文章にしていたのはプロレスですね。武藤敬司とか天龍源一郎とかプロレスラーの名前を書いた紙をクシャクシャにして、ティッシュの空き箱の中に入れるんです。カイジが会長と闘った「ティッシュ箱くじ」みたいな感じですね。そこからランダムで引いた紙を並べて対戦カードを決めていく。紙に書かれていた選手の名前を見て第一試合目から夢想して試合内容を文章に書き起こしていました。文章を書いてて楽しいと思えたのはそれがはじめてかもしれないですね。文章だけに飽き足らず、自分で実況もしましたね。カセットテープに録音して遊んでいました。

殺すつもりで借金取りに背後からスペースローリングエルボーをかました

──そこまでプロレスにのめりこむきっかけはなんだったんでしょう。

爪:実家に借金がたくさんあって、織田裕二が主演していたドラマ「お金がない!」で今井雅之さんが演じていたような人情味溢れる昔ながらの借金取りがよく取り立てに来ていたんです。取り立てが来たら、親父はまず居留守を決め込むんですよ。取り立ては、子供を泣かしたら親が出てくるだろうと思って学校帰りの俺をつかまえて泣かすんです。最初は親父も渋々出てきてくれたんですけど、2回目からもう出てこなくなって。「自分でなんとかしろ」ってことですよね。じゃあもう借金取りを殺してやろうと思ったんですね(笑)。テレビで見たプロレスで、武藤さんが対角線のコーナーに振った相手に側転してエルボーする「スペースローリングエルボー」っていう派手な技をやっていて。相手がスコット・ノートンっていうムキムキな外国人レスラーだったんですけど、ちょっと肘が当たったくらいなのにものすごくダメージを受けてのたうち回ってるのを見て「これだったら俺もいけるな」と思ったんです。でも小学生の低学年だと体が小さいから、体が大きくなるまでずっと側転の練習をしていて。「スペースローリングエルボー」を校庭の木に打ち込み練習のようにやっていたんですよ。

──あはははははははは。

爪:それで小学校高学年になって体がデカくなってから、殺すつもりで借金取りに背後からスペースローリングエルボーをかましたんですよ。確実に相手は死ぬと思っていたので、家族で1番好きだったばあちゃん宛に手紙も書きました。「人を殺して少年院に行きます。ごめんなさい」って。

──(爆笑)。

爪:そうしたら借金取りにガシッと捕まえられて、「おお、どうした坊ちゃん?」ってボコボコにされた。たぶん俺は人を殺す覚悟が足りていなかったんだなって反省しました。「マジで殺すぞ、覚悟を決めるぞ俺は」と次の日もスペースローリングエルボーをやったんですけど、また受け止められて「学校で流行ってんのかそれ?」ってボコられた。俺の数年間に及ぶ側転の練習が無に返った瞬間でした。今もプロレスのことを信じていますけど、当時は別の意味でもプロレスを信じていたので(笑)。そこで初めてプロレスというものを知りました。

──小学生時代の数年間ってすごく長いと思うんですけど、信じていたものが無に返ったときの心境はいかがなものだったんでしょう?

爪:そこで普通の人だったら落ち込むと思うんですよ。でも無にはならなかった。同郷の香川県出身の南原清隆さんは、ミスター高橋本(2001年に発売され波紋を呼んだプロレスの裏側を赤裸々に暴露した「『流血の魔術 最強の演技 すべてのプロレスはショーである』」)が出た瞬間、K-1に鞍替えしましたけど(笑)。

小学生の時の僕はそうは思えなかった。ちょっといかがわしい所もあるプロレスという変なものが一大エンターテイメントとして東京ドームに何万人も集めているし、それを見て涙する人もいる。人生を棒に振ってまで試合を観に行く人もいる。「なんて素敵な世界なんだ」って思ったんです。音楽もそうだと思うんですけど、1人の人の曲を聴くために何万人も集まるって、狂気の沙汰じゃないですか? それが成り立つ世界って本当に素晴らしいなと思った。家が貧乏だったり母ちゃんがいなかったりして、この先もいろいろつらいのかなって思っていた自分でも、プロレスのように楽しいことがあるなら、なんとか生きていけるかなと思えた。なので、できるだけ適当に楽しく生きようと決めました。こんな面白いことを仕事にしている人がいるんだから、俺も面白いこと見つけようと思えたことが大きかったですね。

──もし、そのときにスペースローリングエルボーで相手が死んでいたら、その考えは生まれなかったかもしれないですね。

爪:どういう裁判になったかちょっと気になりますけどね(笑)。裁判官や弁護士が何回も「スペースローリングエルボー」って発していたと思うと楽しいですね。

幸福も不幸も量じゃなくて質だと思う

──(笑)。普通に考えると、素直に笑うことのできないようなヘビーな出来事なのに、本を読むと、ユーモアを持って生きているというか、重苦しくない感じがありますよね。借金だったり、お母さんがいないっていうのは、小説のテーマになるものじゃないですか?

爪:はい。

――それをあえて純文学的なものにしていないのかなとも思ったのですが。

爪:ああ~そうですね。昔のテレビを見ていると、演歌歌手が「苦節何年やって参りました」みたいなことを自分で言うじゃないですか? あれがすごく苦手で。“苦節何年”って言われて聴くより、「今までずっとダラダラと歌って参りましたけども、ここまでやってくることができました」って聴かせてくれた方が僕には響くんですよね。大小あれ、みんな苦労してるんだから不幸自慢は聞きたくない。いい加減にやってきたけど今この大舞台に立っているって方が夢がありますよね。苦労を自分で言葉にしない分だけ「この人は本当に苦労しているんだろうな」ってことがめっちゃ伝わってくる。だから俺も自分の人生には何も不幸なことはないと思っています。

──それは爪さん自身、辛かった出来事を自分の中で消化できたというか、エンターテイメントとして書けるようになったからっていうことですね。

爪:不幸に順位がついて何か賞品がもらえるなら、バンバン書きますけど(笑)。むちゃくちゃ借金ある人も不幸かもしれないけど、ものすごくお金持ちだけどサバの味噌煮が死ぬほど好きな人が、金は腐る程あっても、なぜかサバの味噌煮だけはどうしても食えない環境にいたら、その苦しみは借金とイコールだと思っているので。

──ははははは。

爪:幸福も不幸も量じゃなくて質だと思うんです。何千万借金があっても余裕な人もいるじゃないですか? Twitterで読んでくれた方々の感想を見ていると、「泣いた」って言ってくれている方が多いんですけど、俺自身は「正直どこで泣くんだろう?」って思うんですよね。嬉しいですけど。人それぞれの捉え方が違って面白いです。

お母さんがすぐいてくれたら、こんな恋愛をしてこなかったと思う

──この小説には、たくさんの女性が出てくるじゃないですか? 読み手にもいろんな女性との出会いと別れがあると思うんですけど、そのときの感情を文章にすることってないと思うんです。だから、読み手自身が過去に付き合った女性とか、好きだった女の子のことを思い出すんじゃないかなと思いました。

爪:それはすごく嬉しいですね。みんな忘れられない人っているはずですから。自分が1番クズだったときの恋人とか忘れないと思うので。

──初体験の相手が車椅子の女性だったり、初恋の相手が自転車泥だったり、かなり特色があると思うんですけど、すべての女性に対して爪さんの優しさを感じました。僕は同じ職場でラッパーの「赤毛ちゃん」とのエピソードが1番好きでした。

爪:ルックス的にはダントツで赤毛ちゃんがかわいかったですね。

──職場はラッパーばかりということで、その描写もおもしろかったです。

爪:タイムカードを押して振り向いたら、帽子を被ったラッパーしかいないですからね(笑)。あのときは、今みたいにヒップホップシーンが盛り上がってなくて、みんな苦しんでた時代でした。その分、野望にギラついている人が多くて格好良かったですね。イルとかビーフとかヒップホップ用語を教えてもらったり、外国のヒップホップもたくさん聴かせてもらえたりで楽しい毎日でした。

取材は、小説の舞台でもある新井薬師の喫茶店にて行われた

──この本のテーマは女性だと思うんですけど、「お母さん」が原点にあるんでしょうか。

爪:お母さんがすぐいてくれたら、こんな恋愛をしてこなかったと思うんですよ。だから、ある意味感謝の気持ちもあるんですよね。いないべくしていなかった、というか。「銀河鉄道999」はめちゃくちゃ羨ましかった。メーテルと鉄郎みたいに、お母さんと旅をしてみたかったです。まあ、ひょんなことから最近約三十年振りに再会はしたんですけどね。

──それは本にも書いてありますね。

爪:昔、実家で親父とテレビを見ていたら「お前のお母さんに似てる女が出ているぞ」って言うから、ちょっと見てみたら、テイラー・スウィフトが歌ってたんですよ。「そんなわけねえだろ」と思いつつ、これぐらい綺麗だったらいいなとは思っていて。で、実際に再会したら、お笑い芸人の田上よしえさんにソックリだったんですけど。

──ははははは!

爪:母親の顔を見た瞬間に笑いをこらえるのが大変でした。テイラー・スウィフトの可能性もあるんだろうなと思ってたら、すごいおかめ顔の人で(笑)。感動の再会より楽しくてよかったです。

──本当にポジティブですね(笑)。爪さんがこれまで付き合ってきた人にも、どこか母性を求めていたんでしょうか?

爪:そうですね。母性というよりは、こんな俺を好きだと言ってくれるかどうかだけですね。「おまえは外見で女を惚れさせることはできない」って中学生になる前ぐらいに親父に通達されたことがあって。でも、それはなんとなく自分でもわかっていたことだったから、はっきり言ってくれたことで良い意味で諦めることができたので救われました。誰よりも優しい男になろうとか、いろいろ知識を付けて面白い人になろうとか、違う角度から格好良い男になる方法をいろいろ模索できました。そんな自分を好きだと言ってもらえたらそれだけでOKです。

──早いうちから世の中の真理みたいなものを教えられていたんですね。

爪:もしかしたら、親父は親父で自分のストレスを俺にぶつけていただけなのかもしれないけど、結果オーライですね(笑)。まぁちょっと変な親子関係だったと思いますね。

──激しい喧嘩もしたみたいですね。

爪:殴り合いの喧嘩とかできればよかったんですけど、俺が効率重視の遠距離攻撃型の反抗期だったので。エアガンで銃撃したり、フロント部分に五寸釘を付けたミニ四駆を発車したりの工作員のような戦い方でしたしね。親父の方がきつかったと思いますよ。「こいつ、施設に入れようかな」と思ったんじゃないですか(笑)。

──(笑)。

爪:実際1回病院で精神鑑定を受診させられたことがあって。「診察を受けたら、スーパーファミコンのソフトを買ってやる」って言われたので喜んで行きましたね。絵を見て答えを言う心理テストなんかを受けたんですけど、医者の最終診断は「漫画とテレビの見すぎ」って(笑)。約束通り、スーパーファミコンのソフトを買ってもらいました。親父は納得のいかない顔をしていましたけど。

──(笑)。初恋の女の子が爪さんの自転車を盗もうとしていて、それを知らない振りして手伝うっていうエピソードもあるじゃないですか? 僕は田舎が長野なんですけど、レンタルCD屋さんの前に自転車を置いていたら、その上に不良がいっぱい座っていて、1時間くらいかけて帰ったことがあったので、それを思い出しました(笑)。

爪:そういうとき、ありますよね(笑)? 「嘘だろ!?」って(笑)。自転車置き場って本当にヤンキーがいるんですよ。ちょっと一種のアドベンチャーゲーム的な感じがあって、会話の選択肢を間違えたらボコられてゲームオーバーみたいな。

──ビンタの話も、自転車の話もそうですけど、女性への憧れを持ちながらも、そんなことばかり遭遇していると、女性を嫌いになる可能性もあったんじゃないかなとも思ったんですけど。

爪:最近いろいろな取材を受けて、自分の中で段々固まってきたんですけど、たぶんアメリカのアニメの影響もデカいんですよね。「トムとジェリー」とか「バックスバニーショー」とか。高い所から落ちる時に、TVの前の自分達に向けて手を振ってから落ちていく不幸も笑いに変えるエンターテイナーとしての姿勢。どれだけひどい目にあっても、次の話になったら普通にシレっといつも通りの生活をしているあの普遍性が本当に好きでした。それと同じように恋愛に関しても一つ終わったら、また次の話が始まるみたいな感じで、不幸だと感じることはなかったですね。

次は母親のことを書いてみたい

──作家になろうとして上京していたものの、なんらかの理由をつけて目を背けていたって話もありますけど、小説を書くことに向かい合うことになったきっかけは?

爪:6年間付き合ったアスカがいなくなった喪失感というか…… 自分で言うのもなんですけど、濃い6年間だった。最初はフラれたショックで空虚になっていたんですけど、落ち着いてきたら書くことが山ほどあるなと思って。アスカが音楽仲間とTwitterをめっちゃやっていたときは「Twitterなんかサムいやつしかいねえよ」って毒づいていた自分が、アスカにフラれた瞬間、Twitterにめちゃくちゃハマるという(笑)。そこから色んな面白い方と繋がっていって、自分にできる面白いことは文章を書くことしかないなと再認識しました。

──東日本大震災が起こったとき、震えるアスカさんとは別の部屋に行きオナニーをする話が出てくるじゃないですか? このときの心理というのは?

爪:ある種、賭けですよね。このままだと俺もつぶれると思って。2人してつぶれるのは嫌だから、大震災のような非日常にはこっちも非日常で戦うしかなかった。こんなときに抜いてるやつはいねえだろうって。とにかく抜くしかねえなと思っていたんですけど、それが間違ってたんですよね。いまだに悩むんですけどね。あのとき正直にアスカに「今から抜いてくるから待っててくれ」って言った方が良かったのかなって(笑)。

──ははははは!

爪:何も言わずに1人ぼっちにしてしまったのは申し訳なかったです。それなら正直に「アスカ、エロいことをして感覚を麻痺させよう」とバカなことを伝えて喧嘩でもした方が、逆にアスカを安心させられたのかなと思うことはあります。でも、あのとき俺はそんな余裕がなかったんですよね。地震があまりない四国育ちだったのもあって、2回目の大きな揺れでパニックになってしまって。

──そのときの判断に後悔はないですか?

爪:反省はしてますけど後悔はないですね。間違っていたとは思いますけど(笑)。

──(笑)。例えばそこで別れてなかったら、この作品が生まれてない可能性もありますよね。ものを作る人って、日常の幸せが続いてほしい気持ちもありつつ、それを作品にしてしまう業もあると思うんですよ。そのどっちを取るのかってとき、作品を選ぶっていうところが、根っからの作家という感じがしました。

爪:作家というか、さっき話したプロレスのように、俺にとっての日常はショーという作品なので。だから日常も作品も全てイコールなんです。人生の喜怒哀楽すべてがショー。だから自動的に全部が作品になっちゃうだけなんですね。こういう考え方が正しいとは思わないですけど。もし、俺の文章を読んで、過去のしんどかった思い出がちょっとでも楽しい思い出に変わった人がいたら嬉しいですね。「あの恋は嫌だったな」っていうのが、「でも、あいつにもいいところあったよな」と前向きに思ってくれたら。そうなったら、人生って楽しくなりますから。別に「常に希望をもて!」なんて前向きなことを書いている本じゃないので、そこは安心して読んで欲しいですね。

──それまで出会った女性たちを思い返して小説が終わるじゃないですか。ここで終わったら綺麗な終わり方なんですけど、その後に別れたアスカさんが現れる(笑)。

爪:別れたあとも、アスカと住んでいた新井薬師に住もうと思ってたんですよ。でも、同じ部屋に住んでいたら、本当の意味で前に進めない気がして。でも慣れ親しんだ中野を捨てたくないなとも思ったので、一駅だけ移動して沼袋に引っ越したんです。そうしたら、東京に戻ってくることにしたアスカも同じことを考えていたようで、沼袋にずらしてきて。「バカなんじゃないの?」って(笑)。

──ははははは! ただの良い話じゃなくて、後日談があっていいですよね。言ってみればこれまでの人生の集大成的なところもあると思うんですけど、次作以降は構想されているんですか?

爪:次は母親のことを書いてみたいですね。母親と再会した今は、母親への恨みなんていっさいないんですけど、この本の中だと恨みの対象のままで終わっているので。それは母親に悪いので、いつか形にしたいですね。母親は気性の激しい人なんですけど、星が綺麗な夜に、「こんなに星がきれいな日は月がよく見えるよ。私にとっておまえは太陽のような存在だよ。たいせつな子供だからね」って嬉しいメールがきたんです。「ロマンチックだな」って思ってたら、次に「おまえは太陽、母親の私はそれを見守る月。いつか月は太陽を殺さなければならない。おまえを殺す!」って。

──あはははははは。

爪:たまにイカレているんですよね(笑)。でも、嬉しかったですね。こんな面白い母親と親父の子どもである自分は幸せだし、これからもこのまま生きていけばいいんだろうなって自信を持てました。こいつらが子どもを作ったらそうなるわ!! って。その感謝の気持ちを込めて、母親のことを本にします。

爪切男(つめ・きりお)
’79年生まれ。派遣社員。ブログ『小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい』 が人気。’14年、『夫のちんぽが入らない』 の主婦こだまとともに同人誌即売会・文学フリマに参加し、『なし水』に寄稿した短編『鳳凰かあさん』がそこそこ話題となる。’15年に頒布したブログ本も、文学フリマではそこそこの行列を生んだ。現在、『日刊SPA!』で連載中。 同連載を大幅に加筆修正したうえで改題した本書『死にたい夜にかぎって』がデビュー作となる。
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