【連載】なにが好きかわからない vol.69「セデック・バレ(原題:賽德克·巴萊)」

皆さんこんにちは。

先日お兄さんの結婚写真を撮るために週末実家に帰りました。改めて結婚の装いをした兄夫婦の姿にうっかり感動してしまいました。1つのイニシエーションを迎える兄の姿はもちろん、それを見つめる、肺炎で入院もしていて半分ボケてしまったおばあちゃんの姿にもグッとくるものがありました。孫夫婦の晴れ姿を見ることができてどんなに嬉しいことだろう、と思うと、小さな頃からおばあちゃんと過ごした日々なども走馬灯のように思い出され、涙がこぼれそうになりました。

また、社会人になってから初の帰省だったんですが、改めて親のすごさやありがたさに気付かされました。どうにかして親に心配や負担を掛けずに生きたいし、兄弟揃って大学はもちろん、留学にも行かせてもらったことに改めて感謝。どうにかした恩を返せたらなあ、と最近ずっと考えてます。これを読んでくれた皆さんも年に1、2回くらい実家に帰って親に顔を見せたり、こまめに連絡してあげて欲しいと思います。

さてさて、前回は台湾の話をしました。

今回も続いて台湾の話をしたいと思うのですが、題材は「セデック・バレ」(原題:賽德克·巴萊)という映画です。

 

大学の授業の課題で自分で選んで観た作品なのですが、本当に印象に残る作品でした。

台湾好きな方ってたくさんいると思いますが、僕はそのアイデンティティの形成の過程なども含めて本当に興味深い国だなと思います。日本との関わりも長い台湾ですが、日本人の中では「昔日本が台湾を統治していたから、親日派の人が多くて〜」という安易な事を言う人もたまにいます。日本がかつて台湾を統治していたこと、単純に事実を切り取ったら決して褒められる事ではない、言ってしまえば侵略行為とも言えます。そして、その過程には沢山の事件もありました。その1つを取り上げた映画が『セデック・バレ』です。

あらすじはというと、元々台湾にいる少数民族の1つにセデック(賽德克)族という部族がいました。彼らは、日清戦争後に進駐してきた日本軍によって文明化を強制させられ、武器を捨てたり部族の文化である首狩りは放棄させられ、日本語を学ばせられることになりました。それを良しとしない主人公らは、ある日に地域で開かれた運動会で日本人警官にセデック族の若者が殴られたことをきっかけに、派出所を襲撃したりゲリラ戦を進め、部族の誇りを取り戻すために抗日事件(霧社事件)を起こすのですが、日本軍の毒ガスなど近代的な兵器の前に徐々に追い詰められていく…… といった内容です。

当時の日本人が文明化という大義名分で原住民の文化を野蛮なものであるとして時には暴力で奪い、その上に自分たちの価値観を押し付けるという、果たして野蛮なのはどちらなのか? 争いが進む中で、セデック族の女性や子供は食糧不足になると集団自決までする決死の覚悟に、日本人警官らが思わず「日本人が失いつつあった武士道精神や大和魂に通ずるものがある」と言ったシーンが、皮肉的でもあり印象的でした。

この作品は抗日事件を舞台にしていますが、特に日本を批判することが目的ではないと思います。ただ、僕が思うのは「相手へのリスペクトを失うと諍いが生まれる」んじゃないかという事です。自分が正しいとか自分の都合ばかり優先して行動してしまうと、もちろん迷惑がかかる人も生まれてきて。それは国単位になると侵略行為になったりして、誰しもが侵略した方を非難しますよね、侵略された方が悪いなんて思う人はほとんどいないはず。身近なところになると、人間関係でもそうじゃないかと。自分が楽したいから、面白いから、都合がいいから…… という理由だけで、相手の心情とか都合を考えない、尊重しないようなことばっかり言ったりやったりしちゃいけない、これってまあ当たり前ですよね。どんなに矮小に見えても、粗野なものに見えたとしても、とりあえず尊重してみるっていう気持ちは大事だと思える作品です。日台の関係性を現在の表層だけなぞってみるんじゃなくて、過去の出来事も踏まえて改めて好きになれたらいいですよね。

台湾の歴史からリスペクトの気持ちまで学べるいい作品です。

二部作で少々長いですが絶対観た方がいい、心に必ず何かを残してくれる作品だと思います。

今週はこの辺で。

また来週、よしなに。

※「【連載】なにが好きかわからない」は毎週木曜日更新予定です。

エビナコウヘイ(えびな・こうへい)
1993年生まれ、青森県出身。進学を機に上京し、現在は大学で外国語を専攻している。中国での留学などを経て、現在では株式会社WACKで学生インターンをしながら就職活動中。趣味は音楽関係ならなんでも。

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