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映画『帰れない二人』公開記念トークイベント、プロデューサー市山尚三が語る撮影裏話と見どころ

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©2018 Xstream Pictures (Beijing) – MK Productions – ARTE France All rights reserved

2019年9月16日、東京・渋谷Bunkamuraル・シネマにて中国の映画監督ジャ・ジャンクー(贾樟柯)による作品『帰れない二人(原題:江湖儿女)』の公開記念トークイベントが開催された。本作は2001年と2006年、そして現在の3つの時代を跨いで大きく変容していく山東省・大同のヤクザであるビンとその恋人のチャオという時代に取り残された2人の恋愛模様を描いていく作品であり、第70回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品されている。今回のイベントでは、長年に渡りジャ・ジャンクー監督の作品を手掛ける映画プロデューサー市山尚三をゲストに迎えてトークを行なった。ここでは、そのトークイベントと映画の様子をレポートする。

取材&文:エビナコウヘイ


画像:©2018 Xstream Pictures (Beijing) – MK Productions – ARTE France All rights reserved

撮影時のこぼれ話をテーマに進められたトークショーでは、プロデューサーの市山が本作『帰れない二人』の撮影中に3度現場を訪れたことを語った。今作でジャ監督が山西省の大同(ダートン)を舞台に設定した理由は、以前ドキュメンタリー映画『in public』を作った際に同地を訪れ、そこで大同を気に入ったジャ監督が同地で『青の稲妻』全編撮影、そこからインスピレーションを得た作品だからだという。実際、市山も2002年公開の『青の稲妻』と今作『帰れない二人』の撮影に参加し、作品内で描かれた中国の急激な街の変化に大きく驚いたと話した。

2001年のディスコのシーンでは、中国は昔の内装のまま放置されている廃業した店が多いため、当時のディスコでそのまま撮影したエピソードを語る。日本では建て替えやリフォームで無くなってしまうが、中国ではそれらが残っていることが多いので、当時のリアルな様子を再現するのに便利だったという。加えて、ジャ監督が2001年や2006年に撮った映画作品のアウトテイク(使われなかったシーン)も盛り込まれており、今回撮り直したものとの組み合わせが絶妙だと語った。

また、ヒロインのチャオがバイクタクシーの運転手に襲われそうになり、バイクを奪って逃げるシーンは巫山(ウーシャン)で撮影。同地でのファニーシーンの撮影では、カットがかかるとジャ監督が爆笑するなど、シリアスな映画の中でも朗らかに撮影が進んだことを感じられた反面、実景カットを撮る際には、ちょうど良い雲のかかり具合を見たジャ監督が「早く撮影しないと間に合わない!」と叫び、クルーを急かすなど緊張感のある場面もあったという。普段メディアに出るときは、穏やかな人柄のジャ監督の意外な一面を語ってくれた。さらに、大同郊外で撮影されたというロータリーのバイオレンスシーンで当時の時代に合わせた服装のエキストラを用意したり、バスで刑務所へ運ばれるシーンで車外のほとんど映像に映らないシーンまでも当時の時代に合わせて作り込むなど、ジャ監督の拘りが強く感じられたと語った。

他の見どころとしては、『人再囧途之泰囧』(Lost in Thailand)などで知られる映画監督兼人気コメディアン俳優・徐铮(シュージェン)も出演、他の4人の中国の映画監督も劇中に友情出演しているので、中国映画ファンにはたまらない演出もあるという。結末のシーンでの人々も覗ける監視カメラの映像も現代中国社会を象徴しているといい、この映画内で各時代をリアルに切り取って描いたことが伺えた。

「プロデューサーはずっと辞めないでほしい」

また、映画の制作背景の話にも言及した。本作は中国とフランスの合作作品にも関わらず、2000年の『プラットホーム』からジャ監督と一緒に映画に携わってきた市山がプロデュースに関わった。当時、中国当局から映画製作を禁じられていたジャ監督には、中国国内から出資が集まらなかったため、海外から出資を募る中で2人は知り合ったという。昨今の中国での映画バブルの影響やジャ監督の国際的な評価の高まりによって、現在は中国国内でお金を集められたものの、海外からの出資も募っていたので関係が続いていたため、出資の有る無しに関わらず「プロデューサーはずっと辞めないでほしい」というジャ監督の言葉を受けて、本作でもプロデューサーを務める運びとなったと語った。

最後に本作の見所に言及。『帰れない二人』で描かれた時代は3つあり、作品『青の稲妻』で描かれた北京オリンピックで経済発展の予兆がある2001年、作品『長江哀歌』で三峡ダムに水没していく古都奉節が描かれた2006年(奉節は本作にも登場する)、そして現代と3つの時代を跨いでいる。それら各時代に合わせて、交通手段や携帯電話、服装、町並みなどの変遷も細かに描いている点にも注目してほしいと言う。また、ジャ監督がこの20年間で考えてきたものが凝縮されており、日本とも色々共通しているところがあると思うので見てほしい、と語った。

また、市山はジャ監督の近況にも触れ、現在新たなドキュメンタリー映画をほぼ完成させていると話した。ジャ監督の地元である山西省を舞台にした文学作品の作家にインタビューを実施し、中国の辿ってきた変遷を振り返るドキュメンタリー作品とのことで、これまで山西省を舞台にした作品を多く手がけてきたジャ監督の新作に期待が高まる。

実際に映画を観てみると、確かに時代ごとに全く異なる街並みや社会状況が背景に描かれており、その中で生きていくビンとチャオは、刑務所の服役などを経て時代から浮いたままである。それでもビンへの献身的な愛情を持って生きてきたチャオの姿が印象的だった。作中にも出てきた「渡世(人)」の言葉。日本語では、転じて劇中のビンのようなヤクザを指す意味もあるが、元はといえば定住を持たない根なし草の意味。それを象徴するように、劇中の各時代でも様々な交通手段を利用してあちこちへと移動するシーンが多く見られる。

各時代を漂うように生きながら、時間の流れに合わせて年齢相応の女性の態度をビンに示すチャオと、いつまでも過去に拘っているビンの姿のギャップには、時間の流れの残酷さ・切なさも感じられ、ただの恋愛劇ではない後味だけが確かに残った。そして何より、それを引き立たせるのが、劇中を通して何度か流れる葉倩文の「淺醉一生」という曲だろう。物悲しいメロディーと「一生共に歩んでいく人を待ってるものの、その人は現れない。希望が薄れていく中、夢を見つつほろ酔いの毎日、一生を過ごす」というテーマの歌詞が、作品の世界観をより如実に感じさせた。是非、劇場に足を運んでご覧になってほしい。


■映画情報
『帰れない二人』(原題:江湖儿女)

公開日:2019年9月6日(金)
Bunkamuraル・シネマ、新宿武蔵野館ほか全国順次公開

監督・脚本:ジャ・ジャンクー(『罪の手ざわり』『山河ノスタルジア』)
撮影:エリック・ゴーティエ
音楽:リン・チャン
出演:チャオ・タオ、リャオ・ファン、ディアオ・イーナン、フォン・シャオガン
2018 年/135分

第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品
第54回シカゴ国際映画祭 監督賞/女優賞
第12回アジア太平洋スクリーン・アワード 女優賞 第25回ミンスク国際映画祭 監督賞/女優賞 第19回ダブリン国際映画祭 審査員特別賞
第13回アジア・フィルム・アワード 最優秀脚本賞 第39回マナキ兄弟国際撮影監督映画祭 シルバーカメラ賞 第41回デンバー映画祭 特別賞
第10回華語十佳頒奨典禮 監督賞/主演女優賞/主演男優賞/トップテン映画 第27回上海映画批評家協会賞 優秀賞

ホームページ:http://www.bitters.co.jp/kaerenai/

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