東京・青山と台湾・台北でライヴハウス月見ル君想フを経営しながら、2015年には日本とアジアへ架け橋となる音楽レーベル「BIG ROMANTIC RECORDS」を立ち上げた寺尾ブッタ。Yogee New Waves、シャムキャッツ、CHAIなど日本のバンドのアジア・ツアーブッキングを担当し、台湾のバンドDSPSや落日飛車の日本国内でのリリース・ツアーも手掛けるなど、アジアと日本を繋ぐキーパーソンである。
2020年、世界中で新型コロナウイルスが猛威を奮っている中、彼が主に活動を行う台湾や中国の音楽事業やライヴハウスはどのような状況を辿ってきたのか? そして、彼が代表を務める月見ル君想フは、2020年3月末には既にオリジナルグッズの販売を行ない、ライヴ以外の収益の上げ方にいち早く取り組み、4月8日には独自の生配信特設サイト「MoonRomantic Channel」を設立するに至った。コロナ禍で、このようにいち早く動き出せた理由とは? ウィズコロナ、ポストコロナ期へと移行している中、2020年前半の日中台の音楽業界におけるコロナ対策を振り返るとともに、今後の彼の動きを訊いた。
※インタビュー内容は2020年6月4日(木)時点での状況となります。予めご了承下さい。
取材・文:エビナコウヘイ
コロナ禍でも大きな悲鳴が聞こえてこなかった台湾
──台湾は、大規模なライヴハウスの営業制限はあったものの、コロナウイルスへの対応が厳格だった今年2、3月でさえ、100人キャパ以下のライヴハウスは営業できていましたよね。
寺尾ブッタ(以下、寺尾):その制限も5月末で撤廃されたんですよ。もともと動員100人以下の規模のイベントはずっと禁止されていなかったので、小さいライヴハウスは営業できていたんですけど、そもそもあの状況でライヴをやろうっていう演者がほとんどいなくて。実際、台北のライヴハウス「Revolver」なんかも営業していましたけど、当時のイベント本数は少なかったですね。
台湾本日ついにイベントにおける<室內100人、室外500人>の人数制限が撤廃されました。
もちろん防疫対策を徹底する場合に限るのですが、結構具体的な指標が示されていて ↓https://t.co/thkQtlgKk2— budhan (@budhan) May 8, 2020
──最近ではライヴに対する考え方も変わってきている、と。
寺尾:6月に入ってからは、少しづつイベント本数を戻していく流れになっていますね。今は観客の人数制限は無く、1.5mのソーシャルディスタンスは守ろうとしているものの、そこまで厳密に守っているわけでもないです。台北のライヴハウス「THE WALL」もマックス100人でイベントをやっていましたけど、正直1.5mも取ったら100人も入らないと思いますしね。でも、気をつける意識や緊張感はまだあって。お客さんもマスクはちゃんと着用するし、距離もある程度は自主的にとっていて。オーガナイザーも、ミニマムなところから再スタートしている感じですね。
──台湾現地の音楽情報を確認していたんですが、日本ほどライヴハウスやアーティストの悲鳴が聞こえて来なかったように思いました。それは政府や公的機関からライヴハウスや関係者への支援が行き届いていたからなんでしょうか?
寺尾:それは絶対にあると思いますよ。5月末には、既に補助金の一部支払いも始まっていて、キャンセルになったイベントや会場、ミュージシャンに対しての支援も手厚いと思います。だから、あまりジタバタしなくても済んだんだと思います。「なんで台湾では配信イベントが少ないんですか?」って色々な人に訊かれるんですけど、補償もあるし、あまり動かない方がいいっていう雰囲気になっていたんだと思います。
──補償もあるなら、無理して動く必要はないと。
寺尾:日本だと、家賃も払えなくなるとか、ライヴハウスの経営苦境がクローズアップされていたじゃないですか。台湾はライヴハウスは元々週末中心に営業している感じのところがほとんどで、元々のんびりしていましたからね。
──ブッタさんは、THE WALLのブッキングや、東京と台北でライヴハウス「月見ル君想フ」を営業されています。台北の月見ルは飲食店としての側面も強いですが、飲食業の方は何か打撃を受けていましたか?
寺尾:自粛休業はしていなかったですね。変えたことがあったとしたら、政府からのガイドラインに即して座席を少し間引いたことくらいで。なぜか分からないんですけど売上は逆に伸びていたっていう(笑)。もともとのポテンシャルかもしれないし、そういうものを食べたくなる雰囲気があったのかもしれないですけど、原因は謎です。台湾全体としては、数ヶ月前は外食産業もだいぶ経営は厳しかったんですけど、かろうじてうちは影響が少なく済みましたね。アーティストのグッズやレコードの売上自体もそんなに変化はなく。自分の店舗だけじゃなく、流通を通して台湾全土で売っているんですけど、いつもと特に変わらなかったですね。日本みたいにレコードショップの実店舗が閉まって、完全にオンラインに移行したから売り上げが大きく変化するということはなかったですね。流石に台湾でも一時期外出がかなり自粛された時期もありましたが、そこまで長くなく、レコードショップも休まず開いていたし。
中国でもライヴハウスの状況は戻りつつある
──一方で中国はどうでしょう。配信ライヴとかも多くあったんでしょうか?
寺尾:中国では、2月頭くらいから配信は既にやっていましたね。人が全く外に出られない極端な封鎖をしていたわけで、ミュージシャンも家から配信ライヴをやって、ファンもそれにお金を出したり、ということはありました。そういう配信をレーベルとかプロモーターがまとめた番組も一時期は乱立しましたね。弾き語りに限らず、ミュージシャンが料理をする様子を配信したり、娯楽を提供するっていうことも当初ありました。4月頭くらいに状況が緩和されてくると、今度はライヴハウスでの無料配信イベントをちょこちょこやるようになって。5月に入ってからは、有料配信もちょっとずつ始まっていますね。
いてもたってもいられず
この2月頭に中国の音楽業界で何が起こっていたかちょっとだけ説明しますね— budhan (@budhan) February 27, 2020
──お客さんを会場に入れて、というのはまだ難しいのでしょうか?
寺尾: 5月中下旬くらいにはライヴイベントが解禁されたんですよ。地域によって扱いが違っていて、感染者が少なくて比較的安全だと言われていた蘭州なんかは早かったみたいですね。政治の中心かつ音楽の都でもある北京が一番遅いんじゃないかって言われていたんですけど、その北京もイベントが解禁されてお客さんも戻り始めた感じですね。ライヴハウスにお客さんが入っている写真もよくSNSに上がっていて。動員もキャパの30%以内という制限は一応あるんですけど、ソーシャルディスタンスとかあまり関係ないみたいで、30%が密集しているという感じですね。
──ソーシャルディスタンスはあまり関係ないという感じですが、政府からの取り締まりなんかはないんですか?
寺尾:イベント系が解除される時に活動再開にあたっての指針が出て。僕もTwitterに翻訳を載せていたんです。細かい点はあったんですけど、割といい感じに現場は運用している感じでしたね。
ついに中国国内ライブハウスも営業出来るようになりました
ざっくりガイドラインとしてはキャパ(座席)の30%
カラオケ、ネカフェはキャパの50%
・大規模中規模コンサートはNG
・海外(香港マカオ台湾含む)アーティストはNG
・マルチシアターなど複合施設では時差開催のみ可能https://t.co/d1dJe8V7tp— budhan (@budhan) May 12, 2020
──演者やライヴハウスは、元は取れる程度には動けているんですかね。
寺尾:キャパに対する人数制限はあるので興行的には厳しいと思いますよ。さらに言えば、1000人キャパ以上の大規模イベントはまだできないんです。ライヴハウスでやるインディーバンドとかはある程度活動できる状況ではありますけど、依然として業界全体は厳しい状態であって。そんなに壊滅的な感じではないかもしれませんが、自分の知っている範囲でも3、4つくらい無くなったライヴハウスがあるんです。他にも、日本みたいにクラウドファンディングみたいなサイトではないけど、ファンコミュニティの中、電子マネーでお金を集めてライヴハウスを救おうということで、QRコードが出回ったりっていう動きもありました。
──中国は良くも悪くも、日本の2,3ヶ月先を経験しているわけじゃないですか。コロナ禍がとりあえず落ち着いてきた中で、ライヴハウスの在り方が元のように戻っていこうとしているのか、それとも配信とお客さんを混ぜた場所として変容を遂げていくのか。どの方向性をブッタさんは感じていますか?
寺尾:中国のライヴハウスで言えば、どっちかと言えば、元の方向に戻るというか。コロナの影響で少し後退してしまったけど、元々いい勢いで成長してきていた産業なので、どんどん進んでいこうという感じですかね。そこに何か新しい価値観をというよりは、チケットを売って集まろうという感じだと思います。
──日本だと3月にceroがZAIKOを使った配信を行い、それ以降プレイガイドが配信プラットフォームを立ち上げるなど、配信サービスが乱立しはじめています。そういった方向性が伸びていくのか気になります。
寺尾:置かれている状況もちょっと違うでしょうしね。大規模イベントができないということで言うと、中国の大規模フェスがどう存続していくのか、次の手をどう打つかはチェックしておくと面白いかも知れないですね。ライヴハウス単位だと、もうある程度普通にやれているので。フェスは次の手を打って、次の段階に進化するかもしれないですね。
──ブッタさんは東南アジアも廻られていらっしゃいますが、そちらの方からもお話は伺っていますか?
寺尾:シンガポールに関しては、そもそもライヴハウスの文化があまりないので、それにまつわる活動もあまりないという感じですね。逆に言えば、潰れるライヴハウスもあまりないし、そもそも産業としてこれから発展していくというところで、相対的にダメージもそれほど大きなものもないのかもしれません。とはいえライブができるミュージックバーを含む飲食業はかなり影響を受けているとは聞きました。東南アジアって日本みたいにライヴハウスが多くないので、それに従事しているスタッフもそんなに多くない。それにコミットしているバンドも。日本とか台湾と比べると多くないですね。
──産業として見たときにそんなに被害はないかもしれませんが、ミュージシャン自身はこの期間どうしているんでしょう?
寺尾:タイは配信ライヴがすごく盛んで、Stampとかビッグネームのミュージシャンが配信していましたし、僕が知っている限りでもいろいろな配信番組があったんです。ただ、タイのインディーミュージシャンって、専業ミュージシャンではない人が多いイメージなので、そこまで深刻な感じもしなかったですね。
日本でもいち早くコロナに対応する動きを見せた月見ル君想フ
──青山の月見ル君想フやBIG ROMANTIC RECORDSも、オリジナルグッズを売ったり、動き出しがだいぶ早かった印象があります。なんでそんなに早く対応し始めることができたのでしょうか?
寺尾:最初は預言者のつもりじゃないですけど、自分自身が台湾と日本の現場を頻繁に行き来している中で、台湾と日本のこの感染症に対する対応や意識の違いというのをビシビシ感じていて。初期から日本の対応は緩い感じがあったんです。一方の台湾は、2月頭くらいからレストランも自主的に入り口で検温して、除菌スプレーをしないと入れない場所が多くなった。その差にやきもきはしましたね。いずれ日本もこうなるから対策を考えようっていうのは、導き出されるものだったので。何ヶ月もライヴができないだろうとか、配信しかないだろうとかは、かなり早くから予想はできていたんだろうと思います。オリジナルTシャツの販売に関しては、ちょっと時期が早すぎたなっていう反省もありますし、他のライヴハウスもクラウドファンディングを始める中で、月見ルは配信ライブへ向けて集中しすぎてクラウドファンディングを始めるタイミングを逸してしまったりもしました。
──ブッタさん自身が元々台湾や中国にコミットしていた分、動き出せるのも早かったと。
寺尾:そうですね。お店で体温を測ったり、マスクの装着必須とか、当時はやりすぎだっていうくらいのこともやるべし、ってスタッフには言ってきていました。あと、実は2月に台湾でいくつかイベントをやったんですが、日本のアーティストもちょっと来ていたんですけど、その時も露骨に意識の差を感じましたね。台湾ではその当時既にライヴハウスを初め、お客さんもマスクしたり、細心の注意をしながらなんとかやっているのに、日本から来たミュージシャンはマスクをあまりしたがらないような感じもあったりで、大きく咳込んじゃったら箱のスタッフがサーッと引いちゃうこともあって。とはいえ、実感しないと分かんないですよね。
──月見ルでは独自の配信チャンネル「MoonRomantic Channel」も始められました。このサービスを始めた背景をお訊きしたいです。
寺尾:最初はYouTubeなど選択を色々と試してみていました。だいぶ長期戦になるだろうと分かってからは、毎回使うものだし、誰にでも分かりやすく使ってもらえるような形を整えないとっていうのは気付いていたんです。それなら自分たちで作れるものがいいぞっていう話になって、独自のプラットフォームの選択肢としてWixが一番フィットしました。ライヴハウスとしてのチャンネルも作れて、無料で観てもらって投げ銭もできるし、有料でチケットを購入してもらうこともできる。これはWIXのサービスを使えば、誰でもできますよ。それを使っているライヴハウスは結構あるんじゃないですかね。要は独自のプラットフォームで、VimeoでもYouTubeでもない、動画配信のプラットフォームであるもの。それとホームページ作成のシステムを組み合わせただけなんですよ。
──配信ライヴが増えていくことで、地方や海外の人も、現場に行かないと見れなかったものをオンラインでも観れるようになるじゃないですか。遠方の人に向けてという意味でも、発信の仕方も含めて、大きく変わっていくタイミングなのかなって思います。
寺尾:こういう機会があったから大きくトライできたというのもあって。やっぱり、小さいライヴハウスだと、カメラマンとか人手、機材を始め、配信にかかるコストって会場代と同じくらいかかるんですよ。ちょっと前までは、気軽にライヴハウスに導入できるものじゃないと思っていたんですけど、今は配信をやるしかないので、システムを整える必要性ができたのはよかったですね。今後、お客さんを入れてライヴがやれるようになった時に、配信ライヴの立ち位置も変容していくと思うんですけど、新しいオプションというか。なかなかライヴハウスに来られない人、地方の人がたくさんいるんだとしたら、その人たちが観たいライヴを配信する新しい市場の誕生になる。
──そうなった時にプロのカメラマンとかスイッチングの技術が争点になってきますよね。月見ルはどんな利点を活かして配信をしていこうと思いますか?
寺尾:やっぱり天井が高くて、ステージに大きな月のスクリーンもあるっていうのは売りにしていこうと思っていて。あと今は月見ルは工事もする予定なんですよ。主な目的としては、配信設備を常設した新しい営業形態に対応した形にする為に、二階部分を改装して、二階からカメラクレーンを入れてお客さんの頭上でカメラ回せるようにしようっていう案もあって。改装に際して、配信とかライヴの画が撮りやすいようにモデルチェンジして再出発しようと思っています。
──青山なので家賃も高いし、工事もしないといけない。コロナで経営にも負担がかかるという状況でも、ライヴハウスの経営を続けていこうと思われた理由というのは、どこにあるんでしょう?
寺尾:むしろ普段の営業が続いてたら改装工事も難しいとは思うんですけど、改装するタイミングは今しかないし、改装工事中も配信ライヴは並行してできますからね。なにより音楽が好きな人が集まれる場所として、ライブハウスは必ず必要だと思っているんです。今は制限されていますが、人が集まって何か新しい音楽との出会いや交流があるようなライヴイベントが一番面白いと思っているので。これから変容していくとしても、ライヴハウスの醍醐味は変わらないと思っている。それがまたできるようになるまで、取り敢えず準備しておきたいですね。
──再び国を跨いで行き交いができるようになった時、ブッタさんはどのようなことをやりたいですか?
寺尾:今は台北と東京に拠点があるので、配信を活かして2つの場所を繋げられるような事をもっとやっていきたいと思っています。試しに台北の月見ルからDSPSのギターボーカル・エイミーに司会をしてもらう番組を定期的にやっているんですけど、もっと東京と台北が会話できる試みを増やしたいですね。
あと、今年は元々中国のバンドをたくさん紹介しようと思っていたので、それはやりたいですね。台湾で良いバンド、シーンが広がっている事が日本でも少しづつ知られてきたと思うんですけど、中国の音楽シーンについても伝えていきたいと思っています。コロナが広まる前までは、これは台風の目というか、今年中国のバンドやったら意外性もあって注目集めるような予感はしていたんですけどね。日本のリスナーの新しいものを求める段階が、中国のバンドを欲しているように見えたんです。台湾も中国もいいバンドが多くて、もっと評価されるべきというか、この音は絶対気に入ってもらえるだろうなというバンドがたくさんいるので、注目してもらえたら嬉しいです。
・ライヴハウス青山・月見ル君想フ
http://www.moonromantic.com
・月見ル君想フ独自の配信サービス「MoonRomantic Channel」
https://www.moonromantic-channel.com
寺尾ブッタ
ライヴハウス「月見ル君想フ」を東京台北で運営しながら、アジア各地でイベントをプロデュースしている。レーベル部門BIG ROMANTIC RECORDSと、ライヴプロモーター部門BIG ROMANTIC ENTERTAINMENTを精力的に展開中。