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【著者寄稿】『なぜアーティストは壊れやすいのか?』発売1周年に寄せて

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『なぜアーティストは壊れやすいのか?』発売1周年に寄せて

text by 手島将彦

2019年9月20日に『なぜアーティストは壊れやすいのか?〜音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(SW)を上梓して1年が経ちました。

その間にCOVID-19の感染拡大による社会不安をはじめ、BLACK LIVES MATTERに象徴されるような、人種・国籍、そして性別などに関しての差別や偏見にまつわる問題、そして、いまだに後を絶たない自殺(日本ではこの8月には自殺者が大幅に増加したという厚労省の発表もありました)など、世界には様々なことが起きました。

特にCOVID-19は私たちの生活に多大な変化を強いました。

それによって音楽産業はもちろんですが、どの産業も影響を受け、今後進むべき方向を模索している最中で、何が正解かはわからない状況が続いています。

しかし世界・社会が変わったときに、間違いなく、そして例外なく予測できることがひとつあります。それは「社会が変化すると、必ず誰もがメンタルに影響を受ける」ということです。

音楽業界で言えば、ビリー・アイリッシュをはじめ、主に海外の「Z世代」のアーティストたちから、メンタルヘルスの大切さに対する発信がなされていますが、今まさに日本においても、多くの人にメンタルヘルスやカウンセリング等に関する基礎的な知識が広まって、メンタル面の健康をできるだけ保って欲しいと願っています。

また、本書は「多様性」と「自己肯定感」というキーワードも通底しています。昨今ではそれらの言葉が多用されることに対してのバックラッシュのような傾向も見られますが、ここでもう一度、それらの言葉に対する私のスタンスについて触れておきたいと思います。

「多様性」とは事実であり、それ自体は良くも悪くもない

まず、「多様性」ですが、これは「世界や人は多様である」ということは「事実」であり、それ自体は良くも悪くもない、ということです。

大事なことは、そうした「事実を受け容れること」です。事実をきちんと認めない、見ようとしない態度は、必ずどこかに歪みを生じさせます。まず世界や人は多様であるという事実を認め、どうしたらうまくいくのかを考えていく、ということが大切なのだと思います。

また、それに関連して、私たちの社会は単に多数派に都合が良いようにつくられていることが多く、そのために少数派が苦労しなければならなくなっていて、場合によってはそのために「障害」になってしまっていたり、「無理すればなんとか適応できる」という過剰適応を強いられていたりしているのではないか、ということに気づくことも重要です。

実際、少数派にとっても生きやすい社会は、多数派にとってもより生きやすい社会になる可能性が高いのですから、少数派も生きやすい社会へと変えていくことは、皆にとってもメリットがあるのです。

「自己肯定感」とは、自分が自分であって大丈夫という感覚のこと

また、「自己肯定感」という言葉も最近ではよく使われるようになりました。

しかし中には「誰かや何かに役に立つ」「人よりも優っているなにかがある」というような、いわば「機能的な自己肯定感」というものを高めようという意味で使われる場合も多々あるようです。特に日本の学校教育や企業では、そうした「他人との比較・競争」が根底にあるような自己肯定感が目指されていることが多いかもしれません。

それは必ずしも否定されるものではありませんが、あくまでも表層的な自己肯定感です。

「高い/低い」という考え方には、どこか他人や何かの基準との比較が前提にあるようにも感じます。そうではなくて、本当の自己肯定感は、臨床心理学者の高垣忠一郎氏の言葉を借りるならば「自分が自分であって大丈夫」という感覚のことで、いわば存在レベルでの自己肯定感なのです。

「高い/低い」を考えるというよりは「自分が自分であって大丈夫」ということに「気づく」ということかもしれません。人が存在するのに、なんらかの条件をクリアしなければならないということはない、逆に言えば、誰かが存在することに条件をつけてはいけないのです。

アーティストの作品や生き様には大切な気づきがある

ビリー・アイリッシュやBTS、スポーツ界なら大坂なおみさんなどの若い「Z世代」は、こうしたことの大切さに気づき、発信しています。このことはとても素晴らしいことです。

一方で、世界が変わる時には「その他の人々」「当事者ではない人々」が動くことも必要です。また、なにごとも当事者はどんどん詳しくなっていき、そうでない人は無関心なまま、ということは良く起きることです。

アーティストたちは、炭鉱のカナリアのように、いち早く何かを察知して、そうした境界を越境できる力を持っています。彼らの作品や生き様には大切な気づきがあります。

本書が今後もその気づきのきっかけになれれば幸いです。


参照:
・コロナパンデミックで最も大きな影響を受けた「Z世代」の絶望と希望 竹田 ダニエル2020.06.04
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72927

・「私の心理臨床実践と『自己肯定感』」 高垣忠一郎 『立命館産業社会論集』第45巻第1号

・「カウンセリングを語るー自己肯定感を育てる作法」高垣忠一郎 かもがわ出版


【1周年無料公開】なぜアーティストは壊れやすいのか?音楽業界から学ぶカウンセリング入門Part1|株式会社SW #note https://note.com/sw_inc/n/nc56c9306902d

【1周年無料公開】なぜアーティストは壊れやすいのか?音楽業界から学ぶカウンセリング入門Part2|株式会社SW #note https://note.com/sw_inc/n/nde81a332c039

■書籍情報
タイトル:なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門
著者名:手島将彦
価格:1,500円(税抜)
発売日:2019年9月20日(金)/B5/並製/224頁
ISBN:978-4-909877-02-4
出版元:SW

Amazon
https://www.amazon.co.jp/dp/4909877029

■手島将彦 プロフィール
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・イベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。Amazonの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり、産業カウンセラーでもある。

 

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