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エルスウェア紀行が初ライヴで生み出した、ポジティブな”期待感”

StoryWriter

エルスウェア紀行が2020年9月30日(水)、ライヴ映像配信〈エルスウェア紀行 STUDIO LIVE vol.0〉を開催した。

”ヒナタとアシュリー”がユニット名を改名し、メンバーのヒナタミユ(Vo.Gt)トヨシ(Gt.Cho)を中心にした音楽プロジェクト、エルスウェア紀行。「さみしくて、あまくて、つよい。」リリカルな歌詞世界と、ロック・フォーク・パンク・プログレ・ブラックミュージックなどを独自に昇華したサウンドで令和の”ニュー(ポピュラー)ミュージック”を標榜している。

バンドメンバーに亜万菜(key)、楠蓮(dr)、小嶋崇裕(ba)を迎え新体制でのライヴに臨んだ本ライヴ。バイオリン谷崎舞、トランペット座光寺卓音、トロンボーンリョコモンスター、アルトサックス佐々木祥一も参加して彩りを加えた同ライヴのレポートを掲載する。(編集部)

新たな旅の始まりー期待感を音に込めて届ける〈エルスウェア紀行 STUDIO LIVE vol.0〉

取材&文:伊藤航太(Cat Walk Records)
写真:Jumpei Yamada

2020年9月30日、エルスウェア紀行による配信ライヴ〈エルスウェア紀行 STUDIO LIVE vol.0〉が放映された。これは同月に渋谷7th floorにて収録されたもので、エルスウェア紀行の始動が発表されて以来初となる生演奏シーンの公開となった。

エルスウェア紀行は、ヒナタミユ(vocal・guitar)、トヨシ(guitar)の2人を中心とするバンド・プロジェクト。前身である「ヒナタとアシュリー」の活動を経て2020年8月に始動。亜万菜(key)、楠蓮(dr)、小嶋崇裕(ba)をメンバーに迎え5人でのバンドスタイルを基調としながら、様々な編成で音楽を表現することを柔軟に採用し、コンセプトとして標榜する「どこでもない場所を旅する記録」を音で体現してゆく。

配信ライヴは約60分、全13曲を披露する大ボリュームの内容となった。

開演を迎えるとオープニングSEには、妖しさを醸し出す管弦のアンサンブルが鳴り響く。まるで異世界へリスナーを誘うような楽曲は、”今”ー新体制としての始まりというメモリアルなステージに臨むメンバーのノンフィクションな感情描写を表したような演出だ。SEが鳴り止むとともにトヨシの歪んだギターとドラムの力強いカウントでオープニングナンバー「宇宙旅行」がスタート。スタートから印象深いのは、ステージの5人の自信と期待に満ちた”笑顔”だ。ビートやメロディと同じくらい、プレイヤーの表情はライヴのムードを作る。

軽快なビートとヒナタミユの明るく溌剌とした歌声がライヴのスタートダッシュを形作った。

続けて、ヒナタとアシュリー時代後期の名作『Longing EP』のリードナンバーである「ドラマチック」、同じく2019年リリースのナンバー「二月のサマー」を披露。全年代に通用するであろうフォークロアなポップサウンドを圧倒的なクオリティで奏でる姿は、新体制の頼もしさを裏付けた。

ヒナタとアシュリー時代の楽曲たちも、こうして新しいメンバーと共にライヴを作ることで一層活き活きと聞こえてくる。まるで新たな旅立ちを楽曲たちも意思を持って楽しんでいるような気がしてくる。馴染みの楽曲たちがさらに”深化”し”進化”してゆくのを、エルスウェア紀行では存分に見守ることができそうだ。

エルスウェア紀行の全ての楽曲において、ヒナタによるリリカルな歌詞とメロディに、トヨシの作る繊細なコードワークが複雑に交差し形作られて、そこにトヨシによる2人のアイディアを具現化する綿密なアレンジメントが施されている。ヒナタとアシュリー時代にはドラマーとして活躍したトヨシがギターに転向し、より歌に近い部分ー楽曲の彩りを司る立場となった。エンジニアリングまでを手掛けるマルチプレイヤーとして楽曲の高いクオリティを生み出すだけでなく、自ら奏でるトヨシの姿にも注目したい。

そして楽曲に生身の息を吹き込むのはヒナタミユの”泣き声”のような歌声だー時には繊細に囁き、時にはロックに力強く一語一語はっきりと聞き手に投げかける。才に溢れた二人の化学反応から生まれるエルスウェア紀行の音楽、そこには底知れぬ奥行きがあり、聞くたびに新しい発見がある。

始動にあたり重要な役割を果たした新曲「キリミ」

ヒナタミユがMCを取り仕切ると、まずはエルスウェア紀行が掲げるコンセプトの要とも言える、バンドメンバーを紹介した。亜万菜(key)、楠蓮(dr)、小嶋崇裕(ba)、中心メンバー2人の化学反応をよりダイナミックに具現化するために欠かせない秀逸なプレイヤーたちだ。そしてメンバーと同じくエルスウェア紀行の始動にあたり重要な役割を果たしたという新曲「キリミ」を披露。この楽曲は10月23日(金)にデジタルシングルとして配信リリースされることが決定していることも伝えられた。

無機物に人やモノの運命論を重ね合わせ、独自の観点から心理を語る「キリミ」は本公演中きってのロックナンバー。声の表情をガラッと変え、一つ一つ断言するように強く言葉を投げかける、ヒナタミユのダークなボーカルワークが印象的だ。そして言葉のボルテージに呼応するようにバンドアンサンブルもヒートアップ。ピアノの力強いタッチ、激しくタテを刻むリズム隊、深く歪んだギター、それぞれが重なり合いシリアスなムードを深化させてゆく。

続けて「まなざしはブルー」を披露。高らかな美しいメロディと心地良い8ビートが印象的なナンバーが、「キリミ」の熱量を受け継ぎながらもあくまで落ち着いた日常的な歩幅でライヴを運んでゆく。あくまで等身大な目線、日常的な歩幅、呼吸のペース、こういった普遍的なフォーマットの中で、うつろう感情の起伏や情緒を、適した温度感の音に乗せてリスナーへ届ける。これは脈々と受け継がれてきたポップスというジャンルのフォーマットに他ならないが、その枠内でありながら、誰も見たことのない、触れたことのない景色に出会うために旅をする。

ライヴが進み1曲1曲聴き進めるごとに、こういったコンセプトとの結びつきに自然と思いを馳せたくなる。何事も始まりが肝心だから、今しか感じ取れない初期衝動や高揚感、期待感を存分に味わいながらライヴを見進めて行きたくなる。

暗転ののちに奏でられたのは、爽やかな「朝のにおい」のイントロフレーズ。”はじまりの朝の匂いが確かにした”というメッセージは、そのままこの日のエルスウェア紀行のノンフィクションな感情描写、そしてリスナーの感情描写であろう。

トヨシがアコースティックギターに持ち替えると、未発表曲を続けて披露する。ここはヒナタミユのボーカリストとしての器用さが楽しめるセクションとなっており、ウィスパーボイスで優しく柔らかく語りかける「魔法使いだと思っていた背中」から、「タンタカタンロック」では一転して”ユルい”ラフなショーを楽しむことができた。サビでは”タンタカタン・タンタカタン・タンタカタン・ロック」とコール&レスポンスできる曲になっているが、配信ライヴということで”時を超えたコール&レスポンス”に挑戦しステージのメンバーの笑い声も響くポップな一幕となった。

”ユルい”ムードもまたエルスウェア紀行のライヴの醍醐味になっていきそうだ、自分が足を運んだ際にはそんな一幕が見れるだろうか、などと期待が膨らむ。

そんなライヴの景色を連想したのはメンバーも同じだった。ヒナタミユからは2020年2月に行われた現段階で最後となっている有観客でのライヴのエピソードとコロナ禍の話題が語られた。配信ライヴを中心に音楽を楽しむ形にはまだまだ慣れないというのが正直なところだが、アーティストとリスナーが支え合いながら、留まることなく、ポストコロナへと音楽の楽しみの形を紡いでいきたいところだ。

そうして次に紹介されたのは、ヒナタとアシュリーが何年も演奏し続けてきた代表曲「ベッドサイドリップ」。この曲と長い時間を共にしてきたヒナタミユとトヨシの2人が、新たな旅に出る今に改めてこの曲を披露する意義は間違いなく大きい。心の深い場所を揺さぶる歌とアンサンブルは、これまでの旅が残した確実な手応えと成果の賜物だ。これからの旅も、これまで歩んできた道と同じ一直線上にあるものだと思わせてくれた。

生の言葉や表情から感じ取ることのできた”期待感”

中心メンバーであるヒナタミユとトヨシの2人によるアコースティック編成で披露されたのは「ひとときのさよなら」。熱量の高いナンバーが続いた後に訪れるこの静けさもまたエルスウェア紀行の魅力の一つだ。呼吸や弦の摩擦音まで一つ一つが聴き取れる静けさの中で、続けて「問題のない朝」を披露する。2人の貫禄ある演奏に酔いしれたところで、完璧な導入とともに谷崎舞のviolinが加わる。落ち着いたモノクロの世界が一気にフルカラーになって広がるかのように、静かにも沸々と、終盤へ向けてのヒートアップが施されてゆく。

曲の終盤、ヒナタミユの自然な笑顔をカメラが捉えていた。この静かな高揚を自ら演出しながら同時に身体で受け取り増大させているのだと伺い知ることができた。

誰もが本公演の最高潮だとわかるタイミングで、エルスウェア紀行の”はじまりの曲”である「スローアウェイ」のイントロが始まる。谷崎舞によるviolinの参加も相まって、臨場感が静かに爆発したのを確かに感じ取ることができた。

”どこまでも行こうよ二人で(中略)言葉は持たずに出よう”のメッセージの通り、期待感を音楽に忌憚なく詰め込んだこの素晴らしいオープニングテーマを生み出してくれたエルスウェア紀行に、余計な言葉を一切排除し、ただただ感謝と敬意を送りたい。

最後となるMCではヒナタミユから”エルスウェア紀行”というバンド名に込められた想いが語られた。ナチュラルなトーンで最後に付け加えた「楽しみで仕方ないですね!」という一言が、期待感の全てを物語っているようだった。

ラストナンバー「マイ・ストレンジ・タウン」には、violin谷崎舞に加え、trumpet座光寺卓音、tromboneリョコモンスター、alt saxophone佐々木祥一が参加。ヒナタとアシュリー名義でリリースされたナンバーもこうして新たなメンバーとともに彩りが加えられ、新たな旅の一幕として綴られることがエルスウェア紀行の楽しみの一つとなりそうだ。

こうして60分に及ぶステージは幕を下ろした。発表済みのリード曲に加え、未発表曲やリアレンジされた楽曲も期待以上の完成度を誇っており、エルスウェア紀行としての新始動が自信に溢れたものであり、ポジティブなスタートであることを改めて確かめることができた。そして生の言葉や表情から感じ取ることのできた”期待感”こそが今のエルスウェア紀行の正直なムードであり、続報を待つリスナーと同じように、メンバー自身もまたエルスウェア紀行の次の一歩にワクワクしていることが伺えた。

さぁ、エルスウェア紀行とともに、新しい旅の一歩を存分に楽しもう。


〈エルスウェア紀行 STUDIO LIVE vol.0〉

セットリスト
1. 宇宙旅行
2. ドラマチック
3. 二月のサマー
4. キリミ
5. まなざしはブルー
6. 朝のにおい
7. 魔法使いだと思ってた背中
8. タンタカタンロック
9. ベッドサイドリップ
10. ひとときのさよなら
11. 問題のない朝
12. スローアウェイ
13. マイ・ストレンジ・タウン

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