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映画『旅愁』呉沁遥監督が語る、性別を超えた三角関係と迷いや葛藤を描いた理由

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呉沁遥(ゴ・シンヨウ)監督

第20回〈TAMA NEW WAVE〉でグランプリ、男優賞の二冠を獲得した呉沁遥(以下、ゴ・シンヨウ)監督の映画『旅愁』が、10月24日(土)よりシアター・イメージフォーラム他にて公開される。

本作は、1992年生まれのゴ・シンヨウ監督による初の長編作品。日本を舞台に、民泊を経営する中国人・李風と画家を目指す王洋が出会い、そこに王洋の元恋人であるジェニーが現れることによって、時に穏やかで、時にスリリングな三角関係が描かれる。

そんな作品のメガホンを握ったゴ・シンヨウ監督へのオンラインでのインタビューを敢行。現在は中国に帰国している彼女と映画、敬愛する万田邦敏監督との出会い、そして『旅愁』についての話を伺った。

取材・文:エビナコウヘイ


映画との出会いはウォン・カーウァイ監督の作品

──そもそもゴ・シンヨウ監督が映画に興味を持ったのはいつ頃からなんでしょうか?

ゴ・シンヨウ:小さい頃から映画を見るのが好きだったんです。その後、本格的に”映画を観ること”と”映画を撮ること”にのめり込んだのは、高校生の時に観たウォン・カーウァイ監督の『ブエノスアイレス』がきっかけです。視覚化された断片的、且つコラージュ化された手法で感情や情緒を描いていたのも素敵だし、黒フィルムの質感や主演の2人の俳優の演技を感じて、「なるほど、こうやって映画って撮るんだ。映画撮影って面白い」と興味を持ちました。以来、より多くの映画を見て、多くの作風を理解しました。私の周りにはウォン・カーウァイ監督の作品が好きな友達が非常に多く、彼のことを好きじゃない人はいないくらいで、中国人共通の映画監督アイドルだと思います(笑)。

──高校でウォン・カーウァイ監督の作品に出会って、映画を撮ることにも興味が湧いて。大学でも映像関係の学部に進んだんですよね。

ゴ・シンヨウ:学部の時にテレビ関係のことを専攻して、ドキュメンタリーとか番組などいろいろな種類の映像を作っていたんですけど、それらと比較した時にやっぱり映画が好きだと改めて思って大学院で映画を作ることを決めました。

──その後、大学院進学に際して日本の立教大学院に留学していらっしゃいました。日本に来ようと決めた理由はなんでしょう?

ゴ・シンヨウ:元々日本の文化や映画が好きだったんです。文化が違うせいか、中国映画よりも日本映画の方が繊細で細かい心の部分を描写しているように感じて、その点が好きです。映画でも万田邦敏監督の『接吻』や『イヌミチ』が好きで、場面を繊細にコントロールしている点に感銘を受けて、立教大学院の万田監督の研究室に進むことを決めました。万田監督は、謙虚で可愛い、徳の高い非常に人望のある教授なんですが、学生の映画サークルのような若い精神も兼ね備えているところも魅力的でした。仲間内で撮った作品を一緒に鑑賞したり、学生映画を集めて皆で一緒に観ておしゃべりしたり、学校近くの居酒屋や映画バーに飲みに行ったりと、とてもいい雰囲気でした。万田監督はこういうチーム感と映画監督を続けていきたいんだと思っていて、いま中国にいてもいつも懐かしく思い出します。

自分や他人に関する迷いや感性を映画にしたい

──そんな万田監督の下で学んで制作したのが、今回公開される映画『旅愁』ですよね。複雑な人間関係もありLGBTQの話もあったり、海外に暮らす外国人の生活という点でも、様々なマイノリティの人に注目した作品かなと思っています。それでいて、主題のテーマでもある三角関係を綺麗に描いた作品だと感じました。『旅愁』の着想はどういった部分から得てきたんでしょうか?

ゴ・シンヨウ:最初は、大学院での万田邦敏監督の授業で、三角関係の重要性をテーマにした短編作品を制作したんです。その時は日本人をキャストにして撮ったんですけど、様々な言い回しや仕草・視線などの演技の面でも、日本人の演じ方と中国人の私が思う演技指導の間にどこかギャップがあるように感じていました。『旅愁』の脚本も日本にいる中国人をテーマにしたものなので、中国人キャストを起用してもう一度真剣に作り直したいとずっと思っていて。当時、日本で自分の周りにいた中国人を観察しているうちに、20代の若者の自由や関係、自分や他人に関する迷いや感性に気づいて、これを映画の物語にしたいと思い至りました。

──今回起用されたキャストは皆、演技経験の無い人たちだったということですが、どうして演技経験のない人を起用したんでしょう? また、彼らとの出会いも教えてください。

ゴ・シンヨウ:李風役の朱賀は元々同じ学校の友達でした。役柄とイメージがぴったりだったのでお願いして、王洋役の王一博は友達の紹介でした。ジェニー役の呉味子は、中国の大学の先輩でずっと仲が良かったんです。演技経験のない人って、役者と違って自分とは異なる人を演じることは難しいと思っていて。例えば、元々の脚本中での王洋はもっと男らしいキャラクターだったんですが、役者本人の性格に合わせて、可愛い面のあるキャラクターに変更したりもしたんですが、そうすることで自然で本当の雰囲気が出ると思っていました。

──リアリティを求めたんですね。今回の映画の一番のテーマは、先ほども仰っていた三角関係だと思うんですけども、同性愛も含まれていました。監督自身もジェンダーに対する意識があったんですか?

ゴ・シンヨウ:私の周りにもLGBTQの友人が多くて、中高生の頃から関心はありました。私自身も男と女という性別の違いへの意識が薄くて、そんなに男性だからどう、女性だからどうだということを意識することはあまりないんです。また、ジェンダーだけでもなく、今回の映画を作るにあたって、私自身の中の恋愛感情の迷いの経験も反省してみたんです。真実の愛とか性別ってなんだろう? ということを、普段からずっと考えていて。『旅愁』では、自分が普段考えていることが表現できたと思って満足しています。

──中国だと同性愛を題材にした映画というのは、多くないですよね。

ゴ・シンヨウ:中国では同性愛を題材にした映画は禁止されているんですけど、せっかく日本にいるんだし大丈夫かなと思って(笑)。同性愛を題材にした映画を作るにあたって、同じテーマの作品もたくさん観ましたが、『君の名前で僕を呼んで』は特に印象に残ってますね。

左:李風(演:朱賀) 右:王洋

芸術家の作品で登場人物のキャラクターを感じさせる

──同性愛を含む三角関係がメインテーマとして強烈に描かれつつも、作中での王洋の会話や。絵画作品も画家の名前も出てきたり、作品も重要なキーワードになっているのではないかと思いましたが、いかがでしょう?

ゴ・シンヨウ:映画に名前が出てくる芸術家は、それぞれ劇中のキャラクターや場面の情緒を表現しているんです。ジェニーが好きなフランシス・ベーコンは、皆さんもご存知な世界的にも有名なイギリスの画家ですよね。彼の作品は”貴族、美、政治、残酷、戦争、赤”などのキーワードが連想されるようなとても強烈な作風です。スタンリー・キューブリック監督(『シャイニング』、『時計じかけのオレンジ』など)の作品でも、彼の作品は、美術道具として残忍な性格の登場人物の背景に掛けられていましたね。『旅愁』だと温泉旅館のシーンで、ジェニーは部屋の中でフランシス・ベーコンの作品を眺めているのですが、李風はジェニーがこの画家を好きであることを通して、彼女の鋭く強烈な性格を理解していきますし、旅館の階段でジェニーが感情を爆発させても、彼女の情緒を理解しようとします。

左:ジェニー(演:呉味子) 右:王洋(演:王一博)

また、作中で王洋とジェニーが共通して好きな画家としてニキ・ド・サンファルも登場します。彼女の作品は性別を超えた新女性的な主義の特徴があると同時に、”抵抗”の感覚もありますし、視覚的にも可愛らしさと奇怪、且つ神秘的な雰囲気があります。そんな彼女の作品の集大成である彫刻庭園タロット・ガーデンにも表されているように、痛み、愛、協調性など女性のユートピアのような感覚が彼女の作風です。これが、王洋とジェニーの間の感情を描くのに非常にマッチしていると思って登場させました。

──それぞれに意味があると。一方、王洋自身も個展を開いていましたが、彼の作品はどういった背景があるんでしょう?

ゴ・シンヨウ:王洋が描く絵画作品は私の友人が描いたもので、彼女の作品には女性が描かれることが多いのですが、全体的にはゴージャスな雰囲気がありつつ表情は深く憂鬱な感じもあって、とても惹きつけられるんです。この感覚をどうにか王洋というキャラクターに織り交ぜたい、彼の女性的な一面、もしくは中性的な中に普遍的に女性の柔らかさを表現したいと思って取り入れました。

──映画『旅愁』は中国の第6世代の映画監督の作品の特徴でもある、社会の中で迷う若者を描くスタイルの影響もあるのかと感じました。

ゴ・シンヨウ:中国の第6世代の婁燁(ロウ・イエ)監督の作品が好きです。映画作品内のキャラ作りがとても繊細で、情緒的な風景の場面もとても印象深いです。彼の作品『スプリング・フィーバー』 でも、『旅愁』と同じく二人の男と一人の女性の三角関係が描かれているのですが、この作品は私の中での三角関係を描いた中国映画のスタンダードだと思っているくらいに好きな作品で、私も学ぶところがたくさんあります。

 

──『旅愁』の制作に際しても、万田監督からアドバイスをもらっていたんですよね。万田監督に学んだ中で印象に残ったことはありますか?

ゴ・シンヨウ:撮影前のリハーサルや準備の段階でも色々なアドバイスをいただいて、役者の細かい動きとか意味を細かく考えていらっしゃるところが勉強になりました。当初の私の脚本には李風しか登場していなかったのですが、万田監督が作品のエチュードを作ることを提案してくれて、同じく留学生だった朱賀と万田監督と一緒にスタジオでエチュードを完成させてくれました。例えば、「どうして役者が別れるシーンで相手と真っ正面に向き合ってるの? このキャストがとても傷ついているなら、別れる時は背を向けるんじゃないかな」など。私も万田教授に自分の考えを伝えて何度も思考し、より良い場面を作り上げることができました。この時に、キャラクターづくりや脚本の描写、役者への演技指導に対して、エチュードがいかに大事かということを学びました。

──最終的にはどんな評価をいただきましたか?

ゴ・シンヨウ:うーん、全体的にめっちゃ褒めてくれました。傑作! って(笑)。

──ゴ・シンヨウ監督は大学院を卒業して、現在は中国に戻られているんですよね。

ゴ・シンヨウ:色々撮影して疲れちゃったので、中国に帰りたいと思いました(笑)。今はCMやファッション系の映像を作っています。中国でも映画を撮りたいと考えていて。社会の隅にいる人たちの方が現実の中を生きている、自分に正直に生きている感じがしていると魅力的に感じていて。そんな彼らに注目した作品を作りたいです。

──最後に『旅愁』という作品を通して伝えたい大きなメッセージってなんでしょうか?

ゴ・シンヨウ:ありがとうだけでいいですよ(笑)。でも、もし私の頭の中にある反省や迷いを、作品を通じて感じてもらうことができれば一番嬉しいですね。


■公開情報

『旅愁』(英題:Travel Nostalgia)

2020年10月24日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか順次決定
(2019|カラー|16:9|90分 | 日本・中国)

監督・脚本:呉沁遥
出演:朱賀 王一博 呉味子 ほか
エグゼクティブ・プロデューサー:呉永昭
プロデューサー:楊潔
撮影:呉楽 木易真人 王常錦
照明:薛小天 李子林
録音:織笠想真
整音・音楽:王耳徳
美術:闞楽 蔡翔 董青青
衣裳:董青青
協力:万田邦敏 竹内里紗
配給:イハフィルムズ
宣伝協力:髭野純
宣伝デザイン:あきやまなおこ

・トークイベント
会場:シアター・イメージフォーラム
時間:各日20:45の回(上映後)
10月24日(土)初日舞台挨拶
朱賀さん、王一博さん(以上、出演)、呉沁遥監督 ※呉沁遥監督のみリモート出演予定
10月25日(日)トークショー
ゲスト:万田邦敏さん(映画監督)、市山尚三さん(プロデューサー/東京フィルメックス・ディレクター)
10月27日(火)トークショー
ゲスト:今泉力哉さん(映画監督)、佐々木ののかさん(文筆家)

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