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地球上でもっとも危険な格闘技・ラウェイを描くドキュメンタリー映画、今田哲史監督が描きたかったこととは?

StoryWriter

「地球上でもっとも危険な格闘技」と称されるミャンマーの伝統格闘技・ラウェイに挑戦する選手や大会関係者の姿を通して、「人はなぜ闘うのか?」という問いに向き合ったドキュメンタリー映画『迷子になった拳』が2021年3月26日に公開される。

監督は日本映画学校(現・日本映画大学)の卒業制作『熊笹の遺言』(04・ドキュメンタリー)が劇場公開され注目を集めた、今田哲史。ドキュメンタリー監督の原一男に師事し、2006年からはカンパニー松尾の所属するハマジム (HMJM)でAV監督に。タートル今田として多数の作品を生み出してきた。ハマジムを退職したのち、本作を監督し、16年ぶりとなる劇場公開作品として完成させた。

ラウェイは拳にバンテージのみを巻いて闘う競技で、通常格闘技の禁じ手がほとんど許される。そのハードさから最後まで立っていれば勇者として讃えられ、「神聖な最も美しい格闘技」とも言われている。幼少期に体操を学び高校3年生で格闘技の道を志した金子大輝、格闘技から離れながら再びその道に戻ってきた渡慶次幸平ら、ラウェイの日本人ファイターたちを通じて「人はなぜ闘うのか?」、答えのない問いを紡ぐ。

筆者は、BiSHらが所属するWACKが毎年3月に行っているWACK合宿オーディションで今田と出会ってからの付き合いだ。今田は映像で、自分は文字を通してアイドルになろうとする女の子たちをドキュメントしてきた。今田がミャンマーの伝統格闘技を通して何を描きたかったのかに興味を持ち、今田に取材を行った。

取材&文:西澤裕郎
本文補助:滝口奏


映画の鮮度が落ちる前に届けたかった

──今田さんとお会いするのは、WACK合宿オーディション2018の追撮で東京でお会いしてぶりですね。あのとき、すでに本作の撮影は始まっていたんですか?

今田:実は僕2017年から途中参加しているんですよ。2016年にはとある映像制作会社が撮り始めたんですけど、終わりが見えない状況になってきたようで、誰かに撮らせようと思っていた時に、僕がハマジムを辞めたこともあって声がかかったんです。

──登場人物も団体も波乱万丈すぎて、どうやって結末を迎えるんだろうと視聴者としても思いました(笑)。最終的に今田さんなりの結論を示して終わりますが、それを見出すのは大変だったんじゃないですか?

今田:本当にその通りで、僕も撮りながらどこで終われるんだろうと思っていました。

──最初、ミャンマーに渡りラウェイの修行を積む金子(大輝)さんが主人公的な形でフィーチャーされて描かれているので、彼の成長物語なのかと思ったら、どうやらそういうわけでもないじゃないですか。

今田:途中、一瞬ジムを辞めて音信不通になったりしますからね(笑)。

──ドキュメンタリーなので小説のようにはいかないとはいえ、なかなか一本の物語としては進んでいかない。変な話、途中で投げ出したり、もっと長期スパンで撮影していてもおかしくないと思うのですが、どんな気持ちで撮影していたんでしょう。

今田:撮りながら迷走していましたね。撮られている人達は「絶対映画にならないだろう」と思って完全に油断というかリラックスし始めていましたから。かえってそれで素の表情が撮れた。僕自身、これは絶対映画になると思ったので、落としどころをどうしようか常に考えていて。そしたら2020年に新型コロナウィルスによって強制的にラウェイの撮影ができなくなり一旦ピリオドが打たれた。その状況を映画にも活かしたいと思って、2016年から2019年までの彼らの話ですよってバコって切り出したんです。別に無理やり終わらせたと思われてもいいやという気持ちで編集しました。

──コロナで強制的に中断しなかったら、まだ撮影が続いていた可能性はありますか。

今田:ありますね。コロナが終わってから現地に行く選択肢もあったけど、それだと本当にいつ終わるかもわからないし、それよりも映画の鮮度が落ちる前に届けたかった。こんな時期だからこそ見てほしい気持ちがあったんです。

──撮られている人たちが映画にならないとリラックスし始めたのは、団体が崩壊したり揉めたりといった内情的な問題からなんでしょうか。

今田:単純に長期間のドキュメンタリーとして撮られる経験がなかったからだと思いますね。僕としては長期間の取材が当たり前だと思いながら撮っていたので、どんどんリラックスして素の表情を撮らせてほしいと思っていました。

民族の儀式を見ている様な感じ

──印象的だったのが、金子さんのお母さんが本人に怒っているシーンでした。「私たちは明日仕事があるし、みんなのことを車で送っていかなきゃいけないんだ」と、格闘技と関係ないのに一番映画っぽいですよね。

今田:今回のドキュメンタリー、あまりに嘘くさくなりそうなことが多くなかったですか(笑)? 廃墟で不良たちとスパーリング練習したり、台本があるような嘘のような場面がいっぱいでてくる。その点、あのシーンはドキュメンタリーならではの映像が撮れていて、ワクワク感がありましたね。

──突然謎の師匠に巡り合ってラーメン屋さんの中でミット打ちをしていたり、本当に漫画みたいなシーンが多いですよね(笑)。今田さんは、ラウェイという格闘技自体は、どのように見られていますか。

今田:僕としては、単純に競技としては見ていなくて。普通の競技だったら考えられない様なルールが沢山あって、基本的に「死ぬまでやれ」ってことじゃないですか。元々プロレスとか格闘技が好きだった人間からしてみても不思議なものに見えましたね。

──普通の格闘技なら勝ち負けが絶対的なルールだけど、ラウェイは最後まで立っていたら2人とも称えられる。その精神性が良いですよね。実際、ミャンマーでの認知度はどのぐらいのものなんですか?

今田:2016年に民主化した当初は沢山お客さんが来ていたんだけど、インターネットの普及に伴って、若者は古めかしいものとして見ていると思いますね。日本で若い人が相撲を見ないのと同じような感じというか。

──試合中に楽器を演奏している人がいて、常に音楽が鳴ってるのも面白いですよね。

今田:ミャンマーは亜熱帯で気温も湿度も高いので、熱気がこもったタイミングで音楽が流れると見ている側もやっている側もトランス状態になるんですよ。民族の儀式を見ている様な感じです。

──格闘技を超えた文化的な意味合いがすごく強い。そう考えると、日本でラウェイの興業を行う際に文化的な部分を取り入れきれず、逆に冒涜されてると思われてしまう気持ちもわからなくはないですね。

今田:そのようなシーンは確かに映画で出てきます。ラウェイには確かに文化的側面が強いですよね。昔からあるものをゆかりもない場所に持ってくるのはやっぱり大変ですよ。

──現地でラウェイをやる人は、どういう過程を経てやり始める人が多いんでしょう。

今田:昔のイギリスだったら貧困から抜け出すにはサッカー選手になるかロックスターになるかと言われていた。それと同じように、ミャンマーではラウェイをやるしかないと言われていたみたいなんです。でも今は、親戚がやってるからとか、小さい頃からラウェイを見ていて気づいたら選手になっている人が多い印象ですね。戦う大人を見て憧れてやる人も多いと思います。文化の違う僕らから見える過酷さとか残酷さも現地の人からすれば意外とそうは見えていない。今はラウェイをやらなくても職業を選べる位の教育を受けている子もいるだろうし、本当はその辺も詳しく知りたかったんですけど、ミャンマーの人たちは英語が話せない人が多いので通訳を介すとかしこまっちゃうんですよ。

綺麗事だけでは格闘技を続けられないけど、ラウェイを精神的支柱にもしている

──そうした中で、今田さんの思う現地の人が闘う理由は何だと思いますか?

今田:やっぱり普通の人よりはお金が貰えるからだと思いますね。日本人よりもっとシンプルにやっている。

──日本の選手にも、家族のため、金を稼ぐため、プライドのためなど、戦う理由が描かれていました。その中で、金子選手の戦う理由がわからなかったんですよ。あんなに顔をボコボコにされながら、どうしてそこまで戦うんだろうって。

今田:K―1に参戦した時、彼はラウェイのベルトを持っていったんですよ。それが全てだなと思います。金子くんも、口下手ですし、割りと言うことが変わりやすいので本当のところはわからないですけど、やっぱりラウェイをステップボードにしたと僕は感じています。またそのような発言もインタビューでしています。K-1で戦う際には本人はラウェイを背負って勝ちますと言うんだけどもミャンマーの人たちはどこまでそれを理解しているのか……。でも同時に、一番ラウェイの中に同化しようとしていたのも金子くんなんです。ミャンマー語を習ったり現地の人とコミュ二ケーションをとったり。ラウェイのことが1番好きだけど、結果として利用したようにも見えてしまう。綺麗事だけでは格闘技を続けられないけど、ラウェイを精神的支柱にもしている。そんな両面性を感じるんです。

──選手たちの家族や仲間も多く描かれていますよね。1人で戦っているわけじゃないことがすごく伝わってくる映画です。

今田:リング上だけを見ると選手が2人で戦っているけど、もっと引いて見てみるとセコンドの人や選手の家族やプロモーターなど、支えてくれる人たちの思いを預かりながら全員で戦っているし戦わなきゃいけない。報われずらい競技であるからこそ、それは他の競技よりはあるかなって思いますね。

──そういう意味では家族の物語でもあります。戦っている場所以外にコミュニティーがある。そこにグッときました。

今田:そこはやっぱり描きたかった部分ですね。例えば、勝ってほしいけどラウェイをやめてほしいと思っている家族や、好きなことをやらせてあげたいけど生活が苦しいと思っている人など、本人たち以上に周りの人たちはいろいろな気持ちで支えている。それこそプロモーターの方たちも怪しくも魅力的な光を放っている。そういう裏側に惹かれるものはありました。

──人生一筋縄ではいかないというか、いろんな人がいるじゃないですか。ただ今、そういう人たちが社会の中で見えづらくなってたり去勢されているというか。本来、別にどんな人だって生きてていいわけですし、それがありのままの世の中のはずで。映画の中ではそういう人たちがちゃんと描かれているのがいいなと思いました。

今田:僕は昔から、割と怪しい輝きを持っている人たちに惹かれていく。本流ではなく亜流に惹かれる。アンダーグラウンドのバンドやアイドルを撮った時もそうだったし、本人たちじゃなくてファンの人たちを撮ったりしていて。やっぱりどうして好きなのかとか、そういう部分が気になっちゃうんだよね。

──今回の撮影で、今田さんはどのぐらい対象者に対して入り込んでいったんでしょう?

今田:格闘技業界は特にデリケートなので、距離感は気をつけていました。肩入れしたり僕が空気を変えたりしたら取材ができなってしまうので、いつもより介在は少なくしようと気をつけていましたね。ただでさえ仲の悪い団体が出てきたりするので、お前はどっちの味方だ? みたいになっちゃうと成立しない。すごく危ういバランスなので、僕は完全に中立の立場でありのままを撮っていました。もちろん心の中では、選手に対して次は勝って欲しいなとか思っていましたけど、極力介入はしないようにしていましたね。

──自分で物語を動かすアクションを起こすことなく、撮れた素材だけで編集するのは大変だったんじゃないですか。

今田:大変でしたね180分位に編集してから全然切れなくなって、プロデューサーの金田さんや編集補助をしてくれる人たちに途中から頼りました。もう無理かもと思って。自分も客観的になり切れないところがあったから、編集の距離感は本当に難しかったですね。

──映画のエンディングは、中島みゆきさんの名曲『ファイト!』を、LOST FIST BANDがカヴァーしていますが、これは誰が歌っているんでしょう。

今田:NATURE DANGER GANGの關くんと元どついたるねんの山ちゃんがボーカルです。

──今田さんがその2人にオファーした?

今田:途中で音楽をどうしようってなったときに、誰かが「ファイト!」がいいんじゃないかと言い出して。僕も金田さんもいいねとなり、誰に歌ってもらおうかって話になって。「ファイト!」って、いろんな方がカバーされているじゃないですか。ピストルさんとかあと女優の……。

──満島ひかりさんですか?

今田:そうそう。いいなと思ったんですけど、あの人達はやっぱり勝っちゃっているというか上のステージに上がった人達じゃないですか。じゃあどうしようってなったときに、關くんと山ちゃんがいいかなと思って電話したら、すぐやりますって言ってくれて。その後、ファイヤーボーイズって謎のユニットをやり始めて、それも嬉しいですね(笑)。

AV時代の表現方法などをスライドさせて構成していった

──2021年以降のラウェイを撮ろうとは思いませんか?

今田:撮りたいですよ。どっちかと言うとミャンマー主体で撮りたい。今はコロナ禍でラウェイの大会も開かれてないし、勿論ミャンマー対日本の対抗戦もできない。ラウェイが始められるようになったら、その直前あたりから撮り始めたいと思いますね。

──何年単位で撮り貯めてきて、何千時間とある素材を120分近くにまとめることは、主観的なことで監督の色が出るんだなと本作を観て思いました。

今田:ドキュメンタリーって、起きていることをそのまま映しているだけだと思っている方が多いと思うんですけど、終わり方を決めるのも、膨大な素材の中から何を見せたいかチョイスするのも監督なので、めちゃくちゃ主観的な作業です。客観的なイメージはあると思うんですけど、すごい作り手の感情が現れるので僕はそういう部分が面白いなと思います。

──今作では今田さん自身の話もテロップで出てくるじゃないですか。そうした手法を入れるのか悩んだりされましたか?

今田:それはめちゃめちゃ悩みました。まさに僕がAVを撮っていた頃にやっていた手法だったので。最初は封印することも考えました。ただ主観がどこかに入っていないと、どういう思いで撮っているのかわからない意味不明な映画になっちゃうんですよ。なのでそれならいっそ、全部今までと同じ手法で作ろうと思って、自分が勉強してきたことだったり好きなAV時代の表現方法などをスライドさせて構成していきました。それに対する違和感は、映画好きの人とかハマジム時代と違う僕を観たい人たちにはあまり評価されないと思います。けど、それでいいんです。この作品は今まで自分が培ってきたものを全部出す。それが馬鹿にされたり成長が見られないと言われてもそれでいいんです。

──資料のプロフィールにハマジム時代のことが書いてなかったので手法を大きく変えたのかなとも思ったんですけど、テロップが出てきたとき、今田さんの痕跡を強く感じました。

今田:プロフィールに自分のAV時代のことを入れるか入れないか議論になって。最初に見てくれる格闘技好きの人や関係者、選手のご家族とかに向けて、あまり書かないほうがいいんじゃないかって。まだまだ偏見がある職業じゃないですか、AV関係って。それを出しちゃうと一定数の人は拒絶反応が起こる可能性があったので書いていなかったんですけど、手法は完全にハマジム時代のものなんですよ。

──ありのままの姿や葛藤を描いている映画を見に来てる人が、今田さんのプロフィールで拒絶反応を起こすとしたら矛盾を感じますけどね。

今田:名前の表記も、タートルを入れるかどうかどっちでもいいですよってスタンスを貫いているんですけど、やっぱり出さないでほしいって言う人が一定数いますから。でも、寂しいですよね。今までのことがなかったようにされるのは。

──最後に、この先どんなものを作っていきたいか展望を聞かせてください。

今田:ラウェイのドキュメンタリーの続きもそうですし、震災ものを撮りたいなと思っています。東日本大震災から10年経って、みんなが忘れた頃にふと撮ってみたくなったんです。震災ものは、しんどいから見たくないとか言われるし、実際お客さんもあまり入らないと言われているんですね。でも、だからやらないとか、映画としてちゃんと鑑賞に耐えうるものを作らないのは表現者として負けだと思っている。どんな凄惨なものを描いても、きつい現実だったとしても、映画自体は映画として成立させた上で考えてもらいたい。他の人の映画を見ても思うんですよね。多分僕が撮ったら違うんだろうなって。自分なりに撮りたいものはめちゃくちゃ多いから。撮りたい対象に困るって事は今のところないんですよね。


■作品情報

『迷子になった拳』
公開日:2021年3月26日
上映時間:110分
配給:SPOTTED PRODUCTIONS
監督:今田哲史
出演:金子大輝/渡慶次幸平/ソー・ゴー・ムドー/ロクク・ダリル/浜本”キャット”雄大 ほか
ストーリー:
拳にはバンテージのみを巻き、通常格闘技の禁じ手がほとんど許される「地球上で最も危険な格闘技」と言われるミャンマーの伝統格闘技・ラウェイ。その一方最後まで立っていれば“二人の勇者”として讃えられる神聖な「最も美しい格闘技」でもある。 軍事政権から解放され民主化が始まったばかりの2016年から、ラウェイに挑戦する選手や大会関係者を追う。

 

今田哲史(いまだ・さとし)
1976年生まれ。東京都出身。日本映画学校(現:日本映画大学)卒。日本映画学校時代の卒業制作『熊笹の遺言』(04・ドキュメンタリー)は渋谷ユーロスペース他で上映され注目を集めた。卒業後はドキュメンタリー監督の原一男に師事。2020年、16年ぶりとなる本作『迷子になった拳』を制作。2021年3月より全国順次公開。

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