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葛西純がデスマッチのリングに立ち続ける理由──映画『狂猿』で描かれる人間臭さとは?

StoryWriter

デスマッチのカリスマ・葛西純初となるドキュメンタリー映画『狂猿』が、2021年5月28日(金)よりシネマート新宿、シネマート心斎橋ほかにて以降順次全国公開される。

本作はデスマッチのカリスマと呼ばれるプロレスラー葛西純の半年にわたる長期欠場からコロナ禍という未曾有の事態の中でリングへの復帰を果たす約1年に密着したドキュメンタリー作品。過去の試合映像に加えて、ライバル的存在の伊東竜二(大日本プロレス)をはじめ、佐々木貴(FREEDOMS)、竹田誠志、葛西と練習生時代を共に過ごした先輩レスラーの本間朋晃、藤田ミノル。デスマッチレジェンド、ミスターデンジャーこと松永光弘や、大日本プロレス代表の登坂栄児も貴重な証言を披露する。

監督は、bloodthirsty butchersのドキュメンタリー映画『kocorono』など数々の音楽ドキュメンタリー作品を手掛けてきた川口潤。音楽の映像を主戦場にしている川口ならではの躍動感あふれる迫力の試合映像と、プライベートでは実にフラットな立ち位置で葛西純を捉えている。プロレスやデスマッチに造詣が深くなくても、人間・葛西純の生き様を感じられる作品になっている。

なぜ葛西純は、蛍光灯や剃刀などで流血してまでデスマッチをやり続けるのか。リングの上で見せる表情や戦いとはまったく違う日常生活での姿、家族を持つ父親としての無邪気な姿、プロレス人生ではじめてリングに立つのが怖いと弱音を吐く姿など、これまで我々が知らなかった葛西純が収められている。大きく変わってしまった日常の中で行われるデスマッチという非日常。デスマッチに人生をかけた葛西純に話を訊いた。

取材&文:西澤裕郎


リングを降りた葛西純も包み隠さず撮ってもらいました

──ドキュメンタリー映画の話が来たとき、率直にどういう心境だったんでしょう。

最初に「葛西純のドキュメンタリー映画を撮りたい」とお話をいただいたとき、僕の中のイメージは、ドキュメンタリー=『痛快! ビッグダディ』だったんです。

──えっ!? 大家族の林下家を長期取材したドキュメンタリー番組ですよね。

要は、家庭内にカメラが入ってきて、今から夫婦喧嘩をおっぱじめてくださいみたいなことは出来ないよと言ってやんわり断らせていただいたんです。そしたら、いえいえそういうのじゃありません、と。リング上でデスマッチファイターの葛西純と、リングを降りた葛西純の欠場から復帰までを追っていきたいと言われたんです。そういうのであれば喜んで撮ってくださいということで始まりました。

 

──リングを降りた日常を見られることに抵抗はなかったですか。

そこはまったくなかったですね。リング上では過激なデスマッチで血みどろになっていますけど、リングを降りたら普通の暮らしをしていますので。プロレスファンやデスマッチファン、葛西純ファンでも、リングを降りた葛西純も見てみたいと思う方はいらっしゃると思ったので、いい機会かなと思って包み隠さずプライベートを撮ってもらいました。

──まさに普段の葛西さんの生活している素の様子が写っている、と。

もうそのままですね。

──葛西純は蛍光灯で殴りあったり剃刀で額を切るなど過激なデスマッチを行うレスラーというイメージができあがっているだけに、日常生活を見せることでイメージが変わってしまうと考えたりはしませんでしたか。

リング上では格好よかったり輝いているプロレスラーが、私生活ではちょっとだらしなかったり格好悪かったりするとイメージダウンになることもあるんでしょうけど、自分でいうのもなんですけど、葛西純は特殊な存在なので。リング上で血みどろになって、気が狂っている感じでも、私生活では子供と一緒にバカやっている。3歳の娘に寝床で急所を踏まれて悶絶している場面を見られてもイメージダウンに繋がらない。ある種ギャップが許された特殊なキャラクターだと思っているので、抵抗はなかったです。

──たしかに映画を通じて、自分たちと変わらない日常を送る1人の人間なんだなと親近感が湧きました。と同時に、デスマッチと日常のギャップがより広く感じたといいますか。

自分は昭和49年生まれなんですけど、小学生の頃に流行った漫画のひとつに『キン肉マン』があるんですよ。キン肉マンは、普段はドジだし間抜けでどちらかというと格好悪いんですけど、リングに上がって戦う姿はめちゃくちゃ格好いい。自分がプロレスラーになるときに、キン肉マンでありたいというイメージが無意識下にあって、そういうところに繋がっているのかなって。私生活で子供と遊んでいる時は精神年齢が低い無邪気なおじさんなんだけど、リングにあがれば見に来た人をみんな魅了するスペシャルな存在でありたいです。

生きていることを実感できる、そこがすごく魅力ですね

──本作は、葛西さんがデスマッチに向き合う気持ちの変化を捉えたドキュメンタリー作品です。最初に、デスマッチEDになり、戦いたくない、怖いというシーンがあります。何回もそういう不安を乗り越えてリングに立ち続けているんでしょうか?

リングにあがるのが怖いとか、今日会場にいくのがイヤだと思うことは、プロレスを23年間やってきた中で1回もなかったんです。首と腰のヘルニアを同時に患ったことによってそうなってしまったんですが、映画の撮影はコンディションが最悪の状態の時に始まったんです。リングにあがるのが怖いし、リング上で動けなくなったらどうしようと考えたんですけど、自分は所属している団体の看板レスラーで安易に休める存在ではない。そういうのも踏まえて、半年後のクリスマスまでは頑張って試合に出るから、クリスマスの試合が終わったら休ませてくれと言って欠場させてもらったんです。

──つまり、血が出るとか痛いことへの怖さではなく、体がボロボロになって戦えなくなったらどうしようという怖さだった?

体が動かなくなったらどうしようという怖さですね。そしたら試合をストップするしかないので。デスマッチで肉体が切り刻まれる怖さとかではなかったです。

──体を切り刻まれることに対して怖いと思ったことはないんですか?

うーん。特にないですね。変な言い方ですけど、それが仕事であるし、自分が好きでやっていることである。ヘルニアによって試合中動けなくなる恐怖はありましたけど、本当に体が動かなくなったら妻と子供を食わせていけなくなるので。

──デスマッチは、痛いものをエンターテインメントにする、正反対なものを組み合わせたエンターテインメントですよね。下手したらエンターテインメントにならない可能性も大いにあると思うのですが、ご自身のスタイルを確立するのに苦労はありましたか。

苦労をした記憶はないですね。やっぱり自分が好きでやってきたものなので。ぶっちゃけて言っちゃうと、お客さんに喜んでもらうためにやっているわけではないんです。デスマッチは本当に自分が好きにやっていることなので。それをお客さんに見てもらって喜んでもらえる。自分が好きでやっていることを見てお客さんが喜んでくれることに、自分は意味をすごく感じています。

──葛西さんが人生をかけてのめり込むデスマッチの魅力はどういうところにあるんでしょう?

普段生活していて、俺って生きているなと改めて実感したり、生きていることにすごく感謝を感じることってないじゃないですか? デスマッチをしていると、試合の何週間も前から大怪我をするかもしれない、下手したら命を落とすかもしれない恐怖と戦ってリングにあがるんです。だからこそ、リング上で熱戦を繰り広げることができると生きている実感を得ることができる。試合を終えて自分の足でリングを降りて、帰宅して家について、ああ俺いま生きているんだ、神様ありがとうと思える。そこがすごく魅力ですね。生でデスマッチを観戦したことがない人からしてみたら「なんだあの残酷ショーは?」と思われがちなんですけど、実際会場に来てデスマッチを見てもらえば、自分の言わんとすることは伝わると思います。

──映画では、葛西さんが上京したての頃住んでいた場所を訪れるシーンがあります。毎日体を鍛えて、風俗に行くだけの日々だった、と語っていましたが、まさにその時期は生きている実感を感じづらかった?

感じづらかったというより、なかったですね。ただその日を暮らしているみたいな。風俗に行って、ジムに行って体を鍛えて、居酒屋に行って酒を飲んで、行きたくもない仕事に行っての繰り返しだった。あの生活の中で、俺って生きているなと思うことも、生きていることに感謝と思えることも皆無でしたね。だからデスマッチは死ぬまでやるしかないのかなと思っています。デスマッチをやめちゃったら次何をしていいか自分でわからないですからね。

お客さんは日常を忘れるために、非日常のデスマッチを観に来ている

──監督・川口潤さんとはどういう方法でコミュニケーションをとっていかれたんでしょう?

最初ドキュメンタリー映画を撮ると聞いたとき、自分の中での映画監督のイメージがテレビに出ている巨匠みたいな感じでしかなかったんです。ちょっと怖い人を連れてこられるのかと思ったんですけど、実際引き合わせられたら、物腰の柔らかい温厚な監督だったので安心しました。ただ、向こうは向こうでプロレスラーのドキュメント映画を撮るとしか言われてなかったみたいで、引き合わされて僕を見た瞬間は緊張していましたね。突然お互い、何の予備知識もなく合わせられたので。

──そこから約1年間、カメラを通してコミュニケーションをとられていくわけですが、どういった距離感で接していらっしゃったんでしょう。

話をした瞬間、この人だったら大丈夫かなと思ったんです。ズケズケプライベートに入ってきて、何がなんでも衝撃の映像を撮ってやるって感じじゃなかったので。自分が普段リラックスして過ごしているところをそっと片隅から撮っているくらいの感じで。この人とだったらうまくやっていけると直感で思いました。そういう意味でも本当のドキュメンタリーが撮れたのかなと思います。

──僕がもっとも印象に残ったのが、葛西さんが自ら試合で使う剃刀の凶器を作っているところです。もしかしたら自分を痛めつけるかもしれないものを、どんな心境で作ってらっしゃるんですか。

あのときは、自分がこの上に落ちないことを願いながら作っています。

──そうなんですか!?

一溜まりもないじゃないですか。剃刀を何枚も並べた上に自分が落ちることは想像したくないので、相手を落とすことしか考えずに作っていますね。自分は案外根がネガティヴな性格なんです。作っているときはそういうことを考えないんですけど、作り終えて家に帰って布団に入って目を瞑った瞬間、その上に自分が落とされて血だるまになることを想像してしまう。そうすると緊張で寝れなくなってジムに行ってトレーニングとかしちゃいます。不安になった時はその繰り返しですよね。

──まさに、怖さと生きている実感が隣り合わせにあると。

紙一重ですね。

──本作の撮影時期は、コロナ禍とも被っています。最初はお客さんの大歓声が起こるシーンで始まりますが、途中からお客さんが声を出せない状況での試合になっていきます。映像で見ても声援のありなしは全然雰囲気が違いますが、リングに立っていて気持ちは変わりますか。

高揚感は違いますね。お客さんのいない前で、ああいう試合をやれるかといったら自信がない。デスマッチはやっぱりお客さんの反応と歓声があるから、自分で蛍光灯を割って胸を切り裂いたりできるし、高いところからダイブもできる。

──声援のない中、どういう気持ちで戦っているんでしょう。

お客さんがコロナ禍で声も出せない中、どうして安くない料金を払って観戦しに来ているかといったら、非日常を味わいたいからだと思うんです。いまはコロナ禍で余計そうかもわからないですけど、日常が気が沈むことばかりじゃないですか。その日常を忘れるために、非日常のデスマッチを観に来ている。だからこそ、その時間だけでもコロナのことを忘れさせて熱狂させたい。映画にも登場する復帰戦の時もそうですけど、今でも試合中はそのことばかり考えています。声を出しちゃいけないけど、思わず声を出してしまう。そうさせてこそのプロだと思う。

──先ほど、お客さんに喜んでもらうためにやっているわけではないとおっしゃっていましたが、葛西さんはエンターテナーであるなと話を聞いているとすごく感じます。

プロである以上、そうでなきゃいけないと思っています。

──映画では年齢の話もされています。歳を取ること、老いることへの不安はありますか。

それはもちろんあります。自分の思っているパフォーマンスができなくなることもあるでしょうし、加齢による恐怖はありますよね。死ぬまでできるのかといったら、できないでしょうから。でも、それは普通の人の感覚であって、自分はそういう常識を覆したい。そういう気持ちは持ち続けたいですね。

──リング上の勝ち負けだけがデスマッチではない。それが描かれている作品だと思います。葛西さんがデスマッチをやる上で、1番大切にしている部分はどういったところでしょう。

葛西純のデスマッチを見て何を得たのかってところですね。葛西純の生き様を見て勇気をもらったという人がいる。明日会社に行くのが嫌だったけど今日の試合を見て、葛西がこれだけがんばっていたんだったら行きますってサラリーマンだったり、学校でいじめられているけど今日の試合を見たら勇気が出たので明日も学校に頑張って行きますって学生がいたり。そういうファンからのメッセージってデカいですよね。強い弱いでいったら葛西純より強いやつなんて山ほどいるのに。葛西純の試合を見て、そういう勇気を感じてくれる人がいる限り、自分はいつまでもリングに上がり続けるのかなと思います。

──最後に本ドキュメンタリーの見どころをあげるとしたら、どういったところでしょう。

葛西純という存在を知っている人も知らない人も、こんなに過激なデスマッチをリング上でしている人間でも、時には弱音も吐くし、愚痴も吐くし、酒に逃げることもある。リング上で表現していることは常軌を逸していますけど、やっぱり人間なんだよってところですかね。とにかく人間臭い映画に仕上がっていると思います。


■映画情報

映画『狂猿』
2021年5月28日(金)よりシネマート新宿、シネマート心斎橋ほかにてロードショー以降順次公開
出演:葛西 純、佐々木貴、藤田ミノル、本間朋晃、伊藤竜二、ダニー・ハボック、竹田誠志、杉浦 透、佐久田俊行、登坂栄児、松永光弘ほか
監督:川口 潤
撮影:川口 潤、大矢大介、鳥居洋介、村尾照忠
録音:川口 潤
編集:川口 潤、築地 亮佑(COLORS))
MA:三留雄也
ArtWork:BLACK BELT JONES DC
写真撮影:岸田哲平、中河原理英
制作 アイランドフィルムズ
企画:佐藤優子
製作:葛西 純映画製作プロジェクト(スペースシャワーネットワーク+ポニーキャニオン+プロレスリング FREEDOMS)
配給:SPACE SHOWER FILMS
1.78:1|カラー|ステレオ|107分|2021年|日本|PG12
コピーライト:Ⓒ 2021 Jun Kasai Movie Project.

『狂猿』公式Twitter:https://twitter.com/kyoen_movie

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