春本雄二郎監督(『かぞくへ』)による映画『由宇子の天秤』が、2021年9月17日(金)より渋谷ユーロスペースほかにて全国順次公開される。
主演は、『火口のふたり』(19)で第93回キネマ旬報ベスト・テン主演女優賞に輝き、本作でスペインのラス・パルマス国際映画祭で最優秀女優賞に輝いた瀧内公美。脇を固めるのは『佐々木、イン、マイマイン』(20)の河合優実、『かぞくへ』(16)の梅田誠弘、日本映画界屈指のバイプレイヤー光石研ら。
監督・脚本は、『かぞくへ』(16)が高く評価された春本雄二郎。長編アニメーション『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』の片渕須直がプロデューサーとして参加している。
同作の公開に先駆け、9月13日(月)、春本雄二郎監督、プロデューサーの片渕須直による記者会見が日本外国特派員協会で行われた。
記者会見の前に行われた『由宇子の天秤』本編を観て、筆者は強い衝撃を受けた。それは自分も報道する立場であることも大きいが、もし由宇子の立場になったら自分はどういう選択をするか、常に考えさせられていた。取材者である自分が、もし取材対象者になったら、どういう立ち振る舞いをするのか、そして自分の言動が誰かを傷つけているのではないか、常に自問自答しながらも、映画内の登場人物たちに惹きつけられていた。
記者会見の様子をレポートする。
メディアが扱っていない部分にこそ想像を及ぼさないとならないものが潜んでいる
映画『由宇子の天秤』は、「“正しさ”とは何なのか?」、ドキュメンタリーディレクターの由宇子が究極の選択を迫られる物語だ。
三年前に起きた女子高生いじめ自殺事件を追うドキュメンタリーディレクターの由宇子は、テレビ局の方針と対立を繰返しながらも事件の真相に迫りつつあった。そんな時、学習塾を経営する父から思いもよらぬ“衝撃的な事実”を聞かされる。大切なものを守りたい、しかしそれは同時に自分の「正義」を揺るがすことになる――。果たして「“正しさ”とは何なのか?」常に真実を明らかにしたいという信念に突き動かされてきた由宇子は、究極の選択を迫られる…。
果たして「“正しさ”とは何なのか?」常に真実を明らかにしたいという信念に突き動かされてきた由宇子は、究極の選択を迫られていく……。
春本監督は、由宇子をリアリティをもって描くために、実際に4人の女性ディレクターに話を訊きにいき、どういったモチベーションで仕事をし、対象者と接するのか、どういうところでプロデューサーと対立が生まれるかなどを脚本に反映させていったという。
監督自身、学生時代も映像の仕事をはじめてからもミニ・ドキュメンタリーを撮っており、「そもそも劇映画とドキュメンタリーの差はなんなのかを、劇映画を作る人間として考えていた」、「ドキュメンタリーとはどういうものなのか普段から考えていることが、本作のドキュメンタリーのリアリティの一つに寄与している」と語った。
本作で印象的なのは、本編やエンディングで音楽が使われていないことだ。その理由を春本監督はこう語った。
春本「(理由は)2つあるというか、1つに近いんですけど、私は日本大学芸術学部を卒業してから、商業作品を作るシステムに入って商業作品を助監督としてやってきました。そうしてできてくる作品には音楽がついてくるんですけど、映画を引き立たせているわけではなく、芝居の間が持たないから音楽をつけているのではないかというものも多々みてきました。こんな音楽に頼った映画作りは嫌だなと常々思っていたので、私自身が映画を作るうえではそういった頼り方をしない、芝居と脚本と演出だけでできるような映画を作りたかったんです。
とはいえ、僕は映画音楽を否定しているわけではなくて、『ピアノ・レッスン』だったり、マイケル・ナイマンがすごく好きなんですね。『ひかりのまち』も大好きですし、キェシロフスキのズビグニェフ・プレイスネルも好き。映画をさらに膨らませるような音楽をいつかつけたいと思っています。ただ、今回は日常音が音楽になるようにしています。1作目ではお金がなくてつけられなかった音響効果を今回きちんとつけて、食器の音だったり、電車が走っていたり、カラスが泣いていたり、ラジオが聴こえたり、日常おんがそこで起きている出来事とどういう関係性で、どういう感情がそこに生まれるのか。そこを計算したうえでの日常音をつける。それが僕の中での今回のチャレンジでした」
春本がそう語ると、プロデューサーの片渕が「(春本監督は)演出や脚本に関してもそうですけど、演技にかんして日頃から熱心に研究しています。普段からワークショップをしていて、どんなときに、どんな表情をするか、常に一生懸命神経を注いでいる。それを作品の中で発揮するための音楽との戦いだったと思います」と演技への熱意の裏側を伝えた。
キェシロフスキ、ダルデンヌ兄弟、増村保造に大きな影響を受けたという春本。今回の作品を作るうえで、二人三脚でシナリオを作ってくれた2人の人物がいたが、映画の完成を目前に亡くなってしまったという。
春本「シナリオを骨太にしてくださったのは彼らで。映画の中で描かれていた、プロデューサーによって作品のディレクターのやりたかったメッセージが情報操作で変容されてしまったり、そのままなかったものにされてしまう。そういったことが実際、業界の中でもあるということを教えてくださったんですけど、この作品が完成してベルリンの映画祭に行くくらいの段階で急に亡くなってしまった。お二人ともこの映画をすごく楽しみにしてくれていたのに見れていないのが私の唯一の心残りで、彼らにこの作品を観せたかった。彼らの想いを残していくためにも、この映画を1人でも多くの方に届けていきたいと思っています」
最後に、この映画が社会にどういったことを訴えかけたいかと訊かれた監督と片渕はこう答えた。
春本「いまいちばん世の中で問題だと思っているのは、情報があふれすぎていること。情報化社会を飛び越えた、超情報化社会であることです。メディアがたくさんの情報を扱わないといけないから、どうしても注目を浴びるためにわかりやすく切り取らないといけない。かつ、視聴者が飛びつくような切り取り方をしないといけない。結果、本来伝えたかった情報が、間違った伝わり方を一般視聴者にしてしまう。それを、誰かが犯したミスを一時的な感情でみんなで叩いたり、吊し上げたり、感情的な簡単な方向にもっていきがちになってしまう。それが1番問題だと思っています。
実は、メディアが扱っていない光が届いていない部分にこそ、僕らがもっと想像を及ぼさないとならないものが潜んでいて。受け取る側もメディアが発信したものは一部の情報なんだという冷静な視野、自分たちがいる場所が自分たちの馴染みやすい最適化された情報しか流れてこない社会にいるってことを自覚することが必要だと思っています。
この映画を観た人たちが、それを自覚して、より冷静に一回観た情報を受け止めて、すぐジャッジするのではなく、冷静に判断することが必要だと思っています。この映画がその一助になればいいなと思っています。あと、真実は多面的であるということ(を伝えたいです)」
片渕「題名を最初に聞いたとき、てっきり裁判、法廷の映画かと思ったんですよ。ジャッジする人がどこかにいて、犯人のような人がいて、弁護する人がいると。でも、それが1人の人間の心の中で起こっている出来事だと、彼からシナリオを見せてもらって理解したんですね。ジャッジを自分自身でできるのだろうか、脚本の段階で突きつけられた。自分とは何によって出来上がっていて、それは客観的に自分を見ることができるのか。できないんだとしたら、何に頼ればいいのか。それがこの作品から突きつけられた気がしました」
映画『由宇子の天秤』は、2021年9月17日(金)より渋谷ユーロスペースほかにて全国順次公開される。
取材&文:西澤裕郎
■公開情報
『由宇子の天秤』
2021年9月17日(金)渋谷ユーロスペース他全国順次ロードショー
ストーリー:
三年前に起きた女子高生いじめ自殺事件を追うドキュメンタリーディレクターの由宇子は、テレビ局の方針と対立を繰返しながらも事件の真相に迫りつつあった。そんな時、学習塾を経営する父から思いもよらぬ“衝撃的な事実”を聞かされる。大切なものを守りたい、しかしそれは同時に自分の「正義」を揺るがすことになる――。果たして「“正しさ”とは何なのか?」常に真実を明らかにしたいという信念に突き動かされてきた由宇子は、究極の選択を迫られる…。
キャスト:瀧内公美 河合優実 梅田誠弘 松浦祐也 和田光沙 池田良 木村知貴 川瀬陽太 丘みつ子 光石研
監督・脚本・編集:春本雄二郎
プロデューサー:春本雄二郎 松島哲也 片渕須直
配給:ビターズ・エンド
製作:映画「由宇子の天秤」製作委員会
(2020/日本/カラー/5.1ch/1:2.35/DCP/153分) 映倫区分G
©️2020 映画工房春組 合同会社
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