細野晴臣が2019年にアメリカのニューヨークとロサンゼルスで開催した初のソロライヴを記録したドキュメンタリー映画『SAYONARA AMERICA』が、2021年11月12日(金)より、シネスイッチ銀座、シネクイント、大阪ステーションシティシネマ他にて全国順次公開される。
「アメリカの古い音楽に感謝するためにここに来ました」。細野はライヴの中でそう語り、アメリカンポップス、カントリー、ブギヴギなどを演奏していく。高田漣、伊賀航、伊藤大地、野村卓史といった気心の知れたバンドメンバーとともに奏でるアメリカのルーツミュージックに、アメリカの観客たちは歓声をあげる。彼の音楽的なルーツと歩みが丁寧に描かれたデビュー50周年記念ドキュメンタリー映画『NO SMOKING』から約2年。アメリカ公演後に世界を襲った新型コロナウィルスによる変貌も同時に収めた本作について佐渡岳利監督に話を訊いた。
取材&文:西澤裕郎
細野さんが影響を受けたアメリカの文化
──『SAYONARA AMERICA』というタイトルは、細野さんがつけられたそうですね。
編集室に何回か来ていただいたんですけど、そのときに「タイトルどうしましょうか?」とお話したら、「考えているのがあるんだよ」とおっしゃられて。そこで『SAYONARAMERICA』とお聞きしたんです。
──いろいろな捉え方のできるタイトルですが、監督はタイトルを聞いたとき、どのように捉えられたんでしょう。
素晴らしいタイトルだと思いました。その後の作品作りの指針が明確になった感じがして、本当に作りやすくなりました。僕もアメリカツアーに密着して一緒にいたから、細野さんの意図が直感的に伝わったのかもしれません。コロナ禍を受けてつけられたタイトルなので、とにかくスッと腑に落ちましたね。
──本作を拝見して個人的に1番印象に残ったのが、アメリカの聴衆たちの姿でした。ライヴ後に撮影クルーから感想を求められ、細野さんの音楽のどこが好きかを明確に言語化して語っている。そこから彼らがよいリスナーであり、批評家であり、理解者でもあると感じました。監督は、現地でリスナーへのインタビューを通して、どのような印象をもたれましたか?
おっしゃる通り、リテラシーが高いというか、文化の成熟度が違うのかなと感じました。細野さんの音楽をかなり的確に聴いていて、根幹的な魅力を捉えている印象がありましたね。それぞれの表現方法もおもしろくて、「良かった」と褒めるのにもいろいろな言葉があって、ドラッグで使うような表現をする人もいたりして。本当にいろいろな表現で語ってくれたので、字幕のつけ方も楽しかったです(笑)。
──2019年公開のドキュメンタリー映画『NO SMOKING』は、細野さんが生まれてから現在に至るまでを丁寧に描いた作品でした。その最後でもアメリカで演奏しているシーンが描かれていますが、そこにフォーカスを当てて掘り下げた作品という意味で、本作は『NO SMOKING』の延長戦というか続編というか繋がりを感じました。
『NO SMOKING』は、細野さんの音楽活動50周年のドキュメントだったので、人生を辿ったりしますから、ライヴシーンは時間的にたくさん使えなかったんです。ただ、非常に盛り上がったライヴだったので、映像作品としてなんらかの形で出したいなというのは当時からあって。そういう意味では対になっているという表現が正しいですね。
──ライヴ映像では定点カメラのカットも多く、あまりカメラワークを使っていませんが、どういった意図があるんでしょうか?
会場側の問題で撮影するポジションの制限があったというのが大きいんですけど(笑)、カメラがよく動くカットって撮っている側の意識が入りますよね? 個人的には、そうやって誰かが撮っている感じが出るのがあまり好きじゃないんです。こういうところが見たい……と観客が思ったところを適切に切り取って、それを積み重ねていく。カットの切り替えも気にならないくらい自然なのが1番いいんじゃないかなと思っています。まあ、うまくいっているかどうかはわかりませんが(笑)。
──過去のインタビューでも「自分のエゴは少ないほどいい」とおっしゃっていましたよね。
あくまで僕はそう思っているということで、いろんなアプローチがあって然るべきで。もちろんエゴが出まくるような良さもあると思うんですけど、自分はそういうのが好みということですね。
──演奏のシーンでは、アメリカの映画だったりアニメーション、マッカーサーの映像などもインサートとして挿入されています。そこは監督の意図的な演出だと思うんですけど、どういう基準で入れていったんでしょう。
あれは、まさに『SAYONARA AMERICA』というタイトルに準じている部分といいますか。なるべく、細野さんが幼い頃に影響を受けた「いい時代のアメリカの文化」を感じてもらえるようにするためですね。だから、直接曲と関係があるものばかりではないんです。例えば細野さんが昔のアメリカのアニメが大好きなので、「AIN’T NOBODY HERE BUT US CHICKENS」は鶏が出てくるアニメーションを入れてみたり。古き良きアメリカをそこはかとなく感じてもらえるように意識しているんです。
──1947年生まれの細野さんがMCで、マッカーサーが音楽や映画をはじめ、いいアメリカ文化をたくさん運んできてくれたことと、資本主義も運ばれてきたことを話していました。観客の気の利いた一言で一気に和やかな雰囲気へと変わっていきましたが、あの瞬間は、日本とアメリカの絶妙な関係が描かれているなと感じました。
あれは、細野さんらしくちょっと深い意味の笑いをとったというか(笑)。実際、アメリカも功罪がすごく大きい国だと思うんですね。アメリカに負けて、いろいろなものが日本に入ってきた。お金第一の資本主義も持ってきたけど、民主主義も持ってきてくれたわけで、いいことも悪いこともあった。でもやっぱり、音楽や映画は文句なしに素晴らしかったな……って表現をなさったんだと思いますね。あえて深読みすると、いまのポップミュージックって、アメリカに奴隷として連れてこられたアフリカの方々が生み出したものが昇華されているわけじゃないですか。というように、物事は表裏一体だということも根底にはあるのかもしれませんね。これもあくまでも僕が勝手に深読んでるだけです(笑)。
──そうやって日本に輸入されたアメリカ文化を吸収し育ってきた細野さんが、アメリカでルーツミュージックを演奏するというのは、すごいことだと思うんです。実際、アメリカの方々は、細野さんのアメリカの音楽を通して、どんなことを感じていたんでしょう。
とにかく現地の若いお客さんがすごく多かたのですが、彼らとしても、我々が1940年代とか1950年代に流行っていた音楽をそんなに知らないのと同じ状態だったと思うんですよ。知らない曲もたくさんあっただろうし、ちょっとだけ聞いたことあるなとか、そんな感じだと思うんですね。細野さんは、傍から見ても大丈夫かな?……と思うくらいアメリカの古い曲をセットリストにいっぱい入れていて。でもだからこそ新鮮に受け入れてくれていたし、演奏そのものが素晴らしいので、いいグルーヴを感じて楽しんでいたように見えましたね。古い曲ばっかでさー……みたいな人は全くいなかったと思います
──本作においては、サウンドもとても気持ちよかったです。ライヴシーンが多いので音質はかなり重要だと思いますが、どのように音作りをされたんでしょう。
もともと細野さんが『あめりか / Hosono Haruomi Live in US 2019』というアルバムのために音を一旦作られていたので、それをベースに、現場のオーディエンスやアンビエンスといった音を混ぜて音像を作りました。映画なので、5.1chの環境の中で、どういうふうに聴いていただくかが大事ですから、細野さんにスタジオに来ていただいて、確認してもらいながら作りましたね。
映画を見終わったときにタイトルが腑に落ちる
──本作では、新型コロナウィルスも要素として大きく取り入れてらっしゃいます。中でも冒頭の屋上で細野さんがギターを持ちながらセリフが流れるシーンは思い切った構成ですよね。
あの映像は、細野さんがご自身で撮ったものなんです。映画の構成でいうと、ちょうどNY公演が終わって、LA公演に切り替わるシーンに入っているのですが、この映画をどういう心持ちで見てもらうかの宣言になっていると思うんです。細野さんが、ちょっと言いたいことがあるんだよねっとおっしゃって、「どんなものにするかは自分で考えるから」と。最初は同じような意味合いを持つ別のシーンが入っていたんですけど、最終的にあのシーンに差し変わりました。
──コロナ禍におけるコメントとして、バンドメンバーがラジオで語っているシーンは入っていますが、本作のために撮り下ろしたインタビューシーンは少ないですよね?
細野さんがメンバーとのラジオとかいいかもねとおっしゃっていて。まあ、僕がインタビューするより細野さんが直接話を聞いたほうがよりビビッドな言葉が出るでしょうし。撮影にいくかみたいな話もあったような気がしますが、結局細野さんの撮影映像を使わせていただきました。
──「久しぶりにギターを持った。もう2年も触ってなかったなぁ」という細野さんの独白はかなり重みがありますよね。アメリカでの大勢の観客での熱気との対比もすごいなと思いました。それくらいコロナ禍での価値観の変化とかに敏感だったんだろうと伝わってきました。
細野さんは、かなりコロナによる世界の変化を感じていらっしゃいましたね。映画にもあるように、よく夜に街が今どんな感じなのか、観察していたそうです(笑)。
──2021年はフィッシュマンズのドキュメンタリー映画や『サマーオブソウル』など、音楽映画が充実している印象があります。そのあたり、音楽作品を作ってこられた監督はどのように捉えていらっしゃいますか?
コロナ以前から、コンサートを劇場で観る企画も行われるようになったじゃないですか? そういうことがあったりして、音楽も映画館に馴染む機運が出たんじゃないかと思うんですね。大きなスクリーンで大きな音を聴く体験って、コンサートの擬似体験とも言えるわけで。話は変わるんですけど、Perfumeさんの「Reframe」を2019年に劇場でやらせてもらった(※「Perfume」の20年間にわたる全歴史を再構築したコンセプトライブ「Reframe 2019」を劇場公開した)んですけど、前方の席にいると本当に等身大くらいで見えるので、これはかなり素晴らしい劇場体験だなと思って。そういう意味でも、これからも音楽がテーマの映画は一定の支持を受けるんではないかと思いますね。
──最後に、改めて『SAYONARA AMERICA』の見どころを教えてください。
アメリカで、現地の方々が盛り上がってらっしゃるシーンはもちろん、彼らの音楽の聴き方や楽しみ方の部分で、「こんなふうに聴いているんだ……」という気づきがあると思います。でも、その後で新型コロナウィルスの流行があって、盛り上がることがしにくい時代になってしまった。音楽は、我々にとって不可欠とするなら、ライヴという体験がこれからどうなるのか、エンターテインメントがこれからどうなるのか、みんなが考えていかないといけないですよね。そういう未来のことを考えるきっかけにしていただけたらいいなと思います。見終わったときに、なんで細野さんがこのタイトルをつけたのかが腑に落ちると思うので、ぜひご覧いただきたいなと思いますね。
■作品情報
『SAYONARA AMERICA』
出演・音楽:細野晴臣
監督:佐渡岳利『NO SMOKING』(19)
プロデューサー:飯田雅裕『NO SMOKING』(19)
制作プロダクション:NHKエンタープライズ
企画:朝日新聞
配給:ギャガ
公式サイト:gaga.ne.jp/sayonara-america
【HARUOMI HOSONO SAYONARA AMERICA/サヨナラ アメリカ/2021年/日本/日本語・英語/カラー/ビスタ/5.1ch/83分】
(c)2021“HARUOMI HOSONO SAYONARA AMERICA”FILM PARTNERS
ARTWORK TOWA TEI & TOMOO GOKITA
2021年11月12日(金)シネスイッチ銀座、シネクイント、大阪ステーションシティシネマ他全国順次公開