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【ZOC連載インタビュー】Vol.4 藍染カレン「ライヴで生き様を見せていくことが自分にできること」

StoryWriter

「とにかくまっすぐ音楽を聴いてもらえる状態にしたい」。ZOC結成時からのオリジナル・メンバーである藍染カレンの願いは切実だ。自身についても「ZOCをやっていくなかでは全部出そう」と腹をくくっているという。そんな藍染カレンの姿勢は、いかにして生まれたのか。中学生時代の挫折、そしてZOCまでの日々を聞いた。

取材&文:宗像明将
写真:まくらあさみ


自分にできる一個の可能性が出てきた

──ミュージカル「悪ノ娘」おつかれさまでした。

藍染:ありがとうございます!

──やってみてどうでした?

藍染:本当に楽しかったです。歌と踊りが好きだったし、3、4歳の頃に「セーラームーン」のミュージカルにめちゃめちゃ親に連れて行ってもらってたんですよね。だから、ミュージカルにいつか挑戦できたらいいなっていうのをZOCが始まる時から言ってて、お話をもらってうれしかったです。

──演技は自分に向いてると思いました?

藍染:楽しかったです。中学校の頃は演劇部の幽霊部員で、すぐに中学に行かなくなっちゃったので、お芝居って本当にやったことなくて。「ミスiD」に出てから、映画に2本くらい出させてもらったぐらいで、長いセリフをたくさん覚えて2時間半ぐらいお芝居するのって初めてだったので。

──しかもいきなり主演でしたよね。プレッシャーはありませんでしたか?

藍染:すごかったです。始まるまでの練習の間は、1か月ぐらいはお腹がずっと痛かったし(笑)。もともとプレッシャーに弱いタイプなので、大きなライヴとかすごい緊張するタイプですし、武道館の時もめちゃめちゃ変な緊張の仕方をしてましたし。

──ミュージカルをやってみて、お芝居をやりたい気持ちは強まりましたか?

藍染:またやりたいなって思いました。今は私はZOCを基本として活動を進めていきたいけど、もしかしたら今後そういうことをやっていけても楽しいのかなって思いました。長い期間ZOCではない「藍染カレン」としての状態でお仕事をさせてもらうというのがなかったので、可能性が広がったような気がします。今までずっと「ZOCがなくなったら、やることないな」って思ってたんですけど、自分にできる一個の可能性が出てきたし、そういう可能性って、これからも生み出していけるものなのかなってすごい思いました。

毎日何を考えて、何を思って生活していたのか全然思い出せない

──そのZOCに至るまでの話を聞いていきたいんですけど、カレンさんは4歳から中学2年生までクラシックバレエをやってたんですよね。10年じゃないですか。

藍染:お母さんがママバレエみたいなのをお友だちとやりたくて、そのお友だちの娘と私をお教室に入れたんですよね。

──それが14歳まで続いたのってなんでだったんですか?

藍染:なんでなんですかね。私、お稽古事をけっこうやらせてもらっていて、バレエとピアノだけが続きました。ピアノは小4くらいで辞めて、バレエだけになったんですけど。最初に入ったお教室は緩めのところだったんですけど、その後に転校してからうっかり入っちゃったバレエ教室が、プロを作るめちゃめちゃガチなところで。先生がめちゃめちゃ厳しかったし、それが逆にやる気になっていたのかな。その頃は本当にバレエのプロになるんだって思ってました。小学校から中学校まで。

──でも、中2で辞めちゃう時には、プロの道を捨てたわけじゃないですか。

藍染:中1で引きこもりになって、その後もバレエだけは続けていたんですよ。バレエは辞めたくなくて行っていたんですけど、ある日お教室の先生が良かれと思って「学校行かないのにバレエ来てていいの?」って言ってくれちゃって。それで「たしかに」って思っちゃって、折れました。それぐらいで折れるくらいにはもう弱ってたんだと思います。

──辞めることに対しての未練みたいなものはなかったんですか?

藍染:ものすごい喪失感があったと思います。その頃のことは覚えてないけど、「私はバレエのプロにはなれなくなっちゃった」ってすごい思いましたね。自分で手放してしまったなっていうのはすごくありました。

──中学生の頃の記憶があまりないんですか?

藍染:ないです。本当に閉鎖的に過ごしてきたから、毎日同じことの繰り返しだったし、すごくぼんやりしているんですよね。その頃、毎日何を考えて、何を思って生活していたのかっていうのが全然思い出せない。やっていたことは覚えていて、夕方の4時とかに起きて、夜中の3、4時まで起きていて、起きている間はアメーバピグをやっていたんですよ。そこにお友だちがいたので。

──アメーバピグで何を話していたんですか?

藍染:私のお友だちは同世代の子が誰もいなくて、ひとりだけ2個上の女の子がいたんですけど、あとは優しい20歳の人と、49歳の鹿児島のおっさんと、22歳くらいのシンママの女の人が一番仲良い友だちだったんです。その人たちの人生相談をよく聞いてました。

──ちなみに49歳の鹿児島の方はどんなことを相談していたんですか?

藍染:「仕事そろそろクビになりそうなんだよね」って。私は「毎日ここにいるからじゃない?」って(笑)。

──あはは。アメーバピグで心を揺さぶられるような出来事ってなかったんですか?

藍染:私がアメーバピグの中で2個上の女の子のことを好きだったんですよ。でも、私の周りの男の子は全員その子のことが好きで、そのうちのひとりがその子とくっついて、アメーバピグにいなくなっちゃったの。彼氏に「もうやるな」って言われて。

──アメーバピグの中で失恋が発生するわけですか。

藍染:アメーバピグの中で失恋して、会えなくなっちゃって。その子も引きこもりだったから、その子が社会に出ていくきっかけになったと思うし、それはそれでいいと思うんですけど。でも、私は当時さみしかったし、失恋したし、「なんなんだろう?」みたいな気持ちでした(笑)。

──そこで心の癒しを得るのかと思ったら、喪失感をちゃんと覚えたと。

藍染:今もずっと覚えてますね。誰にも会ったことないんですけど。そこで関わった人たちって、私にとっては中学生という多感な時期に仲良くしてた人たちなので、いろいろなものを吸収したし、自分を作った時間なのに、もう誰とも話せないから。

今ここで死ぬって思ってたぐらい、知り合いに会うのが本当に怖かった

──高校に行けるようになるまで、親御さんはそっと見守ってくれてた感じなんですか?

藍染:最初は親も私にどう対処していいかわからないから、学校に連れて行こうとして、めっちゃ引きずられて車に乗せられたこともあります。病院にも連れて行かれましたし、アメーバピグもずっと辞めてって言われてたし。でも、「お前なんか知らねえよ」とは一言も言われなかったし、その後は「行けるようになるまで行かなくてもいいし、好きに生きていいよ、生きてるんだし」っていうふうに見守るスタンスになってくれたので。そこで親が投げ出さないでくれたのがすごく大きかったと思います。

──引きこもりの人って、通学してる同世代の声が外から聞こえてきて落ち込む話をよく聞くんですけど、そういうのってありました?

藍染:私は窓も閉めてたし、そういう音は聴こえなかったけど、家の近所は行けなかったです。例えば、家から最寄り駅までとか。輸送される人みたいに車にすぐ乗って、ちょっと遠くなら行けた。学校の人に会って、「元気にしてるの?」とかもし言われようものだったら、今ここで死ぬって思ってたぐらい、知り合いに会うのが本当に怖かった時期でした。

──カレンさんって、ZOCをやっていくなかで、だんだん人間性を取り戻していく流れがありますよね。引きこもりの時代に一番「あの頃人間じゃなかったな」っていうエピソードって何かあったりしますか?

藍染:東日本大震災の頃は神奈川だったので、そこそこ揺れたんですよ。熊本地震も経験しているんですけど、東日本大震災はそれまでの人生で一番大きな地震で。親は仕事じゃないですか。私はひとりで家にいて、すごい部屋は揺れているんだけど、あまり何も思わなくて。親やおばあちゃんは「大丈夫? 大丈夫?」みたいになっていたんだけど、「何が?」みたいな。テレビを見たらすごいことになってるし、部屋の中も物がめっちゃ落ちたんですけど、そこに関しては何も思えなかった。死ぬかもとか。

──その頃ひとりで部屋で踊っていて、「アイドル=ハロプロ」であったと。ハロプロのオーディションをカレンさんは受けたんですか?

藍染:受けてないです。ハロプロに入る子たちは、学校にちゃんと行っていて、健全で明るいかわいい女の子。私は自分で決めたハロプロ研修生になるための項目をクリアしてないから、「無理ですね」って見てるだけでした。だから、そんなになりたいと思わなかった。見て一緒に踊っているだけで幸せでした。

──高校時代にステージに立った話があったじゃないですか。高校になったら、そうやって歌ったりモデルもやったりして、学校も行けるようになってきたんですね。

藍染:学校も午前中だけとか、午後だけとかで行って。モデルの話とかも、「こういうのあるけど、やらない?」って言ってくれてたのは高校の先生に勧められてで、「じゃあやろうかな、やりたいな」って。

──そこから専門学校時代に「ミスiD」を受ける流れになると。

藍染:もともとハロプロ好きだし、項目を満たしてないとは言え、それは憧れない理由にはならないから。ずっと憧れはあったけど、自分にはできないと思っていただけだったので。それがちょっとずつ溶けていっていたのかな。

──なぜ「ミスiD」だったんですか?

藍染:緑川百々子ちゃんが好きで。インターネットアイドルというものを携帯を持って知った時代で、そこで見つけたのが緑川百々子ちゃんで。百々子ちゃんの活動をずっと追っていて、「ミスiD2015」を受けているというのを知ったのが最初です。

──しばらくは見ていただけの「ミスiD」だったのに、応募に踏み切ったのはなぜだったんですか?

藍染:「ミスiD 2018」のオーディションはもうすぐ締切だよっていうのをTwitterで見て、その頃は19歳で。これまでの人生で何もやってないのに、もう10代じゃなくなっちゃうんだなっていうのを夜中の2時くらいに思って。その次の日が締切だったから、起きてすぐに写真を撮って応募しました。でも、美容専門学校1年生の時に「ミスiD」を受けて、夢中になりすぎて単位を落としまくりで出席が足りなくてなって、「あなた国家試験受けられませんよ」って言われてしまい、「では辞めます」と言って2年の夏に辞めました(笑)。

──2年の夏ということは……。

藍染:あと半年(笑)。卒業ぐらいしておけばよかった。東京に行きたいってちょっと思ってたから、「上京資金を貯めないと」って思ってコールセンターのバイトをしてました。

──そのコールセンターが、ZOCになるための上京資金となったと。

藍染:その頃はZOCとはまだ言われてなくて、本当に何の確約もないけど、「ミスiD」の実行委員長の小林(司)さんに「アイドルやるかもよ、靖子ちゃんの」って言われて、「あ、そうなんだ、じゃあ東京行きます」ってなりました。でも、私、1回たぶん外れているんですよ。靖子ちゃんは外してないんだけど、他の大人が私を何らかの理由で外しちゃって、「なんでカレンいないの? 戻して」って靖子ちゃんが言ってくれて戻って。

──それほど大森さんがカレンさんをZOCのメンバーに入れようとしたのはなぜだと思いますか?

藍染:インタビューとかで靖子ちゃんが言っていることを読む限りは、最終審査でモソモソ話して帰ろうとしたところに「踊れるんですよね?」って私に聞いたら、バキバキに踊りだして「いや、踊れるんかい」ってなって、それを見たからっていう感じだったんですよね。

──インタビューを読む限りということは、直接は聞いたことがない?

藍染:なんか恥ずかしいじゃないですか(笑)。

──でも、誘われてうれしかったですよね?

藍染:うれしかったです。スクショしましたもん。靖子ちゃんから「こういうグループを作りたいと思っていて、そこにカレンちゃんに入ってほしいんですけど、どうですか?」っていうのがLINEで来たんですけど、スクショして保存しました。

自分の見せたい藍染カレンが常にある

──そこから3年ぐらい経って、今ではカレンさんは大森さんの右腕のイメージがあるんですよ。

藍染:それはうれしいですね。右後ろにいたいなと思ってます。真横じゃなくていいです。私は曲を作ったり、(雅雀)り子ちゃんみたいに踊りを作ったり、クリエイトで助けることはできないので。

──右後ろだと何をサポートする感じなんですか?

藍染:右腕かつ、支えたいです。ZOCの地盤になりたい。インパクトの強い子たちだったり、SNSでバズりやすい子たちが多かったから、私はZOCの地盤を固めていかないといけないっていうのがずっとあったんです。踊りを見てもらって入れてもらったんだから、それができなきゃなってまず思いました。

──カレンさんはもともとアイドルをやる気はなかったんですよね。最初はかたくなに拒んでいたアイドルを3年ぐらいやってみてどうです?

藍染:今3年間やってみて、本当に昨日か一昨日くらいにシャワー浴びながら、「私がやってること、めちゃめちゃアイドルなんじゃないかな」って思うようになりました。

──なんでそう思えるようになったんですかね?

藍染:自分で自分の偶像を守ろうとしているから。

──偶像ということは、「今の自分=藍染カレン」ではない?

藍染:藍染カレンですよ。私はもちろん藍染カレンだし、そこに嘘はないけど、自分の見せたい藍染カレンが常にあるから。

──見せたい藍染カレンと実体の藍染カレンの間にズレがあって、そこに葛藤があるということはないんですか?

藍染:それはあまりないです。どっちも本当なので。理想の藍染カレンをやっていくなかで滲む実体が、ライヴを見てもらう醍醐味だと思っているから。理想が強くあると言うと、作ってるとか、嘘ついてるふうにどうしても聞こえちゃうのかなって最近思うんですけど、それは違くて。それは自分が持つ思想の塊みたいなものだから、そこに嘘は何もない。もともと家では本当に干物状態だし、舞台が終わった後もしばらく寝て、起きて、海賊のように酒を飲み、また寝るみたいな生活をしてたから、ものすごいオン、オフがパキパキしてるんですよ。

──ちなみに理想の藍染カレン像ってどうやって生み出されたものなんですか?

藍染:私は「強い人になりたいな」って思って生きてきたので、それを追っていって、その先でそう思わなくなることが理想。強さってなんだろうなってずっと考えているので。昔思っていた強さとはまた違ってきているんだと思います。

──その強さは何が変化したんですか。

藍染:昔思っていた強さはわかりやすく、弱みを見せないこと。今は私、どう思っているんだろう? そこはまたシャワー浴びないとわからないと思うんですけど(笑)。見せないことだけが強さではないっていうのはすごく思っているので。今、私は全部出すことでしか出てこないものがあって、それは自分の持つ弱さの一番底にある強さだと思ってます。

──自分をさらけ出す方向にいっているんですね。

藍染:うん。ZOCをやっていくなかでは全部出そうって決めているんで。

──そこまで決められたのはなんでなんですか?

藍染:ここまで続けてきた意地があるし、私はここから退く気がないので。それをするんだったら、じゃあ全部出さなきゃだし、ちゃんと向き合うやり方を私は全部やるしかないから。

──その一方でしんどかったこともあると思うんですよ。カレンさんの中でこの3年間でつらかった時期ってありました?

藍染:正直、「このライヴ楽しかったな」とかはめちゃめちゃ覚えていても、また中学の時みたいにその時の感情とかあまり覚えてないんですよね。

──それはやばいことでは?

藍染:大丈夫。もちろん、このお客さんに会ったとか、このライヴが楽しかったとかは覚えているんですけど、あまり覚えてなくて。

──なんで覚えてないんですかね。

藍染:わからないです。なんかつらかったんじゃないですかね。いろいろ変動の多いグループですし、その度に思うことがいろいろあります。私もいろいろ変わってきていて、今までは何も言わずにそのままでいることだけが守る手立てだと思っていたんですけど、なんかそういうわけでもないのかもな、って最近思うようになったから、もうちょっと人に歩み寄ろうかなって最近は思いますね。

──すごいですよね、記憶をなくすほどのストレスを抱えていたと。

藍染:なんか一瞬なんですよね。その期間とかも、あまり具体的には言いたくないんですけど。そういう時間もあるっちゃあります。

──精神的に病んでいる時はどういう対処法をしているんですか?

藍染:酒を飲んで寝る(笑)。そういう時はストロングドライのロング。私は一本で完結したいタイプなので。飲んだらとても機嫌がよくなって、社交的になるか、調子悪かったら泣くかの二択なので。基本的にはずっと機嫌がいいですね。あと日本酒が好きですね。日本酒が一番終わるんですけどね。

──終わるとどうなるんですか?

藍染:機嫌のいいまま寝る(笑)。

武道館をやって、覚悟が決まった感じがします

──あはは。今年、武道館に立った後はどんな感じですか?

藍染:なおさらやる気が出ました。その頃はコロナ真っ只中というのもあって、本当にお客さんを半分しか入れられないというのもあったし、すごく楽しかったけどこれが最後の武道館ではないって思いたかったので。武道館をやって、覚悟が決まった感じがします。

──そこで決まった覚悟ってどんなものでしたか?

藍染:ここから先もここでやっていく覚悟。私は辞めないってその時に思いました。つらいかもって感じはよくあったんですけど、「私は辞めません」って言い出したのって、武道館に立って以降だと思います。

──武道館の何がそうさせたんですか?

藍染:ひとつのZOCがここで終わるって思ったから。活動初期からのZOCは、たぶんここまでだから。

──次のフェーズに行く感覚があったんですね。

藍染:あった。すごく強かった。メジャー・デビューもその時にしましたし。

──そうやって次のフェーズに行こうってなかで、鎮目のどかさんが入ってきて、今度はzocが入りますね。そうすると、カレンさんがパフォーマンスを引っ張っていく部分も多くなっていくと思うんです。

藍染:私の感覚としては、活動初期のやり方をちょっとずつ取り戻して行くんだなって感じです。活動初期は7人だったのが6人になって、6人で活動していくなかで靖子ちゃんが忙しかったりして、5人でパフォーマンスをしていたので。そこにしかないプレッシャーはあったので、それがまた戻ってくるんだなって、今やったら違うものがいっぱい見えるんだろうなって思います。

──そのプレッシャーはむしろ楽しみ?

藍染:今は楽しみです。またあの頃とは違うプレッシャーがあるだろうし。

──今後もZOCを続けていくなかで、自分がこの先どうなっていくイメージですか?

藍染:これからもっと音楽を聴いてもらえるだろう、届けていけるだろうという準備ができたと思ったら次の炎上、とかがよくあったので。とにかくまっすぐ音楽を聴いてもらえる状態にしたいっていうのがずっとあって。今はそういう気持ちになってきているので、明確に「ここの舞台に立ちたい」とかはないんです。

──音楽をまずは聴いてほしいわけですね。

藍染:音楽を聴いてほしいですね。ライヴで生き様を見せていくことが自分にできることなので。私たちは不器用だし、見てもらうしかないから。

──ZOCに対する先入観みたいなものを変えられていったらいいなというのはありますか?

藍染:そう。だから、先入観なく、ただ靖子ちゃんが作る音楽を、ただり子の作る踊りを、ただ私たちが表現することを受け取ってもらえる状態になってもらいたい。そしたら絶対届くものがいっぱいあるから、ZOCは。


ライヴ情報

ZOC 東京単独公演「ZOC CLUTCH 2021」
2021年12月17日(金)@中野サンプラザホール
詳細はこちら:https://www.zoc.tokyo/schedule/tour/detail.php?id=1001984

アルバム情報

ZOC『PvP』(読み:ピーヴイピー)
発売日:2021年6月9日(水)

ご購入はこちらから
https://ZOC.lnk.to/0609_PvP_Release

サブスク視聴はこちらから
https://ZOC.lnk.to/PvP

アルバム詳細はこちら
https://www.zoc.tokyo/discography/detail.php?id=1018435

オフィシャル情報

ZOC Official Fan App:http://c-rayon.com/zoc/
Twitter:https://twitter.com/ZOC_ZOC_ZOC
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UCShhCnBdAL5nYpKrbL9JOTA

HP:https://www.zoc.tokyo/

ZOC
大森靖子がメンバー兼プロデューサーを務めるグループとして2018年9月に結成。藍染カレン、西井万理那、巫まろ、鎮目のどか、共犯者 大森靖子、雅雀り子からなる6人組グループ。ZOCとは「支配領域」の意味を持つゲーム用語”Zone of Control”をもじった”Zone Out of Control”の略となり、大森が常に提唱している「孤独を孤立させない」の意味が込められている。発表した楽曲が若年層を中心に次々と大ヒットし、結成からわずか1年足らずでZepp Tokyoをソールドアウト、その後もキラーチューンを発表し続け、今年1月にはメジャーデビューを発表。翌月2月8日にはメジャーデビューから1か月も経たずして初の武道館公演を開催し、6月には22曲入りの1stフルアルバム「PvP」をリリース。今夏は全国22会場42公演に及ぶツアーを成功させ、注目を集め続けるアーティスト。

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