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StoryWriter

近所に、面白いお店がある。

青果店と鮮魚店と精肉店が合体したような、小さな小さなお店。

「いらっしゃいませー!」と温かみのある声に誘われ、吸い込まれるように店内に足を踏み入れると、野菜やフルーツ、お肉やお魚、思わず手を伸ばしたくなる変わった調味料まで、魅力的なものがたくさん並んでいた。

どれも気になるけど、まずは自分の直感を信じて、一番惹かれたものを買おうとお店をぐるっと一周したとき、一番奥の方に置かれていた美味しそうなタコが目に止まる。

(あぁ、昔おじいちゃんが「翔子! 美味しいタコだぞー!」って、とびきりの笑顔で買ってきてくれたなぁ。「美味しいね」って伝えたらほぼ毎日食卓に並んで、正直少し飽きてた時期もあったけど、それでも一緒に食事してた時間は特別だったなぁ。懐かしいなぁ)

と、長めの独り言を心の中で呟きながら、タコをカゴに入れた。

そして、家で食べて、びっくり。

ぷりぷりとした食感と、まるで早起きして市場に行ったような新鮮な味に、「なんじゃこりゃ」とつい声に出てしまうほど、抜群に美味しかったのだ。

「味の感想を伝えたい!」と思い、次の日にまた足を運ぶ。

すると、レジのところで「昨日買ったお刺身が美味しかったわ〜」と伝えてる女性がいて、この方もお家で「なんじゃこりゃ!」と声にしてしまったのかなぁ、と思いながら、今日は何を買おうか、置かれている商品を眺めた。

それから何度も足を運ぶようになり、「これはどこのですか?」「どれが食べ頃ですか?」と尋ねると、「それはねぇ」と、教えてくれる人がその時々によって違うので、野菜やフルーツはこの人。お肉はこの人。お魚はこの人。と、担当の人がいることに気づく。

聞くところによると、もともと豊洲市場にいたけど、コロナ禍で待ってるだけじゃだめだと思い、この場所に仲間同士で集まったらしい。

お魚は毎朝、豊洲から仕入れているし、野菜は農家を回って直売のルートを作ったり、吟味して、自分達が置きたいものを置く。というこだわりがこの小さな空間に詰め込まれている。

奥には厨房があって、お惣菜やお弁当を作ってたりも。大きいバターナッツを買おうとした時は「半分に切りましょうか?」といってその場で切ったりしてくれるし「ひよこ豆ありますか?」と聞いてその日はなかったら、次行ったときには置いてくれてる。なんともサービス精神に溢れる、アットホームな空間。

昭和なら当たり前だったのかなぁ、と想像をふくらませる。

特別な調理をしなくても美味しいから、このお店で買ったものが冷蔵庫に入ってると思うだけで少し安心してしまう。そんな絶大なる信頼感で、私はすっかりこのお店の大ファンになっていた。

通い出して、2カ月ぐらいの経った時のこと。

最初に食べたタコの美味しさの衝撃が忘れられなくて、行く度に買ってたもんだから、お店に入った瞬間

「……タコですか?」

と、にんまり言われた。

「あっ今日は違いますぅ〜」

と、なんだか恥ずかしくなって、その日は違うものを買って帰宅。

そしてまたある日。

「今日のお昼何しようかな〜」と最近買ったレシピ本を見てたら美味しそうなメニューを発見。

その名も「レモンとタコのパスタ」

そう、そのパスタを作るには美味しいタコが必要。

口がすっかりパスタ気分になってしまった私。

しばらくは買わないと心に決めていたのに、気がついたらお店の電話番号を検索して、初めて電話をかけた。

「もしもし〜。今日って、タコありますか?」

「ありますよ〜! 1本でいいですか? 一応取っておきますね!」

名前を聞かれることもなかったし、欲しかったものがあることを確認できたので、ほっと胸を撫で下ろし、お店に走る。

そうしてお店に着いた瞬間

「……タコ電話しました?」

と、にんまり言われた時の恥ずかしさったらもう。

きっとここのお店でわたしのあだ名はタコの人。

そう確信しながら、今日もまた通うのであった。

岡田ロビン翔子(おかだ・ろびん・しょうこ)

1993年生まれ。2006年から2018年8月2日の解散まで、チャオ ベッラ チンクエッティ(THEポッシボーから改名)のリーダーとして活動。 頭の回転の良さからくるトーク力には定評があった。解散後はラジオDJを中心に、MC、モデル、自身のアコースティックライブ「ロン喫茶」など、マルチに活動中。 様々なジャンルに興味を持ち、多方面にアンテナを張りめぐらせ、スキルアップのために努力を欠かさない向上心の持ち主。

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