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StoryWriter

その日、私は八幡山駅近くの歩道に立っていた。夜11時。都会(まち)はきらめくpassion fruitウィンクしてるeverynight。私のCAT’S EYEはまだまだ冴えている。

目の前には、甲州街道。トラックが激しく行き交っている。私は、道路を渡って反対側のセブンイレブンに向かおうとしていた。

「セブンイレブン、いい気分。あいててよかった」。コロナ禍の今、そんなキャッチフレーズがリアルに感じられる。あの頃、実家近くにセブンイレブンがオープンした衝撃。そう、7時から11時まで営業しているなんて、奇跡的な出来事だったのだ。私はふと、小学生の自分に想いを馳せる。じゃがまるくんにするか、ブリトーにするか真剣に悩んだあの朝。スラーピーを飲みたくて6段変速自転車を飛ばしたあの夏。私の育ての親、セブンイレブン。さあ、信号が変わる。セブンイレブン、今、会いに行きます。

「ドンガラガッシャ~ン!」

道路の向こうから小走りで横断歩道を渡ってきた人が、目の前で信じられないほど大きな音を立てて、すっ転んだ。

真っ黒なファッションに身を包んだ女性が、慌てて立ち上がろうとしている。周囲には何やらたくさんの音楽機材のようなものが転がっている。なぜか紙袋に入れていたらしく、すべて道路にぶちまけたようだ。

あまりの豪快なコケっぷりに、私は心配になり思わず声をかけた。

「大丈夫です」

冷静を装い立ち上がる女性。よく見たら男性かもしれない。いや、そんなことは大事なことじゃない。仮に、道路ですっころんだコロンちゃんと呼ぶことにしよう。コロンちゃんは本当に大丈夫だろうか。「スターどっきり(秘)報告」だったら、間違いなくスローモーションで何度もリプレイされるであろう、衝撃映像。それぐらい、ビックリ、どっきりしてしまった。

「どうも」

機材を拾い集めて紙袋に詰めると、軽く会釈をして、何ごともなかったかのように、その場を去るコロンちゃん。その表情はほとんど長い黒髪で隠されていて伺い知ることができない。すれ違いざま、ふと手元を見ると、小さなレジ袋を提げていた。中には、肉まんが入っているようだ。もしかしたらあんまんかもしれない。どちらにせよ、激しく転んでも死守した中華まん。きっと、コロンちゃんの傷ついた身体と心を癒してくれるだろう。がんばれ、コロンちゃん。さようなら、コロンちゃん。

私は、点滅しだした信号を見て慌てて横断歩道を渡ると、セブンイレブン店内へと入った。

何の用で来たのか、忘れた。

いったい自分が何のためにセブンイレブンに向かっていたのか、まるで思い出せない。きっと、コロンちゃんとの出会いが私の記憶をすっ飛ばしてしまったに違いない。もう一度道路を渡って事件現場に戻ったら思い出すかもしれない。でも、超面倒臭い。私は、しばしセブンイレブンのレジ付近でジッと一点を見つめながら思い出そうとした。

なにやら視線に感じて見ると、レジのおねえさんが怪訝そうにこっちを見ている。怪しい人物だと思われてしまったのだろうか。私は、慌てて取り繕うとして周囲を見回した。そのとき、目に飛び込んできたのは、肉まん。そうだ、とりあえず肉まんを買おう。私はさっきから肉まんの口になっていたのだ。肉まんが、食べたい。

肉まんを注文したことで安心したのか、店員さんは笑顔で対応してくれた。メガネをかけたお姉さん。なんとなく、斉藤ゆう子さんに似ている。もしかして、本人だろうか。いや、そんなわけはない。名札からして、どうやら外国の方のようだ。だが念のため、言ってもらえないだろうか、往年のあの名セリフを。

「今日は飛びませんねえ」

いや、それはそもそも無理な相談。だって、これはハンバーガーじゃなくて肉まんなのだから。UFOになんかなれっこないのだ。私は肉まん(143円・税込)を受け取ると、足早にセブンイレブンを後にした。

帰り道、再びコロンちゃんと遭遇した。肉まんが入ったレジ袋はもう持っていなかった。きっと、どこかで食べてエネルギーチャージしたのだろう。黒髪からちょっとだけ見えるコロンちゃんの表情は、少しだけ明るく見えた。

「帽子の下から友だち見たら みんな赤い帽子かぶってた」

斉藤ゆう子さんの司会でおなじみ、「天才クイズ」のオープニング曲で歌われていたあのフレーズ。そうだ、みんなと違ってもいいじゃないか。コロンちゃんはコロンちゃん、店員さんは店員さん、私は私。セシルはセシル。みんなちがって、みんないい。

もっちりフカフカ、甘みのある皮。芳醇な香り、そして肉。

帰って食べたセブンイレブンの肉まんは、今まで食べた肉まんで一番美味しかった。

アセロラ4000(あせろらよんせん)プロフィール
月に一度のキャバクラ通いを糧に日々を送る元・派遣社員。嬢とのLINE、同伴についてTwitterに綴ることを無上の喜びとしている。バツイチ独身。

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