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StoryWriter

その日、私はスーパーサミット上北沢店にいた。移り住んでからしばらく経つ、我が街・上北沢。京王線は各駅停車しか止まらないものの、とても穏やかで住みやすい街だ。しかし、周囲の人には意外と上北沢がどこにあるのか知られていない。「上北沢に住んでいる」と言うとほぼ100%言われることがある。

「じゃあ、下北沢の近くなんだね」

違う違う、そうじゃ、そうじゃない。

小田急 / 井の頭線の下北沢駅と京王線の上北沢駅は、まったく違う場所にあるのだ。上と下。人間のカラダに喩えたならば、頭とお尻ぐらい違う位置にある。それがわかっていたら、下北沢に近いなどと言えるわけがない。試しに、頭をお尻に近づけてみれば良い。

私は、前屈して足を広げ、股の間に頭を入れてお尻に顔を近づけてみた。くまの子みていたかくれんぼ おしりを出した子一等賞。にんげんて、いいな。

「どうされましたか?」

私は、ハッと我に返った。しまった。ここはスーパーサミットの店内だった。店員さんに一礼すると、私はその場を離れた。

上北沢駅前にあるスーパーサミット。毎日来ているせいで、つい我が家にいる気分になってしまった。時刻は閉店間際の22時半。さあ、早いところ買い物を済ませて帰るとしよう。しかし、私はまたしても忘れていた。スーパーサミットに、何を買いにきたのだろうか。しっかりメモまでしておいたのに、そのメモを部屋に置いてきてしまったのだ。

バカ、バカ、バカ、私のバカ。

年々、衰えていく私の記憶力。昨日何食べた?と聞かれたら、まったく思い出せない自信がある。何故、思い出せないのか。もしかしたら、食べていないのかもしれない。どうりでお腹が空いているわけだ。そうだ、何を買いに来たかは思い出せないが、夕飯を買って帰ろう。

私は買い物カゴを持つと、お弁当のコーナーへと急いだ。お弁当やお惣菜の美味しさに定評のある、サミット。とくに美味しそうなのが、「ロースかつ重」。だしと玉子にこだわっているという、サミット自慢の一品だ。きっとかなり人気があるのだろう、その証拠に売り場に残された「ロースかつ重」はたった1つ。もしかして、私のことを待っていてくれたのだろうか。私が辻仁成なら、「ロースかつ重」はミポリン。やっと、逢えたね。私は心の中でそうつぶやくと、そっと「ロースかつ重」へと左手を伸ばした。

「あっ」

声のした方を見ると、反対側から右手で「ロースかつ重」を掴んでいる中年男性がいた。年齢は40歳~45歳ぐらいだろうか。背が高く、細身の体に黒いシャツ、その上に白いジャケットを羽織っている。髪型はオールバックで眼光鋭く、ドラマ「不良少女とよばれて」の東京流星会 会長・西村朝男を彷彿させる。

朝男は、「ロースかつ重」をわがものにしようとグッと右手に力を込めた。私は、哲也さんこと国広富之になった気持ちで、「ロースかつ重」を守ろうと左手に力を込める。

「俺もバカだかあんたもバカだぜ」

朝男が、今にもそんなセリフを吐きそうな鋭い目でこちらを見る。サミット人気No1の「ロースかつ重」を巡る、男と男のPRIDEを懸けた戦い。負けたくない、どうしても。私は、より一層左手に力を込めた。

と、その瞬間、朝男はフッと力を抜き、「ロースかつ重」を手放した。私は、拍子抜けした。こんなにもあっさり負けを認めるとは。諦めたらそこで試合終了なのに。もしかしたら、朝男には最初からそこまでの執着はなかったのかもしれない。それとも、朝男なりの優しさなのだろうか。いずれにせよ、ありがとう、朝男。私は食べる。「ロースかつ重」を。

私は、レジへと向かい、ふと何気なくレジ横に並んだお菓子に目をやり、思わず2度見した。

「チョコが中までしみ込んだ! 『ギンビス たべっ子水族館』」

「たべっ子どうぶつ」は何度も食べているが、『たべっ子水族館』なんてあったのか。イルカ、オットセイ、ラッコ、ペンギン、カニ、マンボウ、ヤドカリ、白熊。キャプテン・ビーフハート『トラウト・マスク・レプリカ』の魚ジャケを越える、楽しそうな海の生き物たちがパッケージを彩っている。これは絶対に食べてみたい。私は迷わず『たべっ子水族館』をカゴに入れた。

「2点で679円です」

しまった。500円しか持ってきていなかった。私は、葛藤した。「ロースかつ重」を取るか、『たべっ子水族館』を取るか。おやつを食べてばかりいたら、ごはんが食べられなくなってしまう。だが、それでもいい。この出会いを大切にしたいのだ。私は、悩んだ末に『たべっ子水族館』を買い、「ロースかつ重」はキャンセルする旨をレジの店員さんに伝えた。店員さんは、すぐにそれを承諾して、『たべっ子水族館』の価格のみを計上してカゴから「ロースかつ重」を取り出し、傍らに置いた。

早く家に帰って、『たべっ子水族館』を食べたい。だって、47種類のかわいい海の生きものたちがビスケットになっているのだから。私は、「ロースかつ重」のことをすっかり忘れて、ワクワクどきどきしながら店を後にしようとした。背後を見ると、朝男がレジに並んでいた。すまん、朝男。こんなことなら、「ロースかつ重」は君に譲るべきだったかもしれない。だが、朝男もカゴに新たなお弁当を入れている。そうか、朝男とお弁当の新たな出会いに、乾杯。

「ロースかつ重、半額です」

なんと、朝男はどこから見つけてきたのか、タイムセール半額のシールが貼られた「ロースかつ重」を買っているではないか。しまった、半額だったら私も「ロースかつ重」と『たべっ子水族館』の両方を買うことができたのに。なんということだ。正直、ポカやらかした。

朝男がこちらに気付き、フッとニヒルに口の端を上げると、ペコリと軽く会釈した。私も、会釈してその場を離れた。人生は、出会いと別れ。『たべっ子水族館』との出会い、朝男との出会い、「ロースかつ重」との別れも、ここスーパーサミットだからこそ起こりえた奇跡。書を捨てよ、町へ出よう。人間、行動した先に必ず何かが待っているものだ。朝男とは、またどこかで会うかもしれない。そんな予感を抱えたまま、私は帰途へついた。

カルシウム入り、卵不使用。軽やかな口当たり、そしてチョコ。

スーパーサミット上北沢店で買った『たべっ子水族館』は、たべっ子シリーズの中で一番美味しかった。

アセロラ4000(あせろらよんせん)プロフィール
月に一度のキャバクラ通いを糧に日々を送る元・派遣社員。嬢とのLINE、同伴についてTwitterに綴ることを無上の喜びとしている。バツイチ独身。

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