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StoryWriter

その日、私は表参道にいた。昨年50歳を迎え、今年ついにイチロー選手の背番号51と並ぶ年齢になる私。気持ちはヤングマンではあるものの、さすがにアラフィフともなると健康に気を遣わねばならない。私は表参道駅近くの病院で健康診断を受けて、街へと繰り出した。

東京随一のおしゃれタウン、表参道にある病院にわざわざ来る理由。それは、「表参道・新潟館ネスパス」があるから。なんとここは、表参道にいながら新潟県産のコシヒカリやお酒、お菓子や調味料など、新潟県の特産品が1,500品目も揃っているお店なのだ。

新潟生まれである私は、この店を知ってからというものの、度々このショップに充電にやって来る。表参道から新潟まで、8マイル。私は、故郷・新潟のバイブスを感じることによって、都会で感じるストレスから解放されていく。そして、私がこの店に立ち寄ると必ず買って帰るもの。それが、新潟産の枝豆「黒埼茶豆」だ。

私がこの世で一番好きな食べ物、それは枝豆。最後の晩餐として食べても良いぐらい、枝豆があれば何もいらない。とくに、この黒埼茶豆は「枝豆の王様」と呼ばれているほど美味しい枝豆として知られている。私は、季節になるとだいたい1回に3~4袋を買い込み、晩酌のお供にしている。

15分ほど茹でた黒埼茶豆をざるにとり、ざっと湯を切ってから少しさます。手でつまめるぐらいの温度になったら、塩をまんべんなく振り、器に盛りつける。イタリアの言葉でいえば、アルデンテと言うのだろうか? アルシンドって今どうしてるかな? そんなことを考えながら一粒口の中に放り込む。少し硬めの食感が残るぐらいが、とても美味しい。豆の風味、しっかりとした濃い味は一度食べたらやめられない。みんな大好き、枝豆。だが、ここまで美味しい枝豆は、きっと食べたことがないに違いない。

そうだ、まわりの人にもこの美味しさを知ってもらおう。私はその日の午後、作家の爪切男先生とプロレスを語る対談をすることになっていた。大先輩の作家さんとの邂逅にあたり、手土産を持って行った方が良いに決まってる。だったら、黒埼茶豆がギフトに最適ではないだろうか。私は、自分用とは別に袋をもらい、黒埼茶豆が1つ入った袋をリュックにしまいこんだ。この枝豆を食べたら、きっと爪先生は美味しさのあまりスタナーを喰らったロック様のように、のけぞってしまうかもしれないぞ。早く渡したい、私の魂の枝豆「黒埼茶豆」を。

対談では、爪さんのプロレス愛の深さに私は感服しっぱなしだった。私は、感謝の気持ちを込めて爪さんにプレゼントすべく、リュックに忍ばせた黒埼茶豆を取り出そうとした。すると、爪さんが「よかったら、この後飲みに行きませんか?」と誘ってくれた。もちろん、行きたいに決まってる。私は、黒埼茶豆を再びリュックにしまい、爪さん、編集者とカメラマンと共に近くの居酒屋へと向かった。さすがに、居酒屋さんに枝豆を持ち込んで茹でてもらうのは非常識にもほどがある。ここはまず、普通にメニューにある枝豆を食べることで、後々黒埼茶豆の美味しさと比べてもらうのが一番だ。私は、メニューから枝豆(350円)を見つけると、満を持して注文した。その様子をじっと見ていた爪さんが、言った。

「あ、ボク枝豆苦手なんですよ」

私は耳を疑った。そんなバカな。枝豆が苦手な人など、この世にいるだろうか。

「すみません、構わず食べてください」

にっこり笑いながら、枝豆独占権を私に与えてくれる、爪さん。枝豆の美味しさ、黒埼茶豆の美味しさについて熱弁するつもりだった私の心はストップモーション。つい対抗心が芽生えてしまい、自分は納豆が食べられないことをカミングアウトした。

「ああ~、納豆は、好きです」

爪さんが、無邪気に笑う。ナンデ、ナンデ、なんで。同じ豆なのに、枝豆派と納豆派に分かれるなんて。そうか、これが週プロ派とゴング派の違いなのか。そうなると、週刊ファイトはそら豆だろうか。いや、そんなことはどうでもいい。

私は、枝豆が好き。どんなときも、どんなときも、僕が僕らしくあるために。好きなものは好きと言える気持ち抱きしめてたい。いや、誰だって好き嫌いがある。みんな違って、みんないい。そういうことなのかもしれない。爪先生、気付かせてくれてありがとうございます。

飲み会が終わると、私は黒埼茶豆を抱えて家に帰り、茹でて、食べた。美しい緑色、芳醇な香り。さっくりした歯応え、そして甘み。新潟の黒埼茶豆は、今まで食べた枝豆で一番美味しかった。

アセロラ4000(あせろらよんせん)プロフィール
月に一度のキャバクラ通いを糧に日々を送る元・派遣社員。嬢とのLINE、同伴についてTwitterに綴ることを無上の喜びとしている。バツイチ独身。

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