watch more

作家・爪切男が語る、風俗店での“恋愛ごっこ”を描いたエッセイ「風俗に救われてきた記録をこの本で残せてよかった」

StoryWriter

2018年に『死にたい夜にかぎって』でデビューを飾った作家・爪切男が、風俗店で経験した“恋愛ごっこ”を赤裸々に綴った2022年7月発売のエッセイ集『きょうも延長ナリ』。風俗というかりそめの出会いと時間の中で起こるエピソードをユーモアと悲哀を持って描いた“爪節”のきいたエッセイだ。なぜ爪は、風俗という密室の中でお互い裸を見せ合うプライベートな出来事を書こうと思ったのか? そして、なぜ爪は延長をするのか? 本書について、爪切男にざっくばらんに話を聞いた。

取材&文:西澤裕郎


漫画家・鳥飼茜との出会いと2人の関係

──連載時から挿絵イラストを漫画家の鳥飼茜さんが描かれていましたが、鳥飼さんとはどのようにお付き合いが始まったんでしょう?

鳥飼が『週刊SPA!』で『ロマンス暴風域』を連載する前、ガールズバーに取材に行くことになったんです。そのとき担当編集者に「その道に詳しい案内人」として僕が誘われて、そこで初めて出会いました。僕はまだ本を出す前の何者でもない時期だったんですけど、相手が売れっ子漫画家でもとりあえずヘコヘコしないぞと思っていたら、鳥飼がありえないほどのショートパンツを履いていたから、「良くないよ、それは!」って注意しました。

──なにが良くないんですか(笑)?

「売れているからって調子に乗ってそんな派手な服装はやめなさい!」って(笑)。まあ、照れ隠しで毒づいたのもあります。それでガールズバーで飲んでいるうちに鳥飼も楽しくなってきたみたいで、お店のカラオケで椎名林檎を歌うと言い出したんです。でも、その日はザ・スターリンが大好きだという女子大生のキャストの子がいて、僕はその子が歌うスターリンを聴きたかったから、「お前は歌うな!」って鳥飼の入れた予約を取り消して。

──(笑)。爪さんは物腰が柔らかいのに鳥飼さんには当たりが強いんですね。

好きな子に強く当たっちゃう小学生みたいな感じですね。あれだけ最悪の出会いだったのに、いまだに仲良くしてくれている鳥飼には感謝しかありません。でもどこかで鳥飼なら素に近い自分を受け止めてくれそうな予感がしていたんですよね。

──いまは腹を割って本音で話せる仲なんでしょうか。

2人とも「本音の一歩手前」って感じですね(笑)。普段もお互いの作品のことは何も言わないですし。二人でカラオケに行っているときが一番仲が良いですしね。そんな友達に自分の文章を読んでもらってイラストを描いてもらうのは不思議な体験でした。

──イラストの方向性については、爪さんからリクエストすることはなく。

「餅は餅屋」の精神でお任せしていたからこそ、良い距離感で仕事ができたと思います。変にぶつかっていたらドロッとした嫌な感じの喧嘩になっていたと思うし。ま、尊重しあっているというか。喧嘩して仲が悪くなるのが嫌だからあえて踏み込まなかったってだけなのかもしれないですけど(笑)。

45分間の中だけで信じようとする感じが楽しいのかもしれない

──『きょうも延長ナリ』は週刊誌の連載ということもあり、毎週書き続けられるテーマじゃないと書けないと思うんですけど、実際書いてみて苦労はあったんじゃないですか。

もともと風俗通いをしていた時期も長かったのでネタ自体には困らなかったんですけど、今の時代に「風俗」というジャンルを作品にしていいのかなって不安はありました。でも、だからこそ、そういうことを誰かが書かないといけないんじゃないか、それなら自分が書こうと覚悟を決めました。ま、最初の10回ぐらいは楽しかったんですけど、それ以降は、結構大変でしたね(笑)。

──何が大変でしたか?

素面の状態で風俗のことを考えることって少ないじゃないですか(笑)? 風俗って現実逃避も兼ねて行くことが多いから、いざ真剣に風俗と向き合って、「あのときあの子はこんな気持ちだったのかな?」「自分はどうしてあんなことをしたんだろう?」と考える作業が楽しくもあり大変でもありました。

──読んで行くにつれて、「爪さんは風俗に何を求めてるのかな?」と気になって。僕は30後半ぐらいからキャバクラの方が好きになって、風俗は行かなくなったんです。

ああ~、そういう人もいますよね。

──楽しみ方は人それぞれですけど、爪さんは何を求めて風俗に通っているんですか?

風俗は僕にとって安心して自分をさらけ出せる最高のパーソナルスペースというか。何を求めてるかと言われたら、たぶん「救い」を求めて行っている。ただ、あとがきにも書いているんですけど、風俗にだけ救われているわけじゃなくて、漫画にも、パチンコにも、競馬にも、プロレスにも、音楽にも、広島カープにも、アイドルにも、女の子にも救われている。「救い」ってひとつだけじゃなくて沢山あった方が人生詰まずに生きていけます。と言いながらも、僕は風俗に救われ過ぎていたのかもしれないですけど(笑)。

──閉ざされた空間の中で一対一で向かい合うことで、爪さんは自分を出せるんですね。

合コンだと周りにいろいろと気を遣って自分を出せないですからね。自分次第で生き死にが決まる果し合いみたいな一対一の空間が好きなんでしょうね。

──鳥飼さんの漫画『ロマンス暴風域』の主人公は風俗に通っているうちに、恋愛ごっこじゃなく本気になっちゃったわけですからね。爪さんはそこまで気持ちが入りすぎてしまうことはない?

そこら辺、僕は常にドライかもしれないですね。最終回でも書いていますけど、よほどのことがなければ風俗嬢に恋はしないと思うし、したとしてもその日だけで終わる一夜の恋ぐらいの感じで、ちょうどいいかもしれないですね。

──どうしてドライなスタンスでいられたんでしょう?

僕って普段の生活では根っこの部分で他人を信じていないんですよ。だからこそ45分間という限られた時間の中だけでも目の前の相手を信じてみようと本気で思える風俗が好きなんです。たとえ〝ごっこ〟だとしても、私生活で出せないピュアで恥ずかしい自分を出せるのが一番の快感なんです。

──ケンドーコバヤシさんが主演されている不定期ドラマ『桃色探訪~伝説の風俗~』では、主人公が「俺は一回行った店にはもう二度と行かない。同じ女は二度と指名しない」ルールを持っているんですけど、爪さんは同じ人を指名しないってわけでもないじゃないですか。

 

意味がない再指名はしたくないですけどね。再会にドラマが生まれないと面白くないですし。昔、漫画家の小田原ドラゴンさんが「テレクラのいいところは玉手箱だから」って何かの作品で書いていたんですよ。「待ち合わせをしても待ち合わせ場所に本当に来るかもわからないし、どんな人が来るかもわからないドキドキ感が本当にたまらない」って。それはその通りだなって。やっぱり人生は一期一会ぐらいがちょうどいいんですよ。何回も会っていたらそのうち絶対に好きになっちゃうし、そういう惚れっぽい自分をわかっているので。

──爪さんの中での風俗に通う上でのルールは言語化していないけど、あるわけですね。

「(お店の)ルールを守る」「女の子に怒られることをしない」「同じ子をできるだけ指名しない」って感じですかね。小学校の授業って1コマ45分ぐらいでしたよね?小学校のとき授業を受けていた45分が大人になったら風俗のプレイ時間になりました。学ぶことはどちらも多いですけど(笑)。

──あははははは。そこの着想は面白いですね。

学校の授業は絶対に延長したくないですけど、風俗は延長するっていう(笑)。

キャバクラ好きな人って大河ドラマが好きな気がします

──風俗で延長する心持ちって何なんですか? 最初から45分以上にも設定できるわけですし、45分の中で全部完結するっていうペース配分もあると思うんですけど。

45分間という決められた時間の中で女の子のことを好きになってしまったから延長するんでしょうね。本にも書きましたけど、人生と恋には延長戦がないけど風俗は15分程度だったら延長できる。それが救いなんですよ。あと、「延長」を告げたときの女の子の顔を見るのも好きなんですよね。

──どんな顔をするんですか?

だいたいの子は喜んだ顔をしてくれますけど、「おにぎりの女」の子は嫌だったと思いますよ(※〝可愛い女の子が握ってくれたおにぎりを食べたい〟という歪んだ欲望から、ホテルで女の子におにぎりを握ってもらうエピソード)。散々おにぎりを握った挙句に、もう15分延長って言われたらカオスですよね(笑)。あと何個握ればいいんだって。それと「延長したいです」って女の子に伝えるのってちょっと情けなくもあり、照れくさくもあるじゃないですか? あの瞬間がクセになるんですよね。

──そこはうらやましいです。僕は格好つけて言えないタイプです。

それもわかりますよ。でもまあ散々自分の裸を見せ散らかしているので、恥ずかしいっていう気持が麻痺しちゃうんですよね。「あんな醜態を晒してんだから、延長ぐらい簡単に言えるよな」って(笑)。

──確かに、裸を見せ合っていることは大きいですよね。

この世にはさまざまなコミュニケーションの方法がありますけど、裸のコミュニケーションという一番シンプルな方法もひとつの選択肢としてアリだと思うんですけどね。

──セクキャバの回もあるじゃないですか? 僕の話になって恐縮ですが、セクキャバで知り合った子が普通のバーで働きはじめて通うようになったんですけど、1回裸のコミュニケーションを取っているせいなのか何でも喋れる関係になって、気が落ち着くんですよね。

すごくわかります。余裕が出ませんか? 変にガツガツ行かなくていいというか。元カノとまでは言わないですけど、裸を知っている同士の信頼感ですよね。

──ネガティブなことしか言わない人も連れて行くと、みんな帰りに「生きる希望が出た」とか「青春を取り戻した」とか言うんですよ。

ははははは(笑)。そこまで言われると逆に心配になりますね。依存だけはしないように!他にも楽しいことを知った上で、風俗もひとつの選択肢になれば良いと思います。

──それだけ人と密着する機会が減っていることもあると思うんですよね。

他人に「触られる」のってすごく嬉しいんですよね。中学生のときニキビが本当にひどくなって、このままだと一生女子、いや人と触れ合うことができない人生を送らないといけないんじゃないかと絶望していたとき、たまに僕のニキビをツンツン触ってくるクラスメイトの女子がいて。向こうはイジメに近い感じで触ってきてたんですけど。そのボディタッチが僕の生きる糧だったんですよね。触りたくないほど嫌ではないのかなって。不思議ですよね、肌と肌のスキンシップって。キャバクラはそれが少ないでしょう?

──たしかに。だから沼のようにハマって行ってしまうのかも。

触れることのできない高嶺の花に会いに行く、回数を重ねてなんとか仲良くなる、という意味で、キャバクラにハマる人って大河ドラマが好きな人が多い気がします。もしかしたらミステリーものとか、徐々にロジックを解き明かしていくようなものも好きなんじゃないですかね。僕は「科捜研の女」とか「相棒」みたいに45分ぐらいできっちりと終わるドラマとか、「古畑任三郎」みたいに最初から犯人がわかっているやつが好きなんですよ。そこの違いなんじゃないでしょうか(笑)。人生は際限なく続きますけど、風俗は良い思いも嫌な思いも45分間で終わるドラマですから。そういう思考を自分の生活や仕事に置き換えたら、人生いろいろと前向きになれる気がしますね。

──キャバクラは普段の営業LINEも込みでコミュニケーションを取ってくれるのがいいのかもしれないですよね。

救手段は人それぞれですから、キャバクラと風俗のどっちが優れているとかは絶対にないですよね。今後風俗も時代やら法律やらでいろいろと変わるかもしれないですけど、それは仕方ないですよね。ただ、自分が風俗に、風俗嬢たちに救われてきたという確かな記録を一冊の本として残せてよかったです。「風俗の素晴らしさ」というよりは「たまたま風俗に救われた一人の男の生きざま」について書いたつもりなので。風俗に限らずあなたが好きなものを好きでいることは素晴らしいことだと思うし、人生って何に救われてもいいと思いますよ、なんとか生きていきましょうよってことを伝えたいですね。

この本は風俗に行けと言っている本ではない

──それにしても、よくこんなにいろんなエピソードがありますよね。

スポーツ一緒で、それは試合数が多いからです(笑)。

──(笑)。じゃあ、載っていないエピソードの方が多いわけですか?

野球の打率と一緒で、ヒットは3割です。この本にはそのヒットの話が載っているだけです(笑)。7割は凡打です。「俺はいったい何をやってるんだ……」って首をひねりながら帰っていることの方が多いですので(笑)。でも風俗ってその凡打すらもかけがえのない思い出と経験になるんですよね。

──最後のエピソード「忘れられない女」は象徴的だなと思って。かつて同じ職場で働いていたアキさんに7年ぶりに風俗を通して出会う話で、爪さんとしては久しぶりの出会いでロマンを感じているけど、向こうは最後「迷惑客のリストに入れておきます」と告げて去っていく。そこが男側と女側の目線の違いを一番象徴している気がします。

このエピソードを最終話で書けたのは良かったですね。そんなに良い話ばっかりじゃないですよっていう。だから、この本は風俗楽しい!みんなも風俗に行こう!と言っている本ではないんですよ。1回も「風俗に行こう!」とは呼び掛けていないので。

──今回、今までのエッセイに比べて落語的な感じがするというか。最後の一文が、落語で言うサゲみたいな回が多いですが、そこには何か意図があるんですか?

今まで書いた本でも、落とせるところは落としたいみたいなクセはあったんですけど、今回は風俗を題材にした本なので、それだけで取っつきにくく思われるのはイヤでした。だからこそ笑い話にできる話は笑い話にしたかったんですよね。

──これまでのエッセイと比較するとキザな落とし方だなって。

これでもかってぐらい自分の性癖を晒しているので、書いているうちに段々恥ずかしくなってきて、その照れ隠しの気持ちも手伝って、最後は意地でも小粋に落とそうとしていたのかもしれないですね(笑)。風俗の帰り道って、どれだけ気持ち良い思いをして「何やってんだ俺は……」ってむなしくなることが多いじゃないですか? あの物悲しさを知っているからこそ、話の最後ぐらいはいい感じで終わろうかなっていうのはあった気がします。

──こうして本になって風俗通いがある意味昇華したわけですけど、この先の風俗との関わり方はどうなっていきそうですか?

行かないことはないと思います。むしろ「行かない」なんて意地でも言いたくないというか。やんごとなき事情でしばらく行けなくなっても「いつかまた行くぞ!」という強い気持ちを心の片隅に持っておきたい。もう二度と風俗に行けなくなったとしても、違う何かに救いを見いだして、結局は風俗に行っているのと変わらない心境で僕は生きていくんじゃないですかね。風俗はね……うん、行くと思いますよ(笑)。


■作品情報

爪切男『きょうも延長ナリ』
判型:四六判
定価:1,430円(本体1300円+税)
発売日:2022年7月26日

爪切男 プロフィール
作家。1979年、香川県生まれ。2018年、『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)でデビュー。2021年、『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)と3か月連続刊行が話題に。

PICK UP