彼女たちの音楽は、聴き手の心に引っ掻き傷を作る。アコースティックギターとドラムというミニマムな編成で、社会や生活に対する強烈な歌詞を力強いヴォーカルで歌い続ける2ピースロックバンド・鈴木実貴子ズ。2012年に結成され、名古屋を拠点に活動する、鈴木実貴子(Vo./Gt.)とズ(高橋イサミ/Dr.)による2人編成のバンドだ。
そんな彼女たちが、インディーズ時代の楽曲を再録したミニアルバム『瞬間的備忘録』を9月24日にリリースする。同作品に収録される5曲は、いまもライブで数多く演奏される彼女たちの代表曲でもある。本記事では、2025年に2度目の出演を果たした<FUJI ROCK FESTIVAL>について、そして2025年3月から6月にかけて行われた1stメジャーアルバム『あばら』リリースツアーについて、ライブに焦点を当てて、じっくりと話を聞いた。
取材&文:西澤裕郎
写真:大橋祐希
2度目のフジロック出演を振り返る
――3年前のROOKIE A GO-GOを経て、今回の<FUJI ROCK FESTIVAL ’25>では苗場食堂での出演を果たしました。振り返ってみて手応えはいかがでしたか?
実貴子:3年前に出させてもらった時は、鈴木実貴子ズを知らない人ばかりだろうし、自分たちも初めての出演だったので、好かれていない自信しかなかったんです。だから「自分たちが鈴木実貴子ズじゃ!」って気持ちで、わーっと行く感じでした。でも今回は、リハの時点から「鈴木実貴子ズを待っているよ」という視線がすごく多くて。
ズ:そう。期待の目もあったんです。俺らごときではあるけど、「フジロックで鈴木実貴子ズを見るぞ!」って来てくれる人がいたり、直接見たことはなくても、どこかで曲を聴いて興味を持って来てくれた人がいたり。前と比べると、その密度や濃さが全然違いました。
実貴子:受け入れ体制が整っていた感じがしたよね。
ズ:そう。実際にたくさんのお客さんが来てくれたし、全く別のライブになった感覚がありました。ただ、ライブが終わったあと、スタッフとともに会議しました。それが良かったのか悪かったのか、って。

鈴木実貴子
――物販にも長蛇の列ができるほど大盛況だったのにですか?
ズ:「どんな場面であっても、「この野郎!」の精神で行くのが俺らなんじゃないか」「いや、待ってくれているからこそいい演奏を見せたいんだ」って。どっちがよかったんだろうって話になって。
――その結論としては?
実貴子:……わからなかったよね。
ズ:うん。自分たちなりにいいライブをしたつもりではあったけど、確かに「こういう時こそもっとゴリッといった方がいいんじゃない?」っていう意見もあって。身内からそう言われて、「ああ、そうかもな」って。
実貴子:ライブ後にお客さんが物販にもたくさん来てくれたし、それまでは結構ホクホクしていたんですけど、言われて気づいた感じですね。
――お二人とも、ライブの前日入りして、いくつかライブも見られていましたよね? 山下達郎さんのライブも見られていましたが、どんなことを感じられたんでしょう?
実貴子:人がめっちゃ多いのに一番驚きました。「こんなに人おるんや!」って。
ズ:3年前は、初めてのフジで緊張もあって、前日に行ったけど、ほぼ観ずに帰ったんです。いろいろ観たい気持ちもあったけど、自分のコンディションが大事だからって。だから今回、観る余裕があったのはびっくりしました。

ズ
実貴子:そうだね。「せっかくだから観よう」っていう気持ちになった。
ズ:で、観てどうだった?
実貴子:楽しかった。あんだけの規模の人に歌を届けられている人と、届けられてない人の違いってなんなんだろうって考えちゃった。歌っているのは1人の人間で変わらないのにね。哲学的なことばっかり考えていました。
ズ:そんなことを考えてたんやね。
実貴子:好きなんよね、そういうのが(笑)。その「違い」って何だろうなって。「この曲知ってる」「懐かしい」っていう感覚がみんなにあって、それぞれの記憶がジップロックされているみたいに思い出される。それが有名な曲の強さだったりするし、それだけの人の心に全部あるものを歌っている人がいる。売れている音楽って、音楽そのもの以上のすごさがあるんだなって感じました。ゾッとした。1粒1粒は個人的なのに、それが1つになっている魔力みたいなものがあって。「すげえな」って思いました。不思議な感覚がありました。
ズ:サンボマスターも観に行ったよね。
実貴子:サンボマスターは、そんなにライブを観たことなかったのに、1対1で伝わってくる感じがあった。規模は大きくて、距離もめっちゃ遠かったけど、1対1で伝わるようなライブで。アーティスト1人ひとりが持っている力の違いをすごく感じて、「あ、私、明日ライブだ。翌日、自分はどうすればいいんだろう?」って。結局、はっきりした答えは出なかったんですけど。
ズ:そうね。
実貴子:明らかに人間の器が違うっていうのはわかったけど、出させてもらっている以上は、小さい器でも全部出し切らなきゃいけない。「恥さらし」くらいの覚悟でやらなきゃなって。それが良いのか悪いのかはわからないけど。もしかしたら、そういうのを観ずに考えなしで出演した方が良かったのかもしれないし、わからないんですよね。すごく考えさせられました。
ズ:僕はあんまり変わらなかったかもしれない。すごくフラットな気持ちで、2日間ずっと割と馴染めちゃった。楽しいのがまずあって。「嬉しい、楽しい、わーい!」ってまんま行っちゃった感じですね。
実貴子:この人は、楽しめるんですよ。私は最初の頃からずっと「低音が怖い、低音が怖い」って言っていて、フェス向いてないって、プルルってなってた(笑)。
「地続きで道を歩いているな」っていう感覚があった
――3年前のROOKIE A GO-GOに出演した際、思うように演奏ができず悔しい思いをしたと話してらっしゃいましたよね? 当時の映像を見返して、すごくいいライブだと思ったのですが、何がそんなに悔しいと感じたんですか?
実貴子:コンディションが、めっちゃ悪かったんです。初めてあんなに大きなステージに立つってことで、寝られないし、緊張で体もこわばる。それをなんとかほぐそうとして体力を使い果たしてしまって。心の持ちようというより身体的に。それにも耐えられない自分の精神的な弱さもあったし。だから映像を観ると、思い出してすごく悔しくなるし、恥ずかしくて観られないんです。
ズ:前日は、とにかく緊張でガチガチになっていて。それが喉のギュッていう感じに出ちゃって。
実貴子:それに比べたら今回は、自由に、柔らかく、広くできたっていう良さはありました。
――3年前に演奏した「正々堂々、死亡」。今回のライブで、塗り替えられた感覚はありますか?
実貴子:塗り替えられましたね。前回がダメすぎたっていう感覚もあって。もちろん次も死ぬほどフジロックに出たいけど、1個だけちょっとスッキリした部分もあります。しかも「ちゃんとできてるよ」っていう目をしてくれていた人が多かったのが、すごく印象的でした。
ズ:きっと、心配されていたんでしょうね。
実貴子:物販に来てくれたお客さんも、3年前から観てくれていた人が多かったんです。他のライブは全然行かないけど「実貴子ズは観に行く」っていう変わったおじさんとか(笑)。そういう人たちが「3年前も良かったけど、今年も良かった」って言ってくれて。
ズ:そういう部分で、答え合わせにもなりました。「悪くはなかったんだ」って、そこで感じられたのもあったし。
実貴子:ありがたかったです。
――具体的には名言していないですけど、「ファッキンミュージック」は、まさにフジロックをきっかけに生まれた曲ですよね。それをフジロックで演奏した心境はどうでしたか?
実貴子:スカッとしましたね。「地続きで道を歩いているな」っていう感覚があって、すごく気持ちよかったです。お客さんから「じゃあ今年は、このフジでどんな曲ができるんですか?」って聞かれて……いやいや、そういうことじゃないからって(笑)。
――確かに(笑)。
実貴子:そんな簡単にできるもんじゃない。私たちは、誰にも注目されない12年くらいがあって、やっと出られたフジロック。その現実を見て、ようやく曲になったのが「ファッキンミュージック」なんです。ぽんっと出てきたわけじゃない。だから「次はどんな曲できますか?」って言われても、「いや、そんなもんやないよ」って思っちゃう。
ズ:でも、さっきの“哲学”から1曲くらいは作ってほしいですけどね。
実貴子:(笑)。哲学ってそんな簡単に答えが出るものじゃないから。もし曲になればいいけど、ね。
「もっと広げられる自分たちにならなきゃ」と思うきっかけになったツアー
――今回リリースされる『瞬間的備忘録』のDVDには、リリースツアー「あばら」のツアーファイナル公演(下北沢SHELTER)の映像が収録されています。ツアーを振り返ってみていかがでしたか?
実貴子:ネガティブな言い方になっちゃうかもしれないですけど……。
ズ:そしたら、僕から先に言います(笑)。集客の目標値みたいなものには届いていないのかもしれないけど、初めての仙台がいきなりワンマンで。小さいライブハウスとはいえ、行ったことほとんどないのに「なんでこんなに人がいるの?」ってくらいお客さんが来てくれたんです。プロモーションの力、ラジオでたくさん流してくれたりしたことの影響を実感しましたね。そういう機会が本当に多かったし、「これをもっと広げられる自分たちにならなきゃ」って思うきっかけになりました。
実貴子:自分たちだけでやっていると、結局、見たものしか引き入れられないじゃないですか。でもラジオとかいろんな媒体があると、見ていない人、会ったこともない人、接したことがない人にも届く。その人たちが足を運ぶチャンスが増えるって、めちゃめちゃすごいことだと思ったよね。
ズ:それは本当に思いました。
実貴子:すごいよな。地道な活動だけじゃない、ズル……いや、ズルではないけど(笑)。
ズ:全然ズルじゃない。昔は「メジャーなんかくそくらえ」みたいな反骨心があったけど、それって結局、やっかみなんですよ。自分ができないからそう思わざるを得なかっただけで。でも実際の形を目の当たりにしたら、こんなにきれいで、すごいことなんだなって思った。単純に「いいものを広げよう」としてくれて、その結果、知らない人が聴いてライブハウスに集まる。それって全然「メジャーだから」とかいうことじゃないんですよね。
実貴子:めちゃくちゃ美しい流れだなって。
ズ:うん。そういうことを知るきっかけになりました。
――先ほど実貴子さんが言っていたネガティブな部分というのは?
実貴子:私は、このツアーで1本ライブを飛ばしちゃったんです。喉の調子が悪くて、体調も崩して熱を出して……京都のライブを1本キャンセルしてしまった。体調的に本当に無理だったんですけど、それでも「良くないことをしてしまった」って思ったんです。ちゃんとしたライブを見せたい、ちゃんと歌いたい、って思いすぎていた部分があって。でも、それは弱い人間だから簡単に気持ちが変わっちゃっただけで、本当に大事なのは「歌えなくてもやること」「できなくてもステージに立つこと」なんだって、すごく反省しました。
ズ:アーティストによって考え方はいろいろあると思うけど、自分たちは「何があってもやるべき」っていうのが昔からずっとあるのに、メジャーに甘えたというか、環境に甘えた部分があったんだと思います。
実貴子:「ちゃんと見られたい、ちゃんと見せたい」っていう欲が勝ってしまった。飛ばした1本で、それをすごく思い知りました。レーベルの担当者からも「それは違うだろ」って。それで「ほんとにあかんかったな」って思いました。
ズ:1曲目で歌ってみて声が出なくて、2曲目から声が出なくなったとしても、「ごめんなさい。払い戻しします。なんなら自腹でも払います」くらいの気持ちでやるべきだった。
実貴子:そう。それを痛感しました。自分がすごく流されやすくて弱い人間なんだなって、改めて思い知った。だからこそ、いいツアーだったとも思うんです。
ズ:ネガティブじゃなく、学びがあった。
実貴子:うん。次につながるって意味では良かったけどね。自分の弱さの大きさを実感しました。
――12月13日(土)には東京・鶯谷 ダンスホール新世紀で、ワンマン「危機一発」を開催します。会場はかなり広い場所ですよね。
ズ:下見もさせてもらったんですけど、絶対埋まらないだろうなって(笑)。でもだからこそ、やりたいって思ったんです。
実貴子:ほんとに「危機一発」だよ。どうなるんだろう。
――今年のフジロックを見ていても、場所の大小じゃなく、鈴木実貴子ズのライブは、どこでも同じ熱量と向き合い方だなと思いました。
実貴子:小さい場所も大事ですし、そこはそうですね。年末ワンマンは、この一年の締めになるライブになると思います。
■リリース情報
鈴木実貴子ズ
ミニアルバム『瞬間的備忘録』(CD+DVD)
2025年9月24日(水)リリース
CRCP-20616 / ¥5,000(tax in)
=収録曲=
1. 坂
2. 都心環状線
3. 夕やけ
4. 正々堂々、死亡
5. あきらめていこうぜ
【DVD収録内容】
・2025年6月28日「あばら」ツアー ファイナル@下北沢SHELTERライブ映像
・ライブ当日の鈴木実貴子ズを追ったドキュメント映像
■ライブ情報
ワンマンライブ「危機一発」
2025年12月13日(土)東京・鶯谷ダンスホール新世紀
VINTAGE ROCK:https://vintage-rock.com/artists_events/suzukimikikozu/
鈴木実貴子ズ Official HP : https://mikikotomikikotomikiko.jimdofree.com