
同じ1974年生まれ、東京育ち。文学と音楽、DIY精神を共有しながらも、その創作方法は驚くほど対照的だ。
島村秀男が手がける唯美人形は、19世紀後半の芸術運動・唯美主義を思想的な起点に、2022年に結成された3人組女性アイドルユニット。人形性と耽美性を核に、歌でもライブでも“感情を提示しすぎない”ことを美学とし、抑揚を抑えたフラットな歌唱によって聴き手の側に想像の余地=余白を生み出す。制作はプライベートスタジオで完結し、ローファイでレトロな質感も含めて世界観を構築している。
その制作スタイルにひとつの変化をもたらしたのが、2025年12月にリリースされた1stシングル「秘密」だ。本作では、これまで編曲までを一手に担ってきた島村が初めて外部アレンジャーを迎え、ゆるめるモ!の楽曲でも知られる顕 -aki-が参加。唯美人形が積み上げてきたローファイで閉じた世界観を保ったまま、現代的なポップネスへと“再翻訳”する試みとなった。
一方、田家大知がプロデュースするゆるめるモ!は、「窮屈な世の中を私達がゆるめるもん!」というコンセプトのもと2012年に結成。路上スカウトから始まったグループは、ニューウェイブを軸にエレクトロ、クラウトロック、シューゲイザー、ハードコア、ヒップホップ、アンビエントまでを横断し、これまで130曲を超える楽曲を発表してきた。のびやかさや偶然性を肯定しながら、時代の空気を柔軟に取り込んでいく。20回以上の海外公演を含め、国内外で表現の射程を広げ続けている。
似たルーツを持ちながら真逆の方向へと枝分かれした二人に、「秘密」を起点に交差させた現在地と、その先の未来像を語り合ってもらった。
取材&文:西澤裕郎
2人の楽曲制作、録音のルーツ
――お二人は、1974年生まれで、学年違いの同い年なんですよね。
島村:僕が1974年2月生まれなので、学年で言うとひとつ上ですね。
田家:お互い東京で育ってきたのもあり、聴いてきた音楽自体は、かなり近いと思います。

左から、島村秀男、田家大知
――島村さんは、どんな音楽をルーツとしてお持ちなんでしょう?
島村:親戚に石井好子さんというシャンソン歌手がいて、その方のレコードを聴いたり、母親がフランスのシャンソンやアメリカやヨーロッパの映画音楽が好きで。そういう環境で育ちました。
――島村さん自身、1999年に「SISTER+」のボーカルとしてデビューされ、現在もソロで活動もされていますが、どういう経緯で音楽をはじめられたんですか?
島村:自分自身、ピアノもギターも習った経験は一切なくて。高校生のときに、友達とバンドをはじめるという、よくある流れで触り始めました。ただ、もともと人見知りで、バンドに誘われても長続きしないタイプで。どちらかというと、1人でずっと書室でずっと本読んでるタイプでした。その頃、ヤマハの4チャンネルのカセットテープのマルチトラックレコーダーが発売されて、1人多重録音ができる時代が来たんですよね。そこで、ピアノとかを見よう見まねで練習して、ギターを練習して、ベースも自分で引いて、ドラム叩いて、歌を歌ってみたいな感じで、4トラックのレコーダーに録っていくのを楽しんでいたんです。
田家:ピアノも独学なんですか?
島村:全部、独学です。
田家:すごい……。島村さんと話していると、音楽理論の理解がものすごく深いので、てっきり専門的な音楽教育を受けてきた方なのかと。
島村:いえいえ。近所に楽器屋と教室が一緒になった店があって。暇そうにしていたメタル好きのお兄さんが、すごく親切にギターを教えてくれたりして。街の楽器屋さんや練習スタジオとの関係性の中で独学していった感じです。それが、中学3年から高校1年くらいの頃かな。最初の頃は、カセット2台で録音していたんです。1台にリズムとか叩いた後、それを流しながら、もう一台の録音ボタンを押して、ベースを繰って重ねて。
――ものすごいDIYですね。そのたびにノイズも増えていきそうですが(笑)。
島村:今はローファイとかジャンルありますけど、当時はなかったので、「もうちょっと綺麗な音にしたいんだよな」と思いながらやっていて。その後にマルチトラックレコーダーが高校生ぐらいでも買えるような値段で発売されたので、本格的にそちらを使うようになりました。
――田家さんは、録音や作曲にはいつ頃から興味を?
田家:僕は島村さんより10年くらい遅いですね。大学に入って、映画とか演劇とかを作るサークルに入って、4年生の時に大学を休学して世界一周に行ったんです。いろんなバンドのライブを見る中で、特にニューヨークのニッティング・ファクトリーで観た、グラスゴーのbisのライブがすごくて。若者が熱狂しているのを見て、「あ、旅してる場合じゃないな」って。帰国して、最初に使ったのが、自分の家の電話の留守電だったんですよ。当時の留守電が15秒くらい録音できて、そこに向かって歌って、「あれ、これ、曲になるな」って。
島村:着うたの先駆けですね(笑)。
田家:たしかに(笑)。それが初めての録音物でした。
――お二人とも、当時の身の回りのもので録音をはじめたのがおもしろいですね。
島村:僕は本を読むのが好きで、どちらかというと「小説家になりたいな」と思っていたんです。文学って基本的に1人で書けるじゃないですか? ただ、小説は当時「人に見せる」ことに抵抗があって。音楽だったら、もう少し自然に誰かに聴いてもらえる気がして、小説と同じことが音楽でもできるんじゃないかと知ったのが大きかったです。

――その頃、島村さんはどんな音楽を作られていたんですか?
島村:高校1年のときにプログレが大好きな友達がいて。バンドやろうって誘われて最初の課題曲が、キング・クリムゾンの「21世紀の精神異常者」で。僕はギターボーカルでやる、みたいな。当然全然できなくてバラバラなんですけど……それが面白い、みたいな(笑)。
田家:当時はバンドブームだったので、普通だったら、「ブルーハーツやろう」とか、「BOØWYやろう」とかになりませんでした?
島村:そこは、あんまり通ってないんですよね。プログレとか、メタル寄りの、テクニカルな音楽が好きな友達が多くて。
共通点と正反対の要素
――島村さんが手がけるアイドルグループ・唯美人形の大きな特徴でもある、耽美主義的なルーツは、どこから来ているんでしょうか。
島村:それは、ほぼ文学ですね。唯美人形が所属している事務所・Poruletの社長さんが、僕の家兼スタジオに遊びに来たことがあって。スタジオの本棚に、いわゆる耽美主義的な本がたくさん並んでいるのを見て、「こういうアイドルグループやりませんか?」みたいな話になって。

唯美人形
――本棚には、どんな本が並んでいたんですか?
島村:坂口安吾、渋澤龍彦、江戸川乱歩、三島由紀夫。それに美術関係のもの。シュルレアリスム系の画集だったり。だいたいそういうラインのものです。
――それらは、子どもの頃から親しんでいたんですか?
島村:中学生くらいからですね。芥川龍之介を好きになって、図書室に行ったら、先生がとても文学に詳しい方で、いろいろ薦めてくれて。だんだん、自分が何を心地よいと感じるのかがわかってきて。気づくと、少し退廃的だったり耽美的だったりするものが多かった。そういうものを身の回りに置いていると心地いいなと。
田家:僕も文学は好きで、島村さんと重なっている部分もありますし、逆に僕はあまり詳しくない領域もあったりして。僕自身小説を書くのも好きで、長編を何本か書いて、文学賞に応募したこともあります。小説や文学から受けるインスピレーションは、今の自分の活動にもすごく影響しています。
――共通点としては、演劇への関心もありますよね。
島村:演劇音楽を担当することがあって、ちょこちょこ舞台の音楽を作っています。最近だと、劇団PSYCHOSISがとても良くて。去年、『ALICE IN WONDERLAND-不思議の國のアリス-』の公演で音楽を担当させてもらったんですが、今でも毎回観させて頂いています。
田家:僕は大学時代3年間くらい演劇サークル「騒動舎」に所属していて。アングラではあったんですけど、どちらかというとコメディ寄りでした。カオスコメディ、スケッチコメディみたいな流れで、脚本を書いたり、自分で役者として出たりもしていました。
――お二人とも趣味や通ってきたものは近いですが、アウトプットが違う部分があるのがおもしろいですね。
島村:田家さんって、見た目は結構派手じゃないですか? でも、話していると、意外と地味な部分もあるし、逆に、すごく真逆な面も持っているなと思っていて。人物としては、結構似ている部分もあると思うんですけど、同時に、お互い「正反対の要素」もちゃんと持っている。その両方が入り組んでいて、エネルギーの質感は近いけれど、向いている方向が微妙に違う、みたいな感覚があります。

――唯美人形の話になるのですが、島村さんの本棚をきっかけに「この感じでアイドルグループをやってみませんか?」という提案をもらったとき、率直にどう思われましたか?
島村:正直に言うと、「自分にアイドルの音楽が作れるのかな」というところは最初に考えました。というのも、僕は80年代の『ザ・ベストテン』とか『トップテン』は大好きだったんですけど、それ以降のアイドル文化には、ほとんど触れずに来ていたんですよね。だから、「自分の作るものがアイドルソングとして成立するのか」という不安はありました。でも、「いまは、いろんなタイプのアイドルがいるので」という話をしてもらい、お引き受けすることにしました。
田家:グループ名の「唯美人形」という名前は最初から決まっていたんですか?
島村:そうですね。事務所の社長さんから名前を聞いたとき、「こういう曲を書こう」というイメージが頭の中に2〜3曲、ぱっと浮かんだんですよ。最初の3曲は、もともとあった事務所側のデモを僕がアレンジしたんですけど、4曲目のタイミングで、「島村さん、作詞作曲とアレンジ、全部お願いします」と言われて。そこからは、作詞・作曲・編曲をすべて自分でやる形になりました。いわば、自分がずっとやってきた「1人多重録音」的な制作スタイルを、そのまま発揮できる形になった。その最初の曲が、「黒葡萄」という楽曲で。最新曲の「秘密」では、田家さんに紹介していただいたアレンジャーの顕 -aki-さんと共同で編曲して、また少し違う新しい世界観を提示できたんじゃないかなと思っています。
――田家さんは、唯美人形の楽曲を最初に聴いたとき、どんな印象を持ちましたか?
田家:正直、かなりびっくりしましたね。がっちりとした世界観が最初から出来上がっていて、「これは他にどこにもいないな」「真似できないことをやっているな」という印象でした。
感情を提示しすぎない表現方法の理由
――島村さんがやってきた「1人多重録音」に、女性ボーカルという要素が加わるわけですが、ボーカルディレクション含め、楽曲制作はどのように進めているんですか?
島村:自分のプライベートスタジオで、レコーディングからマスタリングまで全部やっています。ボーカルディレクションも含めて納得いくまで延々と録音できる環境なんです。自分の好きな機材を配置していて。ディレクションとしては、なるべく”人形的”に抑揚をつけないようにとか、なるべくしゃくらないようにとか、そういう細かい部分はかなり意識して伝えていますね。
――抑揚をつけない、というのは?
島村:唯美人形の世界観としては、感情豊かに「うまく歌う」というよりも、歌詞とメロディーを、できるだけまっすぐ通す”パイプ”であって欲しい、という考え方があります。実際に自分が歌うときもそうしているのですが、歌に感情を乗せすぎると、メロディーや歌詞とは別の要素が入り込んでしまう感じがするんですよね。なので、あえて感情を乗せないことで、楽曲そのものや世界観が、よりストレートに伝わると思っているところがあります。一方で、人間としての揺らぎとか不安定さを完全に排除するわけではなく、出さないことで、隠しきれないことが浮上して、それが絶対的なメンバーの個性として際立ってくると感じます。
――ゆるめるモ!のヴォーカルディレクションに関して、田家さんは、どういう考え方なんでしょう。
田家:ゆるめるモ!のやり方は多分、島村さんと正反対だと思います。基本的には全部笑顔で歌ってもらうというか。のびのびやらせて、ちょっと外れたところも歌う人の個性が出てたら「これはこれでいいよね」ってOKにする。技術的なことを細かく詰めるというよりは、とにかく「気持ちよく楽しく歌ってもらうこと」が一番。褒めて、褒めてみたいなところはあります。

ゆるめるモ!
――どちらかというと、ゆるめるモ!の方法論のほうが、いまのアイドル界においては主流だと思うんですね。唯美人形の楽曲は、かなり逆の方向に振り切っていて、それが大きな個性になっていると思うのですが、その美意識はどこから来ているんでしょう?
島村:例えば、徳島に人形浄瑠璃という伝統芸能があって。人形自体にはほぼ表情がないのに、ちょっとした動きや人形遣いの所作だけで、人間以上に感情が伝わってくる瞬間があるんです。それは、観る側の中に「余白」が生まれるからなんですよね。人間が想像力で補う余地がある。たとえば、マスクをしている人を見て、外したときに「あれ、ちょっと違うな」って思った経験ありませんか? マスクをしている間、人は無意識に「自分にとって都合のいい顔」を想像している。その余白があるから、勝手に物語や感情が立ち上がる。外してしまうとイメージが固定されてしまうんですよね。例えば「絶世の美女」という言葉があったとき、人それぞれ、頭の中に違う像が浮かぶと思うんです。文学だと、その像は読者の中で立ち上がる。でも、それを絵に描いてしまうと、一気に解釈が固定されてしまう。僕は、音楽を文学に近いものとして捉えているところがあって。だから、あえて余白を残す。感情を提示しすぎない。そういう表現方法になっているのかな、と思います。
――そう言われると、すごく腑に落ちますね。
田家:島村さんはもともと人形浄瑠璃とか、そういう人形文化がお好きだったんですか?
島村:そうですね。たとえば球体関節人形とか、四谷シモンさんが制作しているようなものだったり、渋澤龍彦さんが蒐集していた人形やオブジェだったり。そういうものが載っている本をよく見ていて、無機質で、どこか背徳的な魅力には、かなり影響を受けていると思います。
――メンバーは、そのあたりの世界観をどう理解しているんでしょう?
島村:今の唯美人形は、初期メンバーが全員卒業していて、メンバーは全員入れ替わっているんですけど、最初の頃は「お手本」がいなかったんですよ。だから、レコーディングで、「なるべく抑揚をつけないほうがいいよ」とか、「できるだけフラットに、音程を一発で当てて、ちゃんとした場所で止める」など、ひとつひとつ淡々と説明してきました。そうするうちに、「このグループは、ステージ上でハートを作ったり、いわゆる”ファンサービス”を前面に出すタイプじゃないんだな」ということを徐々に理解してもらえるようになっていって。それが3年くらい続くと、「なんとなく、こういう感じなんだよな」という感覚を掴んで、歌ってくれるようになってきた。スタジオの雰囲気も、中身のない額縁だけを置いていたり、自分が好きなものを並べて、自然とそういう空気を感じてもらっていきました。
――島村さんは、「創作すること」そのものが、すごくお好きなんだなと感じます。
島村:それもあるんですけど、「作ること」と同じくらい「道具が好き」っていうのも大きいと思います。例えば、料理が好きなんですけど、料理そのものだけじゃなくて、包丁とか、まな板とか、あとカトラリーも含めて好きなんですよ。音楽も同じで、マイクとか、マイクスタンドとか、レコーディング機材はすごく好きで、つい集めてしまう。
――実際、唯美人形のサウンドって、かなりアナログ感がありますよね。
島村:レトロな機材を通していることは多いですね。最近のシンセサイザーやプラグインって、どうしても音が硬くなりやすいんですよ。そこに一度、古い機材とか、チューブが入っているものを通すと、音が少し柔らかくなって雰囲気がレトロになる。唯美人形に関わるようになってから、他のアイドルとの対バンライブもよく観るようになって、現場に足を運ぶたびに、「あ、全然違うな」って気づくようになりました。
――その一方で、田家さんはトレンドや世相を反映した楽曲も作られている印象があります。ゆるめるモ!における、音の質感やサウンド面については、どう考えていますか?
田家:正直に言うと、僕「アナログ感、かっこいいな」とは思うんですけど、どちらかというと曲を作るとか、全体を構想するとか、そういうところに意識が向いています。細部に耳がいくタイプではないんですよね。コードが当たっているとか、歌のピッチがちょっと外れているとかも、正直あまり分からない。耳が近眼、というか(笑)。その代わり、「今っぽい曲にしたい」とか、「こういうサウンド感でいきたい」というイメージははっきりある。そこをまず作って、出来上がったら、細かいところはあまり気にならない、という感じですね。
――そのあたりも、だいぶ対照的ですね。
島村:そこがまた面白いなと思っていて。僕はガジェット好きですし、Apple製品も好きなんですけど、やっていることはローファイで、レトロな音楽だったりする。一方で、田家さんは、そういった道具にはあまり興味がないのに、アウトプットとしてはすごくモダンで、今の音楽をやっている。そこが、とても面白いなって。
――ライブ表現についての考え方は、それぞれどうですか?
島村:唯美人形は「人形」をモチーフにしているので、基本的に表情はあまり変わらないんです。”人形の表情”を作って、それを演じる、という感じ。ただ、「人形みたいに、ずっと同じ顔で演じてください」ってメンバーに明確に指示したことはほとんどないんです。それでも、「そのほうが唯美人形っぽい」ってメンバー自身が感じ取って、そうしてくれている。たまに、差し色として、あえて少しだけ表情を入れるという演出もメンバーのほうから率先してやってくれていて。ずっと同じ表情だからこそ、一瞬だけ笑うみたいなことが、逆に強く効いてくる。
田家:ゆるめるモ!も、あまり細かく話したりはしていないんですけど、メンバー自身が考えてやっている部分が大きくて。自然と「この曲はこういう表現かな」というところに、それぞれ辿り着いていく。新曲をやるときも、だんだん乗りこなしていく感じなんです。僕が「この曲は、こういう表情で、こういう動きで」みたいに言うことは、ほとんどなくて。みんなで考えながら、ライブの形が出来上がっていく、という感覚が強いですね。
アレンジャー・顕 -aki-との出会い、化学反応
――唯美人形の最新曲「秘密」では、ゆるめるモ!の楽曲でアレンジもされている、顕 -aki-さんがアレンジャーとして参加されています。どういうきっかけからなんでしょう?
島村:3年ほど唯美人形を続けてきた中で、「少し新しい風を入れたい」という思いが出てきたのが大きいですね。ずっとノスタルジックでローファイな世界観でやってきて、それはそれで唯美人形らしさではあるんですけど、一方で、どこか「ポピュラリティに欠ける」という感覚も自分の中にあって。この世界観を壊さずに、もう少しだけ開いた形にできないかなという話は、社長さんとも以前からしていたんです。そんなときに、別のグループ向けに自分が書いた楽曲で、田家さんに「誰か良いアレンジャーさん、いませんか?」と相談したら、「顕 -aki-さん、いいと思いますよ」と紹介してもらって。実際に一曲やってもらったら、「あ、これは素晴らしいな」と。それ以前にも、何人かのアレンジャーの方にお願いしたことはあったんですけど、どうしても感覚が合わなくて。でも、顕 -aki-さんに関しては、一回で「これでいいんじゃないか」となった。そこで、これまでかなり個人的に作ってきた唯美人形だけど、ここに新しい視点が入ることで、世界観をそのまま”現代語に再翻訳”できるかもしれないというイメージが浮かんだんです。それが、今回の「秘密」ですね。
――田家さんは、顕 -aki-さんとは長い付き合いなんですか?
田家:ゆるめるモ!では、2023年頃から一緒にやっています。最初にお願いしたのは「めちゃめちゃかわいい!」という曲で。顕 -aki-さんがネット上に作品を公開していて、それを一聴しただけで、「あ、この人、感覚がめちゃくちゃ近いな」って直感で分かったんです。言葉で説明しなくてもかっこよさの方向性が一発で理解できるというか。顕 -aki-さんって、すごく洋楽志向なんですよね。僕らも洋楽世代なので、出発点が完全にそこにある音を出している。それで依頼して、一曲やってもらったらやっぱり素晴らしくて。気づいたら、どんどん曲数が増えていった。最新アルバムでは、6曲も関わってもらっています。
――「秘密」で、顕 -aki-さんが関わった音を最初に聴いたとき、田家さんはどう感じましたか?
田家:「え、こんなこともできるんだ」って思いました。とにかく引き出しがものすごく多い。リファレンスを送ると、その曲だけを聴くんじゃなくて、その曲が属しているシーン全体を調べるらしいんですよ。すごく勉強熱心で。「この界隈の音楽って、どういう文脈で鳴ってるんだろう」みたいなところまで掘り下げて。自分にない知識だったら、関連するアレンジャーのYouTubeを観たりして、全部自分の中で咀嚼した上で、アウトプットしてくれる。本当に、すごいなと思います。
島村:今回、「秘密」のリファレンスとして僕が出したのは、実は『キャンディ・キャンディ』のオープニングテーマだったんです。これを渡されても困るだろうなとは思ったんですけど(笑)、「この感じなんだよな」というエッセンスとしては、どうしてもこれしかなかった。それを、ちゃんと現代的に解釈し直して、なおかつ唯美人形がこれまで積み上げてきた要素もきちんと汲み取ってくれていて。本当に感謝しています。
――これまで島村さんが編曲まで全部やってきたわけですが、今回はどのように編曲のプロセスを引き継いだんでしょう?
島村:デモというより、「このまま出してもいい」くらいまで作り込んでいて。今回は、最初から「顕 -aki-さんにパスする」と分かっていたけど、頭の中にはもう完成形があったので、ストリングスも含めて、考えられる楽器は全部入れて、自分の中で「これはOK」というところまで作ってから渡しました。
田家:実際、フレーズとか結構変わっていたんですか?
島村:基本的に全トラックをパラで送った上で、「変えないところは変えない」「フレーズがぶつかっているところは、逆に無くす」という判断をしてくれました。顕 -aki-さんは音の整理整頓がものすごく上手いんですよね。僕の場合、「これも入れたいな」「あれも楽しいな」ってなって、気づくと音を詰め込みすぎてしまうタイプ。顕 -aki-さんは、その中で「一番大事な音」をちゃんと抜き出してくれる。結果として、僕が作ったアレンジの核を保ちながら、音の優先順位を整理し、思い切った“引き算”によってまとめてくれました。
田家:そのとき、「これは絶対に残してほしい」という指示は出したんですか?
島村:ありました。たとえば、この曲には、70年代アイドルっぽいカスタネットが入っているんですけど、「これは絶対に残してください」と伝えたり。そういう具体的な指示を出すことで、「あ、この方向性なんだな」というのが向こうにも伝わる。ベタな昔のアイドル感のあるカスタネットを残す、という一点だけでも、世界観全体を共有するためのちゃんとしたコミュニケーションになるんですよね。
――自己完結していた制作に、他者の「目」と「手」が入るというのは、島村さんにとっても大きな変化だったんじゃないでしょうか。
島村:本当に新鮮でしたね。今回やってみて、すごく勉強になったのは、共同作業の中で「何を伝えるか」「何を伝えないか」、そして「どのタイミングで伝えるか」で流れが大きく変わるんだなということ。僕は中学生の頃から、1人多重録音という形で音楽を作り続けてきて、去年になって急に「それを手放した」わけです。だから正直、まだやり方が下手だなと思うこともあります。でも、少しずつクリアになってきた感覚はあって。この経験が、今後、他の方と一緒に何かをやるときにもちゃんと生きてくれたらいいな、と思っています。
島村からみた、ゆるめるモ!とは

――話は変わるのですが、2025年11月には、唯美人形と、ゆるめるモ!のメンバーでもある“ねるん”さんのソロプロジェクト・ねるんポクぽくで、タイのフェスに出演するために一緒に行動されたそうですね。
島村:田家さんに本当にお世話になりました。唯美人形に関して言うと、タイのアイドルフェス全体を見ていても、やっぱり”異質さ”があるなというのは感じて。人形的な質感というか、明らかに他とは違う存在感がある。ただ、それを拒否されている感じは全然なくて、むしろ受け入れてもらえている印象のほうが強かった。言葉が完全には通じない中で、世界観や「人形」という表現の面白さは、ある程度ちゃんと伝わったんじゃないかなと思っています。
――島村さんから見た、ねるんポクぽくはどうでした?
島村:キャラクター性も、楽曲の歌詞も、全部が”原色”で輝いている感じがして。言葉の意味が分からなくても、無条件に「面白い」と思えてしまう。かなり衝撃を受けました。
田家:ありがとうございます。ねるんポクぽくの世界観って、完全にねるんさんの中から出てきているものなんです。もともと海外を意識して曲を作ってきた部分もあって。実際、「サワディーカーコップンカー」というタイ語の楽曲もすでに1曲リリースしていますし、今回もタイのことを歌った「キラキラミラクルタイランド」という新曲を披露して。家族連れも多い、音楽フェスに近い空気感で、大きなステージ、爆音の中で演奏して、初見のお客さんがすぐに反応して体を動かしてくれる。それを見て、かなりの手応えを感じました。
――ねるんポクぽくの楽曲制作は、どのようなプロセスを踏んでいるんでしょう?
田家:基本的には、ねるんさんプロデュースで、僕が実作業を担当するという関係ですね。会話の中から、とんでもなく面白い言葉がぽんぽん飛び出してくる人なんです。どこでも聞いたことのない完全にオリジナルな言葉で、毎回なんだそれは?と思って。僕は、彼女にインタビューするみたいに話を聞いて、そこから出てきた言葉を歌詞として整理していく。インスピレーションの源は、全部ねるんさん本人なんです。
島村:それが、ちゃんと形になっていくのがすごいですよね。だって、ねるんさんの中では、言葉やアイデアが自動発生しているわけじゃないですか? 田家さんが受け取らなかったら、そのまま消えていくものもたくさんある。そこが本当にすごいところだと思います。
――島村さんは、ゆるめるモ!というグループを、どのように見てらっしゃいますか?
島村:まず、「言葉の強さ」と「タレント性の強さ」が、同じレベルでステージを作っているなと思って。どうしても作り手側の視点で観てしまうので、最初に関心を持つのは言葉の選び方なんです。田家さんのワードセンスって、キャラクターと完全に一致している。それがとてもいい。僕は、「キャラクター」と「作っているもの」が一致している人が好きなんですね。作品そのものがその人自身に見えるというか。田家さんは、まさにそういう方で。作り出している世界観やプロデュースが、田家さんそのものとして、ちゃんと再現されている。ゆるめるモ!は長く続いていて、メンバーも歴代で変わっていますけど、田家さんのエネルギーが形を変えながらも正統的に伝承されている。そこに感動しました。ポップな印象はあるけれど、歌詞に生き方やリズム、血がちゃんと通っている感じがする。それがずっと変わっていない。そこに大きなリスペクトがあります。
田家:ありがとうございます。島村さんから、こんなふうにゆるめるモ!の感想を聞いたの、実は初めてなので嬉しいです。
2人が思い描くビジョン

――ルーツも重なりながら考え方や手法は真逆な部分もあるお二人が、「アイドル」という表現の箱を通して、この先どんなものを発信していきたいのかを聞かせてもらえますか?
島村:幼少期に触れてきた音楽を振り返ると、大瀧詠一さんや来生たかおさんのように、ご自身でも歌いながらアイドルに楽曲を提供している方々が身近な存在だったんです。アイドルに提供された楽曲を、いわゆるサウンドプロデューサーや作曲家が自ら歌う、その独特の色気みたいなものも自然と浴びてきた世代だと思うんです。最初は戸惑いもありましたけど、「唯美人形というアイドルグループの楽曲を作る」ということに対して、無意識のうちに、そうした記憶がリファレンスになっていたんだと思います。そして今は、MV監督の平岩諒一さんやアレンジャーの顕 -aki-さん、そして周囲の方々の熱量も含めて、「ちゃんと広がっていく可能性」が見え始めている。ただ、自分個人の制作スタンスとしては、どちらかというと、広げていくというより、どんどん狭めていく感覚なんです。米粒に絵を描くような。本当に小さなものの中に宇宙があって、そのミクロの中また宇宙があって……というような、焦点を絞ってゆく方向。それが僕自身の創作の核だと思っています。だからこそ、唯美人形という「グループ」の存在価値や、これからの発展は、その逆であってほしい。自分がどんどん小さく内側へ潜っていくほど、唯美人形は外へ大きく広がっていく。その反比例の関係が、これから先、きれいに成立していったらいいなというのが今のビジョンですね。
田家:僕は、唯美人形みたいに本当に”他にない世界観”を持ったグループはやっぱりすごいなと思っています。ゆるめるモ!も、結果的には似たところがあるのかもしれないんですけど、あまりジャンルや方向性を限定していないというか、中心にはちゃんとメッセージがあって。その信念みたいなものを伝えるためのグループなので、音楽の形自体は時代に合わせて少しずつ変わっていく。でも、その変化の積み重ねが結果として色になっているんだと思っています。島村さんがミクロに潜っていく感覚だとしたら、僕はどちらかというと、最初は放流して、そこからカオスみたいな宇宙が立ち上がってくる、そんなイメージに近いかもしれない。その中にも、「これしかない」という確固たるものがあって。僕は、この表現が一人でも多くの人に届くように、とにかくいろんなことをやり続けたい。ちょっと大きな野望ですけど、日本だけじゃなくて、世界の人たちを少しでも救えたらいいなという思いがある。唯美人形も、きっと海外に刺さっていくグループだと思うし、そういう形で日本の外にもちゃんと届けていくことを、これからもやり続けていきたいですね。
島村:海外進出は唯美人形としても、ぜひ実現させたいところです。
田家:また一緒に組んで次の場所へ行けたらいいですね。アート文脈の強い場所、たとえばヨーロッパとかで唯美人形はすごく刺さると思います。僕は僕で、ゆるめるモ!で切り開いてきた国もあるので、そこで得た経験を活かしながら、唯美人形がまた別の場所を切り開いていく。そこでお互いに協力し合いながら一緒に世界へ出ていけたらいいなと思っています。
島村:ぜひ、これからもよろしくお願いします!
田家:こちらこそ、です!
■リリース情報

唯美人形
1st single『秘密』
発売中
https://linkco.re/v869ErCD?lang=ja
収録曲:
1. 秘密
2. 薔薇の詩
3. 小さな楽園

ゆるめるモ!
『虚無泥棒』
発売中
https://linkco.re/yaXxRdSH
■ライブ情報
唯美人形
2026年4月15日(水)@東京・渋谷WWW
ゆるめるモ!イマーシブライブツアー「ろくろ首の泥棒逃走記-あなたの虚無をいただきます-」
2026年1月18日@東京・MilkyWay
2026年1月24日@静岡・音楽合宿の宿 白雲楼
2026年1月31日@沖縄・宮古島GOOD LUCK
2026年2月8日@横浜・BuzzFront
2026年2月11日@大阪・STARBOX
2026年2月21日@仙台・SpaceZero
2026年2月22日@茨城・水戸SONIC
2026年2月28日@東京・渋谷Veats
2026年3月1日@兵庫・太陽と虎
唯美人形 Official HP:https://yubiningyou.fanpla.jp/
ゆるめるモ! Official HP:https://youllmeltmore.fanpla.jp/



