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【連載】ツクヨミ ケイコ「大丈夫、わたしには音楽がある」Vol.20 「地下アイドル病」真っ只中の、わたしより

StoryWriter

WACK合同オーディションの2026 6日目のレポートを読んだ。2回読んだ。

1回読んで、そんなこと言わないでよと心の中で言い返した。

数日経って、我に返った。

2回目を読んで、ああ、こんないまのわたしこそ、地下アイドル病か、と認めざるを得なかった。

過去のものからタイムリーなものまで、幾度となく話題になる「WACK合同オーディション」を、どこか別世界のおとぎ話のように思っていたのかもしれない。おとぎ話の登場人物と、ある日突然目が合ってしまったような気分になった。だから、1回目はその鋭さに目を背けてしまったのだった。あまりにも図星で、痛すぎて。

「地下アイドル」という言葉は、本来その活動の主であるライブを行うライブハウスが地下にあることから名付けられたはずだ。それがいつしか、その対義語として「地上」という言葉が使われるようになった。その定義は曖昧で、一概には言えないかもしれないけれど、細かいことを全て取り払って誰にでも分かりやすく言うのなら、売れていれば「地上」、売れていなければ「地下」というイメージである。

ただ、地上であろうと地下であろうと、「アイドル」であることに変わりはない。アイドルは憧れられ神格化され崇拝される対象である。そうなると、厳しい言葉や批判もあれど、地上も地下も関係なく毎日基本的に褒められて生きる。生活が不安定だとか、将来への願望はあれど、なんとなく生活もできる。そして次第に、そして無意識のうちに、それがどれだけ特別で、恵まれていることなのかを忘れていく。

アイドルとして活動していると、次第にアイドル業界以外の人間との関わりが絶たれていく。少なくともわたし自身はそうだった。基本的にライブやイベントが行われる土日祝日や平日の夜を主軸に生活をするから、生活のリズムが特殊になっていく。そうなると、生活のリズムが合う、同じ業界の人としか会わなくなる。それに加えてわたしは、SNSに張り付いてテレビ番組すらも見なくなった。地下アイドルが世界のほとんどで、その片隅に地上アイドルがいる。そしてその縁にはどうやらそれ以外の世界があるらしい、というような脳内になっていた。

そしてごく稀にアイドル業界以外の人と会うと、ふと我に帰る。わたしがいる世界がどれだけ狭いかを思い知る。「ただの地下アイドルで終わりたくない」と散々口にしてきたはずのわたしだったのに。地下アイドルから抜け出すためには、こういう人たちにも知ってもらわなくてはいけないのにと。

この全てが悪いとは言わないし思わない。

ただ、わたしの視野が狭くなっていたのは事実だ。

わたしは、トントン拍子でアイドルになった。アイドルオーディションを受けたことはないし、応募したことすらない。ある日突然アイドルになりませんかと、たまたま声をかけていただいた。ダンスも歌も習ったことがない。これが、「頑張っていればアイドルは誰でもなれる」「しかもその頑張りの基準が曖昧」の証拠かもしれない。そしてそれに気が付くことなくいつしかわたしは、「頑張りの基準」のいちばん下で、慢心していたのではないか。100m走をしているのに、「私はゴールに辿り着いていないけど遠回りをして1位の人より長く走っているから褒めてください」と思っていたのではないか。

ファンはきっとこれからもたくさん褒めてくれる。良いところをたくさん見つけてくれる。少しの変化にも気がついてくれる。憧れてくれる。日々の楽しみにしてくれる。そんな純粋な思いや愛を、否定するのは悲しくて寂しくて勿体無い。だからわたしはそれを信じるし、純粋に喜ぶし、これからの糧にしたい。

でもそれだけではもう駄目だから。その分、わたしはわたしの全てにちゃんと向き合いたい。

「アイドルでいてくれてありがとう」「アイドルを続けてくれてありがとう」「7年も続けてくれてありがとう」と言われる。

わたしは「ありがとう」と返しながら、「でも7年やったってこんなもんにしかなれてないよ」とも思う。どちらも、心の底からの嘘偽りない気持ちで。

それがいまのいちばんの答えかもしれない。

褒められることが悪いことなのではない。

そこで無意識のうちに、慢心してしまうことが恐ろしいのだ。

本当は、もっとその「ありがとう」に、自分自身も納得しなくてはいけないのだ。

どれだけ早く気付けるか。

どれだけ早く動けるか。

そして、続けられるか。

本当の意味で。

もうすぐデビュー7周年。

地下アイドルから抜け出したい。

地上でライブアイドルになりたい。

わたしは地下アイドル病から抜け出せるだろうか。

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