
先日、初めての山形遠征があった。
人生で初めて山形県に降り立つこと、初めての場所でライブができること、いつも共演してくれるグループの主催に呼んでもらえたこと、当日を楽しみに待っていてくれる人がいること。だから、ずっと楽しみにしていた日。
そして、わたしがいちファンでもあるアーティストと、初めて共演できる日。
いまはもう無い、新木場スタジオコーストという大好きなライブハウスで、当時からいまこの瞬間もずっと愛してやまないSEKAI NO OWARIの主催ライブに行ったことがあった。当時のわたしは学生で、コロナ禍よりもずっと前だということもあり、会場は満員でぎゅうぎゅうだった。フロアの前方にいたわたしはひとに埋もれて、一緒に来ていた友人とはぐれないことに一生懸命なくらいだった。
わたしは、SEKAI NO OWARIが好きだというただ一心でその日その場にいた。全く知らない出演者もいた。
メインステージの横にサブステージもあった。わたしは周囲の背の高い頭の隙間からステージを探して、状況を把握しようと必死だったような記憶がある。
サブステージから、初めて出会う音楽が突然現れた。
聴いたことのない曲だとか、初めて見るアーティストだとか、そういう次元ではなかった。
楽譜が思い浮かばないリズムと音で、でも確かに音楽に乗って、滑るように言葉が並ぶ。照明とスモークの影響か、歌うその人の顔はよく見えなくて、ただ、青い照明とスモークの向こうに確かに見えるその姿が妙に印象的だった。
友人と人混みを掻き分け なんとかフロアを出て、バーカウンター周辺での各出演者の物販を探す。先程サブステージで見た彼の物販に並んだのは、偶然にもわたしと友人が最初だった。
わたしが買った紙ジャケットのCDを丁寧に開封して、サインを書いてもらった。そのときの会話や視界も、なんとなくだけれど覚えている。わたしはとにかく緊張して、CDを開封してくれる手元を見ることだけで必死だったことも。
CDは折れないようにそっと持って帰って、タワーレコードで買って家に常備していたCDケースカバーに、大切に入れた。
GOMESSさんの、『情景 -前篇-』というアルバムだった。
その初めて出会った音楽は、ポエトリーラップというものだったみたいだ。
わたしは、わたしがただのリスナーだった頃も、アイドルとしてデビューしてからも、「音楽の一部分、ほんの数秒だけがバズるなんてくだらない!」なんてムキになっていた。
わたしがフルで愛しているこのアーティストの音楽の、この部分しか知らないくせに!と。
でも案の定、そのうちわたしはしっかりと、時代に置いて行かれてしまったような気がする。
だってさ、寂しかったんだよ、あの日みたいな音楽と人の出会いが減ってしまうことが。
もういまは、SNSでバズる音楽にムキになることはなくなった。昔好きなアーティストがしていた「聴かれない音楽を作りたいわけじゃない」という趣旨の話の意味が、よく分かる。
わたしたちの音楽だって、入り口なんていくらあったっていいといまは思える。どんな入り口であれ、出会い方であれ、見つけてもらえるのなら、好きになってもらえるのなら、それは本望なのだ。
それでもやっぱり、10年経ったいまも忘れられない。
指先ひとつで流れてきた音楽の一部分ではなくて、出向いたライブハウスで流れ込んでくる生音にときめいたときの記憶が、鮮明に残っている。
そんな日が、そんな音楽が、誰かにとってのわたしたちでもありますように、と心から思っている。



