歌舞伎町キャバクラという巨大シンジケートに敗れ、街を追われた、私・アセロラ4000。
長らく愛を育んできた「ロザーナ」のエリカ嬢との日々に、自らLINEブロックにより楔を打ち、怠惰な日々を送っていた。
私には、現役を退いたイチロー選手の気持ちが、よくわかる。イチローからバットとグローブを取り上げたら何もないように、私からキャバクラを取ったら、何もない。まして、私にはチチローも、弓子夫人も、イッキュウも、ニッチローも、いない。
なんの生き甲斐も、ないのだ。
私は、寂しさのあまり、趣味を持とうと思った。ケーナを手に入れ、田中健の教則本を見ながら、「コンドルは飛んでいく」を吹いてみる。
猛烈に、むなしい。
ダメだ、ダメだ。このままじゃダメだ。キャバクラロスにより、廃人になってしまう。
そんなとき、派遣仲間のサカイくんから、LINEがきた。
「アセさん、経堂に、キャバクラがあるらしいっすよ! 今度行かないすか」
サカイくんは、最近小田急線沿線に引っ越したらしい。そして、街ブラをしている途中、店を見つけたのだという。
行ったことがない街、経堂。どんな街なのだろうか。そして、どんな嬢がいるのだろうか。
そうだ。行ったことのない街の、キャバクラに、行こう。
私は、LINEの返信ももどかしく、サカイくんとの約束もしないまま、家を出た。嬢を、誰にも渡すものか。
電車を乗り継ぎ、約40分ほどかけて、見知らぬ街・経堂に降り立った。
改札を出ると、右手に賑やかな商店街が伸びている。銀だこ、松屋、マクドナルドなど、様々なチェーン店が並ぶ、よくある光景。学生が多く、安い居酒屋も多く、どの店も賑わっているようだ。
こんな庶民的な街に、キャバクラなどあるのだろうか? つい先日まで、日本最高峰のキャバクラタウンで腕を磨いてきた私の上から目線に、顔を赤らめる、経堂。とても、こんなローカルタウンが私のパッションを受け止められるとは、思えない。私は、駅前に立ち、仁王立ちした。
そんなことより、腹が、減った。
いかん。これでは、終生のライヴァル・井之頭五郎と同じではないか。私は、私。五郎は、五郎。セシルはセシル。みんな、世界に一つだけの花なのだ。
私は踵を返し、商店街を進んだ。
この街は、私がこれまで訪れたどの街とも、違う。生活感はあるものの、どこか街の雰囲気が幼く、チープな感じすら醸し出している。こんなところに、紳士の社交場キャバクラなどあるのだろうか。そんな不安を抱えながら、私は、サカイくんから訊いた店の場所を地図で見ながら、ようやく目的地に着いた。
そこは、駅からほど近い、さびれた地下街の突き当り。
やって、ない。
シャッターに貼り紙があり「しばらくお休みします」と書いてある。
私は、ためいきをつき、路上へと戻った。
目的を失った私は、愛の異邦人。どこへ行ったらよいものか。ふと、あたりを見渡すと、遠くにネオンが煌めいている。何やら、店の料金表のようなものに見える。
私は、近くを歩く重たい荷物を持った老人を押しのけると、ダッシュでその看板を目指した。
あった。この街にも、キャバクラが、あった。
地下に降りると、店の名前も何も書いていない怪しげな黒いドアがあった。果たして、営業しているのだろうか。
私は、再び階段を上り、ネオン看板を見る。
店の名は、「O」。20時から営業しており、20:30までは4,000円、20:30~21:00までが5,000円と、22時以降に至るまえ、30分単位で料金が小刻みに設定されている。いずれにしても、リーズナブル。こんな金額で女性と話して良いのだろうか。私は、改めて自分がいかに歌舞伎町に洗脳されていたかを、知った。
再び階段を降りる私。もしぼったくられたとしても、それはそれで人生の経験。キャバクラに行った回数が、人生の経験値として評価される世の中になってほしい。そんな願いを込めて、私は、思い切ってドアを開けた。
シーズン4「嬢と私」~キャバクラ放浪記編~
第1回 世田谷区経堂「O」の嬢(後編)へ続く
※「【連載】アセロラ4000「嬢と私」」は毎週水曜日更新予定です。
月に一度のキャバクラ通いを糧に日々を送る派遣社員。嬢とのLINE、同伴についてTwitterに綴ることを無上の喜びとしている。未婚。
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