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【連載】アセロラ4000「嬢と私」シーズン5 コロナ時代編 第7回

StoryWriter

私は、焦っていた。

オンラインキャバクラ「エア♡ラブ」の扉を開けて、早15分。仙台住まいの嬢との会話は盛り上がらず、噛み合わないままズルズルと時間だけが経過していく。

私ならこんなマッチメイクは絶対にしない。このままでは、塩漬けのまま30分ドローになるのが関の山だ。会場中から大ブーイングが聴こえる。

このままじゃ、ダメだ。

私は、高山善廣がドン・フライに向かっていったように、ノーガードで突撃した。この嬢との会話には、カンフル剤が必要だ。私は、思い切って、禁じられたボーダーをまたいだ。

「え~彼氏ですか~? いるか、いないか、ご想像におまかせっていうか、アッコにおまかせっていうか」

彼氏いるかいないか問題という、嬢にとってのタブーに踏み込んだ私の決死の質問を、アッコにおまかせしてしまう、嬢。なんという嬢だ。というか、そういえば、名前はなんというのだろうか。私は、初めてのオンキャバ体験に舞い上がっていたのか、初動捜査の鉄則である嬢の名前の確認という、キャバクラウォーカーにあるまじきミスをおかしていた。名前は、なんというのだろうか。

「なんていうでしょうか~?」

名前すら、教えてもらえないのか。思わず、あからさまにムッとした表情を見せてしまう私。

「うそうそ、まどかです! よろしくおねがいします」

さすがに私の機嫌を察知したのか、慌てて名を名乗るまどか嬢。時計を見ると、20分が経過している。

「そういうお客さんは、なにさんですか~?」

そういえば、私の方も名を名乗っていなかった。嬢に対する、なんという無礼な行為。やはり、オンキャバは地上のキャバクラとは違う。「歩くキャバクラ辞典」と呼ばれている私でさえ、浮足立って基本情報の取得を怠ってしまうのだ。

私は、まどか嬢に対するお詫びのしるしに、全力の自己紹介ボケでサービスを試みた。

「ワクワクさんっておっしゃるんですかー?改めてよろしくおねがいします」

あっさり受け入れる、まどか嬢。ポテロングを食べながら、真顔でこちらを見ている。

「変わった名前ですよね~東京の人ならではっていうか」

ワクワクさんを、知らんのか。だったらノッポさんでいけばよかった。いや、ノッポさんだとしゃべることを許されないからダメだ。どちらにせよ、すべったことを自覚して深く傷つく私。

25分経過。

こんなとき、初代嬢だったら、どうやって慰めてくれるだろう。いや、ダメだ、ダメだ。今私は、オンラインキャバクラにいるのだ。地上のことは忘れなければ。そして、時間がない。私は、再びファイティングポーズをとり、まどか嬢に立ち向かおうとした。もちろん、アセロラ4000として。

「ワクワクさんって、普段は何されているんですか?」

ワクワクさんは普段、誰のおうちにもある材料を使って工作をしている。ただ捨てられるのを待つだけだった牛乳パックや、空き缶。その辺に落ちているヒモや輪ゴムだって、立派な宝物。あっという間に、子どもたちが大好きな、おもちゃへと生まれ変わるのだ。

違う違う、そうじゃ、そうじゃない。私はワクワクさんじゃない。

カーリングのストーンのように、よどみなく真っ直ぐにすべっていく私の言葉。自ら招いたボケを回収するための、傷だらけで放った乗りツッコミも、まどか嬢には通用しなかった。

残り時間、数分。

「もうちょいで、お時間ですけど、どうされますか?」

気づいたら、片想い。なぁ~ちゃんは乃木坂をやめて女優としてやっていけるのかな。いや、今は西野七瀬のことはどうでもいい。気づいたら、終了時間間近。とにかく、時間がないのだ。このままでは、何も成果が得られないまま、オンキャバ初体験を終えてしまう。いや、そもそも成果ってなんだ。お金を払い、入念に下調べをし、嬢に気を遣い、サービスする。これでは、本末転倒、こちらが嬢ではないか。私の中で、より一層深い問いかけが生まれる。そもそも、キャバクラって、なんだろう。

「あと数分だと思うんですけど、時間になると私の方が急にバサッてZOOMから落ちるんですよ。なんか、残酷ですよね」

そう、残酷な天使のなんとか。キャバクラって、そういうものかもしれない。

「ワクワクさんともっと話したかったな~」

まずい。このままでは、私はワクワクさんのままで終わってしまう。やはりここは、延長すべきなのかもしれない。ただ、延長した場合、まどか嬢を場内指名するということになるのではないだろうか。そうなると、料金はどうなるのか? しまった、ここにきて事前調査の甘さが出た。この際、料金は授業料として受け入れよう。玉砕覚悟でまどか嬢との会話を続け、円滑なコミュニケーションができるようになるまで、ねばった方が良いかもしれない。よし、決めた。もういっちょう! 私は、高田延彦がホイス・グレイシー戦直後の控室で放った伝説のセリフを叫ぶと、延長を告げるべく、パソコンの画面を見た。

そこに、すでにまどか嬢の姿はなかった。

私は、ワクワクさんとして、オンキャバデビューを、終えた。

アセロラ4000『嬢と私』コロナ時代編はほぼ毎週木曜日更新です。
次回更新をお楽しみにお待ちください。

アセロラ4000「嬢と私」とは? まとめはこちらから

アセロラ4000(あせろら・ふぉーさうざんと)
月に一度のキャバクラ通いを糧に日々を送る派遣社員。嬢とのLINE、同伴についてTwitterに綴ることを無上の喜びとしている。未婚。
https://twitter.com/ace_ace_4000

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