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StoryWriter

「お客さん、終点ですよ」

目を開けると、そこには私の顔を覗き込む制服姿の女性がいた。

太い眉、黒縁の眼鏡。控えめなメイク、そして巨乳。

「大丈夫ですか? 酔ってますか?」

女性駅員が私に呼びかける。どうやら、私は電車の中で爆睡してしまったらしい。その証拠に、私の口元は赤ちゃんのようによだれでベトベトであった。

「もう駅閉めますから、お急ぎください」

ケロちゃんのアナウンスのように、私に注意を促す女性駅員。私がこれまで触れ合ってきた嬢たちに比べると、地味な容姿をしている。世間知らずの、ウブな田舎の若い女性。だが、それがいい。都会の喧騒に疲れ切った私には、今は彼女ぐらいのテイストがちょうど良いのだ。

料理でいえば、ひじき。そう、脂ぎった肉料理(a.k.a初代嬢)でもたれ気味な私には、ひじき的な女性の存在が必要なのかもしれない。とくに、こんな田舎町では、ひじきであっても十分なご馳走なのだ。私は、そんな存在を決して軽んじたりはしない。

先ほどから、私の前でもじもじしている、女性駅員。もしかしたら、私に告白しようとしているのかもしれない。そうだ、この女性を「ひじき」と名付けよう。そして、ひじきを嫁にもらい、この町で暮らすのも悪くない。私より先に寝てはいけない。私より先に起きてもいけない。私は浮気はしない。たぶんしないと思う。しないんじゃないかな。まちょいと覚悟はしておいてほしい。

「いいから、マジで早く降りてもらえます?」

私は、激おこ気味なひじきに頭を下げながら、ホームへと降りた。あたりはすっかり闇に包まれており、ネオンサインひとつない。久々に足を運び、初代嬢に新規のボトルを半分以上空けられ、ほうほうの体で逃げ帰ってきた昨夜の光景とはあまりにも対照的だ。鏡月の焼酎をアセロラで割り、次々と飲み干していく初代嬢の姿が今も私の目に焼き付いている。

そしていま、都内から電車を乗り継ぎ、約2時間。私は実家へと帰ってきた。家族に近況を報告すると共に、なんならお金を貸してほしい。そんなピュアな思いで実家があるこの町に降り立った私。駅にはいつの間にか自動改札が導入されていた。数年前までは、無人駅だったのに。私は、改札前で立ち止まり、感慨にふける。ポケットに手を入れながらあたりを見渡すと、古びた駅舎のあちこちにひびが入っている。ホームの看板の塗装は剥げ落ち、落書きだらけだ。誰かが書いたアンパンマンの似顔絵が私を見ている。微笑み返す私。もう一度、ポケットに手を入れる私。切符が、ない。

どこかで落としてしまったのだろうか。私は、ホームで点検をしている様子のひじきに、話しかける。

「まだいたのかよ」

とばかり、舌打ちしながら露骨に私を睨むひじきに、涙目で事情を説明する私。運賃を明日中に払いにくることを約束することで、なんとか駅の外へと解放された。何度も振り返り、ペコペコ頭を下げながら去っていく私に、背中で別れを告げるひじき。ありがとう、ひじき。明日また、会える。だってお金を払わないといけないから。

実家までは、ここから徒歩30分。途中、コンビニに立ち寄り、なけなしのお金で父親にお土産を買っていくことにした。今年80歳になる父・ジュンペイ。きっと、何もない田舎暮らしで毎日退屈に違いない。私は、コンビニの本棚から『なぜなに!? 世界雑学大辞典2020』なる本をチョイスすると、急いで実家へと向かった。

実家に着くと、部屋にぼんやりとテレビらしき灯りがついていた。父と姉夫婦が同居している2階建ての一軒家。どうやら、まだ誰か起きているようだ。姉夫婦の娘が関ジャニ∞の番組でも見ているのかもしれない。だが、インターホンを押しても、誰も出てこない。試しにドアを開けると、鍵がかかっていない。なんと不用心な、実家。田舎とはだいたいそんなものかもしれない。

私は、靴を脱ぎ、物音を立てぬようにゆっくりと廊下を進み、居間に入った。暗闇の中、テレビの灯りだけをつけて、誰かが座っている。私は、声をかけず、背後でパチッと部屋の電灯をつける。テレビに座った人物が振り返った。

大きなVRゴーグルを顔面に装着した、父・ジュンペイ。

「なんだ、帰ったのか」

ゴーグル顔で、こちらに話しかける、VR親父。その手にはiPhone XSが握られている。テレビはカモフラージュだったのだ。

「めし、食ったか?」

VR親父が、言った。

アセロラ4000『嬢と私』コロナ時代編はほぼ毎週木曜日更新です。
次回更新をお楽しみにお待ちください。

アセロラ4000「嬢と私」とは? まとめはこちらから

アセロラ4000(あせろら・ふぉーさうざんと)
月に一度のキャバクラ通いを糧に日々を送る派遣社員。嬢とのLINE、同伴についてTwitterに綴ることを無上の喜びとしている。未婚。
https://twitter.com/ace_ace_4000

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