人間椅子のプロモーションを2013年より担当し、SNSやYouTubeを中心としたマーケティングプランでバンドを再ブレイクに導いた男、北龍太郎。Perfumeをはじめ数多くのアーティストのネットプロモーションを手掛けてきたが、2019年末にそれまで務めたレコード会社を退職し、現在は株式会社hayaokiでエージェントとして人間椅子の戦略を中心に多くのアーティストのプロモーションなどを手掛けている。
筆者は、北が前職でバリバリに人間椅子をフックアップしているときからの付き合いで、彼のことを本当におもしろい仕掛けをする人だなと思っていた。2020年コロナ禍で渋谷の街が1番静かだった時期に、たまたま歩いていた北と遭遇した。これも何かの縁だと思い、その場で取材のオファーをした。北が今どんな仕事をしているのか、なぜレコード会社を辞めてエージェントの仕事を選んだのかなど、hayaoki代表取締役の高田順司とともに話を訊いた。
取材:西澤裕郎
文構成:岡本貴之
究極、マネージャーや事務所はいらないと思っている
──北さんは、もともとレコード会社でWebプロモーションとアーティスト担当をしていました。現在所属されているhayaokiでは、どのようなお仕事をされているんでしょう。
北龍太郎(以下、北) : メインでやっているのは、人間椅子のエージェント業務です。人間椅子はもともと事務所に所属していなかったのでマネージャーもいなくて。僕がレコード会社に勤めていたときから、SNSやYouTubeの運用、本の出版、ナタリーストアと組んで胸像の販売など、CDのプロモーション以外の仕掛けもしていたんです。
それらが上手く働いたこともあって、ライヴ動員がどんどん伸びていって、Zepp規模のライヴハウスや中野サンプラザも完売できるようになり、海外でのライヴもできるまでになりました。もっと彼らに寄り添って仕事をしたい気持ちが強くなっていったこともあって、レコード会社を辞めて転職したんです。今の会社の代表(高田)が前職で大手YouTuberプロダクションにいたこともあり、YouTubeの知識もすごくあるので、日々勉強させてもらいながら鍛えられているところです(笑)。仕事としては、人間椅子の和嶋さんの趣味であるキャンプやバイクのYouTubeチャンネルを立ち上げて運営管理をしたり、人間椅子の今後の展開を考えたり。同時に、他のアーティストのエージェント的なことをしたり、YouTubeを使ったプロモーション展開や、他にもアパレルブランドのお手伝いなどもしています。数年前にhayaokiに入るのがいいのか、独立する方がいいのか悩んでいたときに、高田が「じゃあ、人間椅子のエージェント業務も含んで、うちに来れば?」 と言ってくれたので、今のような形で働くことを選びました。
──hayaoki は2018年設立の会社です。どのようなことをやられている会社なんでしょう。
高田順司(以下、高田) : ひと言で言うと、コンテンツのプロデュースをしている会社です。僕は、音楽雑誌の編集者、IT企業や通信キャリアを経て、YouTuberプロダクションで事業開発の担当役員をしていたんです。独立後、自分一人で事業コンサルを軸に会社を運営していたのですが、アーティストやクリエイターと呼ばれる人たちがインディペンデントに活動する機会が増えてきたと感じていたので、hayaokiでは動画に限らず様々なコンテンツ制作や事業運営をサポートすることを始めたんです。
──事務所ではない、というのがポイントですよね。
高田 : 僕は究極、マネージャーや事務所はいらないと思っているんですよ。YouTuber然り、個人でできることが増えていく中で、ビジネスパートナーとして限りなく対等でWin-Winになれる価値を提供するような関わり方がしたかった。なので、僕らの仕事を一言で言い表すのは難しくて。事業企画やEコマース、イベント、動画、SNS、音楽制作などいろいろなサポートをしています。例えば、引退したプロスポーツ選手がセカンドキャリアで飲食店を始める際の開業支援コンサル業ってあるんですけど、インフルエンサーと呼ばれる人たちも、いつまでも広告で食っていくわけにもいかないと思うんですよ。自分たちの生涯収益をいかに高くしていくか? 事業として持続性のある形にしていくか?という視点が重要で、例えばアパレルブランドを一緒に立ち上げて運営したりと、新しい事業も最近始めています。
──海外では、アーティストがエージェントやパブリシストと契約を結ぶのが当たり前ですが、日本でも2020年代はそれが当たり前になっていくかもしれないですね。
北 : これまではCDを売ることがゴールの一つだったけど、それが変わってきていると思うんです。コロナの影響でライヴやリリースが難しい中、何ができるの? ということを考えなければいけない。これまで人間椅子のメンバーと新しいことに挑戦してきたんですけど、そもそもメンバー自体、SNSもYouTubeも生配信も興味のないところから始めていて。特に生配信自体、昔は大反対していたんですよ。結果的に、そこに時代が追いついたというか。そういう時代の流れをいち早く掴んで、提案して上手く使っていく。それがアーティストをケアする人の役割だと思うんです。アーティストによっては「なんで無料でライヴを見せないといけないの?」とか「SNSをやりたくない」という人もいると思う。でも時代はそうじゃないから、無料で見せるもの、有料で見せるものを棲み分けて考えないといけない。そこは非常に頭を使ってやっていかないといけない時代になってきていると思います。
YouTubeを始めるのは簡単ですけど、続ける方は過酷なんですよ
──人間椅子はコロナ禍に、どんな影響を受けましたか。
北 : 当然コロナの影響で海外でのライヴ(SXSW2020)やツアーが中止、延期になったりしたんですけど、代わりに通販やファンクラブをしっかりやっていこうとしました。そもそもコロナ禍の世の中で、生配信や通販、SNSだって言っているけど、人間椅子は6年前ぐらいからニコ生と組んでライヴ中継をやっていましたし、YouTubeを使ってライヴ中継もトーク番組の生配信もやっているんです。また、配信に特化したスタッフさんもいるし、自分たちのチャンネルも持っているから、すぐに対応することができたんです。この期間に急いでYouTubeチャンネルを立ち上げる人もいたんですけど、SNSやYouTubeって短期間で反響があるものでもないんですよ。長年ずっとやっていって数字があがっていく。だから人間椅子に関しては、今まで通りのことをやっていたといえばそうなんですよね。
高田 : 捕捉すると、インフルエンサーやYouTuberって、それぞれでゴールが違うんです。例えば、売上が1億円で満足する人もいれば、10億円でも満足しない人もいる。死ぬまで好きな音楽だけをやり続けられたら幸せというアーティストでも、既存のビジネスのフレームにはまって、ビジネスの規模がでかくなればなるほど、介在する大人やステークホルダーが増えてくる。そうすると本人たちがやりたくないこともやらなくちゃいけなかった。でも、そういうことから自由になっている時代だと思うんです。そういう意味で、人間椅子は30年バンドをやり続けた結果、そういう境地に立っているバンドだと思います。
──これまで、音楽業界で働きたいと思うと、レコード会社に入らないとみたいな考え方がありましたけど、実は働き方や仕事も多様化しているわけですよね。
北 : レコード会社にいる時に感じたこととして、昨今は、どうしてもイベントありきの仕事になっていくんですよね。CDを出して、リリースイベントや予約イベントをやって、これだけの枚数を稼げますみたいな。要するに、コアファンに何枚買ってもらうかというビジネスになっていく。ほぼ1日握手会やチェキを撮るだけの日とかもあったりするんです。炎天下で何を売ってるんだろう、自分がやりたかったのはこれなのかなと感じたこともあって。和嶋さんが本を出した際、書店の人と仲良くなってプロモーションをしたり、自分で新たなプロモーションの場を広げていく方法を模索しているときのほうが楽しかったんですよ。
──北さんはパブリシスト的な動きもしていましたもんね。音楽以外のインタビューや対談などを仕込んだり、意外性のある話題が多かった印象があります。
北 : Eテレの「シャキーン!」に出たとき、鈴木さんに「こういう番組で、ちゃんと反響があるから出てほしい」って出演してもらったら、Twitterのトレンドに載るくらい反響があって。そういう動きがすごく楽しかったんです。メンバーもすごく喜んでくれましたね。話題になって知名度上がって、結果的にライヴの動員にもつながった。人間椅子に関して言うと、CDの売上も上がってはいるんだけど、時代とともにCDの需要は下がっていきますよということは言い続けていて。サブスクを解禁してSpotifyでプレイリストを作っていきましょうとか、どうやったら曲が聴かれるかを考えて早め早めに動いています。そういうことを積み重ねてきたので、コロナの影響があってもSNSやメンバー個々の媒体でのコラム連載、YouTubeなども絡めて話題が途切れないように色々できていると思います。
コロナ禍の状況でエンタメのビジネスのアウトプットは変わっていく
高田 : 分業のプロモーションだけでは何も生まないんですよね。働く側も関わる側もプロデュース視点が必要になってきている。
北 : レコード会社にいる時、僕はYouTubeにそれなりに詳しい方だったんですよ。でもこの会社にきたら、次元の違うレベルの話をされたんですよね。それに叩きのめされて(笑)。あくまでも個人の主観ですがどこかレコード会社の人ってYouTuberのことを軽視しているというか。実際、僕も舐めていました。どうせあれでしょ? 好きなことで生きていくでしょ? みたいな。
高田 : 古いな(笑)。
北 : ニコ生とかYouTube、最近ではTikTokに対して、「俺らとは違う」って引いて見ているところが、どこかにあった。コロナ禍に、HIKAKINさんのチャンネルに東京都知事の小池百合子さんが出たじゃないですか。影響力があるのであればアーティストの番組に出演するでもいいじゃないですか? だけど、そこでフットワーク軽くコンテンツをいっぱい出しているのは誰かが必然的に分かってしまった。僕はレコード会社にいたときから会社に許可をもらってアーティストのYouTubeチャンネルを作って、PVを見ながらリアクションをする動画を作成したり、色々とトライしていたんです。だからといって、アーティストがYouTuberになれというわけではないんですけどね。
高田 : 「YouTubeで何かやろうと思うんですけど、どういう運用体制でやったらいいんですか?」って相談をもらうんですけど、よく言っているのが「何のためにやりますか?」ってことで。結局、他にやることがないからやるみたいなケースも多いんですよ。運用するメディアを1個増やすと、続けることが1番大変になってくるので。
北 : だからYouTuberってすごいし、尊敬します。毎日だったり、3日に1回アップし続けるって、すごく大変なことなんですよ。やるからには続けないとダメだし、コンテンツの内容を考えないといけない。YouTubeを始めるのは簡単ですけど、続ける方は過酷なんですよ。バンドだってそうですよ。人間椅子は30年以上やっているわけですし。
高田 : コロナ禍によって、音楽アーティストのライヴしかり、飲食店しかり、オフラインの需要がオンラインに置き換わってきているじゃないですか? 元に戻るのは1、2年先かもしれないし、戻らないかもしれない。究極、音楽とかエンタメはSNSにおける媒介でしかなくて、リアルな体験として共有されるライヴのような機会が今は少なくなって、どうやってビジネスをするかを考えたら、モノを作って売る、というシンプルな所に立ち返ると思っていて、アーティストやクリエイターはその知名度や人気を活かしてブランドやサービスをプロデュースするとかの方向に行くかもしれない。コロナ禍の状況でエンタメのビジネスのアウトプットは変わっていくんだろうなと思いますね。
北 : そういう意味で、曽我部恵一さんのカレー屋(「カレーの店・八月」)とかも納得できるし凄いと思います。
高田 : YouTuberやインフルエンサーって、さっき言ったみたいに目的がみんなバラバラなんですよ。俳優やミュージシャンの人たちみたいにわかりやすく、月9ドラマや映画に出たい、武道館でライヴしたいとかっていうよりも、単純に有名になりたい、お金持ちになりたい、副業としてやっているとか、いろいろなジャンルやゴールの人たちがいる。でも最終的に行き着くのは、持続的に成功させたいってところかなと思って。アパレルブランドをやる人もいれば、カレーを売る人もいるし、形を変えていろいろな事業になる。それがあるべき姿かなとは思ったりはしますけどね。
──アーティストやクリエイターを取り巻く環境が変わる中、それを臨機応変にサポートしていくというのがhayaokiの仕事でもあるわけですよね。現状、何か大変なこととかはありますか?
高田 : 人手が足りていないんです(苦笑)。さっきの話に付随しますけど、レコード会社とかにいっちゃう。仕事の根本はあまり変わらないのに、そこは狭き門だから、諦めてしまう人も少なくない。
北 : アーティストに関わる仕事で1番分かりやすいのはレコード会社や芸能事務所で働くことだけど、別にそこじゃなくても、デザイナーとしても、動画編集とか、カメラが得意だったら、それを使って手伝いますよって人もいるわけじゃないですか。そこからアーティストに関わっていって、PV作ってスタッフになっていくっていうパターンだってありますよね。
高田 : 今、動画制作者ってめっちゃ食えると思いますよ。YouTubeしかり、動画の需要が増えているので。昔に比べて、「ここじゃなきゃ学べない」とかってないですから。それはアーティストやクリエイターをサポートしたいと思っている人に知っておいてほしいことですね。
PROFILE
北龍太郎(きた・りゅうたろう)
音楽雑誌「CDジャーナル」のカタログデータ営業を経て、2006年に株式会社徳間ジャパンコミュニケーションズ入社。Perfumeをはじめ数多くのアーティストのネットプロモーションを手掛ける。2013年より人間椅子のプロモーションを担当し、SNSやYouTubeを中心としたマーケティングプランでバンドの再ブレイクに貢献。2019年に発売したアルバム「新青年」のMV「無情のスキャット」は海外を中心にYouTubeで649万回(2020年8月現在)を記録。現在もなお更新し続けてている。2020年1月、株式会社hayaokiに入社し、クリエイターエージェント及びエンタテイメントソリューション事業を担当。
高田順司(たかた・じゅんじ)
音楽雑誌「CDジャーナル」の編集者を経て2007年、株式会社ミクシィに入社。「公認アカウント」や「mixiページ」など事業開発及びディレクションに従事。2013年、KDDI株式会社に入社。LISMOやうたパス、KKBOXの事業企画、編成、アライアンスを担当。2014年にはインキュベーションプログラム「KDDI∞Labo (ムゲンラボ)」に第6期メンターとして参加。2015年、UUUM株式会社入社。2016年取締役就任。ビジネス開発の担当役員としてゲーム事業立ち上げや海外アライアンス、自社の会員基盤を活用したファンビジネスなどを担当。2018年2月取締役退任。2018年4月より株式会社hayaokiを創業。音楽アーティストのSNS、YouTube運営支援のほかインフルエンサーのアパレルブランド運営など次世代コンテンツのプロデュース支援やコンサルティング、クリエイティブ制作まで展開している。