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StoryWriter

我々、中年男性にとってキャバクラとは何か。それはモチのろん、めぐり逢い宇宙(そら)であり、永遠のユートピアだ。ただし、それはお金があってこそ言えること。

私は、例によってお金が……

いや、ダメだダメだ、ダメだ。毎度毎度、毎度おさがわせします。毎度毎度、お金がないばかり言っているではないか。お金なんか大事なものじゃないはずなのに。

「大事なものは、目に見えない」

昔読んだ本で、星のなんちゃら様は確かにそう言っていた。でも、大事なものが目に見えないならば、いま目の前に見えているこれも大事ではないと思っていいのだろうか。

「立ち退き勧告書」

いや、どう見ても大事(おおごと)じゃないだろうか、これは。

「ああ~、ごれはやばいでずね! アセさん、ホームがレスしちゃいますね」

そうなのだ。度重なる家賃遅延、滞納。私は、アパートを立ち退かざるを得なくなってしまった。しかし、お金がない。つまり、アパートを借りるお金がない。

まいった。史上最高にまいった。まいっちんぐマチコ先生でもこんなにまいっちんぐなことはないのかもしれない。何しろ、住む家を失ってしまったのだ。いったいどうなってしまうのか。

「なんすかそれ、ガチンコファイトクラブですか?」

いつになく、チャラい感じのサカイくんが私とエトウさんがアジトとしている「ぎょうざの満州」にやってきた。

「俺、今日中華街行ってきたっす」

中華街、だと。私とエトウさんがぎょうざの満州の6個270円の焼き餃子を分け合っているときに、中華街とは。

「ロト6、当たったんすよ、ついに。そんで、中華街でグルメ三昧っす」

以前から、サカイくんが毎日ロト6を定期購入しているのは知っていた。1日200円でサカイくんが見る夢。それは、ロト6で得た大金を元手にさらにロト6を大量に買うこと。つまり、サカイくんには夢がない。食べることぐらいしかないのだ。なんと、むなしき人生。なんと、悲しい男なのだ。

それに比べて、アイ・ハブ・ア・ドリーム。私には、夢がある。キャバクラで、運命のキャバ嬢と出会い、そして結ばれる、夢。

運命の嬢とは、すべてにおいて私の理想を叶える女性。

ハーフのような顔立ち、大きな瞳。スレンダーなスタイル、そして巨乳。

本当ならば、それらの条件を満たす嬢は、いる。それはもちろん、初代嬢のこと。

だがしかし、私の誕生日が過ぎても、初代嬢はまったく連絡をよこさない。

あんなにおごってあげたのに。あんなに貢いだのに。私は、失意のどん底にあった。

そして、その心の隙間を埋めるべく、坂道グループのモバイルサイトでガチャにハマる日々。ついには、財布の中身はからっぽになっていた。

そのあげくの、アパート立ち退き勧告。夢破れたどころの騒ぎではなくなってしまった。

「アゼざん、うぢの親の管理アパートなら、ただで入っていいですよ」

エトウさんが、私にそう告げる。

「アセさん、俺、ちょっとですけど、カンパしますよ」

サカイくんが、そう言う。いまどき、カンパ。でも、うれしい。2人のことは、親友だと思っている。きっと、それぞれの結婚式には、お互いにスピーチしあう仲なのだろう。私は、目頭が熱くなった。もつべきものは、仲間。そう、仲間ゆきえなのだ。

「とりあえず、いまからそのアパート見に来ますか」

ぎょうざの満州でラー油をたっぷりと喉に流し込んだエトウさんの声が滑らかだ。そして、件の町へと私たちを案内するエトウさん。京王線沿いのローカルタウンの駅前に立ち、あたりを見渡す姿に風格すら漂っている。なんて、ダンディな男なんだろう。リスペクト・エトウさん。

「あ、そこのティッシュ配りのおねえちゃんたち、2人ともかわいくないですか?」

サカイくんのひと言を耳にした私は、目の前に立つエトウさんの顔面を持っていたビニール傘で払いのけると、仕事帰りの通勤客を装っておねえちゃんたちのもとへとかけつけた。

「ガールズバー「ジューシー」で~す」

アーミールックっぽい制服で、ティッシュを配る2人のガールズ。

ショートカットの金髪、濃いめの眉毛。ショートパンツ、そして巨乳。

セミロングの黒髪、薄めの唇。スキニージーンズ、そして巨乳。

「ね、アセさん、両方ともかわいいですよね!?」

本人たちを前に、デカい声で話すデリカシーゼロ、糖質オフなサカイくん。エトウさんは地面に転がって鼻血を出している。だから嫌なのだ、こんなやつらと行動を共にするのは。

「今の時間なら、40分飲みほで2000円だよ?」

いきなりタメ口をきいてくる、セミロングの黒髪。

「3人でくれば、ちょい割引かも。どうする?」

同じくタメ口をきいてくる、ショートカットの金髪。

これは、新天地に赴いて早々、縁起が良いのではないだろうか。しかし、デリカシ無し男の2人のどちらかに金を払ってもらわなくてはならない。私は、2人に目で訴えかける。ガールズバーに、いきたい。いきたいのだ。

「じゃあ、俺が全部出しますよ」

なんと、ロト6で儲けた金で奢ってくれるというのか、サカイくん。

「もちろんですよ。せされたらせしかえす、恩返しだ!」

駅前で超デカい声を出すサカイくん。芸人志望とは思えないセンスのなさに唖然とする私。ところで、「せす」とは何のことなのだろうか。

「それさ、施す(ほどこす)って読むんじゃね?」

セミロングの黒髪が指摘すると、手をたたいて爆笑するショートカットの金髪。チンパンジーのように両手を広げて叩きながら、大笑いするガールズたち。そんなに面白いかといえば、たいして面白くない。いや、むしろ超恥ずかしい。サカイくんは何がおかしいのかわかっていない。エトウさんは、鼻血を出して仰向けに倒れたフリをしたまま、通行人のパンツを覗こうとしている。

「とりま、入れば?」

ガールズに促され、我々は地下へと続く階段を、降りた。

アセロラ4000『嬢と私』コロナ時代編はほぼ毎週木曜日更新です。
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アセロラ4000(あせろら・ふぉーさうざんと)
月に一度のキャバクラ通いを糧に日々を送る派遣社員。嬢とのLINE、同伴についてTwitterに綴ることを無上の喜びとしている。未婚。
https://twitter.com/ace_ace_4000

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