1999年生まれの京都在住のシンガー・ソングライター、湧。アナログシンセサイザーとギターを駆使したLo-Fiサウンドを特徴とし、作詞、作曲、編曲、レコーディング、ミックスまで自宅スタジオで1人で行ってきた。同時に、Tik TokをはじめとしたSNSでも積極的な発信を行い、「ミスiD2021」にもエントリーし「アメイジングミスiD2021」を獲得した。
5月19日には1stミニ・アルバム『Train Pop』を全国流通でリリース。星野源の楽曲などを手掛けるレコーディング・エンジニア渡辺省二郎を迎え、レコーディングスタジオで収録した配信シングル「スプートニク6号」「サマータイトル618」、これまで通り宅録した楽曲が半々で収録された、湧の進化の過程を詰め込んだ作品となっている。
本作のリリースを機にZoomで湧にインタビューを行った。今年1月の初インタビューからわずか約4ヶ月とは思えないほど自信に溢れている姿と、前回から変わらぬ女の子たちへのメッセージが詰め込まれた取材となった。
取材&文:西澤裕郎
写真:作永裕範
ネット社会でグローバルに戦える女の子にならなくちゃ
──湧さんは『ミスiD2021』で、この年を代表する12人「アメイジングミスiD2021」に選ばれました。率直に、受賞しての気持ちを聞かせてもらえますか?
湧:音楽以外の場所で、人間として評価された気がしてすごくうれしいです。私がミスiDを受けたのは戸田真琴さんに会いたいという理由もあったんですけど、ネット社会でグローバルに戦える女の子にならなくちゃという理由もあったんです。
──審査員のコメントを見ると、絶賛の言葉がたくさん並んでいますが、審査が進むにつれて手応えは感じていましたか?
湧:それはあまりなかったですね。コロナになって結構延長になったりしていたので、 通ってる! 面接だ! まじか! って感じで(笑)。本当に実感したのは受賞したときですね。
──それこそ受けた理由の1つでもある戸田真琴さんにお会いできたんですよね。
湧:最終面接で初めてお会いして。一人間として戸田真琴さんに会えて、しかも評価してもらって、感極まりましたね。泣きそうになりました。めちゃくちゃうれしかったです。
──戸田真琴さんのどういう部分にそこまで惹かれているんでしょう?
湧:目ですね。私の勝手な妄想なんですけど、瞳の奥に数々の孤独を乗り越えてきた闇みたいなものが宿っているというか。初めて写真を見たとき、この人はどんな人生を歩んできたんだろうと興味を持って。ブログとか書籍とか、発信されている文章を読み漁ったら、なんて素敵な文章を書く人なんだろうって。愛に満ち溢れていたんですね。すごくファンになりました。
──実際に会ってみて、妄想していた通りの人でしたか?
湧:私、漫画家の山本直樹さんのファンでもあるんですけど、「山本直樹の漫画に出てくるような女の子知らない?」って友だちに訊いたときに戸田真琴さんを教えてもらって調べたのがきっかけだったんです。本当に瞳に強い光と闇が宿っていました。
──山本さんの作品もシンパシーを感じるところがある?
湧:影響を受けていると思います。家にめちゃくちゃ漫画があります。
──どういう部分が自分と波長が合うと思います?
湧:なんだろう…… 決して不自由なく暮らせているのに、なぜか退屈そうだったり憂鬱そうだったり。私たちが思春期のときに感じていたモヤモヤと本当に似ているんですよ。それを上手いこと表現してくれている。大人になってもそれは続くよみたいなことを教えられている感じがします。やるせない気持ちになるというか。
──山本さんの漫画の中に出てくる女の子たちは退屈を抱えながら、どんな心情で生きているんですか?
湧:他にすることがないから、恋愛もドロドロしてダラダラして過ごしている感じですかね。でも、悟っているんですよ。人生ってこういうものだよな、大体暇つぶしだよなって。人生って長いし、何かして過ごさなきゃなって。人生に対して、一種の諦めみたいなものを持っているんだと思います。山本直樹さんの漫画の中にいる人たちは。
──湧さんはそういう登場人物に自分を投影しますか?
湧:します。明日世界が終わるんだったら、なんでもできちゃうよねって話があるんです。人生って永遠かと思うくらい長いから暇だよねって考えがあってこそ、明日世界が終わるんだったらなんでもできるよねというか。そういうところが読んでいておもしろいですね。あと絵がすごく好きなんです。
──山本直樹さんの表現方法は湧さんの歌詞にも通じるものはあると思いますか?
湧:あると思います。「ソーリョベルク幻想曲」の最後に「人生は暇つぶし」っていう歌詞があるんですけど、そこは直接影響を受けているところですね。
──無常観みたいな部分でいうと、今作では「都心の窓から」に感じました。
湧:曲の雰囲気とかはそうですよね。めっちゃ派手なサビがあるわけでもなく、ただ流れるように揺れながら聴く感じというか。
聴いている人の現実逃避、非日常になりたい
──前回のインタビューで「気高いビッチになりなさい」と発言されたり、ブログなどでも女性に対してもっと自信を持って生きようと発信しているじゃないですか? ミスiDは表現場所であるとともに、評価される場所でもあります。目に見える形で人から評価されると場所に飛び込んでみて、どんなことを感じましたか。
湧:予想通り、女の子って本質的にナルシストになることはないんだと感じました。どんなにかわいい子でも悩みとかコンプレックスがあったりする。常に見た目とか、外からの評価を受けてしまう。それは、昔から美しくあることが価値として女性に強いられてきたからで。だから女性がどんなに強くなっても悩みが多いんだなって思いました。そういう子たちに、あなたはあなたであることが美しいんだからってことを、私はずっと歌っていきたいんだって強く思いましたね。
──「このオーディションで個性ってものが何か分かればいいなと思っている」とも発言していましたが、実際、個性が見えたりしましたか?
湧:私の持論が一個固まりました。何々が好きという感情が個性なのかなって。戸田真琴さんが好きっていうのも個性だし、音楽が好き、シンセが好き、ギターが好きとか、そういういろいろな好きが合わさって、今の湧になっているって気づきがありましたね。
──ミスiDを受けたことで、やりたいこととか、自分の考えが定まったりしたのかなと、今日話していてすごく感じます。前回会ったときよりも生き生きしているなと。
湧:本当に刺激を受けましたね。今年は、自分の才能とか創作活動とかで賞をとっている子が多くてうれしかったです。
──世の中の価値観が変わっている中で、ミュージシャンは何を歌うんだと問われている時代でもあります。湧さんは何を歌っていこうと思いますか?
湧:私の音楽は、聴いている人の現実逃避、非日常にずっとなりたいなと思っています。ライヴとかに来たらディズニーランド来ているような気分になってもらいたいというか。
──今回のミニ・アルバムのタイトル『Train Pop』にも、そういう意味が込められている?
湧:私の物語の世界とあなたの現実世界の架け橋みたいな曲になったらいいなと思って。みんなそれぞれ毎日大変なのは当たり前だから、聴いているときぐらい非日常を味わえたりしたらいいなって。映画とか、小説とか、漫画とかを見ながら、主人公やキャラクターに感情移入している感覚と同じように曲を聴いてほしい。ナイーブとか、人生について考えて落ち込んだりしないでほしい。ハッピーになってほしいですね。
暗い地下=ライヴハウスだったけど、今はSNSが中心になってきている
──これまで、湧さんは家でレコーディングやミックスまでされていましたよね。今作はどういった制作環境で録られたんでしょう。
湧:最初の3曲はレコーディングスタジオにミュージシャンと入って録ってもらいました。スプートニク6号は結構新しい曲なのですが、10代の頃に作った曲もあったので今の私が最大限の力を使ってみんなに聴いてもらえる音源を目指しました。
──後半4曲は宅録なんですか? 全然そういうふうに感じなかったです。
湧:上手いことやりました(笑)。あれ、違うぞってならないように調整して。
──最初の3曲をプロの方と一緒に作り上げられて、どんなことを感じましたか?
湧:1人で家で作ってミックスしたら、自分が理想とするものには近づけられるけど、人と制作することによって自分が考えているもの以上にいいものが作れたりするんですよ。よくないときもあるかもしれないけど、今回はすごくいい方向に動いて。人と関わることでよりいいものができて、人とやるのも楽しいなと思いましたね。
──Twitterで写真をあげてらっしゃいましたけど、一緒に制作された河村吉宏さん、山口寛雄さんは、どんな方たちだったんですか?
湧:よっちさんはめっちゃ上手いし、やさしいし、気さくでした。物腰がすごく柔らかくて。でもドラムを叩いたら、バチバチですごくかっこよかったです。あと、若いエネルギッシュな感じのドラムですね。パワーに満ちあふれていました。逆に山口寛雄さんはひたすらにセクシーでしたね。ベース弾いたときに、うわーかっこいい! ってなりました。
最強ミュージシャンに囲まれてニッコニコな湧です
Train Pop録った時の写真左 : 河村吉宏さん(Dr.)
右 : 山口寛雄さん(Ba) pic.twitter.com/KVQHYdQxvV— 湧 / Waku (@ml_waku) May 14, 2021
──学ぶところも多かったですか?
湧:多かったです。譜面をちゃんと書かなきゃいけないとか、コードとかもちゃんと把握してないといけないって学んで。その後に書いた曲は、ちゃんとコードとか、BPMとかメモするようになりました。あと宮野弦士さんに「スプートニク6号」のアレンジをしてもらったんですけど、私じゃ想像できないぐらいのトラックの量があって。いっぱい音があるのに組み込まれているんですよ。音圧も全然違くて、かっこいいなと思いました。
──サウンド&レコーディングの企画で、渡辺省二郎さんによる湧さんの曲のミックス講座も開催されていました。学びや進化の過程が詰め込まれた作品でもあるのかなと思いました。
湧:渡辺省二郎さんのYouTubeを全部観たんですけど、私が「スプートニク6号」を録っているとき全然知らなかった音作りのこととか、フレーズも細かい比率でここに組み込まれてみたいな。そういうのは今回ものすごい勉強になりました。今後の制作に繋げるようにします。
【クリエイティブ・ラウンジ|会員限定】
『歌を際立たせるプロのミックス技法』by 渡辺省二郎https://t.co/TLUBano0TH
井上陽水や東京スカパラダイスオーケストラ、星野源など、多数のアーティストを手掛ける #渡辺省二郎 氏が、湧の「スプートニク6号」を題材楽曲にミックス技法を解説します! pic.twitter.com/6hKa6h8RMA
— サウンド&レコーディング・マガジン (@snrec_jp) April 28, 2021
──全曲思い入れはあると思うんですけど、強いて思い入れのある曲をあげるとしたら?
湧:「都心の窓から」ですね。これはTHE『Train Pop』みたいな感じがする。作ったのが結構前なんですよ。当時に比べて歌もギターも上手くなって、渡辺省二郎さんに録ってもらって、河村さん、山口さん、宮野さんとか、すごいミュージシャンに携わってもらった感激の1曲になっています。みんなに聴いてほしいですね。
──この曲は、コロナ以降に書いたと言われても違和感のない雰囲気もありますよね。
湧:あー。故郷に帰らなくても故郷のことを思い出せるような感じのサウンドですよね。1番聴いてほしいから1曲目に持ってきたんです。これぞ『Train Pop』です、今から始めますみたいなことを表現したかった。カウントで始まって、息を吸って、〈僕は遠くを海を眺めた〉ってアルバムの始まり、めっちゃよくないですか?
──詩的な始まりで、いいですよね。
湧:この曲は、その人にとっての海が見えているだけというか。たぶん海は見えていないんですよ。この物語の世界、空想の世界みたいなものを1行目で表せているかなと思っています。
──他の曲は、歌詞をところどころチューンアップして書き換えていたりもしていますよね?
湧:「ラブソング」だけちょっと変わっています。この曲はめちゃくちゃ昔に書いたもので。コロナよりずっと前、高校生ぐらいのときの曲なんです。そのときは暗い地下=ライヴハウスだったけど、今はSNSが中心になってきているので、時代に合わせて〈タイムラインに埋もれてるくらいが良い〉に歌詞を変えました。
──〈2020年のロックはSNSでした〉ってフレーズは、どういう意図から生まれたんですか?
湧:2017年に書いたとき、ライヴに出るための審査がSNS投票で決まることが増えてきて。こんなの最初からSNSが得意なバンドが勝つじゃん! と思って。ライヴはいいのに、ネットとかSNSの更新が苦手なバンドが上がってこなくてモヤモヤしていたんですよね。だから、そのときに「2010年のロックはSNSでした」って歌って。2020年になり、それが当たり前の世の中になっていて、私もミスiDを受けてSNSって本当に大事だなよと思って。しないと伝わらないし、ライヴハウスに出れないことも圧倒的に多い。伝える手段としてSNSは必須になっていますね。
今、自分の音楽ルーツを見直している
──変な話ですが、湧さんの表現欲は尽きたりしないですか? 例えば、ミスiDで賞をとったり、戸田真琴さんに会ったり、夢や目標が実現していっているのかなと思いまして。
湧:戸田真琴さんに会えて目標が1個達成したけど、余計に創作意欲は湧きましたね。ミスiDを受けていた女の子たちを授賞式で見て、インスピレーションを受けて、いっぱい曲とか言葉が溢れてきました。ミスiDを一緒に受けている女の子たちに、歌うことで自信が持てる曲をいつか書きたいなと思ったんですよ。ミスiDで出会ったKOROMOちゃんとかにも。要は、誰かに曲を提供してみたい。私が歌って聴いてくれるのももちろんうれしいんですけど、その人が私のメロディと歌詞を飲み込んで消化してから、その人の喉を通って出てくると考えると、私が吸収されているじゃんと思うんです。いつか私の好きなアイドルCYNHNの綾瀬志希ちゃんとか頑張ってる女の子達に曲を提供してみたいです。
──綾瀬志希さんは、どういう出会いがあったんですか?
湧:インストアライヴを渋谷のタワーレコードでたまたま観たことがあって。すごい声量を小さい体で歌っていて。並んで握手しに行ったんですけど、やさしくしてくれたんですよ。「すごくかわいいです。よかったです」って言ったら、「ありがとうございます!」って私の目をしっかり見て握手してくれたのにズッキューンって来ました。実は勝手に綾瀬志希さんに曲を書いたことあって。綾瀬志希さんへの愛を夜な夜な歌った曲があるんです(笑)。
──ものすごく好きなんですね。
湧:好きですね。きっといろいろなものを抱えながらもキラキラ振る舞っているんだと思ったら胸が締めつけられますね。こんな私に笑顔を見せてくれてありがとうって。SNSで何万人も綾瀬志希さんの笑顔を見ているんですけど、私に向けて送ってくれていると思っちゃうのでありがとうって。今日もどこかで生きているんだなって思うとすごい元気が出ますね。
──自分の曲を他の人に歌ってもらいたいという気持ちが、リアルに伝わってきました。
湧:自分の曲を歌うとき、私もその曲の主人公になれるんですよ。だから、私の曲を誰かがカバーしてくれたり歌ったりしてくれたら、その人も主人公になれるじゃんって。すごい自信がある主人公だったら、歌ってくれた子もめちゃくちゃ自信を持てるじゃないですか。そういうことが起こったらうれしいですね。
──2021年も早いものでもうすぐ半年が経ってしまいます。後半はどんなふうに過ごしていきたいか展望はありますか。
湧:今、自分の音楽ルーツを見直していて。『Train Pop』を出して、湧が作る音楽の方向とか、昔書いてきたノートとかを見返して、1回確認しようかなと思っているんです。
──どうして今ルーツに向かい合おうと思ったんですか?
湧:新しいものを入れる度に、どんどん自分が進化していくんですよ。それはいいことなんですけど、変わりすぎちゃうと自分から離れていってしまう気がして。湧っぽくなくなるかもしれない怖さがある。音楽を好きになったり、やり始めたときに聴いていたアーティストやアイドル、きっかけを見返したり、聴き返したりしておけば、進化したとしても最初の気持ちを忘れずにやっていけるかなと思うんです。
──〈BAYCAMP〉への出演もそうですけど、これからいろいろな出会いとか、広がりがあるのかなと思います。次にどんな曲が聴けるのか楽しみにしています。
湧:楽しみにしていてください。7月28日に東京の方でライヴをするので、そのときにはまたレベルアップした湧を見せられるように頑張ります。
──前の取材からそんなに経ってないのに、湧さん、いい意味でいろいろ変わったなと思いました。
湧:前は1月でしたっけ? たしかにすごい長く感じます(笑)。いろいろありすぎて。
──今後も期待していますので、またぜひ話を訊かせてもらえたらなと思います。
湧:2倍の濃度で生きるぜ!
──あまり、生き急ぎすぎないようにしてくださいね(笑)。
湧:分かりました。生き急がないようにします!
■リリース情報
湧『TRAIN POP』
2021年5月19日(水)発売
価格:2,200 円(税込)
品番:SMTL – 101
収録曲:
1. 都心の窓から
2. スプートニク6号
3. サマータイトル618
4. ラブソング
5. 光が溶けたら
6. exodus
7. alley
湧(わく)
京都発。1999年生まれ。作詞、作曲、編曲、レコーディングまで一人で行う宅録シンガーソングライター。アナログシンセサイザーとギターを駆使したLo-Fiサウンドが彼女の魅力。
Official HP:https://wakupeggio.wixsite.com/poyo