2012年に結成され、活動13年目を迎えた、ニューウェーブアイドル、ゆるめるモ!。ニューウェーブやクラウトロックなど多様な音楽ジャンルをアイドルと掛け合わせ、日本のアイドル音楽の幅を広げた重要なグループである。また、現在国民的なタレントとして活躍している「あの」も所属していたことも有名だ。
そんなゆるめるモ! を作ったのが、音楽プロデューサーである田家大知だ。父親は、音楽評論家でラジオパーソナリティの田家秀樹で、小さい頃はヒッピーたちが集まるような環境と多種多様な音楽が流れる家庭で育ったという。大学4年のころ世界一周の旅に出て、26カ国を放浪したこと、ももいろクローバーZの「ピンキージョーンズ」を聴いて衝撃を受けたことで、自分でもアイドルグループを作ろうと思い立ち、路上スカウトをはじめた。思い立ったらすぐ行動に移すというバイタリティは群を抜いている。
現在は、2023年に設立した会社「音楽で君を守る」の代表取締役を務めながら、ゆるめるモ!をはじめ、いくつかのアイドルグループのプロデュースや楽曲制作、立ち上げ相談をしたり、アジアを中心とした海外イベントのコーディネートをしたり、海外進出したいアーティストのサポートをしたりしている。
そんな田家がゆるめるモ!をはじめたころから一貫していることは、社名にあるように、つらいことや苦しい人生を送って悩んでいる人たちを音楽で守ることだ。「辛い時は逃げてもいいんだよ」をテーマにした「逃げろ!!」など、メッセージ性は一貫している。今回、田家に取材を申し込んだ理由は、筆者が最近知り合った知人が、高校時代にずっとゆるめるモ!の音楽を聴きながら日々を乗り越えていたと話してくれたことがきっかけになっている。13年に渡り、アイドルシーンを見続け、その中でグループをプロデュースしてきた田家が現在、どんなことを考えているのかじっくり話を聞いた。
取材&文:西澤裕郎
何が何でもやるんだという信念がないと、厳しい世界
──今回、田家さんに取材させていただきたかった理由はいくつかあるんですけど、最初に、2023年に設立された会社「音楽で君を守る」という社名の由来から教えていただけますか?
田家:社名は本当に悩みました。英語の案も検討したんですけど、自分のやってきたこと、やるべきこと、やらなくちゃいけないことを全部集約すると、この言葉しかないなと思ったんです。僕は音楽でしか何かをできないし、音楽で何かをするしかない。僕自身が音楽に守られてきたし、救われてきた。それをそのまま伝えようと思って「音楽で君を守る」という社名にしました。最初は「助ける」や「救う」といった言葉も考えたんですけど、「守る」って言葉のほうが、より広い意味を持っていると感じて。「助ける」は、どうしようもない切羽詰まった状況の人だけを救うイメージがあるんですけど、「守る」だったらそれだけじゃなくて、悩んでいる人、不安な人、今は大丈夫な人たちも含めて長い時間軸でずっと支えることができる言葉だなと思ったんです。
──そんな田家さんが最初に作ったアイドルグループ・ゆるめるモ!が結成されてから13年が経ちましたが、アイドルシーンの移り変わりを、どう捉えていますか?
田家:シーンの中心がYouTubeからTikTokへ移ったり、トレンドの変化はもちろんあって。最近、『MARQUEE』の松本さんと話していたとき、「今の若い子は、ももクロを知らないらしいよ」と言われて、確かにと思ったんです。時代が1周して、それぞれの担当カラーがあるFRUITS ZIPPERのようなグループが人気があるじゃないですか? 僕からしたら、あのスタイルは多くある形って認識だけど、今の若い子には新鮮なんだって。ただ、アイドルシーンが大きく変わったかと言われると、実はそこまで変化はないとも思っています。

ゆるめるモ!
──それは、どういう意味でしょう?
田家:ゆるめるモ!は、もともとアイドル界のメインストリームとは距離をとった独自の存在だったので、細かい流れに影響を受けることはあっても、大きく何かが変わったわけではないんです。ただ、変わったこともあって。一番大きいのは、物理的にグループの数がめちゃくちゃ増えたこと。昔よりも気軽にアイドルグループを始められるようになったと思うんです。
──誰でもアイドルグループを始めやすくなった、と。
田家:昔はアイドルグループを作る情報ってほとんどなかった。僕が2014年に『ゼロからでも始められるアイドル運営』という本を出したときは、「この本を読んでグループを始めました」という人が結構いたんです。でも今は、ネット上に情報が溢れていて、誰でも気軽に参入できるようになったなって。ただ、グループが増えた分、ちょっとやそっと変わったことをやっただけでは注目されにくくなっているとも思うんです。
──13年前、ゆるめるモ!やBELLRING少女ハートが登場したときは、衝撃でした。
田家:当時は、ああいう珍しい音楽性のアイドルグループがほとんどいなかったので、尖ったことをすると割とすぐ面白いみたいな感じで、世間の注目が集まりやすかったんですけど、今は、同じことやってもそう簡単にはいかないだろうなっていうのがありますね。だから気軽にアイドルグループを始めても、ダメだって言ってすぐ辞めちゃう人も多分いっぱいいるだろうし。やっぱり続けるのってめっちゃくちゃ大変なんです。
──たしかに、ずっと続いているアイドルグループのほうが少ないですよね。
田家:グループって、やっぱり猛烈な信念か、狂気に近いものがないと続けられないと思っていて。僕は音楽で君を守らなくちゃいけないと思ってやってきたし、そうやって実際に守ることができた人たちがいることを知ってるから、絶対やらないといけないと思っているんです。これは、人のためにやっているから続いているんですよね。あとは音楽の可能性をどこまでも信じている。音楽オタクだった分、音楽がこれまで起こしてきた奇跡とか、人類の歴史の中での音楽の役割みたいなのを勉強して前知識としてある。だから、いい意味で、音楽に狂わされちゃったことを信じていて、熱に浮かされたみたいな感じで、ずっとやっているんです。
──田家さんが音楽に熱狂しているのは、ゆるめるモ!の音楽を聴いていて伝わってきます。
田家:AqbiRecの田中(紘治)さん(※編集部注)も音楽に魅せられて、そのすごさをひたすらやり続けている。そういうものがないと続いていないと思うんです。「2年前に始めました」というグループが、あと10年続けられるか?と考えると、それは相当な覚悟がないと難しい。お金のため、名誉のため、女の子が好きだからとか、そういう動機では長くは続かない。やっぱり、何が何でもやるんだという信念がないと、厳しい世界だなと思いますね。
※MIGMA SHELTER、Finger Runs、BELLRING少女ハート、FOKALITEなどを手がける音楽ディレクター
アジアでのアイドルシーン
──田家さんや田中さん、そしてWACKの渡辺淳之介さんって、洋楽の影響を受けつつ、アイドルと掛け合わせることで新しいものを作ってきたと思うんです。今のグループはどちらかというと、WACKや田家さんたちが作ったものをリファレンスにしていることが多いように感じて。そういう意味で、オリジナリティや個性の出し方が少し変わってきているのかなと。
田家:そうですね。今出た3者って、それぞれがそれぞれの必殺技を持っていると思うんですよね。僕らの世代は、これは自分たちにしかできないものだと確信しながらやってきた。その中で、特に洋楽との掛け合わせみたいなものはあったし、自分自身のルーツとしても強く持っていた。それがアイドルシーンで新鮮なものになったと思っています。でも今のグループは、よくも悪くもそういうものが薄まった状態で続いているから、熱量とかアイデアの熱さみたいなものが、僕らの時代ほど強くは感じられない部分もあるかもしれません。決して「昔のほうがすごかった」という話ではなく、単純に傾向が変わってきているということで。決して悪いことではないんです。ただ、今は音楽的な個性が際立ちにくくなっているのは確かなと。結果として、飛び抜けるのが難しい状況になっているのかもしれません。
──そんな中、田家さんはアジアでアイドルイベントを開催したり、日本のアイドルグループを海外に連れて行ったりされていますが、海外での反響や反応はどのように感じていますか?
田家:まだまだ理想には程遠いというか、正直、うまくいかないこともたくさんあるんです。ただ、日本独自の文化として発展してきたアイドルシーンは、特にアジア圏では伝わりやすくて、フォロワー的なグループがどんどん増えてきているなと思います。これはすごく素晴らしいことだと思うんですけど、一方で、ライブに行く人口やアイドルシーンの規模自体が日本と比べると圧倒的に小さくて。どんなに面白いことをやっても、動員の限界が見えてしまうという課題があります。日本だと、ライブハウスのキャパも100人、500人、1000人、Zeppクラスと段階的に上がっていく物語を見せやすいし、地上波に出たり、バズったりして東京ドームや武道館を目指すストーリーも作りやすい。でも、例えば台湾や韓国では、そもそもライブ文化がそこまで発展していないから、人気が出たとしても動員はせいぜい200人~300人規模にとどまってしまう。国民的ヒットが生まれれば状況も変わるかもしれないけど、まだそういう前例がないんですよね。中国は人口が多い分、TikTokで鬼バズりしたり、資本がないゲリラ戦で人気が出るケースも考えられる気がするんですけど、台湾や韓国、タイあたりは、僕が行って見ている限りでは、まだまだ時間がかかるなという印象です。
──田家さんは、海外にアイドルを連れて行くことに対して、どんな希望を持っているんでしょう?
田家:僕自身、海外に行くことで救われた経験があるので、アイドルやお客さんにも同じような体験をしてほしい気持ちが強いんです。音楽がなかったら海外に行くこともなかった。だからこそ「音楽の力を使って海外に行こうよ」「人生の視野を広げて、小さな悩みを吹き飛ばそう」という思いがあって。実際に、アイドルの子たちを海外に連れて行くと、初めは「帰りたい」と言っていた子が、海外のいろんなものを吸収したり国境を越えて音楽で繋がる体験をしたりを経て、最後には「帰りたくない!最高!」って言うんですよね。この世界が広がる瞬間を見るのが本当に生きがいで。お客さんから現地でそういう声を聞けるのも嬉しいし、みなさんにそんな経験を味わってほしいから続けています。
父親・田家秀樹からの影響
──ちょっと話が変わるんですが、田家さんのお父さんで音楽評論家・田家秀樹さんについてもお聞きしたくて。先日、田家秀樹さんのラジオに出演させていただいて、サブカルチャー視点でアイドルを語る特集をやったんです。収録が終わってブースを出たときに、「西澤さん、最後の部分だけもう一度録り直さない?」って言われて。「どうしてもこれを最後にかけたい」と言っていただき流したのが、ゆるめるモ!の「弱者大宴会」だったんです。
田家:えーー!
──この曲は玉屋2060%さんが手掛けた楽曲ですが、まさにゆるめるモ!の精神を体現していて、歌詞にも「カウンターカルチャー」という言葉が出てくる。田家さんのお父さんがこの曲を選ばれたことに本当に感動したんです。田家さんご自身は、お父さんの影響についてどう考えていますか?
田家:エピソード単位では語りきれないくらい、大きな影響を受けていますね。僕の家庭はちょっと特殊な環境で。洋楽ロックが常に爆音で流れる家だったし、生みの両親はヒッピーみたいな人たちだったんです。母は離婚してしまいましたが、家には当時のヒッピーたちが集まって、毎晩どんちゃん騒ぎしているような感じで。父は一度も企業に勤めたことがなく、ずっとフリーでやってきた人で、まさにカウンターカルチャー側の人間。僕にとって「スーツを着て毎日出社して働く」という概念がそもそもなかったんです。世の中の一般的な働き方を知らなかったというか、超端っこの世界だけを見て育ったので、「自分もこうやって生きていくんだろうな」と漠然と思っていました。
──そういう環境で育ったからこそ、自然と今のスタイルになったんですね。
田家:そうですね。父はずっと文章を書く人だったので、僕も文章を書く仕事しか知らなかったんです。だから、最初は雑誌編集をやったり、ライターをやったりしていました。自分が音楽を作る仕事で食べていくとは思っていなかったんですけど、結局、自分の居心地のいい場所は会社勤めではなく、自由に動けるこの世界だったんだと思います。
──いわゆる「安定した会社員生活」が当たり前の家庭ではなかった、と。
田家:僕にとっては真逆で、むしろこっちのほうがしっくりくる。もちろん、会社員としての安定を求める人もいると思うんですけど、僕は父の生き方を見てきたから、それが自分にできるイメージがなくて。父は普段、穏やかな人ですが、考え方や仕事のスタンスは常にカウンターカルチャー寄りで、パンクロック的な精神を持っている人なんです。それをファッションでやっているわけではなく、内面からそういう生き方を貫いている。だから、僕自身の生き方や、ゆるめるモ!をはじめとした自分が作るものにも、そういうマインドがにじみ出ているんだと思います。
──ちなみに、お父様は普段あまり田家さんについて多くを語らない方だと聞いていますが、実は結構「ゆるめるモ!」もチェックしているみたいですね?
田家:そうみたいですね(笑)。僕に直接言うことはあまりないんですけど、意外としっかり聴いてくれているみたいです。
──ラジオで、ゆるめるモ!の最新の楽曲を選ばれたのも印象的で。
田家:昔は何度か父にCDを渡したこともありましたけど、多分今は自分でサブスクとかで聴いてるんでしょうね。でも、「今のゆるめるモ!は面白くないよ」と言われたことがあります(笑)。多分、それは楽曲をリリースするペースや方向性に対する指摘なんでしょうね。僕自身も、昔はとにかくクレイジーこそが至高と思ってそんなものばかり出していて。でも、そういうものばかりやっても、全てが成功するわけじゃないということを何度も痛感してきた。だから最近は、リリースのペースやクレイジーの度合いを少し考えるようになった部分もあります。
──昔はかなり攻めた楽曲をどんどん出していましたもんね。
田家:昔はボアダムズみたいに「200人のドラマーを集める」とか、ああいう狂気的なアイデアがかっこいいと思っていたんです。だから、JOJO広重さんを呼んでノイズギターありで13人編成の生バンドを揃えて、「これでもか!」みたいな感じでやったり(笑)。ただ、そういうスタイルには良い面と悪い面があって、一部の人には「これはすごい!」と伝わるんですけど、同時に「怖い」「難解」「敷居が高そう」と感じられてしまうこともあるんですよね。それは今振り返ると反省点でもあります。
──そのあたりのバランスは難しいですよね。
田家:本当にそうですね。どちらが正解というわけではないし、良さは必ずあるんですけど、最近はもう少しバランスを意識しています。ただ、単純に「薄める」というわけではなく、ゆるめるモ!らしさはそのままにしつつ、もう少しビジネス的な視点も大切にしないといけないなと思うようにしています。
「弱者大宴会」「ゾンビダンス」「不死鳥火焔太鼓」誕生の話
──その中でも、「弱者大宴会」は本当に素晴らしい楽曲ですよね。玉屋さんの音楽と、田家さんのメッセージ、そしてゆるめるモ!のコンセプトががっちりとハマっている。あの曲は、どういう形で制作されたんでしょうか?
田家:玉屋さんに依頼する際、まずタイトルを決めて、それに合ったワードや方向性、ストーリーを伝えました。「こういうリズムと展開で」「この曲調のイメージで」というのも細かく伝えて。あと、「玉屋さんの楽曲の中でいうと、こっち寄りで」といった感じでリクエストしましたね。玉屋さんは毎回、それを的確に噛み砕いてくれるだけじゃなく、僕の予想をはるかに超えるクオリティで返して作りあげていただけるんですよ。今回もまさにそういった感じでした。
──曲の着想は、どういうタイミングで生まれたんですか?
田家:「弱者」という言葉を掲げたJ-POPって、あまりないなと思ったんです。これまでの活動を振り返ると、自分含めてずっと弱者のために戦ってきたな、と。「弱者」というワードが頭の中にずっとあって、何かインパクトのある形で打ち出せないかと考えていたんです。そんなときに、『鬼畜大宴会』(※1998年公開の熊切和嘉による映画)がふと浮かんで、「あ、そうだ。「弱者大宴会」ってどうだろう?」と思いついたんですよね。ライブ会場に来る人たちも、音楽を聴く人たちも、日々の嫌なことを忘れて、せめてこの瞬間だけは大宴会みたいにパーッと盛り上がろうぜ、みたいな。それなら玉屋さんの曲調とも絶対に合うな、と思って。
──タイトルが先に決まったんですね。
田家:そこから僕の中で色んなパターンを考えていきました。タイトルから曲の空気感、映像のイメージもどんどん浮かんできて。細かい歌詞のワードやメロディまである程度浮かんでしまったときは「これはもう自分で最後まで作ったほうがいいな」と思うときもあるのですが、今回は楽曲の雰囲気を考えると「玉屋さんにお願いするのがベストだ」と思ったので、依頼しました。これまで色んな楽曲をお願いしてきましたけど、ゆるめるモ!には意外と「パーティー感」「宴会感」のある曲がなかったので、そこを意識して作ってもらったという感じですね。
──僕は「ゾンビダンス」がすごく好きなんですけど、田家さんが作った曲ですよね?
田家:そうですね。あの曲を作ったときは、音色とかリズムとかかなり細かい部分までイメージが浮かんでいました。「マイケル・ジャクソンの『スリラー』との合わせ技でいこう」というアイデアがあって。ここまで明確に見えているなら自分で作ったほうがいいなと思い、仕上げたんです。そしたら、たまたまイタリアのライブにデイヴ・ロジャースさんが観に来ていたんですよ。彼は「ユーロビートの帝王」とも呼ばれていて、『イニシャルD』の楽曲や、安室奈美恵さん、V6、MAXなどavexのアーティストのプロデュースもしている超大御所の方で。彼が「日本のアイドルが来るらしい」と興味を持って観に来てくれたんですけど、「ゾンビダンス」を聴いた瞬間、「これはすごい!リミックスさせてくれ!」と言ってくれて(笑)。「初めて聴いたのに頭から離れない」と熱烈な言葉もいただき続けて、ぜひぜひ!という流れで彼主導でリミックスを作ってもらいました。
──すごいエピソードですね。ちなみに、原曲のアレンジも田家さんが?
田家:そこは安原兵衛さんと一緒に作りました。僕がまず打ち込みで骨組みを作って、それを安原さんのスタジオに持ち込んで、一緒に音選びをしながら仕上げていく、という形で。
──この曲って、歌詞と音楽の一体感がすごいですよね。特に、サビ前のファンキーな感じから、サビのポップな展開、そして最後の転調で一気に世界が広がる感じが、まさに「音楽である必然性」を持っているというか。メッセージがより鮮明に伝わる構造になっていて。
田家:そんなふうに言っていただけるなんて、本当に嬉しいです。ありがとうございます。
──以前は僕も、音楽性の変化や「今回はこういう要素を取り入れたんだな」といった部分ばかりに耳が行きがちだったんですが、年を重ねるうちに、メッセージ性や周りの影響を考えるようになって、感じ方が変わってきたなと思います。
田家:僕は、曲を作るときに一番影響を受けるのが映画なんです。音楽って、イントロから起承転結があって、盛り上がりがあって、クライマックスに向かっていく……まるで一本の映画を見ているような感覚で作るんですよ。「ゾンビダンス」も、「スリラー」のロングPVとか、いろんなゾンビ映画を観て着想を得ました。絶体絶命の状況で、ショッピングモールに追い込まれて……みたいな、「もう俺の人生終わった!」という状態から、ラストシーンに向かっていく。そういうストーリーを音楽で表現したいと思っていて。
──最近公開された「不死鳥火焔太鼓」は、今までにないテイストの曲ですよね。
田家:ゆるめるモ!が持つ唯一無二の魅力として、コミカルな部分や親しみやすい雰囲気がある一方で、「君が囲われている壁をぶち壊してやる」というテーマで破壊衝動を全面に出した、ボアダムズのような音楽の狂気性もある。最近は親しみやすい曲が多めにはなってきているんですけど、たまにはドロドロした濃厚なものも出さなくちゃなと思って。実際、メンバーもそっち系の楽曲が好きなんですよ。今の新メンバー2人も、シャウトまでいかなくても「うわっ!」と感情を爆発させるようなかっこいい曲が似合うなと思っていて。それで、以前から温めていた不死鳥のコンセプトを形にすることにしました。
──『不死鳥』というテーマはどういう流れで決まったんですか?
田家:ゆるめるモ!の楽曲って、「ゾンビダンス」もそうですけど、「何度も殺されても、諦めずに立ち上がる」みたいなテーマが根底にあるんです。今回の楽曲でも、「何度倒されても、不死鳥のように蘇るんだ」というメッセージが合うなと思って。その流れで色々と調べていたときに、「火焔太鼓」という言葉に出会ったんです。「火焔太鼓」って落語の演目にもあってそれはあまり関係ないんですけど、この曲は「炎の中でドコドコと太鼓を叩く儀式」みたいなイメージから着想を得ました。火焔太鼓っていう言葉、なんかいいなと思って調べていったら、「二つで一つ」のセットで「陰と陽」「水と火」を現し、「宇宙の原理」を鳴らす太鼓で、「曼荼羅」「輪廻転生」の意味も含まれてて、死者の魂を蘇らせ、生命の音を鳴らす。しかもそれぞれの太鼓には龍と不死鳥の絵が描かれているということがわかり、これはこの世界観で行くしかないぞと、一気にアイデアが広がりました。
──まさに無限にアイデアが湧いてくる感じですね。
田家:ここだけは本当に圧倒的な自信があるんです。周りを見渡しても、検索しても、同じことを考えている人はまずいないので、これは自分に与えられた特殊な着想力と創造力なんだと思っています。これを形にするのは自分の使命だという強い気持ちがあって。音楽に関しては絶対の自信があるけど、それをどうビジネス的に広げるかが課題で。
──もっと多くの人に届けば、救われる人も増えますよね。
田家:そうなんですよね。毎回、自信を持って楽曲を世に送り出しているんですが、「もしこの曲を米津玄師さんが歌ったら、とんでもないことになるんじゃないかな」とか夢想したりもします(笑)。現時点ではまだ自分たちの実力が足りなくて、そこまでの影響力を持てていない。それがすごくもどかしいです。
「戦う」という感覚で、音楽の可能性を広げていきたい
──さっきの話に少し戻りますが、アイドルシーンの参入障壁が低くなって、多くの人が入ってきたことで、差別化が難しくなっていますよね。それでも多くの人に届けたいという葛藤もある。田家さんとしては、今後どのような挑戦をしていきたいと考えていますか?
田家:基本的には、今までやってきたことと大きく変わるわけではないんですけど、もっともっと戦略的にアプローチしていく必要があるなと考えていて。僕はゆるめるモ!の音楽をよく本屋さんに例えるんですけど、店頭にベストセラーや分かりやすい本を置かないと、お客さんは店に入ってきてくれない。でも、店の奥には全15巻ぐらいの壮大な文学作品があって、そこにたどり着いた人はすごく深い読書体験ができる。ゆるめるモ!もそういうグループでありたいんです。奥行きの深さや品揃えのバラエティさが魅力である一方、その入り口がわかりにくいと、そもそも人が入ってこない。今までは、「こんなにいい作品が揃ってるのに、誰も気づいてくれない!」という状態が続いていたので、今後は店頭の見せ方も柔軟に工夫していきたいなと思っています。
──具体的には、どんな形で工夫しようと考えていますか?
田家:やっぱり時代の空気をちゃんと取り入れて、アップデートしていくことですね。もちろん、「自分たちのやるべきこと」を完全に捨てるわけではなくて。ゆるめるモ!にしかできない空気感やメッセージ、コミカルさや革新性は残しつつ、その伝え方の部分を今の時代に合わせていく。例えば、楽曲の言葉選びや衣装、アートワーク、さらにはTikTokの活用など、そういう部分にも力を入れていく必要があるなと思っていて。そういう試みの中で、「不死鳥火焔太鼓」は、転換期にあたった曲で。今、新しい試みの準備を進めているんですけど、「ここはどちらかと言えば攻めていいタイミングかな」と思ってリリースしました(笑)。でも、これからはより、「多くの人の心に刺さるもの」を作ることにフォーカスしていきたいと思っています。
──田家さんの活動は、一貫しているし、絶対に投げ出さないプロジェクトだと思うので、どこかでドーンと大きく跳ねるタイミングが来ることを願っています。
田家:本当に、それがないとちょっと悲しすぎるなという気はしていますね(笑)。もちろん、今年まで頑張ってなかったわけじゃないですけど、やっぱり今年は特に意識的に取り組んでいきたいなと思っています。どういう言葉が適切かわからないんですけど、「いろんな人のことを考える」っていうのがすごく大事なことだと思っていて。多くの人に支持されるものには、それだけの理由がある。だから、そういうものに対して斜に構えたりするのではなく、真剣に向き合って、取り入れられる部分は取り入れながら、自分の信じる音楽とどう戦っていくかを考えています。単なる迎合じゃなく、大きなフィールドで「戦う」という感覚で、音楽の可能性を広げていきたいですね。ゆるめるモ!は今後も大いに期待していただきたいですが、まずは現体制初のツアー 「不死鳥火焔太鼓曼荼羅巡礼」のファイナル公演が3月30日に行われますので、火焔のように燃え盛る今のメンバーたちの精魂込めた音楽を浴びて踊りに遊びに来ていただけたらうれしいです!
■ライブ情報
ゆるめるモ!ツアー2025
「不死鳥火焔太鼓曼荼羅巡礼」FINAL
3月30日(日)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:下北沢シャングリラ
チケットURL https://ticketdive.com/event/CxaCuGIZCIbFUiuPuSXK
Official HP:https://youllmeltmore.fanpla.jp/