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【連載】ツクヨミ ケイコ「大丈夫、わたしには音楽がある」Vol.25 梅雨と音楽

StoryWriter

家を出ると、雨の匂いがした。

その5分後に雨が降り出したとき、なんだか嬉しくなった。当ててやったぞ、と得意げな気持ち。

小さい頃、家からいちばん近くにあったコンビニで、レジ横に置いてあった当たり付きのガムが当たったときの、あれと同じくらいの大きさの嬉しさ。いちご味で、紙包装のやつ。

むかし表題曲に惚れて買ったCDの カップリング曲のタイトルが、あの雨の匂いを意味していたと知ったのは、つい最近のことだ。

 

5人兄弟の末っ子として生まれたわたしの家族は、少し体調を崩しやすい人が多かったような気がする。それに対して当時のわたしは、たぶん比較的体が強かった。

わたしは少し羨ましかった。

例えば姉の、頭痛持ちなところも、視力が落ちてかけるようになった赤い眼鏡も。繊細な女の子、という感じがして わたしは羨ましかった。

わたしが好きな番組をテレビで見ているとき、「うるさいから音を小さくして」と姉に怒られることがあった。なんでよ、いつもと同じ音量でしょう、うるさくないのに、自分だって同じようにテレビを見たり音楽をかけたりするじゃない、と鬱陶しく感じながらも、姉のそういう繊細ささえも、なんだか特別みたいな存在に思えた。

いまでこそ感覚過敏だとかHSPだとかいう言葉をよく耳にするけれど、当時はほとんど知られていない言葉だったのではないか。だから姉は、すごく辛かったと思う。

 

大人に近付くにつれて、わたしは体調を崩しやすくなった。

理由はきっとひとつではない。アルバイトを始めて家に帰る時間が遅くなったり、新しい学生生活がうまくいかなかったり、アイドルとしてデビューして生活ががらりと変わったり。ひとり暮らしを始めてから、それはさらに加速した。

毎日同じ時間に寝たり起きたりご飯を食べたりお風呂に入ったり、そういうものがどれだけ心身ともに大切であったかを身をもって知る。

姉や母に似たのだろうか。『感覚』というものは主観でしか知り得ないものだから確信は無いけれど、たぶんわたしもいつの間にか、人より少し過敏になったのかもしれない。

科学的根拠とかたまたまだとかいう意見は一旦置いておいて、わたしは地震が来る前は必ずと言っていいほど体調に異変が出る。低気圧にも影響される。いつも見ているはずのテレビの光が眩しくてずっと見ていられない時もあった。街中の人混みの目まぐるしい視界や匂いで目が回ることもある。頭痛。腹痛。目眩。吐き気。ベッドから立ち上がれなくなる。

泣きながら友人や母親に連絡をする。治った頃に見返したら、恥ずかしくなるくらいの情けない連絡だ。

あのころのわたしに言ってやりたい。

繊細になんて、特別になんて、安易に憧れるな。

 

こんなわたしでもまあ良かったと、なんとかぎりぎり思える唯一の根拠は、こうやって表現できる場があるということだ。

梅雨は特に生き辛い。五月病がやってくる5月、梅雨真っ盛りの6月、そしてデビュー記念日を理由に忙しくなる7月。

でも、歌詞を書いたり、歌ったり踊ったり、正解の無い場所で生きるなら、感覚は過敏な方がいいのかもしれない。0から1や、それ以上を作るためには、少なくとも1以上のものを知らなくてはいけないから。匂いで雨が降ることを予感できるなんて、おかしくておもしろい。

3年前のこの時期に作詞をした曲がある。

この曲名を名付けた時、「7人体制になったときの曲だから七という漢字を入れたの?」と聞かれたけれど ほんとうにたまたまだし、「『華』じゃなくて『花』なのはどうして?」と聞かれたけれど なんとなく字面が好きだっただけだ。『華』だとちょっと、格好良すぎる気がしただけ。感覚。でも最終的に、ぜんぶ正解だったと思う。

相手は誰でも良くて、友人でも、家族でも、親でも、兄弟でも、恋人でも、仲間でも、誰でもいいから大切な人に送りたい曲になったらいい。そういう曲です。

 

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