Webで公開された記事は半永久的に残るものだと思っていないだろうか? 2017年12月にオープンしたWebサイト“百万年書房LIVE!”は、そんな感覚を一蹴するような仕組みで運営されている。定期的に連載記事が更新されていくのは従来のサイトと変わらないが、それぞれの記事に「公開終了」の日時が刻まれており、その時間になると記事が読めなくなってしまう。いつでも見れるようにしておいたほうが後々“百万年書房LIVE!”を知った人のためにいいじゃん、と思うのだが、なぜ期間限定で記事を消してしまうのか? そんな疑問を胸に、“百万年書房LIVE!”を運営する株式会社百万年書房・代表の北尾修一にインタヴューを行い、そのコンセプトについて伺った。たしかに、記事が消えていくことのよさってあるかもしれない! もしかしたらそう思うかも。
インタヴュー&文:西澤裕郎
Web上って言葉が「残りすぎている」
──“百万年書房LIVE!”(http://live.millionyearsbookstore.com/)のオープン、おめでとうございます!! 噂には聞いていましたけど、期間限定で記事が消えていくというのは斬新なコンセプトですね(笑)。
北尾修一(以下、北尾):アイデア段階で周りに相談していた時点では、完全に賛否両論だったんです。特にIT関係の仕事をメインにしている人たちからは「おまえはwebのこと何も分かってない、そんなサイトありえない」って(笑)。だから、公開したらもっと賛否が割れると思っていたんですけど、今のところ良い評判がほとんどですね。まあ、まだ知名度が低いからでしょうけど。
──記事を見逃したっていう人の声もあるんじゃないですか?
北尾:あります。でも“LIVE”なので「諦めてください」って話をしていて。予定が入ってしまっていて、どうしても行けないライヴってあるじゃないですか? それと同じ感覚でいてもらえれば。
──そもそも、“百万年書房LIVE!”のコンセプトはどのように思いついたんでしょう?
北尾:雑誌だと、最新号が出たら前の号は読めなくなるじゃないですか? それと同じことをやってるだけのつもりなんですけど。自分の感覚としては、Web上って言葉が「残りすぎている」気がしてるんです。なんか不自然というか、言葉ってそういう風には出来ていないんじゃないかと思っていて。たぶん「言葉」にデータってルビを振りがちな人はそれでいいんでしょうけど、僕は自分の普段使っている言葉が未来永劫残るのは嫌です。それこそライヴのMCみたいな感覚で、そのときにその場所にいた人だけで共有する話の面白さってあるじゃないですか。そういう場をweb上に作りたいと思ってたところはあります。
──雑誌で考えると週刊誌的なペースですよね。
北尾:早いものは日刊サイクルなので、新聞並みですね(笑)。
──消えていくペースはバラバラなんですか?
北尾:バラバラです。それぞれ書き手の方と話し合ってペースを決めていて、基本的には記事が消えるという前提を理解してもらった上で始めています。
──ちなみに、北尾さんの連載記事(何処に行っても犬に吠えられる。)は24時間で消えますよね。正直、早すぎるんじゃないかなと思うんですけど(笑)。
北尾:一部からは「読み逃した」「消えるの早すぎる」と言われていますが。実際にやってみないとわからなかったので、自分で記事を書いてみて、1番極端なサイクルのテストをしてみようと。でも、意外とつきあって読んでくれている人たちもいるようなので、「本当に読みたければついてきてください」ということで、当面はこのペースでやろうかなと。まあ、非難轟々になったらそのときに考えます。
──ただ、このペースだと北尾さん自身、熟考する暇もないんじゃないですか?
北尾:はい、熟考せずに書いてます。それこそライヴで、話がどういう結末になるのか分からず、見切り発車で書いてるのが、週刊連載のマンガみたいで自分でも面白い。そういう面でも消えることの良さってあるんですよね。未来永劫残らないからこそ書ける、反響を試せることがある。例えば、文芸誌で連載された小説がまとまって単行本になるじゃないですか? もし連載の時点で「二度と手直しできません、これで作品として完成です」って編集者に言われたら、ほとんどの作家が連載を落とすと思うんですよ。とりあえず最後まで書いてから、本にする前にもう一度推敲できる、と思うから書ける。連載メンバーにはそういう話もして、あまり肩肘張らずに書いてもらっています。そういうライヴだからこその瞬間を共有する面白さが読者と書き手との間で生まれるといいなと思っています。
──確かに、昔書いたTwitterやブログの発言を拾われて、叩かれたりすることもありますもんね。
北尾:“◯◯警察”とかね(笑)。ああいう揚げ足取り合戦の結果、みんな炎上が怖いから優等生的なポジティヴ発言だらけになってしまう。僕はそういう息苦しさがあまり好きじゃないというか、もうちょっと違うノリの場所があったらいいなとは思ってました。そしたら、ある人から「Instagramのストーリーみたいですね」と言われて、「あ、それはいいたとえだな、パクらせてもらおう」と。だから要はInstagramのストーリー機能と同じコンセプトです(笑)。
──北尾さんとしても、書きたいことを書きやすい場になっていると。
北尾:書いてダメだったらすぐに削除したり、本になる時に修正したりできる場所にしたかった。最初の自分の記事で、恵比寿のマリデリってお店について書いたんですけど、その中でエッセイストの松浦弥太郎さんについての都市伝説を紹介したんです。でも、これが未来永劫残ると思ったらさすがに松浦さんに申し訳ないじゃないですか。でもすぐに消えてしまうものだから、思い切って書いてみた。書く側としては、そういう気やすさがあるからおもしろい。原稿や企画の持ち込みも大歓迎なので、西澤さんも何かあればぜひ。
気がついたら自分で会社を作る羽目になってた
──北尾さんは長年働かれた太田出版を退職されて自分の会社を作ったわけですけど、どういう経緯で会社を立ち上げたんでしょう。
北尾:会社を辞めた時は、まさか自分で会社を立ち上げるとは全く思っていなかったんです。僕の性格として、事前に準備を整えて辞めることが基本的にできない。むしろ計画性ゼロで辞めてみると、反響が起きる。周りのみんなが「こいつバカじゃないか」と笑ってくれたり、「いい歳して何考えてるんだ」って心配してくれたりする中で、こちらの想像もしていないような話が来るかもしれないし、何も来ないかもしれない(笑)。とにかく自分の頭で考えた範囲を超えた流れに翻弄されている中で、適当に行き着くところに行き着くんじゃないか、っていう性格なんです。だから、いろんなお話をいただいた中で、お仕事の整理整頓をするうちに、気がついたら自分で会社を作る羽目になっていた感じですね。
──最初から会社を作ろうと思っていた訳じゃないんですね。
北尾:全っ然。最後の最後まで株式会社にするのは大げさで面倒くさいなあと思っていましたから。いろんな人から話を持ちかけられたりアドバイスをされたりしているうちに「これは株式会社にしろ、ということなのか……」と渋々思ったというだけで(笑)。
──その流れの中で、某女優さんの炎上騒動もあったわけですよね。
北尾:あの企画依頼が来ること自体、想定外でしたし、結果的に企画が中止になったのももちろん想定外(苦笑)。ただ、あの騒動がなかったら“百万年書房LIVE!”は作っていなかったと思います。スケジュールがどかっと空いたので、じゃあ何か始めようかなと思ったときに思いついたのが“百万年書房LIVE!”なので。だから、すべては流されるままに、なんです。
──そう考えると不思議な縁というか。
北尾:大体そんなもんですよ(笑)。
極端な話、PV数とかどうでもいいと思っている
──あははは。北尾さんって他の人が取り上げないようなものを深掘りされてきたじゃないですか。例えば、知らない大阪のおばさんを追跡するとか、編集部に塗りつけられたうんこについて取り上げるとか、僕はそういうのが好きなんですけど、“百万年書房LIVE!”ではどういう題材を取り上げていくんでしょう?
北尾:基本的には、作品として後に書籍化できるものですね。記事は無料で公開しているので、執筆者に金銭的なバックをするためには、本にして印税をお支払いするしかないですから。
──じゃあ、連載が始まったものに関しては中長期的に続いてくものになると?
北尾:はい。そのためには、書いている人のテンションが高い記事を集めていきたいです。無名でも「どうしてもこれを書きたいんだ!!」と思っている人に、どんどん場所を提供していきたい。極端な話、PV数とかどうでもいいと思っているので、そのために有名人を引っ張り出してこなくちゃ、という発想で動く必要がない。自分が読んでおもしろいと思うもの、これはどうしても書きたいと思って書かれたものをとにかく集めていこうと思っています。
──まずは熱量があることが重要で、ブラッシュアップしたものが後々書籍になるイメージなんですね。あくまでWebは実験場所のような意味合いがあると。
北尾:“百万年書房LIVE!”を立ち上げる前、IT関係の人に一番言われたのが「記事を消してしまったらPV数が稼げない、そうすると媒体としての価値が高まらない」ってことでした。でも、そのときに思ったんですけど、「ニュースサイトじゃないんだから、どんだけ頑張ってもPV数なんてたかが知れている」「それなら100万PVを目指すよりも、毎日能動的にサイトに来てくれる、熱心なファンをまずは5千人作ろう」と。今のところは毎日覗きに来てくれている人は100人いないと思いますけど、そのみなさんは初期AKB劇場に集ったファンみたいなもので(笑)、それを1年間かけて数千人にまで増やせたら、きっと何かが出来るはずだと思うんです。そちらのほうがちょっとしたPV数よりもパワーが持てると思ってるんです。
──言って見れば、作家が書いたものを編集者が最初に受け取って読む。そういう感覚で記事が載っていると考えればいいんでしょうか。
北尾:そうとも言えますね。編集部に届いたものをそのままのかたちでバンバン載せていく。そのかわりに早く見ないとすぐに消えていきますよ、と。
──変化の過程が見えながら、最終的に店に並んだ本を手に取ることができる。その過程を公開していくというのはスリリングですね。
北尾:本当は漫画でもやりたいんですよね。ネームやラフの段階段階で載っけちゃうとか。永遠にWebに残るんだったら、さすがにマンガ家さんも嫌でしょうけど、期間限定で公開すれば読者にとっては嬉しいと思うんです。そういうのもひっくるめてのLIVEだと考えているんです。ミュージシャンがレコーディング前にライヴで新曲を試すのと同じ感覚。
作家の森見登美彦さんがつけてくださいました
──ちなみに、百万年書房っていう会社名はどなたが命名したんでしょう?
北尾:これは、作家の森見登美彦さんがつけてくださいました。森見さんの二作目の小説『四畳半神話大系』を担当させてもらってからのご縁で、付き合いとしてはすごく長いんです。落語家でも子どもでもそうですけど、名前って自分でつけるものではない、基本的に誰かからもらうものだと思っていて。森見さんの言葉の選び方、感覚がすごく好きなので森見さんにお願いしました。
──名前の由来は?
北尾:森見さんと初めて会ったのが、彼がまだ京大大学院生だった時代なんですけど、京大近くの百万遍の交差点で待ち合わせをしたんです。森見さんのエッセイに当時のことが書かれていますけど、百万遍交差点のパチンコ屋の前で待ち合わせしていて。何人か待ち合わせしている人の中に1人だけいかつい男の人がいて、「こいつだったらやだなー」と思ったいたら、そいつが「森見さーん!」って近づいてきて、「うわ、こいつか」と思ったそうで。その印象がすごく強かったらしくて、百万遍をもじって百万年書房にしたそうです(笑)。
──いいエピソードですね(笑)。
北尾:気に入っています。大げさすぎて自分だと絶対に付けない名前じゃないですか(笑)? でも、名前の由来を聞くと本当にくだらないという。その大上段な感じとしょぼい感じの落差が森見さんらしい。頼んでよかったなと思います。
──“百万年書房!”のサイトでロゴがくるくる回るのがかわいいですよね。こういう部分も、北尾さんが考えてらっしゃるんですか?
北尾:デザインとアニメはもちろん別の人に手伝ってもらっているんですけど、せっかくだから紙ではできないことをと思ってやってみました(笑)。
──まだ記事が見れる!! と一瞬喜ぶんですけど、くるくると回ってロゴが崩れ落ちて「終了しました」って出るじゃないですか? うわっやられたという気持ちになります(笑)。
北尾:はははははは!
──あれも遊び心がありますよね。
北尾:細かいところにこだわりたがるのは、自分のクセですね。まあ、どうでもいいと言えばどうでもいいんですけど。
──今のところは3つの連載(何処に行っても犬に吠えられる。(北尾修一)/なるべく働きたくない人のための、お金の話(大原扁理)/ポスト・サブカル焼け跡派(T.V.O.D.))がありますけど、今仕込んでる連載もあるということでしょうか?
北尾:ありますし、きっと順番に出ていくんじゃないですかね?
1冊出して、会社としての狼煙をあげるつもり
──この先どんな連載があるかも公開しないというのはおもしろいですね(笑)。とにかく毎日見に来ないと、何があるかわからないよというメッセージを感じます。
北尾:自分から見に来てほしいし、それで気づいた人が少しずつ増えてくといいなと思っています。
──会社を立ち上げた以上、経営していかないといけないじゃないですか。そこらへんは大丈夫ですか?
北尾:もちろん。このサイトだけをやっている訳じゃなくて、同時に書籍の企画やいろんなプロジェクトを動かしているので、そっちでお金を稼ぎつつ、自分が好きなことをできる場として“百万年書房LIVE!”は続けていきたいですね。
──会社として成し遂げたいことや目標はありますか?
北尾:とにかくまずは1冊出したい。それをやらないとスタート・ラインに立てない。それを読者の手元に届けるまでが会社の第一段階かなと。
──北尾さんは本にまつわるスペシャリストですので、独立されてどういう方法で本を世の中に出していくのか楽しみです。
北尾:出版業界の流通制度がいろんな意味でしんどくなっているのは、みんな分かっていることじゃないですか? 何も考えずにそこに乗っかるという選択はもちろんなくて。いろんな人がいろんなやり方で挑戦されているので、そういう方法を勉強させてもらいながら、自分にとって1番良いやり方を考えていこうと思っています。本って作るだけなら誰でも作れるんです。問題は、それをどうやって読者に手渡して、著者と読者をつなげられるか。“百万年書房LIVE!”自体も、最終的には、そのための手段のひとつとして考えています。だから、まずは年内早い段階で1冊出して、会社としての狼煙をあげるつもりなので期待していてください(笑)。
“百万年書房LIVE!”はこちらから(http://live.millionyearsbookstore.com/)
1968年京都府生まれ。編集者。株式会社百万年書房代表。http://millionyearsbookstore.com/