~前回までのあらすじ~
歌舞伎町キャバクラでの嬢との戦いに敗れ、失意の日々を送っていたアセロラ4000こと私は、ある日、思い立って放浪のキャバクラ旅に出た。初めて訪れた街・経堂にあった唯一のキャバクラのドアを、今、開ける。
「やってますよ、どうぞ!」
地下1階の黒い扉を開けると、ボーイが意外なほど爽やかに迎えてくれた。
店内は、一言で言えば質素。黒いソファに簡素なガラステーブル。鏡張りの壁。天井にはテレビモニターが吊るされ、ポルノグラフィティのライブ映像が流れている。
その雰囲気はまるで、下町の大衆食堂。あたりを見渡すと、中年のシングル客が2組、それぞれ嬢についている。
いけない。すぐに上から目線で店や嬢を品定めしてしまう。歌舞伎町で高級キャバクラジャンキーになりかけた私の、悪い癖が出てしまう。
ここは、言わばキャバクラ教習所。再び若葉マークを付け、キャバクラ界をファン・トゥ・ドライブしていくためには、謙虚にハンドルを握る必要がある。私は、プライドをかなぐり捨てて、慎ましく嬢の到着を待つ。
「失礼します、セイラです」
ふつう。顔も、スタイルも、ふつうの、嬢。
いや、いいのだ。普通でいいのだ。いいのだけども。やはり心に訴えかける何かがない。何かが、ないのだ。
私は、型通りのキャバクラ挨拶トークを終えると、セイラ嬢のプロフィールを掘り下げる。
「前に、ガールズバーにいたんですけど、あんまりアレで。やめてここを始めて3ヶ月ぐらいですね」
20歳だという、セイラ嬢。いまどきの嬢にしては、敬語を使うところが、素人っぽさがあり、いい。
「それは、よく言われますね笑。素人っぽいアレだよねって」
だが、キャバクラで働いている以上、何か理由があるはず。お金なのか、お酒好きなのか。はたまた出会いを求めているのだろうか。
「そういうアレは、とくにないんですよ。でもまあ、お金ですかねえ。でも、かといって何か買いたいとか、将来やりたいアレがあるとか、そんなたいそうなアレじゃないですけどね笑」
アレ、アレ、アレ。
長州力のトークに顕著な、アレを駆使した話術を身につけている、嬢。
私は、GK(ゴング金沢)になった気分で、セイラ嬢こと、リキのトークを受け止める。今にも、「なぁ、金沢」と言い出しそうな、リキ。
しかし、話が続かない。私は、持ち前のサービス精神で、あえて自らドリンクをすすめた。
「いいんですか!? じゃあ、お願いしま~す」
小さな紙を、ボーイへと渡すリキ。ほどなくして、ドリンクが届いた。
薄く赤みがかった、液体が入っている。思わず、ドリンクの名称を尋ねる私。
「これですか? アセロラハイです」
まさかの、シンクロニシティ。
「アセロラ、好きなんですよね」
この店は、私のことを待っていたのかも、しれない。そして、リキも。俄然、距離が近づく私たち。アセロラハイをグイッと飲むと、急激に饒舌になるリキ。
「じつは私、バンドやってるんですよ! 銀杏BOYZが超好きで。あんまり楽器はアレですけど笑」
そう言いながら、長髪をなびかせながらはにかむリキ。ナニコラ、タココラ。なあにが銀杏BOYZだコラ。紙面飾ってコラ。
いや、別に紙面は飾ってはいない。ただ、若干ハタチの嬢が銀杏BOYZを聴いているとは。それは、親の影響があるということ。つまり、私はリキの親世代。
親子ほどの年齢の女の子に、夢中になるなんて。急激に冷静になってしまう、私。
これまでも、嬢の平均年齢は20代前半だった。しかし、これまではきっと、歌舞伎町という人を狂わせる街のキャバクラにより、私もどうかしていたのかもしれない。
さらに記憶を遡ると、ローカルな街の嬢ながら、Fカップでハーフ顔をした、私にとっての元祖・嬢は、最高にタイプだったことから、親子ほど年齢が離れていても気にならなかった。そう、恋は盲目。そんな恋心を、今後どこかの嬢から感じることなど、あるのだろうか。
私は、1時間でお会計を済ませた。たったの6000円。こんな金額では、蚊に刺されたようなものではないか。もっと、もっと、私に負荷を強いてくるのが、キャバクラではないのか。本来のキャバクラと私、嬢と私の関係が築けないことに、イラつく私。
リキとグラスを合わせると、私は席を立った。
「明日も早いんですか? どういうお仕事されてるんですか?」
そこは、どういうアレ、で来てほしかった。
階段を上り、経堂の街に戻った私。きっともう、この街に来ることはないだろう。だって、この店にはもう来ないのだから。
春とはいえ、まだ肌寒い風が吹いている。
気がつくと、私はすっかりキャバクラEDになっている自分に、気付いた。
※「【連載】アセロラ4000「嬢と私」」は毎週水曜日更新予定です。
月に一度のキャバクラ通いを糧に日々を送る派遣社員。嬢とのLINE、同伴についてTwitterに綴ることを無上の喜びとしている。未婚。
https://twitter.com/ace_ace_4000