~前回までのおはなし~
新橋の雑居ビル5階に発見したキャバクラ「S」へ向かうエレベーターのボタンを押した、ライオンハートなキャバクラウォーカー、アセロラ4000。初めて訪れた新橋には果たしてどんな出会いが待っているのだろうか。
エレベーターを降りると、そこはキャバクラだった。
私がキャバクラ界の川端康成気分で「S」の入り口に立つと、すぐにボーイがやってきた。
「ご指名はございますか?」
私の全身をくまなくチェックすると、すかさず問いかけるボーイ。キャバクラ通かそうでないのかを、瞬時に判断する、新橋キャバクラ・ボーイの鋭い審美眼。キャバクラに通う人生か通わない人生か。私は通う人生を選びたい。いや、本当は選んできたつもりは、ない。女性と交流するためにキャバクラに通うしかないという哀愁もある。それでも私は、キャバクラというステージに立つ。
ただし、勘違いしてはいけない。キャバクラは舞台、主役は嬢。あくまでも、私は嬢を支える黒子なのだ。そんなことを思いながら、ボーイに初めての来店であり、指名はないフリー客であることを告げる私。まるで、ピカピカの一年生のような、初々しさ。ドキドキも、ロマンティックも止まらない。
席に着くと、焼酎かウィスキーを飲むのかを尋ねられる。どこのキャバクラでも共通したスタンダードなスタート。私は迷わず、目の前に置かれた鏡月のボトルを選択した。
ここで、本物のキャバクラ小学生が間違えてしまうことがある。このボトルは、あくまでも店側がフリー客のために用意したドリンクの選択肢のひとつであり、マイボトルではない。ボトルキープをするためには、改めてメニュー表に書かれたボトルの金額を支払う必要があるのだ。ボトルを入れるか入れないか。その判断は、お気に入りの嬢ができるか否かにかかっている。
「こんばんはー! あゆです」
大きな声を出しながら、元気はつらつオロナミンCな嬢がやってきた。
小柄で、髪が長く、大きな口をしている。ガハハハ、という笑い声が今にも聴こえてきそうだ。ファーストコンタクトの時点では、私の心はクローズマイハート。ここからが嬢の腕の見せ所といえる。
「あ、かわいい~アニメ好きなんですかぁ?」
私のリュックについた、「うる星やつら」のラムちゃんキーホルダーに目を止める嬢。私は、堰を切ったように、ラムちゃんの女性としての魅力と、ラムちゃんとあたるが結ばれかける神回エピソード「夜を二人で!」への思い入れについて熱弁した。
口を大きく開けたままで、話を聴いている、嬢。聞き役に徹することで、私の心を開かせようという、なかなかのテクニシャンといえる。
「へえ~そういうアニメが好きなんですね! 私も今期は『異世界かるてっと』みてますよ。進撃もやっぱ気になるし、『文豪ストレイドッグス』の第3シーズンも見逃せないですし」
何を言っているのか、わからない。私は、ハッと我に返る。そもそも、私はアニメファンでは、ない。うる星やつらは、原作単行本派なのだ。
「ところで、私も飲んでいいですか?」
トーク開始から約10分。いきなり本心を露わにしてきた嬢。客にドリンクをおねだりするのは、一種の賭けといえる。アニメトークから強引な賭けに出た嬢に、思わず私は嫌な顔をしてしまった。
嬢にとってまさかの、客からのドリンクNG宣言。よほど驚いたのか、大きな口をパクパクさせる、あゆ嬢。私が、悪かったのだろうか。嬢という主役を黒子として支えねばならないはずが、この態度。私は、少しだけ反省した。
「ごめんなさい、じゃあ気にしないで飲んでね」
気まずい空気が流れる、「S」の店内。いや、待ってほしい。やはり、けっして私がせこいわけではない。嬢の勝負ポイントが早かったのだ。そして、正直、あゆ嬢がタイプではない私。露骨にそれを伝えてしまったのだ。嬢、正直、スマンかった。ポカやらかした。
「あ、灰皿交換しますねー」
沈黙を破り、何も入っていない灰皿を手に、席を立つ、嬢。そして、しばらく、帰って、こない。
「あゆさん、お願いしまーす」
次の客へと移動するよう、ボーイに命じられる、あゆ嬢。しかし、その姿はここにはない。私が、ドリンクを飲ませなかったばかりに、傷つけてしまったのだろうか。素直に、アイムソーリー。私は、チェッカーズのヒットナンバーを口ずさみながら、嬢を待つ。
そうだ、チェッカーズといえば、藤井フミヤ。フミヤが好きな女優は、藤谷美和子。私も、大好きだった。藤谷美和子は、どこに行ったのだろうか。しばし、考えを巡らせる私。
約5分、経過。
結局、嬢も、藤谷美和子も帰っては、こなかった。
※「【連載】アセロラ4000「嬢と私」」は毎週水曜日更新予定です。
月に一度のキャバクラ通いを糧に日々を送る派遣社員。嬢とのLINE、同伴についてTwitterに綴ることを無上の喜びとしている。未婚。
https://twitter.com/ace_ace_4000