近年、格差社会をテーマにした映画が世界各地で描かれ、注目を集めている。2018年には『万引き家族』が、2019年には『パラサイト 半地下の家族』が、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞。日本と韓国、それぞれの文化や背景とともに貧しい家族を切り取り描いた作品は、国を超えて評価を得た。
2020年2月29日から公開される映画『子どもたちをよろしく』もまた、家族と格差をひとつのテーマにした作品である。東京にほど近い北関東のとある街で起こる日常を描いたこの映画では、上記に加え、子どもという部分に焦点が当てられている。学校という閉ざされたコミュニティの中で起こるいじめ、被害者、加害者の家族や大人たち、すべてが繋がり、緩やかに狂っていく。
本作は、企画・統括プロデューサーとして文部科学省で長らく日本の子どもたちの実態と向き合ってきた寺脇研が、企画として前川喜平が携わり、脚本・監督の隅田靖が映画という形に仕上げている。この物語は決してフィクションとは言い切れない。あなた自身のことでもあり、日本社会の写し鏡でもある。そんな本作について、NETFLIXオリジナル映画作品『愛なき森で叫べ』でヒロインを務め、今作ではデリヘルで働く優樹菜役を演じた鎌滝えりに話を訊いた。
取材&文:西澤裕郎
覚悟と想いがあると思うんです
──鎌滝さん演じる優樹菜は、実家に住みながらデリヘルで働いています。「優樹菜に似たような女性は結構いるんじゃないか?」とオフィシャルインタビューでおっしゃっていましたが、普段からそう感じるときがあるんですか?
鎌滝えり(以下、鎌滝):すごくたくさんありますね。優樹菜みたいな人っていっぱいいるし、この映画で描かれているようなことは世の中にたくさんあると思う。私が10代の頃、周りからそういう話を耳にすることはあったので、思っているよりも普遍的にいるんじゃなかなって。
──僕は男性なので、優樹菜の気持ちが分かるようで分からない部分もあって。以前、知り合いの女性が園子温監督の『恋の罪』を観て、「ここに描かれているのは私だ!」と感激して、東電OL殺人事件の現場まで行ったことがあるんです。映画を観て僕も感銘を受けたけど、そこまでなのか! と思って。そういう意味で、優樹菜の気持ちもわかっているようでわかっていないのかもしれないと思ったんです。
鎌滝:私は今おっしゃっていた女性にも共感するし、優樹菜にも共感します。男の人からしたら、優樹菜の最後の決断も「なんで!?」と思うかもしれない。だけど、私の中では整合性が取れている選択だと思えるんです。
──すごく単純化した言い方をすると、デリヘルで働きたくないのに働いていてかわいそうという見方をする人もいると思うんです。でも、おそらく、優樹菜は覚悟をもって、その中でやっているわけですよね。
鎌滝:そうですね。優樹菜に関しては、自分はそこにしか行けない、ここでやっていかなきゃ、という覚悟と想いがあると思うんです。嫌々働いているわけではないけど、別にやりたくてやっているわけではない。こういう人生しか生きられないかもしれないけど、そこで戦っている。選択して生きている女の人なのかなって。なので、男性の感想はすごく気になります。なんでこんな選択をするの!? と思ってもらうのも、またおもしろいなって思いますね。
──鎌滝さんは、園子温監督によるNETFLIXオリジナル映画『愛なき森へ叫べ』で俳優デビューを果たしました。今回取材をさせていただくことが決まる前に普通に観ていたんですけど、鎌滝さんがすごく印象に残っています。『子どもたちをよろしく』の撮影現場とは雰囲気なども違ったんじゃないですか?
鎌滝:人生で初めての映像現場が『愛なき森へ叫べ』で、その次にやらせていただいたのが『子どもたちをよろしく』で。どちらの女性も、つらい過去を抱えているんですけど、現場は全然違いましたね。『子どもたちをよろしく』は題材は重たいけどアットホームにというか、みんなで作った映画という感じ。園組の現場はもう想像を絶する経験でした。本当に1作1作全部違いましたね。
──別の誰かを演じるって、どんな気分なんでしょう?
鎌滝:撮影期間中は、日常生活でもずっと役のことを考えてしまって上手く生きれなかったりするんですけど、それも楽しくて。そういう役をやらせてもらっているのはすごくありがたいです。全然違う人を演じるのは、すごくおもしろい。「なんでこの人はそう考えたんだろう?」とか「どういうことがあって、そういう決断するんだろう?」とか、もっとその人のことを考えて体現していきたいと思うんです。こういう仕事に出会えたから、自分自身の可能性もバーっと広がったし、他人を理解しようと思うようになりました。
──映画に限らず、本を読むとか、音楽を聴くとか、これまでの人生において、何かに没頭することはあったんですか?
鎌滝:1冊にハマるとかはないんですけど、その世界に入りがちというか、入りたくなっちゃう。映画で素晴らしいシーンを観ていると呼吸の仕方を忘れているぐらい見入っちゃうときもあって。そういうのが好きなんだと思います。
「私、絶対役者をやってこう」と、なぜか思った
──鎌滝さんは、学校にあまり行っていない時期もあったそうですね。その時期に、映画とか本とか音楽といったカルチャーを吸収していったんですか?
鎌滝:その時期、そこまで映画は観なかったんですけど、本は読んでいたかもしれないし、意外と音楽ばかり聴いていたかもしれないです。あと、文章を書いたりしていました。詩を書いたり、ちょっと物語を書いたりしていたときもあって。根暗ですけど、そういうことをやっていました(笑)。
──そのときの体験って、すごく重要だと思うんです。僕はミュージシャンに10年以上取材してきているんですけど、学校に行っていなかった人が多くて。その時期に観たものとか聴いたものが、その後の表現に直結していることが多いんです。
鎌滝:私は、学校に行っていなかった時期と表現は直結していないと思っていたんですよ。もともとモデルの仕事をやっていたんですけど、もっと精神的な部分で表現することが自分は好きだなと思ってお芝居を始めたんです。今、お話をしていて、学校に行っていなかった時期に培った感情や価値観は、今すごく反映されているのかもしれないと思いました。何が反映されているかは、まだ自分では分からないけど、そういうときに思ったことや考えたことを、役者として体現できたらいいなと、無意識に思っているのかもしれないです。
──これまでの人生の中で、感銘を受けた作品は具体的にありますか?
鎌滝:いっぱいありますね。これは最近観たものなんですけど、ゲイリー・オールドマンとレナ・オリンが出演している『蜘蛛女』(1993)って作品。レナ・オリンが強烈な女のギャングで野心家で強いから、男社会でもいろいろなものを駆使してトップに立つんですよ。男の人たちがどんなに彼女を抑え込もうとしても、すごい強さで跳ね返そうとする。ゲイリー・オールドマンがレナ・オリンにどんどん利用されていくんですけど、仕返しをしようとして車の中で首を締める。そこでレナ・オリンが逃げるんですけど、履いてる靴を足で放り投げるんですよ。そのシーンを観て、「ああ、私、絶対役者をやってこう」ってなぜか思ったんですよ。優樹菜もそうだし、強さがある人が好きなんだと想います。
本当はすごい狭い世界なのに、それが全てに感じてしまう
──鎌滝さん自身は、そういう強さが自分にあると思いますか?
鎌滝:強さも弱さもどっちもあると思うんですけど、強く生きようとはしています。この仕事を始めたときは苦手なこともいっぱいあって。なるべく逃げないように立ち向かいたいなと思っている。現状と戦うのもそうだし、ものづくりもすごく好きなんです。学校に行っていなかったけど、今こういう作品に関わらせていただいて、やりたかった役をやらせていただけることも自分の中ではチャレンジだし、そもそも人前に出ること自体がチャレンジだったんです。
──僕はアイドルの取材をすることも多いんですけど、どうしてオーディションを受けたか訊くと、「自分を変えたかった」という子がすごく多いんですよ。鎌滝さんも、自分を変えたいとか、そういう気持ちはあったんですか?
鎌滝:私の場合は本当に人のおかげでというか、人に引っ張られてこの世界に入っているんです。そこで自分を変えたかったのもあるし、実際、やってみた瞬間にびっくりするぐらい変わったんですよね。本当に人と目を合わせられなかったんですけど、仕事が楽しいからそんなこともすっ飛んじゃったし。結果的にやってみたら変わっていたいう体験が多かった。だから、引き続きこの仕事をやりたいと思うんです。もちろん、変えたい…… という気持ちも、どこかにあると思いますね。
──変わっていくということは『子どもたちをよろしく』でも描かれていると思うんですよね。最後、優樹菜は、ある選択をして次へ進んでいこうとするじゃないですか。
鎌滝:現状と戦うというか、優樹菜も四苦八苦して、さらにいい方に行こうと決断する。いろいろなことを考えて、最終的にその決断をしている女性なので、そこは自分自身もちょっと重ねた部分もありました。
──一方で、弟役の稔(杉田雷麟)や、彼のクラスメイトの洋一(椿三期)は、学校という枠組みに苦しめられています。学校って、自分の意思でなかなか逃げられない場所だと思うんですね。
鎌滝:そうですよね、普通はね。
──稔や洋一を観て、どんなことを思われましたか?
鎌滝:稔とか洋一は、若いがゆえに自分で選択をすることをまだ知らない子たちだと思うんですよ。だから、ずっと学校にいて、いじめがあっても学校に行かなきゃと思ってしまう。稔も自分が同じ目に遭いたくないから仕方なく、周りに同調してしまうところもある。本当はすごく狭い世界なのに、それが全てに感じてしまうんです。それで苦しんでしまう役だったので、観ていて心が痛かったというか。役者としては2人とも素晴らしくて現場では凛としていたけど、役柄的には、ちょっと母性的に観ちゃう部分もありました。
優樹菜と稔がした決断は希望だと思っている
──逆に優樹菜のお母さん妙子(有森也実)は、同じ女性でも、旦那の暴力を観て見ぬフリするなど、また違ったキャラクターとしてインパクトを残しています。
鎌滝:お母さんの気持ちも、すごく分かります。お母さん役を演じられた有森也実さんは「ああいう女性は嫌い」っておっしゃっていたんですけど(笑)、あそこまで再現されるのは素晴らしいなって。あの母親が元凶になっている部分もあると思うんですけど、自分で弱い選択をしがちな人も世の中にはたくさんいると思う。優樹菜をやらせてもらったからというのもあるんですけど、好きとは言わないけど、愛しているというか。お母さんみたいな人も、きっと何かの理由があってそうなっているしと、撮影中も今も感じているんです。
──この物語は、誰か1人がいけないとか、そういう話ではなくて。1人1人が少しずつ、全部で影響し合っている。大人の彼らにも親がいて、その人たちにも親がいて、全部がつながっているんですよね。
鎌滝:だからこそ、優樹菜と稔がした決断は希望だと思っていて。この子たち、今後どうなっていっちゃうの? って心配して観る人もいるだろうけど、私はああいうちょっとした決断が物事を大きく変えると強く思うんです。この映画で希望の方を感じてもらったら嬉しい。誰か1人が変わったからといって、すべてが変わるわけじゃないけど、本当にちょっとした選択が全部を変えていくと信じてやろうと、この映画と関わって強く思いましたね。
──鎌滝さん自身が芸能界に入られたというのも決断だと思うんです。学校以外にも居場所はあるし、そこだけがすべての世界じゃない。
鎌滝:学生の頃って、選択肢がすごく少なく見えちゃうというか、そこで見ている世界がすべてのように感じてしまうけど、本当はおもしろいこととか、楽しいことが世の中にはいっぱいあると思う。私にとったら、映画とか、このお仕事とかはその1つで。そういうことを、自分が役者を続けていく上で体現できるように頑張らないとと思っています。
──大人ってなんだろう? と考えさせられる部分も多かったです。ここで描かれている大人はどこか子どもなんですよね。
鎌滝:全員、どこかで自分のこと考えているんですよね。人はみんなそうだけど。この作品に関わらせてもらったときに、あなたはそういう選択をしていないですか? って問いかけられている気がして。今回、本当に自分がやりたかったことでもあったし、こういう繊細な題材なので。優樹菜もそうだし、鎌滝えり自身もどうなの? ってことは映画が出来上がってみて、より思うようになりましたね。
──僕は会社に年齢が一回り離れたスタッフがいるんですけど、若い子と接することで、自分が大人なんだと自覚する場面があるんですよね。大人が単体で存在するというより、子どもがいることによって自覚する部分があるのかなって。
鎌滝:今の言葉、この映画の全てをまとめていますね。だから、『子どもたちをよろしく』なんですよね、きっと。優樹菜は大人と子供の中間の立場だった。洋一とか稔とか、あとはお父さん、お母さんの中で、唯一自分で決断ができる役だったんです。中間的だからこそ、あの決断をしちゃったんだなって、今思いました。話していて思うことが、いっぱいありますね。
──たしかに優樹菜は、子どもから大人へと移り変わる狭間の存在ですよね。
鎌滝:もうちょっとで大人になれるからこそ、というかもう大人だからこそ、自分でいなくなる。自分で環境を変えるという選択ができたんだと思う。
救ってくれるのが私の場合は映画だった
──鎌滝さん自身は今の社会に、息苦しさを感じますか?
鎌滝:どうですかね。そういうのは常々みんなあると思うんです。自分で変えられることは本当にいっぱいあると思うので。特にこの仕事に関わらせていただいたからには、世の中に不満を感じるよりは、何ができるか考えるべきかなと思うので。そんなにないですよ(笑)。
──僕は息苦しいなと思うときは結構あるんですけど、音楽とか映画とかカルチャーがあって、本当によかったなと思うし、それによって救われるんです。
鎌滝:だから私もこういうお仕事をやりたいんだと思います。そういうことを全く感じていなかったら、映画もやりたいと思わないかもしれない。そこを救ってくれるのが私の場合は映画だったというのがありますね。
──鎌滝さん自身、尊敬したり、憧れたり、目標にしている人とかはいますか?
鎌滝:憧れている人がいすぎて。みなさん本当に素晴らしいので。やっぱり映画界を背負ってやられている方が、私と同世代でも上でも下でもたくさんいるので、自分もちょっとでも役割を担えるようになりたいですね。
──今後、どんな俳優になりたいですか?
鎌滝:よく質問していただくんですけど、いつも「うーん……」って考えちゃうんですよ。希望という言い方になるのは嫌だけど、何か役に立てるような作品に出ていける役者になりたいというのはありますね。自分が思った以上に、こんなこともやれるんだなと思うことが特にこの仕事は多いので。巡り合ったものがおもしろいという感覚がすごいあって。この映画も本当にそういう作品なんです。
1995年4月7日生まれ、埼玉県出身。女優。世界190ヶ国に配信されるNETFLIXオリジナル映画作品『愛なき森で叫べ』でヒロインに抜擢される。PS4「龍が如く7/光と闇の行方」助演女優オーディションでグランプリに選ばれゲームにキャラクターとして出演、2020年1月16日に発売された。今後も映画・ドラマで活躍が期待される。
Instagram:https://www.instagram.com/erikamataki/
■作品情報
『子どもたちをよろしく』
監督・脚本:隅田靖
出演:鎌滝えり / 杉田雷麟 / 椿三期 / 斉藤陽一郎 / ぎぃ子 / 速水今日子 /金丸竜也 / 大宮千莉 / 武田勝斗 / 山田キヌヲ / 小林三四郎 / 上西雄大 / 小野孝弘 / 林家たこ蔵 / 苗村大祐 / 初音家左橋 / 難波真奈美 / 外波山文明 / 川瀬陽太 / 村上淳 / 有森也実
企画:寺脇研・前川喜平(元文部科学事務次官)
統括プロデューサー:寺脇研
プロデューサー:片嶋一貴
特別協力:澤井信一郎
撮影:鍋島淳裕
照明:堀口健
録音:臼井勝
美術:佐々木記貴
衣裳:橋爪里佳
ヘアメイク:松本智菜美
編集:大畑英亮
音楽:遠藤幹雄
スチール:北村崇
協力:桐生市
製作:子どもたちをよろしく製作運動体
製作プロダクション:ドッグシュガー 配給・宣伝:太秦
2020年/日本/カラー/105分
2月29日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開
2月22日(土)よりシネマテークたかさきにて先行上映
あらすじ
東京にほど近い北関東のとある街。デリヘルで働く優樹菜(鎌滝えり)は、実の母親・妙子(有森也実)と義父・辰郎(村上淳)そして、辰郎の連れ子・稔(杉田雷麟)の四人家族。辰郎は酒に酔うと、妙子と稔には暴力、血の繋がらない優樹菜には性暴力を繰り返した。母の妙子は、まったくなす術なく、見てみぬふり。義弟の稔は、父と母に不満を感じながら優樹菜に淡い想いを抱いていた。優樹菜が働くデリヘル「ラブラブ48」で運転手をする貞夫(川瀬陽太)は、妻に逃げられ重度のギャンブル依存症。一人息子・洋一(椿三期)をほったらかし帰宅するのはいつも深夜。洋一は暗く狭い部屋の中、帰ることのない母を待ち続けていた。稔と洋一は、同じ学校に通う中学二年生。もとは仲の良い二人だったが、洋一は稔たちのグループからいじめの標的にされていた。ある日、稔は家の中で、デリヘルの名刺を拾う。姉の仕事に疑問を抱いた稔は、自分も洋一と同じ、いじめられる側になってしまうのではないかと、一人怯えるようになる。
稔と洋一、そして優樹菜。家族ナシ。友だちナシ。家ナシ。
居場所をなくした彼らがとった行動とは――