〈日本橋ウォーズ〉とは大阪で行われている、日本最大級のオタクMCバトルである。2019年1月から、なんばMILULARIにてほぼ2カ月に1度のペースで開催されてきた。出場するMCたちは、自分の愛する作品をレペゼン(※代表)し、ラップで愛の強さを競い合う。特別編を含めれば、その実績はすでに10回を超える。
以前から筆者は日本橋ウォーズにヒップホップの新しい風を感じていた。そしてライターとして、1人のラッパーとして大会の動向を追ってきた。その日本橋ウォーズが2021年3月29日、ついにグランドチャンピオンシップを開催することになった。新型コロナウイルスの感染状況が深刻化する大阪市内で、ヒップホップとオタク文化にはまだ熱さが残っているのだろうか?
以下、大会レポートと主催のゴンザレス下野氏へのインタビューを交えて、記念すべき〈劇場版!! 日本橋ウォーズ!! ~Wars/Nippombashi Grand Otakus~〉の模様をお届けしたい。
取材・文:石塚就一 a.k.a ヤンヤン
コロナ禍で「延期した方がいいんじゃないか」
18時半。前回優勝者のcomb Boyさんのライヴでイベントはスタートした。続いて、やはり優勝経験者のドルバケツさんがステージを引き継ぐ。ライヴが終わったところで、下野さんがすぐ、日本橋ウォーズの開幕を宣言する。かなり慌ただしいタイムテーブルだ。それもそのはずで、当日はグランドチャンピオンシップという特別な節目でありながら、21時までの短時間で4人のライヴと28人参加のMCバトルを終わらせなければならなかったのである。
大会の11日前。3月18日に大阪府は、大阪市内の飲食店を対象とした営業時間短縮要請を延長すると決定した。これにより、21日には解除されるはずだった21時までの時短営業は、31日まで延長されることになった(その後、26日の新型コロナウイルス対策本部会議で時短要請は4月21日まで再延長。4月1日からは大阪府全域が対象となる)。
当初、3月21日での時短要請解除を前提として、日本橋ウォーズは18時半~23時開催でタイムテーブルを組んでいた。しかし、会場のMILULARIが時短要請を受け入れて営業している以上、イベント側も従うしかない。予定から実に2時間もの誤差である。しかも、歴代チャンピオンが集う、記念碑的な日。下野氏には中止や延期の選択肢がなかったのだろうか。
下野:もう延期したほうがいいんじゃないかとは思いましたね。でも、グランドチャンピオンシップをやるってなったとき、歴代優勝者が全員出てくれることになったんですよ。もしも延期して、次やるときに優勝者が揃わなくなるのはとても残念でした。だから、やろうと決めました。
そう。今大会には10人もの日本橋ウォーズ優勝者が顔を揃えた。その中には、梅田サイファーでの活躍が知られているKBD a.k.a 古武道さん(夜叉ゴリJr名義)、大きなMCバトルで台頭してきているbinksさん、al3缶さん、煩悩さんといった若手実力派ラッパーも含まれている。それぞれが自身の活動で忙しいにもかかわらず、グランドチャンピオンへの参加を快く承諾してくれた。この奇跡的な状況を下野さんは逃したくなかった。もちろん、待望する観客の期待にも後押しされただろう。
徹底された感染対策と出演者の協力
下野さんはライヴ出演者やDJたちと交渉し、持ち時間を削ってもらうことへの了承を得た。バトルは決勝以外、8小節×2本でコンパクトに。進行をスムーズにするため審査員は呼ばず、判定は観客による多数決のみとした。そして、生配信があり、注目度が高いだけにコロナ感染対策も徹底した。観客と出場者には感染追跡アプリへの登録を呼びかけた。会場内ではマスク着用と消毒を厳守。ステージとフロアの境界にはビニールシートが張られ、バトル中はMCの間に透明アクリル板が置かれた。いずれも飛沫対策である。日頃から新型コロナウイルスの状況に敏感だったMILULARIのノウハウも、日本橋ウォーズ運営陣を助けてくれた。
下野:みんな協力的だなと思いましたね。去年は会場内でマスクをしていなくて注意することがあったんですよ。でも、あの日はそんなことなくて。アクリル板を置くときも出演者が手伝ってくれたりとか。
もちろん、マスクをとって大声で騒ぎたいのが演者と観客の本音だろう。バトラーからしても、アクリル板は試合中のバイブス(※熱量)を削ぎかねない代物だ。それでも、「イベントを残したい」という全員の気持ちが上回った。コロナ禍であっても、したたかに柔軟に日本橋ウォーズは生き残っている。
アイドルやロボットアニメへの愛がぶつかりあう
さて、バトルの話をしよう。全体的な印象として、かなりハイレベルな試合が多かった。グラチャン回ということもあり、一般エントリーでもそれなりに自信があるラッパーが集まったのだと思われる。過去の上位入賞者が一回戦で敗れる波乱も当たり前のように起きていた。
StoryWriter読者にぜひ知ってほしいのが、Hi-uSさん対ドルバケツさんの優勝者2人による「アイドル対決」である。
ドルバケツさんはレペゼン『ラブライヴ!』で、熱いラップが特徴。普通のMCバトルでも結果を残している新進気鋭の若手ラッパーだ。対するHi-uSさんはレペゼンWACK。BiSHやBiSを擁するアイドル事務所への愛をストレートに語るスタイルである。彼はバトル冒頭から「俺はWACKオーディション合宿見て愛蓄えてきた」と、コロナ禍でも冷めないオタク活動を披露していた。拮抗した勝負だが、「トーナメント死ぬ気で制する 合宿お疲れのミユキエンジェル」などの韻が決まり、首の皮一枚でHi-uSさんが勝利した。
ちなみに、Hi-uSさんと筆者はWACK仲間だが、彼はオーディション合宿開催中、仕事と睡眠以外の時間をほぼニコ生視聴に充てていた。同じような生活をしていた筆者とは、常にLINEで実況を続けていた。イギー脱落の際には言葉を失ったものである。
話を戻して、主催者の感想も聞いておきたい。
下野:出場者で印象に残ったのはブッダの世界観さん(@buddaworld)。彼はYouTuberもやっていて、僕はずっと好きだったんですよ。そしたら、僕のライム動画集も見てくれていて、相思相愛だったみたいで笑。初参戦なのに日本橋ウォーズの趣旨を理解してくれていて、会場に合ったラップをしていたのがすごいと思いました。
下野:あと、試合ではヤンヤンさんとkataPくん(ブライト・ノア名義で参戦)のロボットアニメ対決です。
ここで告白すると、筆者は昨年10月に開催された日本橋ウォーズにて優勝していた。そのため、今回のグラチャンにはゲストバトラーとして招かれていたのである。
下野:『機動戦士ガンダム』レペゼンのkataPくんは台詞をサンプリングするなど、オタクMCバトルの戦い方が上手いタイプ。一方、『新世紀エヴァンゲリオン』レペゼンのヤンヤンさんは「ガンダムがなければエヴァがなかった。エヴァがなければコードギアスもなかった」って、バックグラウンドまで語れるタイプ。日本橋ウォーズならではの対決が嚙み合って、すごくいいバトルでした。
ベテランMCが作品愛にラッパーとしての意見も込める
観客を熱狂させたのは、二回戦でぶつかったKBDさんと大超さんの試合だった。普通のMCバトルであってもビッグマッチともいえる、ベテラン同士の戦い。『刃牙』レペゼンのKBDさんが「ここは地下の闘技場/MILULARI パーティーピープル みんな調子どう?」と韻を踏めば、『キン肉マン』レペゼンの大超さんも「先生ならゆでたまご/KBDならもっと踏めやアホ」と押韻で返す。延長にまでもつれこんだ熱戦はKBDさんが制したが、2人のショーマンシップが炸裂した素晴らしい内容だった。
下野:KBDさんも大超さんも自分が地元の北海道にいた頃から知っていた人たちで、シンプルにお呼びできたことへの感動があります。お2人とも漫画が大好きなラッパーで、日本橋ウォーズみたいな現場も受け入れてくれる優しさがある。あの試合では漫画への愛だけでなく、ラッパーとしての意見も含まれていて、それが見えたのもよかったですね。
延長戦で2人は、ラッパーとしてのスキル、活動についてかなり辛辣なディス(※批判)を飛ばし合った。平和なバトルが多い日本橋ウォーズではある意味、特殊な光景だった。ただ、そこには場所を選ばず本音を語る、ベテランMCたちのぶれないスタンスがあった。日本橋ウォーズは作品への愛がなければ勝てない。しかし、愛だけでも勝てない。ラッパーとしてのかっこよさも同時に求められる。だからこそ、オタクだけでなくコアなヒップホッパーたちも会場へと足を運び続けているのだろう。
初心者でも機転と作品への愛があれば優勝できて世界が変わる
そして、日本橋ウォーズは若手ラッパーたちの成長の場としても愛されてきた。そもそも日本橋ウォーズの土台は、下野さんが主催してきた日本橋サイファーにある(※サイファー=複数人が輪になってラップをする集まりのこと)。そこで下野さんはラップ初心者も歓迎し、積極的にスキルアップを助けてきた。同じく日本橋ウォーズにも、優しい空気感が漂っている。立ち上げから2年以上が経ち、かつての初心者たちも立派なラッパーに変わってきた。その象徴が、今回の優勝者、binksさんだった。
大会の初期から一貫して『HUNTER×HUNTER』をレペゼンし続けてきたbinksさん。昨年3月にはKBDさん主催のバトル「OVER THE TOP」と日本橋ウォーズのコラボ回で優勝を果たし、グラチャンにも名を連ねた。それだけではない。この1年でbinksさんは関西で数多くのバトルを制し、所属しているクルー、enigmaとしてのライヴも精力的にこなしてきた。まさに飛ぶ鳥落とす勢いだが、その原点には日本橋ウォーズがあった。
binks:ラップを始めて2カ月くらいのときに出たのが日本橋ウォーズだったんです。そのときは決勝でal3缶くんに負けてるんですけど。初心者でも機転と作品への愛があれば優勝できて世界が変わるので、良い大会だと思ってます。
今大会では決勝でal3缶さんにリベンジを果たし、堂々と王者に輝いた。決勝でのラストバース、「俺が優勝 トップbinks / 殴りこむドン・フリークス」は大会屈指のパンチラインだといえるだろう。もはや若手の枠を超えて、関西バトルシーンの注目株となったbinksさん。新しい才能のステップアップを目撃できるのも、日本橋ウォーズの醍醐味である。
なお、binksさん所属のenigmaは4月4日から5作品連続リリースというチャレンジを行っている。詳細は、本人のTwitterをチェックだ。
みんなで遊べるようになったら現場に来てほしい
150分という短時間ではあったが、日本橋ウォーズにはドラマがあった。下野さんはコロナ禍の中でも、日本橋ウォーズを全国規模の大会にするという夢をあきらめていない。それは、コロナが感染拡大する前に行った、昨年のインタビューから何も変わっていない思いだ。
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下野:今大会でよかったことは3つあります。まず、そもそも開催できたこと。それだけで、今の情勢としっかり戦えているなと。次に、XLIVKくんのライヴができたこと。彼はパフォーマンスがハイクオリティだし、良いアルバムもリリースできた。それなのに、コロナ禍と重なって出演イベントが次々とキャンセルになってしまったんです。彼がライヴできない環境は残念だし良くないと思っていたので、日本橋ウォーズでライヴをしてもらえたのには満足しています。そして、グランドチャンピオンシップという夢を実現できたこと。第一回のときから構想はあったんですけど、そんなに続くかどうかも分からなかった。3年目で集大成を見せれたと思います。
今後も日本橋ウォーズは、新しいアイデアを取り入れながら継続していくつもりだという。次回開催日は執筆時点で未定だが、そう遠くない未来ということだけは決まっているようだ。最後に、コロナ禍でイベントを訪れづらくなっている人に向けても、下野さんは思いやる言葉を残してくれた。
下野:イベントに来られないことで、落ち込んでいる人もいると思うんですよ。僕はそうならないくていいと考えています。コロナが収束したときに遊びに来てくれればうれしいし。日本橋ウォーズは配信もやっているので、現場に行くのは無理でも様子はチェックできます。そのうえで、みんなで遊べるようになってから、現場に来てほしいですね。
逆をいえば、下野さんにはコロナ収束まで、日本橋ウォーズを守り抜く決意があるのだろう。ベテランの誇りと若手の進化。そして、運営の意地。日本橋ウォーズのグラチャン回は、コロナ禍でも表現に関わる人々の思いが詰まっていた。そこに熱いバイブスがある限り、文化は消えない。外側からは停滞の時期に見えるかもしれないが、オタクカルチャーもヒップホップも着実に状況へと対応してきている。筆者も引き続き、関西の現場で紡がれていくストーリーに注目していきたい。
〈劇場版!! 日本橋ウォーズ!! ~Wars/Nippombashi Grand Otakus~〉
2021年3月29日(月)@#MILURALI
Official Twitter:https://twitter.com/nipponbashi_war