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産業カウンセラーの手島将彦による新連載『こころの本〜生きづらさの正体を探る、産業カウンセラー手島将彦のオススメ本』。

『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』(2016年/リットーミュージック)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(2019年/SW)の著者であり、音楽業界を中心にメンタルヘルスの重要性を発信し続けた手島がオススメする本を不定期連載で紹介していきます。

Vol.9『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』

メンタルヘルスや心理学などに関して比較的読みやすい本を紹介しているこの連載、9回目は前回の『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』と同じ東畑開人さんの『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』(誠信書房)です。今回紹介するこの本の方が先に出版されたのですが、内容の時系列としては『居るのは〜』の方が先で、その後の話になっています。僕はたまたま時系列順で読んだのですが、どちらが先でも良いと思います。

さて、タイトルにある「野の医者」とは何かというと、国家資格を持った精神科医や臨床心理士等と違って、独自の手法で心の治療を行なっている人たちのことです。例えば本の冒頭に登場するクリニックはこんな感じです。

グシケンクリニックはその筋では有名な医療機関だ。まずホームページが異様だ。
なぜかトップページにはティラノサウルスのブリキ人形が表示される。そのティラノはグシケン先生が製作したものらしいのだが、なぜそれが医療機関の顔になるのかが全然わからない。
続く項目は「統合失調症の治し方」「発達障害は簡単に治ります」「お年寄りの異常行動は治ります」「御先祖の光療法」だ。現代医学で完治はあり得ないと言われている病いを、「簡単に治ります」と言い切るのだから、凄い。さらに極めつけは、「たったひとりで地球全体を癒やす方法」という記事である。読んでみると、意識はすべてひとつに繋がるから、グシケン先生の考えた方法を実践すれば、統合失調症も、発達障害も、お年寄りも、そして地球すら、同じように癒やすことができるとのことである。うーん、怪しすぎていい感じではないか。

こんな感じの「野の医者」たちを筆者は実際に体験しながら取材・研究していきます。ただそれは、いわゆるトンデモ・疑似科学批判としてではなく、それを知ることによって「臨床心理学とは何か、心の治療とは何か」を考え直すためなのです。そのあたりは前回紹介した本と同じく、とてもユーモラスでゆるい物語とともにいつの間にか深いところに導いてくれます。それはぜひ実際に読んでみていただければと思いますが、個人的に取り上げておきたい言葉をふたつほど。ひとつは

自分自身の常識を疑い、自由な議論ができること、それが学問の条件だ。そうすることで、人間は知識を積み重ねてきたのである。(略)学問は常識が疑われ、地面がゆらゆらと不安定になったときこそ、逞しく成長することができる。

もうひとつは

治療とはある文化の価値観を取り入れて、その人の生き方を再構成することなのだ。

これだけでもとても重要なことが伝わる言葉だと思いますが、どのような文脈で出てくるのか、ぜひ本書の中で出会っていただければと思います。

「こころの本〜生きづらさの正体を探る」のバックナンバーも合わせてチェック!!

Vol.1 『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』
Vol.2 「発達障害」に関する基礎知識を得るための2冊
Vol.3 『ニューロダイバーシティの教科書』
Vol.4 『ジェンダーと脳〜性別を超える脳の多様性』
Vol.5 『はじめて学ぶLGBT〜基礎からトレンドまで』
Vol.6 『ポップスで精神医学〜大衆音楽を“診る”ための18の断章』
Vol.7『世界一やさしい精神科の本』
Vol.8『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
https://teshimamasahiko.com

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