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StoryWriter

※写真はチャーシューワンタン麺

その日、私は渋谷にいた。午後3時の渋谷駅周辺は、平日にも関わらず相変わらず人でごったがえしている。

渋谷といえば、ロッキンオン・渋谷陽一。だがしかし、私は圧倒的にクロスビート派。そしてプロレスならば、圧倒的に週刊ゴング派。もちろん、週刊プロレスも読んでいたものの、ターザン山本に影響を受けているかというと、そうでもない。今の私にとって、渋谷といえば渋谷凪咲であり、山本といえば山本スーザン久美子なのだ。

いったい何を言っているのか、自分でもわからない。私は今、猛烈にお腹が空いている。そのせいで頭が回っていないのかもしれない。午前中から渋谷で仕事があったものの、深夜まで「プロレススーパースター列伝」を1巻から読み直していたせいで寝坊してしまい、朝ご飯を食べそびれてしまった私は、この時間までまったく何も食べていなかった。

極限まで空腹になったとき、人は本当に食べたいものを求めるという。そうだ、ラーメン食べたい。渋谷といえば、凪咲でも哲平でもない。「喜楽」のラーメンがあるじゃないか。年に数回、食べたくなる喜楽のラーメン。特に美味しいのが、最上級なメニューといえる「チャーシューワンタン麺」(1,100円)。ぶ厚いチャーシューが5枚ほど、もっちりと大きな皮に包まれたワンタン、もやしが乗り、芳醇な焦がし葱の香りが鼻をつく。そして、あのゆで卵。半熟卵が主流となっている令和のラーメン界にアンチテーゼを投げかける固ゆでタイプ。移り変わりの激しい渋谷の飲食店で生き残ってきたプライドがあの卵の固さに込められているのだ。

極限まで空腹に耐えた私は、必死のパッチで道玄坂を登り、しぶや百軒店のゲートをくぐり、喜楽にたどり着いた。幸い、この時間ということもあり並ばずに入ることができた。私は、入り口のレジ付近に立つお姉さんに案内されるままに、1階奥の席についた。

「ご注文は?」

厨房で鍋を振るう店員さんが、大きな声でカウンター越しに私に尋ねた。声を大にしてチャーシューワンタン麺をコールしようとした瞬間、私は思い出した。

お金が、ない。

独身貴族ながら、自ら毎月のお小遣いを3万円と定めている私。今月は春の陽気に誘われて、後楽園ホールで「スターダム」を観戦し、舞華選手をはじめとするDDMメンバーのグッズを買い、推しではないにも関わらず、中野たむ自伝本『白の聖典』も購入してしまった。さらに今日は、せっかく渋谷にきたのだからと立ち寄ったプロレス系アパレルショップ「ハオミン」で、タイガーマスクTシャツを買っていたのだ。欲しいものはすべてブラウン管の中。そう歌っていた浜省の時代とは違い、欲しいものが目の前にある時代。だって、しょうがないじゃない。欲しかったんだから。

その結果、現在の所持金 750円。

バカ、バカ、バカ、私のバカ。これでは、チャーシューワンタン麺を食べることなどできない。それどころか、ここでラーメンを食べてしまったら、電車賃も無くなってしまう。思い切って、退店して出直してきた方が良いかもしれない。私は、店員さんの方を見た。

「ご注文は?」

目が合うと、再度注文を尋ねてきた店員さん。若干、イライラしているようにも見える。外には、いつの間にか行列ができている。私は、冷や汗を流しながら、目の前のメニューを見た。「中華麺」(750円)。そうか、これならちょうど払うことができる。後は野となれ山となれ。私の空腹も店員さんのイライラも同時に解決するには、これしかない。

「はい、中華麺いっちょう」

そして今、目の前で中華麺が美味しそうな湯気を立てている。私は、炒めもやしを頬張り、麺を啜り、固ゆで卵の黄身を慎重にスープに溶かすと、レンゲで口に運んだ。なんて、美味しいんだ。チャーシューやワンタンがなくたって、いいじゃないか。シンプルな中華麺こそが、長年ラーメンファンに愛されている喜楽の原点なのだから。私は、徒歩で帰宅しながら、そう思った。

新鮮なもやし、モチモチな中太麺。固ゆで卵、そしてスープ。喜楽の中華麺は、渋谷のラーメン屋さんで一番美味しかった。

アセロラ4000(あせろらよんせん)プロフィール
月に一度のキャバクラ通いを糧に日々を送る元・派遣社員。嬢とのLINE、同伴についてTwitterに綴ることを無上の喜びとしている。バツイチ独身。

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