
取材&文:西澤裕郎
写真:カンパニー松尾
荒々しく、愚直で、どこか滑稽。『SUPER HAPPY FOREVER』(監督:五十嵐耕平、2024年)で映画ファンの心をわしづかみにした俳優・佐野弘樹が主演した映画『焼け石と雨粒』が、4月11日(土)よりポレポレ東中野(東京)にて公開される。
主人公・晶は、外の世界を知らないまま誰かに依存し、気づけば取り返しのつかない場所へと転がり込んでいく狂気の“クズ男”。その役を演じた佐野弘樹は、脚本を読んだとき、自分の中にある何かとリンクしたと語る。
本作は、日本映画大学出身の櫛田有耶監督の初長編。奇妙な関係性の中でもがく純粋で傲慢な若者たちに、監督自身の失恋経験を投影した75分の衝撃作だ。完成は2022年。その後2026年まで劇場で上映されたのは一度だけ。そのたった一度の上映を観た映画監督・平野勝之が「このまま埋もれさせるにはあまりにも惜しい」と動き出し、人から人へバトンが繋がって、今回の公開が決まった。
撮影当時25歳。同い年のスタッフたちとゲリラで撮り、アドリブで叫び、狂気をはらんだ不器用な”クズ男”を演じた佐野弘樹にインタビューを実施した。
フリーターの氏田晶は、近所のスーパーの店員に好意を寄せるが、どうしたらいいかわからずストーキングしてしまう。高校の同級生で美大生の沙月に連絡を取り相談するが、次第に沙月にひかれていく。晶と沙月は過去や現実と向き合い、徐々に距離を縮めていくが、やがて2人の間に決定的な出来事が起こる。
監督がこの作品に賭けていたのが誰よりも伝わっていた
──映画完成から4年でわずか1度だけの上映。そんな状況から今回の劇場公開が決まったわけですが、知らせを聞いたとき率直にどう感じましたか?
「やった! ようやく来たか!」と思いました。監督のくっしー(櫛田)は、割と精神的に浮き沈みの激しい20代前半を過ごしていた人で、自分自身をこの作品に反映させたと言っていて。くっしーに対しても「おめでとう」という気持ちがすごくありましたね。それだけ監督がこの作品に賭けていたのが誰よりも伝わっていたので、それが結果に結びついたというか。上映できる機会をいただけて、本当に嬉しいです。

佐野弘樹
──佐野さんは、監督とは本映画をきっかけに出会ったんですよね。撮影を通じて、現場を共にすることで距離が縮まっていった、と。
そうですね。あと、同い年っていうのが大きかった。スタッフもみんな同世代、ほぼ同窓会みたいなチームで作っていたので、打ち解けるのがすごく早くて。
──佐野さんにとっては長編での初主演でもあるんですよね。
正直、主演がどういうものかもわからないまま撮影に入ったので、いい意味で気負わずにいられたというか、みんなと一緒に作り上げたっていう感覚で。今になって思えば、気負わずにやってよかったなって。
──主演がどういうものかわからないまま、というのは意外な言葉ですね。
主演って、座長としてみんなを引っ張っていく、みたいなイメージってあるじゃないですか? でも当時は単純に、いっぱい出るメインキャラクターを演じられるぞ、たくさんお芝居できるぞ、それだけで挑んでいたというか。今でもそこはあまり変わっていないかもしれないですけど(笑)。
──スタッフも含め、全員が手探りで作り上げていったんですね。
本当に手探りでしたね。撮影中に色々なミスが起きても「仕方ないよね」って言って臨機応変に進んでいったり。脚本の細井くんの本当の部屋を撮影に使っていて。あの狭さが今も記憶に残っています。

『焼け石と雨粒』場面ショット
──若者たちによる自主映画的な現場だったわけですね。いま撮るのとはまた全然違う感覚はありますか?
今の自分があの現場に放り込まれたら、色々気になっちゃうと思うんですよ。知らないがゆえに、みんなと同じ目線で作れたのが、あの当時の良かったところだったと思います。
──1度だけの上映を平野勝之監督が観て、「このまま埋もれさせるには惜しい」と今回の上映へと動いてくれたとのことですが、嬉しさ以外にどんな気持ちがありましたか?
「そんなことが起きるんだ!?」っていう驚きがありました。たまたま平野監督をはじめいろんな方が観てくれて、しかもそこに刺さってくれた。それって確率的にものすごく低いことで、こんな細い点と点が繋がって線になるの?って。だから、まず驚きがあって、その後から嬉しさが来た感じです。奇跡起きたね、みたいな。
──平野監督や今回配給をされているカンパニー松尾さんの、どの部分に引っかかったんだと思いますか?
くっしーが全てをさらけ出して賭けているものが、どこかに滲み出ていたんじゃないかと思うんです。物語の秀逸さとか、このシーンがどうとか、そういうことじゃなくて。監督がいろんなものをかけて完成させたものが、全体ににじみ出ていて、観た人を他人事じゃない気持ちにさせたというか。言語化するのが難しいんですけど、そういう部分だと思います。

『焼け石と雨粒』場面ショット
──映画が完成したからの4年間、この作品のことはどのくらい思い出していましたか?
くっしーとはちょこちょこ連絡を取り合っていたので、その度に思い出してはいて、連絡が来れば思い出すけど、他の作品の撮影や役に入っていたりしたので、日常の中でふとこの作品を思い出すことはあまりなかったですね。たまに似たような空気感の映画を観た帰りに、「あの作品、上映されないかな」と思うことはありました。
──だからこそ、今回の公開決定も、驚きが大きかった。
「え、なんで4年後に」ってなりますよね(笑)。
何も知らないからこその純粋さがある。でも、思い通りにいかないと、嫉妬から狂気につながっていく

──改めて完成した作品を観たとき、どんなことを感じましたか?
こっ恥ずかしかったですね(笑)。若いし、物語もおぼろげにしか覚えていなかったので。こそばゆい感じで観ていたんですけど、途中からグッと入れるタイミングがあって、そこからは物語に集中できました。序盤はそわそわしっぱなしで、でも観ながら徐々に思い出していくんですよ。「あ、ここやったわ、こうだったな」って。終わった後に「あのシーン使われてないじゃん、あんなに苦労したのに」みたいな発見もあったりして。
──最初に脚本を読んだとき、どんな印象を持ちましたか?
こんなに隠さないでいいのか!?って思いました。これとまったく同じではないですけど、僕自身もわかるような経験の記憶があって。2人の関係がどんどんこじれていく、狂気っぽくなってしまう感じ。当時の自分の生活でも感じていたことが脚本に書かれていて、「うわ、これ俺できるかも」ってリンクしました。
──完全に別の役を演じるというより、自分の延長線上にある役だった。
ここで描かれていることを延長していったら多分こうなるんだ、っていう感覚はあって。これが初主演っていうのも運命的だなって。当時はすぐ公開してほしかったんですけど(笑)、今のタイミングで公開されることが、逆に良かったのかもしれない。1年後にそのまま公開していたら、こういう形にはなっていなかったかもしれないし、お互い30を過ぎたこのタイミングでよかったのかな、ってくっしーとも思います。

──佐野さんが演じた「晶」というキャラクター自体、どんな人物だと捉えましたか?
外の世界に触れていない人、だと思います。自分が知っているパターンしか持っていないから、やり方が一つしかない。学校の頃って学校が全てで、でも外に出ると「あいつ嫌だったけど大したことなかったな」って気づける。晶はまだその中にいるというか、外の世界を全然知らない人なのかなって。

『焼け石と雨粒』場面ショット
──気になっているスーパーの女性をストーキングするシーンとか、かなり怖いですよね。
そうなんですよ。視野が狭いがゆえに、そこにどんどんのめり込んだ先の依存みたいなものが、いろんな方向で出てきて。晶に、男の友達とかそういう人間関係が一人でもいれば、きっとちょっと違っていたんじゃないかと思うんですよね。
──基本的に関わるのが女性ばかりですもんね。ストーカーのシーンは、演じながらどうでしたか?
いかに相手に気配を感じさせずについていくかを演じながら考えていたら、こうやるんだってわかって、自分でも怖かったです(笑)。
──でも、どこか可愛いらしさもあるんですよね、晶って。
そうなんですよ。何も知らないからこその純粋さがある。でも、思い通りにいかないと、嫉妬から狂気につながっていく。

『焼け石と雨粒』場面ショット
──監督が女性に振られた実体験がきっかけというのは、撮影前に聞いていましたか?
聞いていました。正確には覚えていないんですけど、監督から「晶は俺だ」ってよく言われていて。その経験を映画にすることで消化する、踏ん切りをつける、みたいなところがスタートだったのかな、と。それと、本読みの時に面白いことがあって。脚本の細井くんと、くっしーとで、晶像に対する意見が真逆だったんですよ。くっしーは自分を投影しているから、晶のピュアで柔らかい部分を出したい。でも細井くんは「それ全然くっしーじゃない、友達から見たくっしーじゃないとダメだ」って。全く違う意見で僕は困りました(笑)。監督の意見に従うけど、2人でちょっとまとめてから教えてほしい、って言いました。それだけ思いが強いというか。みんなでくっしーをなんとかしようってなってた当時の空気があったんだと思います。
──監督の内面を晶に投影して描くことで、周りのみんなも一緒に消化していく。そうした面もある作品だったんですね。
本当にそうですね。脚本作りだったり、ロケ地決めだったり、細かいところでみんな結構衝突していたみたいで。僕が知らないところで癇癪起こしてたよ、みたいな話がちょこちょこ耳に入ってきていたので。でもその生々しさがこの作品にはあると思います。
──佐野さん自身、この時期だから演じられた、ということは今振り返るとありますか?
ありますね。特に、ラスト近くの駅前のシーン。あれはゲリラ撮影で。新宿のちょっと離れたエリアだったんですけど、リハーサルを重ねに重ねて、夜中の終電ギリギリのタイミングで撮ったんですよ。今の自分だったら「大丈夫かな? 声量これくらいでいいかな?」って確認したくなるところを、当時はハチャメチャな状況込みで何も考えずにやれた。あの生々しさは今だと出せないかもしれないですね。

『焼け石と雨粒』場面ショット
──あれ、1テイクだったんですか?
1テイクです。比嘉さんがセリフを忘れそうになったりしながら、割とアドリブでやりとりして。
──背後に映り込んでいる電話している人もリアルなんですか?
あれが細井さんなんですよ(笑)。映っちゃったんです。隠れようとしたらバレるから、そのまま電話し続けているっていう。
──かなりリアルな現場だったんですね。元同級生役の比嘉碧さんとの部屋のシーンも多いですが、あの独特な関係性はどうやって作っていったんですか?
部屋が本当に狭かったのが、大きいと思います。細井くんの実際の部屋を使って美術も作り込んでいたから、撮影隊が入ると物理的に距離が近い。夏だったから外にも出られなくて、待機中もずっとその部屋にいた。その時間にたくさんコミュニケーションが生まれたんじゃないかな。比嘉さんって、なんていうか、ちょうどいいんですよね。日数が経つにつれてどんどん話しやすくなるのに、馴れ馴れしくもない。お互いちょうどいい距離感をずっと保てていて。それがあの画面上の関係性に出ているのかもしれないですね。

『焼け石と雨粒』場面ショット
外の世界と繋がれる誰かが一人いれば、大きく変わっていたと思う
──少し話が変わりますが、『SUPER HAPPY FOREVER』でも、どこか狂気をはらんだキャラクターを佐野さんは演じられていました。そういった役を演じることについて、意識していることはありますか?
こうしようっていうのはあまりないんですよね。技術的に必要なことは習得しますし、過去の経緯からこういう歩き方になるよねとか、そういうことは考える。でも、狂気性をこのくらいの強さで出してやろう、みたいなことは考えないです。相手があって、そこから生まれるものだから。ただ、狂気的になるようなシーンがあるなら、ハッピーなシーンはちゃんとハッピーにしておくっていう意識はあるかもしれないですね。影を濃くするために、光を作っておく感じで。
──今回の公開を経て、櫛田監督自身の想いが消化されるといいなと思うんですが、佐野さんはどう思いますか?
もう完成してから結構経ってるんで、消化は終わってるんじゃないかな(笑)。でも、1回目の上映の時に久々に会ったら、顔が優しくなっていて笑顔だったんですよね。あの頃の影とか怒りみたいなものが少し消えている感じがして、開けてる気がした。よかった、って。
──改めて、佐野さん自身にとって、『焼け石と雨粒』はどんな作品ですか?
一言で表すのが難しいですね……。すごく自分事なんですよ。作品は監督のものっていう言い方をすることもあるし、僕ももちろんそう思っていて。みんなで作り上げたものではあるんですけど、くっしーが「これは俺の作品だ」って言ったら、「そうだけど俺の作品でもある」って言い返したくなるような感じ。お前の作品だけど俺の作品でもある、みたいな。細井さんも同じこと言うかもしれない。そういう作品ですね。

──どんな方にこの映画を観てほしいですか?
老若男女問わず、全員に観てほしいですね。でも強いて言うなら、晶って、外の世界と繋がれる誰かが一人いれば、大きく変わっていたと思うんです。それは若ければ若いほど起こりうることで。学校を卒業して社会人になったけど同期と馴染めない、仲のよかった友達が散らばって一人の時間が多いみたいな人に「やばくね、これ俺じゃん」って思ってほしい。そういう人が観て、世界がちょっと広がったら最高ですね。もちろん年齢関係なく、もしそういう可能性がある人ならば誰でも。
──誰に感情移入するかで見え方が変わりますよね。
そうですよね。こんなに本心をぶつけられるのがすごいなって思うし、そうなれる羨ましさみたいなのも正直あります。
──いろんな人が観て、この作品について語ってほしいですよね。
どんな意見があるんだろうな? そこは、僕も楽しみですね。
■作品情報

焼け石と雨粒
2026年4月11日(土)よりポレポレ東中野にて公開
出演:佐野弘樹、比嘉碧、美智、
福田雄一、小池首領、逢坂由委子、松本さえ子、豊満亮
監督:櫛田有耶
音楽:コーノ(ガウディーズ)
脚本:櫛田有耶、細井健介
編集:榎本雪子
助監督:高野悟志
撮影:木村洸太
2022年/75分/ビスタ/DCP/日本
配給・宣伝:ハマジム 映倫G
©️ 2026 焼け石と雨粒
公式HP https://yakeishi.mystrikingly.com/
公式X https://x.com/yakeishi_rain
公式instagram https://www.instagram.com/yakeishi_rain



