嬢が、来ない。
初めてのデート(同伴)の日、約束の19時、待ち合わせ場所。待てど暮らせど嬢が来ない。はやる気持ちを抑えられず、約40分前に待ち合わせ場所に到着した私。にも関わらずやってこない嬢。
不安が一気に押し寄せる。もしかして私はフラれたのだろうか。ふられ気分でロックンロールを口ずさむ私。TOM CATは今どうしているだろう。あのサングラスはどこで買えるのかな。アメ横ならあるかもしれない。いや、そんなことはどうでもいい。とにかく今、嬢がこない。
そのとき、電話が鳴った。
「ごめ~んアセロラちゃん! 今どこ? あと10分で着くよ!」
悪びれない嬢。若干イラついた私。太ももをつねり、そんな自分を戒めつつ、私は待つ。結果、20分後。ついに嬢がやってきた。
「久しぶり! 元気だった? 待たせてごめんね」
コートを着た嬢が笑顔で手を振り近づいてくる。カワイイ。人を散々待たせたあげくのこのカワイイは罪だ。もしも嬢が人を殺して包丁に血を滴らせながらやってきたとしても、この笑顔なら許せてしまうだろう。法治国家をも転覆させる嬢の魅力。早くも骨抜きになっている自分に気付く。私は今、骨のないイワシ。嬢の身に危険がないように身を捧げ、丸呑みして欲しいのだ。
土曜の夜、満席の店内。焼き鳥屋のカウンターの一番奥に陣取った私たち。嬢を壁際に座らせ、半身になって向き合う私。キャバクラで横に座る感覚とは違うこの感じ。デートだ。これはどう考えてもデートじゃないか。「D・A・T・E」。恋したっていいじゃない。嬢と私のラブストーリーが今日から始まる。私の鼓動は高まるばかりだ。
レモンサワーを飲みながら、山賊のように次々と焼き鳥にかぶりつき、串から抜き取る嬢。想像以上の食欲で、先ほどからムシャムシャと、かれこれ20本ほどの焼き鳥を食べつくしている。そして嬢は、情熱大陸のごとく自らの半生を語り出した。
「私、高校時代、天使かと思うくらい可愛かったんだよね」
確かに、学生時代はさらに可愛くかなりモテたに違いない。ハーフっぽい派手な顔立ち、つぶらな瞳。可愛らしく、美人。高身長。そして巨乳。神々が創り出した最高傑作・嬢。モテないわけがないのだ。
「だから、一時期七股かけてたかんね」
七股。1週間全員違う男を相手にしていたということか。そんなことが可能なのだろうか。私が引いている様子を見た嬢はこう言った。
「違う違う、体系は綺麗だから、私(笑)」
砂肝を抜き取った串を激しく振りながら否定する嬢。つまり、7人の男と体の関係があったわけではない。ホッと胸をなでおろす私。上機嫌で饒舌に語る嬢の情報をこれ以上訊くのはよそう。まして過去の男たちとの話など。
その後も嬢は、10代から六本木や新宿でキャバ嬢として働いていた経験があること、華やかな世界と裏腹の人間関係の面倒臭さに辟易して実家に戻り、通いやすい今の店にいることを告白してくれた。
嬢との距離が一気に縮まったと確信した私は、酔いに任せて一気呵成に嬢に質問する。さっきから横目で見ながら気になっていたこと。
「何カップ?」
沈黙してこちらを見つめる嬢。
「F」
心なしか嬢の目が怖い。しまった、早かった。このトークはまだだった。
しかし、虎穴に入らずんば虎子を得ず。決死の覚悟で手に入れた情報「F」。私は静かに頷き、黒霧島のロックを飲みほした。
カウンターでの食事と会話が2時間ほど経過した頃、嬢が言う。
「そろそろ、行かなきゃかな」
そうだ。私は現実に引き戻された。本来なら、このまま2人で夜の街に消えてしまいたい。だがしかし。夜の世界のルールがそれを許してくれない。嬢は嬢なのだ。
「ごちそうさま!」
そう言うと、私を店へと先導する嬢。私は焼き鳥屋の支払い8,800円のレシートをポケットに押し込み、店へと向かった。いよいよ、嬢の住む魔窟へと。
〜第4回へ続く〜
【連載】アセロラ4000「嬢と私」第1回
【連載】アセロラ4000「嬢と私」第2回
※「【連載】アセロラ4000「嬢と私」」は毎週水曜日更新予定です。
月に一度のキャバクラ通いを糧に日々を送る派遣社員。嬢とのLINE、同伴についてTwitterに綴ることを無上の喜びとしている。未婚。
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