世界屈指の歓楽街、不夜城・歌舞伎町。
長い間、心の奥底に閉じ込められていた私のキャバクラへのパッションは、初めて訪れた案内所にて、封印を解かれた。
お店の雰囲気は?
セット料金に含まれているものは?
ドリンクを女の子に飲ませると1杯いくらなのか?
サービス税はかかるのか?
カードは何パーセント手数料を取られるのか?
矢継ぎ早に店員に質問を投げかける私を、エトウさんとサカイくんが唖然としながら眺めている。そんなことはおかまいなしに、私と店員との真剣な交渉が続く。
「こちらのお店なら、ご要望にお応えできるはずです。歌舞伎町でも、かなりのハイクオリティなお店ですよ」
私は、これから行く店を独断で「ア・モーレ」に決めた。
そうと決まったら、善は急げ。
すぐに案内所を出ると、店員に連れられて、足早に店へと向かった。
「いやあ、アセさんって、キャバクラなんて行かないと思ったら、ノリノリじゃないですか?」
サカイくんが私をからかう。
エトウさんも、自ら案内した歌舞伎町キャバクラツアーのリーダーを私にとって代わられたにも関わらず、にこやかに私の言動を見守ってくれる。
持つべきものは、仲間。
私はこれまで、孤独なキャバクラ・ウォーカーを気取っていた。いうなれば、キャバクラ版・井之頭五郎。
そんな私に、キャバクラ仲間ができたのだ。
案内所から徒歩5分ほど、私とその仲間たちはキャバクラ「ア・モーレ」に到着した。
「いらっしゃいませ」
ギラギラした世界を想像していた私の目の前に、信じられない光景が現れた。シックで落ち着いたムードを醸し出す店の入り口に立ち、ホテルマンのように我々ご一行を出迎える店員たち。
なんだ、この上流階級的な雰囲気は。
入る前から、私は思った。
ここは、キャバクラじゃ、ない。
そして、店に一歩足を踏み入れた瞬間、我々が見たものは。
店のド真ん中に、グランドピアノが置かれ、男性がピアノを生演奏している。ハンチングを被った、ダニエル・パウターみたいな人が、ピアノを弾いている。
ここは、キャバクラじゃ、ない。
いや、正確には、ここはキャバクラ。ただし、私が知っているキャバクラではない。
ピアノの旋律が流れる中、あちこちで談笑する声がする。私はシートにつき、ゆっくりとあたりを見渡した。
シックな店内、ムーディーな照明。ゴージャスなドレス、そして巨乳。
どの席についている嬢も、美女・美女・美女。「三枝の爆笑美女対談」でも、ここまでの美女が登場した回があっただろうか。いや、あるわけがない。
なんというハイセンスな店、なんというハイクオリティな嬢たち。
そんな中、真っ赤なドレスの女性が、私に近付いてくる。なんて、艶やかな女性だろう。
「こんばんわぁ~! ども! ども! ども!」
宮尾すすむ風のリズミカルな第一声で、私に挨拶する若い女性。……なんだ、この嬢は。
「ミカっていいます! お名前、聴いていいですか?」
いきなりの、圧。
圧倒されながらも、名前を名乗る私。
エトウさんとサカイさんについた女性は、なんだか落ち着いた雰囲気の女性のようだ。
そんな私の仲間たちについても、紹介を促すミカ。私は、年上のエトウさんを、冗談で会社の社長だと紹介した。
「OH! シャッチョサーン!」
フィリピーナ風に、おどけるミカ。正直、サムい。このテンポ感、ギャグセンス。不安が私の体を支配する。恐る恐る、彼女の顔を覗き込む。
超、美人。
私の人生に於いて、直接話したことがある女性の中で、もっとも美人と言っても過言ではない、ストレートな美貌。私は、思わず生唾を飲み込んだ。ギャグセンスは、私が最も苦手とするタイプ。ただし、顔は超絶美人で超私好み。
頭がおかしなりそうだ。
いったいどうしたものか。
ふとみると、ミカの真っ赤なドレスから、何かが覗いている。全盛期のアニマル浜口にも似た、ワンショルダーの衣装。胸元を見ると、ヌーブラ的なものがはみ出している。そのことを恐る恐る指摘する私。
「ちょっと~! セ・ク・ハ・ラ!」
フリ付きの「お・も・て・な・し」のリズムでそう言いながらセクハラを訴えるミカ。
もう、ついていけない。
いつの間にか汗だくになっていた私は、被っていたベースボールキャップを脱ぎ、頭を仰いだ。薄くなった髪が汗で蒸れている。
そんな私に気が付いたのか、ミカはいきなりボーイを呼んだ。
「すいませ~ん、おしぼりください」
ミカはボーイからおしぼりを受け取ると、里芋状に禿げた私の頭頂部に、おもむろにおしぼりを乗せた。
「ペタッ」
思いのほか、キンキンに冷えたおしぼりが、私の頭頂部に張り付き、熱を冷まし出す。
「気持ち、いいっしょ?」
頭におしぼりを乗せたまま、ミカを見つめる私。
なんなのだ、この嬢は。
客によっては、キレられてもおかしくないほどの自由奔放さ。こちらの話に一切受け身をとらないスタイル。
なぜ、この店にこの嬢なのか。あまりのミスマッチ。ミスマッチ、すぎる。
だが、それが、いい。
これはまさに、キャバクラ界のニューウェイブ。ミカは時代の最先端をいくキャバクラ嬢なのかもしれない。
だとしたら、乗るしかない、このビッグウェーブに。
よし、これからは歌舞伎町に通おう。そして、人生を変えるのだ。
「気に入ってくれたら、指名してちょんまげ。ばいちゃ!」
ミカは、そう言い残して、店の奥へと消えた。
私は、その背中を見つめながら、決意を固めた。
キャバクラの聖地・歌舞伎町。
私は今、新たなる一歩を、踏み出した。
〜シーズン3 第3回へ続く〜
※「【連載】アセロラ4000「嬢と私」」は毎週水曜日更新予定です。
月に一度のキャバクラ通いを糧に日々を送る派遣社員。嬢とのLINE、同伴についてTwitterに綴ることを無上の喜びとしている。未婚。
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