まだ何者でもない18人の女の子たちが横一列で並んでいる。人数の多さに反して、声ひとつない。ここは、東京・渋谷から車で約2時間ほどに位置する体育館と宿泊場を併設した大型施設。普段、ダンス合宿や研修に使われている同施設で、海辺のすぐ側に位置していているが、生憎の天気と強風により海は荒れ狂っている。その海を遠目で見つめ横一列になっているのは、将来のアイドル候補たちである。
ここにいる18人は、すでに書類審査と二次面接オーディションに合格しており、あと一歩でアイドルになるための切符を手にできる位置にいる。合格して事務所WACKに所属すれば、“楽器を持たないパンクバンド”BiSHや『水曜日のダウンタウン』から生まれたアイドルグループ・豆柴の大群へ加入する可能性もある。まさにシンデレラストーリーの可能性に満ちた女の子たちの6泊7日に渡る物語が始まろうとしていた。
無慈悲な合宿が始まった
今年で5回目となる合宿だが、本来は長崎県壱岐島で行われることになっていた。しかしコロナウィルスの影響により、関東近郊の合宿施設へ会場が変更。施設の換気や除菌、手洗いうがいを徹底しながら開催することとなった。コロナウィルスにより、女の子たちのチャンスが奪われなかったことは不幸中の幸いである。
もちろん全員が合格するわけではない。18人は仲間であるが、闘うライバルでもある。輝く未来への期待と不安、見ず知らずの同じ境遇の女の子たちといきなり共同生活を始めることへの戸惑い、スタッフや撮影部隊に常に観られている気まずさと不安も相まって、言いようのない緊張感が現場を包んでいた。
彼女たちは本名がバレないよう仮名を与えられ数日間を過ごす。それらはWACKで活動している / してきたメンバーの名前を文字ったもので、5回の合宿を重ねることですでに伝統となっている。仮名を与えられた彼女たちは毎日審査され、連日に渡り、脱落者が発表されていく。翌朝には救済措置が与えられるとはいえ、翌日には帰路についているものが当然のように生まれる世界。一瞬にして人生の明暗がわかれる。そんな無慈悲な合宿が3月22日13時20分過ぎに始まった。
モンスターアイドルの再挑戦
横一列になった18人の一番端には、「モンスターアイドル」という仮名をつけられた候補生が立っていた。豆柴の大群を生み出した『水曜日のダウンタウン』内企画「モンスターアイドル」のオーディションに参加し、プロデューサーのクロちゃんにキスをするなど、生き残るために必死な行動をしたが、脱落してしまった女の子である。エンターテインメントとはいえ、他人には観られたくないであろうシーンが全国放送で流れたにもかかわらず、諦めずにWACKオーデに応募し、書類審査、二次面接を乗り越え、今回のWACKオーディションに参加することとなった。今回こそは…… そんな強い想いを抱え、一人で抱えきれないくらい大きなスーツケースを持ってやってきた。
彼女は、この合宿に受かることを考えに考えているうちに正気ではなくなり、今日までの3日間寝れていないという。ある種の覚醒状態といってもいいかもしれない。実はWACKに関するオーディションを受けるのは、これが9回目。普通だったら諦めたっておかしくない。それでも彼女がWACK合宿を受けるのは、WACKでアイドルとして生きていく以外の未来が今は見えないからだ。「落ちたら死ぬ、落ちたら死ぬってひたすら考えている。落ちたら現実社会でもやっていけないし、もちろんWACKにも入れないし、もうなんだろうって感じになってしまうんです」。
『水曜日のダウンタウン』への参加は彼女を有名にもしたが、後ろ指を刺されるような状況にもしてしまった。「モンスターアイドルのときも落ちて一般人に戻ったんですけど、めちゃめちゃ生きづらかった。周りの目とかも本当にひどかった。だから、私は絶対にWACKに入るしかない。クレーンゲームじゃないんですけど、お金を費やしたら費やしただけ絶対に取らないと気が済まない性格なんです。これだけWACKに挑戦してきたんだから入らないと気が済まない。チャンスを逃すとかそういうレベルではなくて、落ちたら死んだも同然だと思います」
WAggのことを知ってもらうために
13時20分。予定より20分ほど遅れてニコ生中継の放送がスタートした。この合宿が特殊なのは24時間すべてが生配信されていること。ちょっとした気の緩みもネットを介して誰かに見られてしまう可能性があり、油断はできない。そんな合宿オーディションを主催する音楽事務所WACKの代表・渡辺淳之介。2010年にBiSを結成、2014年に同グループを横浜アリーナで解散した後、独立し株式会社WACKを設立。BiSHを筆頭に多くのヒットを生み出してきた。2016年に第2期BiSの合宿オーディションを行ったことをきっかけに、規模を大きくしながら毎年合宿を開催するようになり、今年が5年目の開催となる。
そんな渡辺が18人の候補生たちの前に現れ、合宿オーディションについてのルールを説明した。「この合宿は、事務所の先輩たちが稼いでくれたお金で開くことができています。そのことを忘れないように。そしてあなたたちは1人で活動をしていくわけではありません。スタッフさんに好かれないと絶対に成功はありません。なのでこの1週間はスタッフさんに好かれるように行動をしてください」。渡辺は候補生たちに丹念に大きな声で語った。諸注意を告げると、施設内の大体育館に場所を移動し、審査がスタートした。
大体育館に集まったのは、18人の候補生に加え、WACKの研修グループWAggのメンバー5人。WAggもこの合宿を通して審査される。昨年は、WAggよりナルハワールドがGANG PARADEに昇格を果たしたこともあり、WAggメンバーにとっても人生をかけた1週間となる。合宿に参加することのできなかった2人のメンバーは、5人のメンバーを送り出す際、下記のように語った。
ナアユ「合宿に今回は行けないけど、こちら(東京)でやれることは絶対にあるので、自分で考えてやり切ろうと思います。今回5人が行く大きな目標として、個人個人を知ってもらうのもあるんですけど、WAggのことを知ってもらうということも全員が大事にしていて。それが5人ならできると思うから大丈夫だと信じています」
愛「去年、ニコ生を観てみんなの応援ができなくて。今年はそれを絶対にしたい。みんなの力になれるようにしたいなと思っています。去年できなかったことを今年をちゃんとやっていきたい。そしてWAggのメンバーみんなに残ってほしいって気持ちがあります。みんな変わって帰ってくるだろうし、それが自分たちにとっていい方向になればいいなって思っています」
松隈ケンタを迎えた歌唱審査と個人面談
合宿オーディション最初の審査として、サウンドプロデューサーの松隈ケンタと渡辺が審査員となって、歌唱審査が行われた。課題曲としてBiS「STUPiD」、BiSH「オーケストラ」を歌い、最下位となったパンコ・ルナ・リーフィが本合宿での初の脱落者となった。
歌唱審査順位
1. カトー・ムセンシティ部
2. キラ・メイ
3. サアヤイト
4. ア・アンズピア
5. トト・パーティン・トト
6. アイナスター
7. ファンファン
8. 火星からウナギ
9. ウタウウタ
10. フショージ・メグミ
11. モンスターアイドル
12. アイノ・リ・スタート
13. アオイロコ・カンパイア
14. テラヤマユウカ
15. シオ・フォレスト
16. インポッシブル・マイカ
17. ジギー
18. ワキワキワッキー
19. セックスサマーウイカ
20. リンゴクミinc
21. ガミヤサキ
22. パー・ルイ
23. パンコ・ルナ・リーフィ
その後、候補生18人を6人ずつ3つに分けたグループとWAggの4グループに分かれ、課題曲「STUPiD」のダンス練習が行われた。同時並行で、渡辺との個人面談が5分ずつ行われた。圧迫面接のような形で、それぞれの候補生たちは自分の考えの足りなさを知ることとなった。中でも涙を流しながら面談を後にしたのが、トト・パーティン・トトだった。
「今日は来る前からずっと泣きたい気分で……。今ダンスの練習をやっているんですけど、それがあまりうまくいっていなくて。それを渡辺さんと話していたときに、これまで我慢していた分の涙が出てきたんです。ニコ生とかに顔を出すのも怖いし、それで言われるのが怖いし…… もともとそんなに歌もダンスもやったことがないし、運動神経も悪いし、性格もあまり人と仲良くできないし…… どうやっていけば合宿の中で残れるんだろうって全然わからなくて。一生懸命になりたいとは思うんですけど、それ以上にできなかったことでへこんで、結構引きずっちゃっていて。何度も同じところを間違えちゃったりとかして……」
そうした言葉を残し、涙目のまま練習に戻ったトト。しばらく時間をおいて練習場の近くを通ると、涙を流しながらトイレの中へ消えていくトトの姿があった。撮影スタッフに話を聞けば、何度もトイレにこもっては涙を流しているとのこと。その間、トトを除いた5人のメンバーたちは笑顔で課題曲の練習に励んでいた。あまりにトイレから出てこない様子を心配した女性スタッフとカメラマンが個室に向かって声をかけると、かすかな声がしてトトが出てきた。「事前にダンスの練習をしてきたけど、みんなと鏡の前で踊っている自分の姿を見るとなんてダメなんだと思ってしまって、前が向けないんです」。
練習場に戻ろうというスタッフの声もあり、入口の手前まで行ったものの、再び涙が出て一歩が踏み出せない。「今私が行かないほうが、5人でいいパフォーマンスができるんじゃないか」。自分への自信のなさと、今日会ったばかり、組んだばかりのメンバーたちへの遠慮が同居する。しかし「どんなにダメでも踊らないと受からない」というスタッフの言葉に意を決して練習場に戻ると、5人は何事もなかったかのように、明るくトトを受け入れた。ダンス審査まで残り30分を切っていた。
初日の注目候補生トト・パーティン・トト
19時。大体育館でダンス審査が行われた。結果として、トトのグループは最下位。その理由を渡辺はこう語った。「バラバラすぎる。全員嫌いなの? ってくらい、誰も横を見ない。ただバラバラだったって話じゃなくて、全員わからずやの人が1人1人で踊っていた。1番大切なのはチームプレー。天才は1人でやればいいけど、それができないから、WACKや俺たちはいろいろな人に手伝ってもらってやっている。グループの中でまとまらない状況を1番考えたほうがいい。やってやろうぜってなったら、あの立ち位置とバラバラな踊りにはならないだろうなって思いました」
視聴者投票順位
1位…アオイロコ・カンパイア 、テラヤマユウカ、フショージ・メグミ、インポッシブル・マイカ、ワキワキワッキー 、パー・ルイ
2位…WAgg
3位…ファンファン、モンスターアイドル、シオ・フォレスト、ジギー、火星からウナギ、リンゴグミinc
4位…セックスサマーウイカ、ガミヤサキ、カトー・ムセンシティ部、アイノ・リ・スタート、トト・パーティン・トト、パンコ・ルナ・リーフィ
その後、夕食タイムが設けられた。30分の時間制限というのと、デスソース入りの食事を引き当てたメンバーは苦戦。普段食べる量よりも多いこともあり、食べきれないものもいた。その中で、トトも量の多さに苦戦し時間内に食べきることができなかった。しかし自分へのけじめをつけるために、時間をかけて最後まで食べきり、各グループごとの自主練を挟み、この日の視聴者投票と脱落者発表へと臨んだ。
視聴者投票の結果は、順位が後ろの人から1位にむけて順位が発表されていった。そして、この日一般視聴者がもっとも投票をいれたメンバーは…… トト・パーティン・トトだった。誰よりも驚いていたのは、トト本人だった。また、トトのグループから歌唱審査で脱落していたパンコ・ルナ・リーフィに加え、ガミヤサキの脱落も発表。明日の朝、別グループで脱落となったリンゴグミincを入れた3人で大貧民を行い、1位だった候補生だけが救済される。その結果次第ではトトのグループは4人になってしまう。6人での一体感のなさを指摘されながらも、その中心ともいえるトトが1位を獲得し、他の2人が脱落という、先行きがまったく見えない中で、果たしてこのグループはどうなっていくのか。
視聴者投票順位
1. トト・パーティン・トト(2946票)
2. ア・アンズピア(1842票)
3. サアヤイト(1608票)
4. セックスサマーウイカ(1413票)
5. ウタウウタ(1401票)
6. キラ・メイ(1277票)
7. パンコ・ルナ・リーフィ(1038票)
8. アオイロコ・カンパイア(1008票)
9. カトー・ムセンシティ部(979票)
10. フショージ・メグミ(816票)
11. テラヤマユウカ(812票)
12. インポッシブル・マイカ(691票)
13. ワキワキワッキー(493票)
14. シオ・フォレスト(482票)
15. アイナスター(365票)
16. モンスターアイドル(342票)
17. パー・ルイ(244票)
18. 火星からウナギ(226票)
19. ファンファン(182票)
20. ジギー(124票)
21. アイノ・リ・スタート(120票)
22. ガミヤサキ(110票)
23. リンゴグミinc(74票)
また、全体を通しての所感として、「正直に申し上げますと現状1日目の所感ですが、誰も今回オーディションに合格しない可能性があります」と渡辺は発言をしている。まだ個々人のキャラクターが出てきていない初日ではあるが、カメラには映らない場所で候補生たちのドラマはたしかに起こっている。それをどれだけ物語に変え、アピールすることができるか。それもこの合宿の大きな鍵を握っている。合宿2日目は、明日23日朝6時30分から救済措置の大貧民で幕を開ける。
取材&文:西澤裕郎
写真:外林健太
「WACK合宿オーディション2020」参加メンバー
全て見せます! WACKオーディション合宿2020完全密着 6泊7日の死闘
3月22日(日)13時~「前半」:https://live2.nicovideo.jp/watch/lv324617066
3月25日(水)12時~「後半」:https://live2.nicovideo.jp/watch/lv324617068
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