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StoryWriter

「アセちゃん、酔ったかも~」

駅の改札を出た初代嬢が、へべれけに酔っぱらった様子で私の左腕にしがみつく。

これから私は、キャバクラへ、いく。

新宿から電車を乗り継ぎ、久しぶりにやってきた京王線沿線のローカルタウン。ここは、嬢と私が出会い、数々のトレンディなドラマを生んできたキャバクラがある街。言うなればキャバクラ版キネマの天地であり、キャバクラウォーカーたちのニューシネマ・パラダイスだ。

そんな聖地に辿り着き、初代嬢に腕を組まれながら、私の心は沈んでいた。本編に突入する前に使ったデート(同伴)代金、およそ6万円。当初の予定では、この日はトータル3万5千円の予算を計上していた私。すでに、大幅な予算オーバーなのだ。

それもこれも、ぜんぶ嬢のせいだ。欲しくなったら我慢ができない、現代っ子な初代嬢。きっと、Nintendo Switchが売り切れていても、欲しくなったらどんな手段を使ってでも地の果てまで追いかけて手に入れるだろう。また、食欲も人一倍ある初代嬢。わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい。そんな優しさから、次々と値段もわからないメニューを食べさせすぎてしまった私。

バカ、バカバカバカ、私のバカ。

その結果、私の財布の中に残されたお金は、2万2000円。これを使ってしまったなら、明日からの私の生活は小麦粉を水道水で丸め食塩と創味シャンタンで味付けしたオリジナルすいとんを中心とした質素な食生活を余儀なくされてしまう。なんとか、手短に店を切り上げなくては。

「なんか、久しぶりじゃない?」

街を歩きながら、初代嬢が私に言うでもなく、つぶやいた。確かに、久しぶりだ。じつに半年ぶりのキャバクラ入店。外出自粛令が解かれたとはいえ、世の中にはまだまだキャバクラへの逆風が吹いている。

人一倍見栄っ張りで人目を気にする私にとって、初代嬢と腕を組んで歩くことは、決して喜ばしいことではなかった。できれば、離れて歩いてほしい。初めて、そんなことすら思った。そんな私の心を知ってかしらずか、逆にいつになく体を密着させてくる初代嬢。初代嬢にとっても、どうやら久々の出勤のようだ。遡上する鮭を掴まえたヒグマのごとく、私をガッツリとホールドしてノシノシと店へと進んでいく初代嬢。

「おは~」

初代嬢が声をかけると、店の入り口に立つボーイが深々と頭を下げる。初代嬢の前では、男は皆、無力。私は立場の違いを越え、ボーイと目と目で通じ合うシンパシーを感じつつ、地下の店舗へと続く階段を降りて行った。

「じゃあ、アセちゃん、後でね~」

パラパラのように両手を振りながら、初代嬢が控室へと消えた。私は、ボーイに案内されるまま席に腰かける。いつもの店、いつもの席。いつものBGM。

しかし、何かが、違う。

いつもならあちこちから聞こえるギャルの笑い声も、サラリーマンの下ネタも、聞こえてこない。虎舞竜を歌うおっさんの音痴なダミ声も、それを聴く嬢の魚の死んだような目も、ない。店の奥でソファーに腰かけてスマホを持ち、一心不乱にLINE営業をかける嬢たちの姿も見当たらない。店には、中年男性客が1人、小柄な嬢と無言で静かに酒を飲んでいた。テレビの大画面だけは、相変わらずブリトニー・スピアーズのMVを流し続けている。

かつてこの店にあった喧騒や華やかさ。その裏で渦巻くギラついた嬢たちと客たちの欲望は、どこへ行ってしまったのだろう。私は、なんだか淋しくなった。

ボーイが私の前で跪き、注文を訊く。私は、戸惑いつつも、鏡月のボトルを入れる。初代嬢が着替えてやってくるまで、私は1人、ボーイが作ってくれた水割りを飲みながら、感傷的な気分に浸っていた。

「おまたせ~! ねえ、かわいい? かわいい?」

派手な巻き髪、神秘的なカラコン。妖艶なドレス、そして巨乳。

初代嬢の登場に、店内が一気に活気づき、明るさを取り戻した。

「ね~、アセちゃん、かわいいって、言って。言って!」

あまりのエネルギーに気圧され、口をパクパクさせながら、私は今、猛烈に感動している。なんて、たくましいんだ。これでこそ、初代嬢。これでこそ、私が愛した初代嬢なのだ。

時代に負けない圧倒的なパワー、呑気加減。だが、それがいい。そこにシビれる、あこがれる。

私は、初代嬢の存在感のすごさを改めて実感した。もしかして、このキャバクラ自体が初代嬢のスタンドなのかもしれない。

「私もボトル飲もうかな。ねえ、割っていい?お願いしま~す」

初代嬢が、大声でボーイを、呼んだ。

アセロラ4000『嬢と私』コロナ時代編はほぼ毎週木曜日更新です。
次回更新をお楽しみにお待ちください。

アセロラ4000「嬢と私」とは? まとめはこちらから

アセロラ4000(あせろら・ふぉーさうざんと)
月に一度のキャバクラ通いを糧に日々を送る派遣社員。嬢とのLINE、同伴についてTwitterに綴ることを無上の喜びとしている。未婚。
https://twitter.com/ace_ace_4000

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