実家に帰った翌朝、私は車に乗せられて、駅へと向かっていた。そう、切符を紛失したが故、実費で支払いにいかなければならない。
「ビーダバッダバッビッビーダバダバッビー」
運転席では、VR親父こと父・ジュンペイが、車内に流れるスキャットマン・ジョンの歌声に合わせて歌っている。運転する際には、もちろんVRゴーグルをつけていない。ただし、片時も離したくないのであろう。頭の上にゴーグルをずらし、目には度入りのレイバンのサングラスをかけている。
そんなジュンペイの横に座っていながら、私の心はまるでわくわく動物ランドのようだった。何故なら、今から将来の嫁になるかもしれぬ女性駅員・ひじきと再会するのだから。ひじきは今、何をしているのだろうか。白線の内側に下がらない若者と揉めたりしていないだろうか。
「アイム・スキャットマーン!!」
ジュンペイがそう叫ぶと同時に、車は駅に着いた。私は、急いでドアを開けると、改札へと急ぐ。視線の先に、ひじきの姿が見えた。今日もまた、目と目で通じ合うひじきと私。私は、ポケットから封筒を出すと、ひじきに渡す。照れたようにうつむき、手で差し出すひじき。そう、まるで結婚指輪を交換する瞬間のように。私の目を見て、呟くひじき。
「全然、足りないんですけど」
私は、足りない分のお金を夜に必ず持ってくることを進言した。すると、頑なにそれを拒否するひじき。
「私、今夜用事あるんで」
仕方がない。私は、明日改めて払うことを約束すると、ジュンペイと共に帰宅した。支払いは、ジュンペイがクレジットカードを貸してくれるという。ならば、心配はいらない。
夜になると、私は素早くPCを操作した。切符代を支払うために父から借りたクレジットカードを使い、オンラインキャバクラへアクセスすることにしたのだ。私は、以前とは違い初めて入店するオンラインキャバクラ「シズラー」で60分4000円コースを予約した。2度目のオンラインキャバクラにドキドキが止まらない私。「シズラー」のシステムでは、60分を30分で分け、2名のオンキャバ嬢と話すことができるという。まず1人目が画面に現れた。ロングの茶髪、つけまつげ。ラメ入りのドレス、そして巨乳。
正確に言えば、さほど巨乳ではない。ただし、ざっくりと胸元の開いたドレスを着てオンキャバに臨むという、サービス精神、フロンティアスピリットは称賛に値する。
「どうも~、みやびで~す! トミーズ雅の雅と書いてみやびね!」
トミーズ雅の雅と書いて、みやび。名前の説明で、すぐに関西系の嬢であることを示唆するみやび嬢。全国の嬢が集うオンラインキャバクラならではの、高等テクニックだ。
「えっなんで大阪やってわかったん?」
いや、そうではなかったようだ。トミーズ雅を全国区の漫才師と信じて疑わないみやび嬢。なんて、純粋なんだろう。きっと、全国にはこんなにも純粋な嬢が、あちこちでオンラインにアクセスしているに違いない。なれば、私の目標はただ1つ。オンラインを通じて、全国47都道府県の嬢と出会うこと。これならば、家にいながら実現できるはず。まさに、現代版「三枝の国盗りゲーム」だ。
「あ、もう時間。ほなまたね~! 後でLINE送るね!」
トミーズこと、みやび嬢が画面から消える。ほんの数秒のインターバルの後、次なる嬢が画面に登場した。
「はーい、エリザベスで~す」
その光景に、私は目を疑った。そこにいた嬢は、間違いなく、ひじき。金髪のかつらをかぶり、エリザベスと名乗ってはいるものの、ひじき。どう見ても、女性駅員のひじきではないか。
「あれ、どこかでお会いしましたっけ?」
とぼけているのか、本当にわからないのだろうか。あまりの衝撃に、言葉が出ずに口をパクパクと開ける私。
「この女、駅員のやつじゃん」
デリカシー皆無なセリフに振り返ると、デカいゴーグルを装着したVR親父が背後に立っていた。ますます口をパクパクさせる私。すると、傍らに置いた私のスマホが鳴り出した。見ると、FaceTimeの着信がきている。慌ててふためき思わず受話器を押す私。
「ぎゃでぐあでだりゃでええ、どでええええぅつで!」
耳をつんざくガサガサボイスと、岩石のようなあばた顔。この不快な声、醜い顔。エトウさんではないか。あまりの唐突さと、何を言っているかわからないノイズ声に、ますます混乱する私。
「アセさん、久しぶり! 今どこで何してんの? って言ってるみたいです」
エトウさんのガサガサ声を翻訳しつつ、横からひょっこり顔を出す、サカイくん。
「エリザベスね、喉乾いちゃった。ドリンク頼んでいいですかぁ~?」
エリザベスこと、ひじきが甘えた声を出す。
「ビーダバッダバッビッビーダバダバッビー」
背後で踊り出す、VR親父。とりあえず私も、一緒に踊ることにした。
アセロラ4000『嬢と私』コロナ時代編はほぼ毎週木曜日更新です。
次回更新をお楽しみにお待ちください。
月に一度のキャバクラ通いを糧に日々を送る派遣社員。嬢とのLINE、同伴についてTwitterに綴ることを無上の喜びとしている。未婚。
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